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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
41/164

3-8 喪失を呼ぶ黒甲

 -西暦2079年5月17日11時05分-


 機構側EOの出現と戦闘開始からおよそ三十分が経過している。

 データを吸い出しているであろう新見からの連絡は未だ、無い。


 EOの残骸で構築されたバリケードはあれからも徐々に距離を詰め、今では情報処理センター正門前から二百五十メートルの距離まで接近を許している。

 その陣容は最初に蹂躙したオートンの残骸すらも吸収し、分厚く頑強な物になりつつあった。

 郁朗達の攻撃もバリケードの完全な破砕は諦め、その一部を吹き飛ばす事により空いた隙間へ火線を集中させ、少量の出血を相手に強いるだけに留まっていた。


 数に任せて一斉に押し込んでこないのは不気味だが、今の所はその遅攻に助けられている。

 だがもし何かの拍子で均衡が崩れ、ダムに開く蟻の一穴の如くあのバリケードが崩れたとしたら。

 黒い津波に襲いかかられ食い荒らされるのは間違い無くこちらだ、というのがこれを目の当たりにしている郁朗達全員の想いだろう。


 屋上からは断続的に環の発する狙撃音が響き、周辺ビル群からの狙撃や砲撃を無効化している。

 現状、郁朗達の中で一番冷静に物事を進めているのは環なのだろう。

 彼は以前の発言通り、自分の仕事の邪魔になる物には容赦が無い。


 大きな動きの無い状況はこのまま続き、拮抗するかに見える。

 そうであればこのまま維持出来れば上手くやり過ごせるのではないか?

 そんな安心と余裕が郁朗達に少しづつ生まれ始めていたが、それは容易に打ち砕かれるのであった。


「団長……あいつら何か運んでるみたいだ……タマキッ!」


 皆よりも少し高い四号車両のテラスに居たせいだろうか。

 郁朗にはEOの群れが波打つ様に動いているのが少しだけ見て取れた。


 周辺ビル屋上への索敵に監視のリソースを割いていたため、環はその行為の発見が出来なかったのだろう。

 視点を周辺ビルから外し、小さく蠢きながら何かを運搬しているEOの群れを見つめる。


『…………ッ! 団長さんッ……いよいよ逃げ時かもしんねぇぞ……連中……武器運んでやがるッ!』


『……数は?』


 錯乱してもおかしくない事態であるはずなのに、片山の声は酷く落ち着いていた。

 それは環を少しばかり苛立たせる事となる。


『数はじゃねぇッ! んなもん、テンコ盛りに決まってんだろうッ! 俺が(・・)逃げる算段立てようって言う位なんだ! そんくらい察してくれッ!』


『…………新見のダンナ、聞いてたか? これはもう……俺達だけじゃどうにもなんねぇぞ? そっちの作業はどうなんだ?』


 ちゃんと通信を聞いていた様で、新見から即座に通信が返ってきた。


『本部に問い合わせました。パスコードが十五秒単位で変動しているそうです。総動員で解析にかかってくれていたのですが、これは時間切れと考えていいでしょう……万が一の場合の事を考えて撤収手段の要請だけは、EOとの会敵時にしておきました。環状大河から撤収します』


『河から撤収ってダンナ、どうやってこんだけの人数で逃げんだ? 何か奥の手でもあんのか?』


『ええ、あります。ただし、到着まで恐らくですが……あと二十分程かかります。その時間だけどうにか稼いで貰えませんか?』


『そっちの分隊員の手は……無理か』


『ええ。拘束している職員達の安全も図らねばなりません。このままここに残していけば間違いなく殺されるでしょう。私は今から記憶媒体の取り外しにかかります。せめて持ち出せるだけでも持ち出しますよ』


『……判った。最悪、ダンナの分隊だけでも職員を連れて脱出してくれ』


『……了解しました、ご武運を』


 戦力比は有利に見積もっても1対5。

 それだけの戦力差にしてはよく保っている。

 だがあの数に火砲の火力が加わるならば……この差はどれだけ広がるか判らない。


(どうにかして……上手く逃げ出さねぇとな)


 片山はやるべき事を脳裏でまとめ、一息吐くと正門前にいる全員に対して指示を出し始めた。


『さて、野郎共。今の通信は聞いてたな? どうやら今回の作戦は半ばで失敗らしい。だが新見のダンナが脱出するまでの時間を、俺達で何とか稼がにゃならん訳だ。敵さんのバカみたいな数の銃口に睨まれる中でっていう面倒くせぇ条件までついてくる。まぁ……死ねって言ってる様なもんだな』


 誰もが文句を言わず黙って静かに彼の話を聞いていた。


『逃げたい奴ァいるか? いるなら裏の環状大河に今すぐ飛び込め。ダンナの言ってた通り、撤収は河からだからな。別に逃げたって文句を言いやしねぇ。自前のは一個しかねぇんだ、命ってのはよ。使い道は自分で決めりゃあいいさ』


「……まぁ団長が残って僕が残らない道理は無いよね、生身の中尾さん達と比べたら死ににくいんだしさ。ね? タマキ?」


『まぁそうだろうよ。それに周りのみんながくたばっても、俺ァ逃げ延びる自信あるしな』


『うちらもそうですかね。このチームに参加した時点でこの身体の使い道は決めてますよ。無駄死にする気は無い、とだけは言っておきます』


 中尾がそう言うだけの事はあるのか、戦闘班員から離脱者は出なかった。


『まぁこうなるとは思ってたがな……お前らが期待通りのバカタレ共で安心した』


「団長がそのバカタレ筆頭なんだから仕様が無いよ。教育って怖いよね、思考が似てきちゃうんだもの」


 全員が腹を括ったという安心感からか、班員達からも笑い声が漏れる。


『うるせえッ……よし、時間配分すっぞ。ダンナが言うには撤収の為の何かがここの裏手に到着するまで二十分程だそうだ。まずは十五分、こっちのありったけの弾薬で徹底的な弾幕を張って耐えるぞ。出し惜しみは無しだ。十五分耐えたら……俺とイクローは道路両脇のビルの壁を破って、バリケードの向こう側に突入する』


「ひっかき回せばいいんだよね?」


 本人の承諾も取らず、遠慮も何も無く郁朗へと地獄行きの切符を手渡す片山。

 だが郁朗はそう選択せざるを得ない彼の心情を読むと、同意を通り越して自身の役割についてのみ言葉を返した。


 転化され、意識を取り戻してから半年。

 郁朗と片山の間には互いの背中を簡単に預けられる……そんな信頼関係が構築されているという事なのだろう。


『ああ。いくら使い捨ての駒とは言えだ。奴らの集団に紛れ込む形で暴れれば、そうそう簡単に重火器は撃ってこれないだろうからな。俺達が撹乱を開始した同時に……中尾、一号車両に残った大型兵装と弾薬、特に残すとマズイもんを全部積んで、アクセル固定であのバリケードに向けて走らせろ』


『信管はどうします?』


『リモートは……無いんだったな。時限信管で三分。車が走りだしたのを確認したら、最低限の携行兵装だけ持って裏手の河へ全員で逃げろ。欲ばんじゃねぇぞ? もったいねぇがバギーも全部置いていく。無事に車が突入し終わったら、それに紛れて俺とイクローもトンズラするからよ』


「えーと、殿で踏んばりながらって事でいいのかな」


『遅滞防御ってやつだ。まぁ車が吹っ飛んじまえば敵さんもそれどころじゃねぇと思うがな。タマキは屋上から支援ってのに変わりはねぇが、下からの砲撃にも気を配れ』


『ういーす。俺の撤収のタイミングはどうすんだ?』


『車の爆発を確認したら後は適当にやれ。いいな? 適当にだ』


『へいへい、りょーかい。適当(・・)にやるさ』


『こんな状況だ。プランなんてもんは何もねぇが、追い込んだつもりでいる相手の指揮官に冷や汗の一つでもかかせてやろうじゃねぇか……やるぞッ! てめぇらッ!』


『『『『『「了解!」』』』』』


 各員が再度兵装のチェックを行う。

 

「間崎さん、76式の弾倉のプログラム変更お願いします。通常炸薬の物は時限信管モードで設定は十秒に。フレシェットの一番と二番は距離設定百でお願いします」


「手榴弾の代わりにするんだな。だがフレシェットは何に使うつもりだ?」


「嫌な予感がするんですよ。ここまで砲撃は十一階に当たった一発だけでしょ? タマキが押さえてくれてるからそれだけで済んでるんです。タマキ一人で対処できない量の砲撃をお見舞いされたらどうします?」


「なるほどな、そういう事か……判った。無いよりマシな気休めだろうが用意しとくに越した事は無いからな」


 間崎は手際良く弾倉の横のパネルをいじり、弾倉の設定を変更していく。

 76式の弾倉プログラムは整備班により一部改良されており、投擲にも対応している。

 通常の運用方法なら弾倉を投擲する事などまずあり得ないのだが、EOのパワーがあればその様な運用も可能なのであった。


 76式への一号フレシェット弾の装填が終わったと同時に屋上から砲声が起こり、敵陣で爆発が起こった。

 タマキが配置されつつあった敵の76式の弾薬ケースを狙った様だ。

 だが効果は小さく、それで機先を制したかに見えたがそう甘くは無かった。


 攻撃準備を終えたであろうEOからの射撃がとうとう開始される。

 テラスの装甲板に隠れてチラリと砲火の列を見ると、71式が火線の主力のようだ。


 機構側のEOの発電量では、71式の移動運用は出力不足で不可能である。

 だが固定砲台として運用は可能であり、現状の様な数任せにした固定位置からの面制圧射撃は圧倒的なものであった。

 改造された運搬車両は、71式の着弾にも十分耐えうる強化が為されている。

 だがあとどれだけの時間、その強度を維持可能かどうかの予測は既に出来無くなっていた。


 キュボボボッ!


 敵陣からした76式の発射音が一同の背筋に怖気を走らせる。

 噴煙を残し着弾した先は、車両では無く情報処理センターの屋上近辺だった。


「タマキッ! 生きてるなら返事ッ!」


 郁朗は慌てて環に呼びかける。


 ドンッ! ドンッ!


 その呼びかけに返事をするかの様に、屋上からは敵陣への返礼とも言える砲撃音が鳴った。


『おーう……生きてるぜ。射撃位置変えてなかったら死んでたかもな』


 無事な環の声にホッとしたのもつかの間、郁朗のカメラアイには76式の次弾を撃ち出そうとしているEOの姿が複数見えた。


「クソッ! 間に合えッ!!!!」


 その時の郁朗の反射速度は後に自分でも驚く程のもので、思考と同時に左腕が動いていた。

 照準もつけずに76式を敵陣地に向けると、一号フレシェット弾を三連射した。

 同時に敵陣からは複数の76式の砲身が火を吹く。

 姿の見えない環は捨て置き、今度は車両へと狙いを絞っている様だ。

 ほんの一~二秒の出来事だったはずなのだが、郁朗はその時間を恐ろしく長く感じていた。


 ボッ!!!!


 フレシェット弾頭の炸薬に火が入り、対人用の小型の矢が無数に吐き出される。

 ちょうど敵の76式の弾頭の進路を遮る壁の様に広がったその矢は、車両へと向かって来る弾頭全てに対して影響を与える事に成功していた。


 ある弾頭は串刺しにされその場で起爆、飛散する。

 ある弾頭は推進部を破損し明後日の方角へ飛んで行き着弾する事なく爆散した。


(驚いたな……あんな反応が僕に出来るんだ……)


 とっさの反応ではあったが自分にしては出来過ぎだと郁朗は思う。

 彼のアスリートとしての本質なのか、それとも転化された事による恩恵なのか。

 それを判断している時間は今は無い。


『やってくれるな、イクロー! 助かった――』


 片山の賞賛の通信が耳に届き、全ての弾頭の迎撃に成功したと思った最中。


 キュボボッ!!


 目視出来無い場所にでも居たのだろうか。

 第二射の76式の砲身がバリケードから顔を出し、即座に撃ち出されていた。


(間に合わないッ! 通常炸薬の弾頭なら何とか耐えられるッ、そうであってくれッ!)


 ゴゴバァン!!


 着弾の瞬間は見えなかった。

 視界を巡らせる郁朗が目にしたのは、彼の右側に位置している三号車両の一部が黒煙に包まれている姿だった。


『三号車両被弾!』


『被害報告ッ!』


『負傷三ッ! …………菅田がッ……菅田死亡ッ……』


『……ッ!』


 着弾した弾頭はHEAT弾だったのだろう。

 郁朗の居る場所からは着弾の様子は見えなかったが、通常炸薬なら一発程度では内部に死者が出る程の被害は出なかったはずだ。

 死にゆく現場を目の当たりにした訳では無いが、隊内で初めて死亡者が出た事が彼の判断を狂わせる。


 それ程深い付き合いでは無かったが……郁朗の知る菅田という男は大きな声でよく笑う、気持ちの良い好むべき人間だったからだ。


「……団長。このままじゃジリ貧だ。十五分も待ってられない! 僕がッ!」


『一人で行ってどうすんだッ! おいッ! 待てッ! イクローッ!』


 郁朗は通信を切り71式改一式と76式をマウントからパージする。


「藤代ッ! やめろッ! 行くなッ!」


 空いた各部のマウントに手榴弾化した76式の弾倉を素早く装着すると、間崎が静止するのも聞かずに四号車両のテラスから飛び降りた。


 敵の弾幕から車両を壁にして隠れる様に敷地の端へ向かう。

 敵陣からの砲火は道幅の狭さから、十字砲火では無く直線的なものであった。

 その為横合いには接敵出来るだけの安全な空間が十分に存在するのだ。


 郁朗が情報処理センターのフェンスを乗り越えて敷地外に出ようとした時、急に肩を掴まれて頭に衝撃が走る。

 頭部に痛覚は無いので痛みは感じないものの、敵性行動を取られたので慌てて振り返ると、そこには肩のマウントに新型の専用兵装を引っ掛けた片山が立っていた。


「お前が先走ってどうするッ! 菅田はテメェで覚悟を決めて死んだんだッ! ショックを受けたかもしれんがな……お前が一人で何もかもやろうとするなッ、一人でッ!」


 すこぶる機嫌を悪くしている片山に対して郁朗は反論する。


「じゃあ団長は黙って弾幕でも張ってろって言うのか? 菅田さんが死んだんだ……殺されたんだぞッ!」


「…………お前が身内に何かあるとキレる人間だってのは解かってたつもりだったんだがな……憶えてるか? 俺達に拉致られて妹さんの名前を出された時の自分を。なんとも身内に甘い男だと思ったもんだぜ。だがな、人の覚悟をお前が勝手に踏みにじるな」


「……そんな話どうだっていいよッ! 今はあの砲撃を止めない――」


「誰が止めないなんて言ったッ!」


「……ッ!」


 片山は郁朗の激情に真っ向からぶつかるつもりだった。

 心情的は彼にも理解出来る。

 片山にとっても菅田は知らない人間では無いのだ。


 だが理性のコントロールが不能な状態の郁朗を、感情のままに戦場に投入する事は彼を見殺しにするのと同じと片山は考える。

 ならば自身のコントロール下に置くしかないと彼は判断したのだ。

 その為には郁朗に対して正面から現実を突きつける事から始めるしか無かった。


「俺は一人でやるなって言ったんだ。こうして揉めてる時間も、次の手を相談する時間も無いのは解かってる。だがな、一人で何が出来るか冷静に考えろ」


「考えてるさッ! だからこうして前に出て――」


「まさかお前……自分は死なないなんて思い上がってんじゃねぇだろうな? だとしたら頭を冷やせ。お前が自分のせいで死んだと判ったら、あいつだって死にきれねぇだろうが」


 自分のスペックを知り尽くしている片山にそう言われてしまうと、郁朗は自分が破壊されるビジョンしか想像出来なくなってしまった。

 たまらず片山に感情のままに訴える。


「じゃあどうするってのさ!? このままみんながジワジワと殺されていくのを見てろっていうのか!? 僕は嫌だッ! そんなの絶対に嫌だッ!」


「駄々こねやがってガキかよ……俺が一緒に行くに決まってんだろうが。元からそういう作戦だったじゃねぇか。時間がちっとばかし早くなっただけだ」


「団長……?」


 片山が自分を止めた言葉を思い返す。

 確かに一人でやる事に反対しただけで行くなとは言っていない。


「ただし、引っ掻き回すんじゃねぇ。あちらさんの76式の完全破壊だ。一本も残さずにな。時間がねぇ、行くぞ」


 ジャコンッ!


 片山が専用装備を肩から下ろし、発砲に必要な動作を行う。

 郁朗にはその動作音が、この蹂躙劇を終わらせる為の福音に聞こえていた。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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