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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
43/164

3-10 敗北へと誘う轟音

 -西暦2079年5月17日11時30分-


 郁朗は思った。

 狂っていると。

 先程の自分の感覚に、間違いは無かったのだろうと。



 発砲された銃弾は綺麗に将官達の眉間を貫き、残らずその命を奪い去っていた。

 男は特に何かを思っている感じは無く、何か雑事を片付けた後の様な顔をしている。


「……機構の訓示か何かですか? 機構の意思の元に人あらずば殺せっていうのは」


「まさか。私の個人的な見解ですよ。まぁ、上の人間も似たような事を考えていますがね」


「……そもそもあなたにとっての人の定義とは何なんです? こうして肉塊にされる為にこの人達だって生きてきた訳じゃ無いんですよ?」


 郁朗は自分の拘束していた敵指揮官だったものを、片腕でそっと地面に寝かせた。


「それをあなたが言いますか? EOに使われている脳はもう人でないと? だからあっさりと殺せてしまえたと?」


「……あっさりとなんて殺してなんかいませんよ……僕なりの葛藤はちゃんとありました」


「ではあなたのお仲間が殺されてからの行動はどうです? あなたは怒りに任せて大量のEOを破壊……いえ殺しましたよね?」


「……仲間が殺されて黙っていられる程、僕だって人間が出来ている訳じゃないです。例え千人のEOを殺したって仲間や家族を守ります。禁忌だと解かっていたとしてもです」


「とんだエゴイストですね……だが、それが素晴らしい!」


 男は本気で感嘆しているのか、指を組み目を瞑って天を仰いでいる。


「……素晴らしい?」


「だってそうでしょう。あなたはその硬質な身体を得て尚、人がましく生きようとしている。うちの組織のEOとは全く違います」


「それはあなた達が彼等から記憶も思考も奪うからでしょう? 彼等から人である事を奪っておいてよくもそう言えますね」 


「ならば、何故EOから記憶を消去するか……その理由は解かりますか?」


「理由?」


「ええ。普通は無理だからですよ。これだけの力を得ればほとんどの人間はそれに酔い、暴虐の限りを尽くします。命令に従う事しか脳の無い人間程、破壊衝動に襲われていますからね。これは我々の実験で既にデータが取れています」


 真偽はともかく、男の言う破壊衝動に関しては郁朗にも心当たりがあった。

 生身の身体だった頃と比較して、感情の抑制が難しくなっている事が該当するからだ。


「どんな実験をしたかなんて聞く気はありませんけど……感情の振れ幅どうこうなら、僕達だって大概だと思いますよ。自分で言うのもなんなんですけど」


「いえ、あなた方は明らかに違います。理性的に暴力を振るっているのがよく解かる。うちのEOでは見られなかった反応です……今回EOに転化された兵員達なんですがね、新規実働部隊の為の召集と発令したらホイホイとやってきたんですよ? 目端が利く人間は誰もが皆、降格してでも今回の召集を辞退していますからね」


「それが仕事だからでしょう。人は生活だってしていかなくちゃならない」


「ごもっともですがね。しかし彼等の様に生活の為にただ命令に従うだけの者、自らの意思で自分の為に行動を起こせない者。そんな愚民が人として認識される時代は……もうじき終わります。これから訪れる次の世代の極東……いえ、地球にはあなた方の様な人材が必要なんです」


「必要?」


「ええ。我々の元へ来ませんか?」


 男は自身の言葉が誠実である事を疑わない顔で、郁朗へと言葉を投げかけた。


「……ッ! ハハハハハハハハッ! こんな面白い冗談を聞いたの何年ぶりだろう。……ククッ……だめだ……ハハハハハハッ!」


 対する郁朗は腹の底から笑い声をあげていた。

 男は笑顔を張り付かせたまま、その真意が明かされるのを待つ。


「はぁ……笑った笑った。まぁ、言いたい事は大体解かりましたよ。機構の命令に忠実な愚民は、いっそ思考すらせず黙って機構に従う機械になれって事ですね……とんでもない人と思ったけど、あなたと会えて良かったですよ」


「……何が良かったと?」


 男の表情が僅かに歪む。

 郁朗の声音に自身への侮蔑を感じたからだろう。


「戦っている相手が……今までよく見えなかったんです。機構の偉い人なんて会った事も話した事も無いし。会見で見た総理大臣なんて、それこそEOと同じだったから。でも……あなたの様な人を飼っている組織なら、これからも安心して戦えるかな。無理を通してここまで来て良かったです」


「……どうあってもこちらに来る余地は無いと?」


「余地があると思ってたんですか?」


「私はあなたの事を大変気に入ったんですがねぇ……あなたの素性は判りませんが、あなたの守りたい人間も我々の元へ来れば確実に守れますよ?」


 ならばその余地を作ればいいと、男は遠回しに郁朗を恫喝する。

 お前の素性などどうとでも調べられる、関係者がどうなってもいいのかと。


「馬鹿言わないで下さい。僕が何の為にこの身体でいると思っているんです? あなた方の手を借りなくても自分の手で守ってみせます」


「また大きい事を仰るものですね……ではこれではどうです? あなたの身体を研究させて下さい。あなたが力に狂わない仕組みが解かれば、愚民達から記憶を奪わなくて済むかも知れませんよ? そうすればあなたは数十万人を救った英雄だ」


「その話は僕の自由をチップとしてベットしなければならない前提からおかしいです。あなた方がEOへの転化を止めれば済む話ですよ」


 男は肩を竦めると、話を結びにかかった。


「ふむ……ではこの交渉は決裂という事で?」


「そもそも最初から交渉になんてなっていません。あなたが好き勝手に喋ってたのを、僕が仕方無しに聞いてあげていただけです。むしろ失点なんじゃないですか? 確実に機構の敵を増やしたって事で」


「それはマズイですね……」


 男は少しも拙いと感じていないのか、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら郁朗をジロジロと見つめている。


「まぁいいでしょう……こちら側へ来ないのなら、あなたに意思を持たれていても何も良い事は無い。ならば……私が心を壊して差し上げましょう」


 男の言葉に郁朗は警戒をするものの、特に何か出来そうな物は持っていない。


「元々ね、最後に撃ち込むつもりだった虎の子があるんです。あなた方を半壊させてでも持ち帰って欲しいと話をされまして。私自身あなた方に興味があったものですから。すっかり振られてしまいましたがね。愚者にはそれ相応の報いを……やりなさい」


 ボシュシュッ!!


 先程砲声のした方向から、また何かの発射音が聞こえた。

 68式とは明らかに違う、何かの76式に近い推進音を含んでいる


 ズゥン……


 郁朗の背、つまり車両陣地の方角から炸裂音が聞こえた。

 嫌な予感がした郁朗は通信に耳を澄ませる。


『片山さんッ! MAT(対戦車誘導弾)ですッ! 一号車が被弾してますッ!』


『……ッ! そんなもんをいつの間に……! クソッ、被害状況ッ!』


『……村上死亡ッ、高杉死亡ッ……負傷五ッ! ……中尾さんが重体ですッ……』






「でッ! 他の負傷者はッ!? 中尾はどうなってるッ!」


 片山は籠城していた建物の壁を破り、脱出を開始しつつ通信を送る。


『他の負傷者は破片を浴びただけで軽傷です。でも……ッ! 待って下さい中尾さんッ! あんた、そんな体で何するってんですッ! 信管にはもう火は入ってるんですよッ! 早くここを離れて止血しないとッ!』


『黙ってろよ、五月蝿ェなぁ……片山さん……一号……ゴホッゴホッ……車両の……前輪がやられ……ヒュ゛ーッ……ゴフッ……アクセル固定だけじゃ……真っ直ぐは無理……』


「馬鹿がッ! 早く治療を受けろッ! 一号車は俺がどうとでもするッ!」


『……スンマセン……無理……に合わな……と思……』


『ダメだッ! 中尾さんッ! 中尾さんッ!』


 報告をくれていた班員の悲痛な声が、片山の耳に通信で響いたのとほぼ同時。

 彼は脱出ルートであるビルの内壁の最後の一枚を破壊し、正門が伺える場所に姿を見せた。

 丁度門から飛び出す一号車両の頭の部分が見え、敵陣に向けて走りだしている事が確認出来たのだろう。


「中尾ッ!!」


 片山の……普段出す事の無い焦燥の声が回線


『あと……頼ん……ま……』


「だから馬鹿言うんじゃねぇッ! まだ間に合うッ! 止めろッ!」


『………………………………』


 中尾からの返事はもう無く、前輪を破損させた車両は左右にブレつつも、スピード緩める事無くバリケードの前まで辿り着いた。

 最後にハンドルを切れるだけ切ったのだろう。

 斜めに向きを変えサイドパネルを敵陣に見せた一号車両は、敵からの射線を塞ぐ形でズルズルと進み、慣性に逆らえずそのまま横転して停止した。


 片山が中尾を車両から助け出そうと38番道に飛び出した瞬間、戦場は音と熱と風に支配される事となる。


 ゴウッ!!!!!!


 まず轟音がその場に居た者達の耳を激しく襲う。

 そして起爆した炸薬が豪炎と爆風を生み出し、周囲の物の全てを薙ぎ払っていった。


 片側一車線と狭く、道の両側をビルで挟まれている38番道は、自身を砲身として衝撃を様々な場所に運んだ。

 その荒れ狂う暴威は開いている空間へとただただ走り、駆け巡る。

 片山も漏れる事無くその衝撃波の直撃を受け、自陣である車両陣地付近にまで吹き飛ばされていた。


 衝撃波をまともに受けた事によって、片山は数瞬だが動作不良を起こしていた。

 強靭な装甲のそこかしこにダメージを受け、彼のカメラアイがまともな視界を取り戻す為に幾らかの時間を要した事からも、受けたダメージの大きさが読み取れる。


 爆煙の薄れてきた38番道へと片山が視線を送ると、支えの一部を失ったビルが倒壊を始めていた。

 うず高く瓦礫が積み上がってしまった以上、まっとうな手段での自陣への侵攻は当分は不可能だろうと判断出来た。


 片山は地に伏したまま、宙に向かい手を伸ばす。

 今更伸ばした所で何にも届きはしないのにだ。


(…………)


 中尾が何を思ってあの様な行動をしたのか、正確にはもう解からない。

 ただ解かる事は、彼が片山達に後事を託して逝ったという事だけである。

 片山は拳を握り締めると、力任せに拳を地面に叩きつけた。

 舗装された道路が割れ、その破片を散らす。

 それは中尾の生命の散り際を思い出させるだけで、落ち着かない彼の気持ちに収まりをつけてくれるものにはとてもなりそうになかった。


「クソがッ…………クソッタレがあッ!!」


 片山の絶叫は……未だ収まらない瓦礫の崩落する音に、隠される様に飲み込まれていった。






「……クッ」


 一号車両の爆発の轟音と片山の怒声を聞いた郁朗は、当然の如く自責の念に駆られていた。


「おやおや、どうしました? 自分の手で守れましたか? 誰か亡くなったみたいですね」


 男は悲しそうな顔をしているが、その明らかに芝居がかったそれは郁朗の神経を逆撫でするだけである。

 揺さぶりをかける為にあえてやっているのだろう。

 強く光ったカメラアイに睨みつけられても、彼は顔色一つ変えようとしなかった。


「大変だったんですよ、あのMAT搭載型の歩兵戦闘車を借り受けるのは。他都市(そと)向けに準備されていた物ですからねぇ……でも安心して下さい。これはあなたの責任ではありませんよ。元々あと五分もしないうちに撃ち出される予定でしたから」


 郁朗は男に応えない。

 機械の瞳を更に強く光らせながら、黙って男の側へ歩を進めた。

 男は何の警戒もせずにいたので、片腕の郁朗でも直ぐに捕まえる事が出来た。

 襟元を乱暴に掴み、乱暴にそのまま持ち上げてみせる。


「……あなたの腕は小さすぎる。結果はご覧の通りです。早速取りこぼしが出ましたね? 責任が無いとはいえ、亡くなった彼等に何と言って謝るんです? それとも知らん顔を決め込みますか?」


 男は吊り上げられて尚、郁朗を挑発した。


「……あなたみたいな人を即座に殺せなかった僕のミスだ……何かやるってのは判ってたのにッ!」


「それは残念でした。どうです? 気が変わりましたか?」


「…………授業料はバカみたいに高くついたけど、次はもう間違えないよ。村上さん、高杉さん……中尾さん……許してくれなんて言えないけど今はこれで勘弁して欲しいかな……」


 郁朗に男の言葉に届く事は無く、悔恨の言葉を念仏の様に唱えている。

 郁朗は一度襟から手を離して浮いた男の頸部を掴み直し、徐々にその首を締め始めた。


「…………ッ! 結局あなたも力に飲み込まれますか! それもいいでしょう! その力を好きに振るって何もかもを無秩序に壊すといいです!」


「……あなたに家族は? 遺言があるなら伝えてもいい」


 男は頸部を締められても尚、高らかな声を上げて郁朗へと破滅の言葉を投げかける。

 だが彼はそれすら無視し、男に末期の言葉を求める。


「家族などいませんよ。私は機構の作った施設の出身です。()の理想を体現しているのが我々です。伝えるべき遺言など持ちません。己が為に考え、己が為に生き、己が為に死ぬ。それがあの施設の教えです」


 にこやかにそう言った男を一瞥すると、郁朗はその掌にかかる力を強めた。



「なら、いいかな」



 グジュリ



 郁朗は逡巡する事無く、たやすく男の首を潰した。

 折るのではなく、頚椎を中心に首を握り潰したのだ。

 子供の頃によく遊んだ、水風船を握って破裂させた様な感触が残る。


 再び天幕の中は赤に染まる。

 郁朗の手が血に濡れたが、何も気にならなかったかの様に、男の死体を地面に無造作に放り投げた。


 ドサリと音を立てて打ち捨てられた死体に、一瞥をくれる。

 薄ら笑いを浮かべたまま死んだ男に対し、湧き上がる感情は無かったのだろう。

 彼の耳には仲間達が撤収の為に動き始めている通信が聞こえている。

 郁朗は落ちていた自分の右腕を拾い上げ、覚束ない足取りで自陣へ向かえる経路を探し始めた。



 この日、藤代郁朗は初めて自分の意思で生身の人間を――――その手で殺した。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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