3-9 怒鬼の逆撃
-西暦2079年5月17日11時20分-
「そういう事だ、今から三十秒後に俺とイクローが敵陣に突入する。突入後は二分でいい、発砲を停止しろ。俺達が76式を始末してる間に車列を変更だ。ここまでの事になっちまえば、もう十字砲火なんざ必要ねぇ。並べて壁にしちまえ。ただしだ。一号車両はいつでも突入出来る様に、アイドリング状態にはしておけ。以上だ」
中尾との通信を終えた片山が郁朗へと振り向く。
二人は既に38番道の角にあるビル影へ到着しており、後は壁を数枚突き破って敵陣に突入するだけであった。
「……よし、行くか」
「……うん。僕のこれは子供みたいな義憤なのかも知れないけど……連中を指揮してる人間を簡単には許せそうに無いから」
「ちったぁ、冷えたか。それでいいさ。ちょっと下がってろ……フンッ!!」
そう言うと片山は壁に向き直り、専用装備のフォアグリップを両手で握ると、ツルハシの様に壁面を銃把で思い切り殴りつけた。
ゴバァッ!
壁面に亀裂が入り、数回殴りつける事で穴を広げ大きくしていく。
片山専用に作られた装備、それは大型のショットガンであった。
4GA・M31ライアットレプリカ。
団長と呼ばれる者ならば、使う武器はショットガンしか無いだろう。
そんな郁朗の安易で訳の分からないこだわりの提案により、整備班によって銃身からギミックに至るまで一から制作されたカスタムメイドのショットガンである。
当然大元となったモデルと同じにストックは無く、取り回しの良いピストルグリップ仕様となっている。
使われている弾薬も極東では製造されていない規格の弾薬の為、それも整備班謹製の物が用意された。
元々近接戦闘を得意としている片山にとって、ショットガンの扱いは慣れたものである。
陸軍時代に参加したテロリスト鎮圧作戦でも、彼は小銃では無くショットガンを使い大暴れしたそうだ。
それに彼自身がかの先人にとてつもない憧れを抱いていた事もあり、あっさりとこの兵装を使用する事を受け入れた。
銃把だけは片山のリクエストで、樹脂製では無く頑丈な均質炭素鋼の物に換装されている。
先程壁を殴って破った様に、格闘戦で鈍器の代わりに使用するからだ。
71式や76式の砲声が響いているせいか、壁を削っている事に気づかれている様子は無い。
そうして三棟分のビルの内壁を掘削していき、敵陣の真横にあたるビルにまで辿り着いた。
「イクロー。このビルの上階からその手榴弾を76式の弾薬ケースのある場所に全部投げ込んでやれ。俺は爆煙に紛れて76式本体を持ってるEOを全殺しにする」
「了解。あのさ……投げ終わった後なんだけど……」
「……どうした?」
片山は郁朗の言葉を待つ。
菅田が死んだ直後とは違い、移動中の時間も合わせて頭も冷えたのだろう。
何か思いついたのであれば聞いてみようと思ったのだ。
「陣地で暴れるんじゃなくて、好きに動いてみてもいいかな?」
「……何するつもりだ?」
「あー……ちょっと誘拐してこようと思ってさ、偉い人」
数秒の沈黙の後、よっぽどツボに入ったのだろう。
片山は敵陣の側だというのに大笑いしている。
「クッ……ハハハハハハハハハハ! はぁー……面白ェ。まぁ確かにやれなくはないだろうな。人質にするってか?」
(頭が冷えた途端にこれだ! 敵陣中枢に単独行するだけじゃなく、頭を拉致ってくるだ? やっぱりこいつが据わった時の発想は普通じゃねぇな!)
「そういう使い方が出来ればいいんだけどね。どういう顔してEOの指揮をしてるのか見てみたくなったんだ……いいかな?」
「……まぁいいだろう。こっちは俺一人でも十分だしな。但し、感情だけで動くな。俺が引けと言ったら絶対に引け。守れるか?」
「……うん。この身体になってから……怒るって感情の抑えが前より効かなくなってるみたいなんだけどね。でも、約束は守るよ」
「……判った。行って来い。そんでどんな野郎か知らねぇがとっ捕まえてきてくれや。それ相応の報いはくれてやる」
「……ありがとう。よし、やろうか!」
郁朗は気合を入れ直すと一先ず四階へと上がった。
上からちょっと投げるだけの作業ではあるが、上階まで行き過ぎて目測を誤る事を恐れたのだろう。
戦場を俯瞰する意味で丁度いい高さであったという事も、この階層で足を止めた理由の一つではある。
道路側に面した壁面は採光の為の大きなガラスが入っており、壁面の支柱に隠れながら下を窺うと敵陣が一望出来た。
バリケードから程近い所に見覚えのあるケースが山積みされている。
76式の弾倉運搬用のケースだった。
「団長、そろそろやるよ。準備はいいかい?」
『おう、いつでもやってくれ』
「カウントいくよ……5……4……3……2……1……今ッ!」
郁朗はガラスを空いた方の腕で盛大に割ると、まず手榴弾弾倉の一つを敵陣めがけて放り投げた。
弾薬ケースの周辺に居たEOにぶつかったものの、誘爆を狙うのであれば位置的には悪く無い。
続け様にマウントしてきていた手榴弾弾倉残り全てをその近くへと投げつけていく。
車両陣地へ向けて弾幕を形成していた71式の銃口が、幾つかではあるが自身へ向けられた気配を感じた郁朗は、それらを完全に無視して上階へ向かった。
そのまま屋上伝いに敵前衛を抜け、敵陣本部を強襲するつもりなのだ。
郁朗の投擲から数秒後、手榴弾弾倉の信管に火が入る。
爆発の瞬間、その状況を直接目にしていた者達の網膜を一瞬ではあるが焼いた。
彼等の耳を穿ったのは爆音に次ぐ爆音、いや轟音と呼ぶべきだろう。
火が入ったのは郁朗の投擲した弾倉だけでは無く、積み上げられていた76式の弾倉ケースにも狙い通りの誘爆が開始される。
その場で当たり前に爆砕する物もあれば、推進用の炸薬に点火し、周辺を飛び回りながら飛散する弾頭もあった。
粉塵で目視する事は出来無いが、弾倉ケースのあった場所には今や大きな空白地帯が誕生している。
当然ながら、側にいたEO達は軒並みバラバラにされ消し飛んでいた。
爆心地から離れたEO達は、この状況になっても車両陣地への射撃を継続している。
有機的思考の出来無いEO達には、この状況でどう動くべきかの判断は不可能だったからだ。
「おおォ……危ねぇな。こっちまで吹っ飛ぶとこだったじゃねぇか」
この視界の利かない状況を利用しなければならないのだが、余りにも強い衝撃であった為、片山の出足は一歩遅れている。
部屋を幾つか隔てていたとはいえ、幅三十メートルの道路の一角が文字通り消し飛ぶ程の爆発だったのだ。
余波だけ抜き取ってみても、生半可な衝撃では無かっただろう。
「さて、いい具合に煙ってやがるな。これなら少々暴れても捕捉はされねぇだろう」
38番道の現状を見た片山は、カメラアイを動体センサー主体の物に切り替える。
バイザーに映るセンサーの映像の明瞭さを確認し、余裕をもった足取りで建物の出口へ向かった。
周囲で動く物は全てが敵なので、煙の中ででもフレンドリファイアの心配も無く安心して発砲出来る。
道路に面していたフロアは当然壁面が無くなっており、爆発の残滓である白煙がなければ即座に発見されていただろう。
目の前にEOが一機見えたので即座に至近距離まで近寄り、ライアットレプリカで数cm先の頭部を狙い射撃する。
ボンッ!
ショットガンの口径はそのゲージサイズで決まる。
ゲージサイズは1ポンドという規格重量を、ゲージ番号の数で割った重さの玉の直径で決まる。
当然番号が大きくなる程に、その直径は小さくなる為威力も小さくなっていく。
標準的なショットガンのゲージは12ゲージと言われているのだが、大型化されたこのライアットレプリカは4ゲージである。
口径にしておよそ7mmの差が生まれているのだ。
当然、使える実包の威力も既存のショットガンとは隔絶した桁違いの物になる。
現在ライアットレプリカに装填されている弾薬は、バックショットと呼ばれる一つの実包内に6~9個の中型の散弾を詰めた物だ。
本来の12ゲージであるのならば、鹿などの中型動物狩猟向けの散弾として運用されている。
と言っても、ライアットレプリカのサイズから考えれば、当然ただのバックショットでは無い。
00000B弾と呼ばれる特別製の物なのだ。
12ゲージの000Bで一粒の直径がおよそ9mm。
クイントオーバック弾の一粒はおよそ13mmの大きさになる。
バレルはシリンダーバレルと呼ばれるチョークによる集弾補正をしていないフラットな物なので、集弾性はそれ程高くは無い。
だが射撃戦では無く近接格闘戦での使用が大前提とされているので、片山自身は集弾性をそれほど重要視していないのだろう。
至近弾を頭部に受けた敵性EOは、大きく開いた頭部の穴から脳漿をどろりと漏らしていた。
そう……片山はこのライアットレプリカをただの銃としてでは無く、打撃武器の一つとして使用しているのだ。
銃把で殴り、時には敵の打撃を受け止め至近距離から散弾をお見舞いする。
軍大学時代以降無敗を通した格闘教練の積み重ねが、EOの強靭な身体スペックとライアットレプリカという相棒を得た事で昇華し、この敵だらけの場で破壊する者としての性能を最大限に発揮する事になった。
ボムッ!
ジャコンッ!
ボムッ!
セミオートでないライアットレプリカは連射が出来ない。
しかし却ってポンプアクションである方が、独特のリズム感で格闘を行う片山との相性は良かったのだろう。
視界が悪い中をズカズカとバリケード側へ歩いて行き、見かけるEOへは打撃を加え、頭部に至近から散弾を見舞って脳を破壊していく。
(さぁ、次はどいつだッ!? 派手にやらかしてくれた落とし前はつけて貰うッ!)
部下を……いや、仲間を殺された片山は郁朗とは違う形で静かに怒っていたのだ。
76式を携えたEOを見つけると、即座に接敵してEOと76式両方の息の根を止める。
首を捻り抜き四肢の関節を砕かれたまま地面に転がされた機体や、構えている76式の弾倉を散弾で打ち抜き起爆させ宙を舞わされたEOも居た。
味方の密集している中で71式を発砲する個体も存在したが、結局は仲間の残骸を増やしただけで片山によって無力化されてしまっている。
舞う様に片山は敵陣内を縦横無尽に動き、この戦場を支配・掌握した。
そして爆煙が都市内空調によって流され始め、肉眼でもその戦場が見通せる様になった頃には……バリケードの側で76式を装備していたEOは一機も残る事無く、片山のその手によって狩り尽くされていたのである。
とりあえずの目的を達成した片山は、状況を確認する為にも安全地帯を求め、突入してきた建物と逆方向のビルの入り口を破壊しながら進入し、その姿を隠す。
物陰に入るとライアットレプリカへの給弾を行うが、弾種を変更しスラッグ(一粒)弾をチューブマガジンへと装填していく。
突入してくるEOを狩るには、通常弾ではストッピングパワーが明らかに足りていないからだ。
郁朗が何らかの成果をあげるか、自身の限界までその場に立て篭もって時間を稼ぐつもりなのだろう。
その試みは76式の脅威が消え去った事で再開された自陣からの援護の弾幕もあり、状況は彼の望んだ通りに進みつつある。
余裕が生まれた事から、片山は郁朗へと通信を送った。
彼の状況いかんによっては、自身も屋上伝いで手助けに向かうつもりだからだ。
『イクロー、こっちは片付いた。そっちは?』
「順調にビルの屋上を進んでるよ。本部の設営されてる天幕が真下だね」
軽快な足取りとは言えないものの、郁朗は大きな障害にぶつかる事の無いまま目標地点へと到達していた。
八階建てのビルの屋上から、本部と思われる天幕を見下ろしている。
『そうか。あと少しだけ時間を稼げばいいんだ。もうじき中尾が一号車も突入させるだろう。やるんならさっさとやっちまえ』
「了解。今から降下するよ」
郁朗は通信を切ると片足を虚空に放り出し、敵軍本部の設営されているであろう天幕の上に屋上から降下した。
バリッ! グシャッ!
積まれていた通信機器か何かの上に降りたのだろうか。
着地の時に硬い物を踏みつけた感触があった。
真下に居たのが人で無くて良かった思うと同時に、即座に周囲を見回して一番偉そうな人物を物色する。
天幕の中には数人の人間がフリーズしていたが、この銃弾飛び交う戦場でヘルメットもつけずにいる人物は一人だけだった。
恐らくその男が部隊長なのだと郁朗はアタリをつける。
壮年の男に急接近し、後ろからガッチリと羽交い締めにした。
「この部隊を率いているのは……貴方って事でいいんですかね?」
「……グッ! ……何をする! 離せ! 離さんかっ!」
郁朗は抵抗するその将官の腕をさらにきつく締めあげた。
「答えになってませんよ。腕……無くしたくないでしょう?」
柔らかい声質のその中にある破壊の意思を感じたのか、周辺にいた将兵が代わりに郁朗に返答をする。
「その方が我々の大隊の長だ、それは間違い無い。もういいだろう、それ以上やると二佐の腕が……聞こえているんだろう? 早くそのオートンに命令を出して止めてくれ!」
「……何か勘違いしてやいませんか? 僕はオートンなんかじゃない……もう何回言ったのかな、この台詞も。あなた方が何も知らずにオートンと思って使ってる、表のアレ。本当は何だか教えてあげましょうか?」
何を言っているのか判らない、という様な顔をしている将官達を無視して郁朗は言葉を続ける。
「アレね……あなた方の元同僚か部下の人だと思いますよ? 人間の脳が頭の中に入ってるんです。もう一度言いますね。人間の脳が、あの黒い機体の頭に埋め込まれてるんです。嘘だと思うなら僕達が居なくなった後にでも調べてみるといい。頭を撃ち抜かれて脳が露出してる機体ぐらい転がってるでしょうから」
一人の将官が恐る恐る郁朗に訪ねてきた。
「なぜそんな事をこんな真似をして我々に知らせるのかね? そもそも何でそんな事を君が知っているのかね?」
「そんな事も解かりませんか……同じ基幹技術でこの身体に脳を埋め込まれているからです。僕が彼等と似た身体を持っている事に……何の疑問も湧かないんですか? そんな体たらくで……よく軍を率いるなんて言えますね」
「何をッ――」
「この技術を作ったのは機構なんですよ? どうせこの現場にもオブザーバーか何かで、機構から人間が来ているんでしょう? あなた方にこの事を知らせたのは、何も知らずに機構の言うがままに動かされ、僕の仲間を殺したからです。そんな人間がどんな顔をしてこれから先の人生を生きていくのか……その顔を見たかっただけです」
郁朗が早口で喋った内容を上手く飲み込めてはいないのだろう。
激昂しかけた将官も今は口を噤んでいる。
確かに機構から新型オートンの運用の名目で人員は派遣されていたが、信じられないといった顔をしている人間がほとんどだった。
「とにかく一刻も早く戦闘を停止させて下さい。それまでこの偉い人は僕が預かっておきます。僕達のオートンとしての情報くらいは貰っているんでしょう? 一人だからって、あんまり舐めない方がいいです。あなた方を皆殺しにして逃げる事くらい、簡単に出来ますから。無駄な事はしない方がいいですよ?」
将官達は郁朗の警告に眼を合わせてどうするか思案するが、戦局を見る限り本当の事を言っているのだろうと考えていた。
郁朗の提案を飲むしか無いと判断したその中の一人が、EOへの攻撃停止命令を伝達しようとした時――
ドンッ!
後方で温存されているこの軍の車両群のある方向から砲声がした。
ビシャビシャビシャッ!
水音と共に赤く染まる天幕。
郁朗が羽交い締めにしていた将官は、既に人の形を失っていた。
胸から上が消し飛び、ただの肉片になって郁朗の身体に寄りかかっている。
吹き出る血飛沫を浴びた郁朗の身体も赤く濡れた。
そして郁朗の右腕もまた、砲撃の直撃を受けた勢いで捩じ切られ地面に落ちている。
被弾した部分は即座に痛覚と循環液の流出をカットした為、痛みも感じていないし動作にも大きな支障は無い。
ドンドンッ!
誰もがその場の赤い風景を認識したと同時に、立て続けに砲声が起きる。
郁朗は先程の砲撃の直後から、リニアプロテクターを作動させていた。
頭部を中心に胸部までを包んだ磁場フィールドが、恐らく68式の物であろう徹甲弾をその斥力で天幕の外へと弾き飛ばす。
使用限界時間ギリギリだった為にアラートが鳴り、リニアプロテクターはその動作を停止した。
「困りますね……そうペラペラと色々喋られては」
はっきりと聞こえたその声の方を向くと、戦場には全く似つかわしくないスーツ姿の二十代と思しき若い男が居た。
その男を見た郁朗の心が、不思議な事に何かを告げていた。
今すぐこの男をどうにかしなければならない、と。
恐らく片山や新見ならば即座に発砲していただろう怖気の元を、この男は発していたからだ。
しかし機構に属する、それもEOの根幹に触れている人間と接する機会などそうそうある事では無いだろう。
郁朗は自分の感情を押し伏せ、男との対話に望んだ。
「……機構の方ですか? ……なぜこの人を殺したんです? いや……殺す必要があったんですか?」
「おや、心外ですね。あなたのお仲間を殺した人間を……私が処分して差し上げただけじゃないですか。何か不都合でも?」
彼のその口振りだけで郁朗には堪え難い苛立ちが襲いかかった。
その証拠に彼の口調は荒れ始めている。
「誰が殺してくれって頼みました? 人がこんな死に方をしていい訳が無いでしょう!」
「……自分では何も考えない人形の様な男が人? あなた自身も先程仰ったじゃないですか。何も疑わずに、命令に従うだけの人間だと。こいつらの価値なんてEOよりも遥かに低いんですよ?」
男は大きな身振りをしながら、唖然としている将官達に向かってはっきりとそう言う。
そして懐から銃を取り出すと、将官達に向けて発砲した。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.05.13 改稿版に差し替え
第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。