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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
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3-7 黒甲の雪崩

 -西暦2079年5月17日10時35分-


『本部より通達、陸軍技研に動きがあります。大量の輸送車両が出立しました。恐らくは増援のEOと思われます。留意を』


 少し前にもたらされたこの通信の後、正門前の陣地は一気に緊張に包まれる。

 いよいよ機構側のEOと正対する事になるのか、と誰もが思った。

 そして誰もが早くこの状況を打開したいと思っていた。


「まだですかね、新見さん達は……」


 通信からそれなりの時間が経過した頃、郁朗が焦れた様にそう言ったのを間崎が聞き咎めた。


「おいおい、火力の要が泣き言か? さっきの本部からの通信の内容で緊張しちまうのは解かるがな、俺達は何があっても敵を通さない。それだけに集中してりゃいい」


「解かってますよ。でも新見さんや団長みたいに肝っ玉の据わった人達と僕を並べないで欲しいですよ……」


「バカ言うんじゃねぇよ。中尾さんだってお前の事褒めてたぞ。これからドンパチやろうって所で、お仕事頑張りましたか? なんて言えちまう人間の肝が据わってないんだったら、そうだな……俺達ァもう廃業確定だ」


「……その事はそろそろ忘れて貰いたいんですけどね……人様にあんな勧告なんてやった事が無いんだから、仕様が無いと思いません?」


「……そういう所なんだろうな。新見さんや片山さんがお前を評価してるのは」


「何がです?」


「いいんだよ、解かんねぇんなら。それより警戒だ、警戒。いつ襲ってく……」


 間崎は自分の見た物が信じられなかった。

 それを目にした戦闘班の面々も同じだっただろう。

 それらが目について十秒もしない内に、38番道が郁朗達の陣地に向かって黒に染まり始めたのだ。

 それを見た誰もが一瞬の間、正常な思考を失ってしまっていた。

 そんな瞬時の意識の空白を突くかの様に、


 ボッ!


 と遠くからその音がしたかと思うと、


 ゴウンッ!!


 次にはそんな轟音が響いていた。

 正面を様相を唖然と見つめていた班員達が、全員揃って情報処理センタービルへ振り向いた。

 十一階の角にあたる部屋の外壁が爆散していたのだ。

 彼等の目が向くと同時に、相手の火点を目ざとく見つけていた屋上の環からの反撃が行われる。


 ドンッ!


 正面の通りに並んでいるビルの一つ、千メートル程離れた建物の屋上で砲撃した者の姿が弾け飛ぶのを環は見た。


『やべぇッ! EOだったぞ!』


 環の一言で全員が我に返った。

 破砕された十一階の壁が破片となって車両の近くまで降りそそいでいたが、今の所負傷者はいなかった。

 

『どうしました!?』


 内部にいても振動を感じたのだろう。

 新見が状況確認の為の通信を送ってきた。


『ダンナッ! とうとう来やがったッ! クソッ、なんて数だ……しばらく通信出来そうに無いッ! どうにか保たせるから放送を急いでくれッ!』


 目の前を黒に染めていく自らに似た異形に飲まれ、片山もいつもの判断力を少し失いつつあった。


『……現在十階のライブラリです。後はここのデータを吸い出すだけで作業は完了します。こちらは拘束している局員達の保護を急ぎます』


『ああ、連中の砲撃は見境がねぇッ! 十一階の一角が吹き飛ばされたッ! この建物ごと俺らをやろうってハラだ。なんとか保護してやってくれ。通信、切るぞッ!』


 そうしている間にも彼等の正面の道路が、黒く蠢くEO達で埋まっていく。

 先頭との距離はもう八百メートル程しか無い。


『タマキッ! 連中を運んできた車両は居ないのかッ!?』


『見つけてりゃ報告してるぜッ! 車両が来た様子なんざ欠片も無かったっての!』


 先程本部からの情報で、陸軍技研からの増援が車両で出立したとの情報を得ている。

 だが環の優秀な索敵能力を以ってしても、その車両群を捉える事は出来ていない。

 何か別の手段を使った事は確実だろう。

 郁朗はそう考えると近辺の地理を思い浮かべ、数秒の間だけ思考の海に浸る。

 そしてある事に気づき呟いた。


「多分だけど……リニアレールだ……あっちの方角にはこのエリアのターミナルがあったはずだよ。技研のあるエリアからリニアレールならここまで十分もかからない」


「そんな馬鹿な話があるかよッ! チッ……スマン、続けてくれ」


 片山は自身が吐いた今の言葉を、口にした直後には反省する事となった。

 その発想に至らなかったとはいえ、可能性を否定する事は死に至る状況と判断したからだ。


「テロの鎮圧って事で徴用すれば、問題無く使えると思うんだ。EOの世論へのお披露目は済んでる訳だしさ。それに近代陸送における大量高速輸送の歴史の原点は列車だもの。使わない手は無いと思う。そうでないとあの通信からこれだけ短時間で……それも姿を見せずにEOがここに展開出来る説明がつかないよ」


 現時点では民間人にEOの存在は新型オートンとして公開されている。

 その事を考えれば十分に有り得る可能性だろう。

 社会科教師としてのアプローチも入っている郁朗の言葉は、片山を納得させるのに十分な説得力を持っていた。


『なるほどな……技研から出た車両ってのが、そもそもフェイクなのかも知れないって事か……民間施設まで使ってくるたぁ、この間みたいな一辺倒な指揮官じゃねぇって事だな。ヘタすりゃ軍人じゃ無い可能性も高い』


 第一連隊ならそこまでの無茶をしない。

 作戦立案時にそんな思考に囚われていた事による、大きな盲点だったとも言えるだろう。


『よしッ! キルゾーンを再設定すんぞッ! ちっと遠いが前方五百の信号のラインだッ! 環は屋上からの砲撃に注意しながら任意で支援しろッ! イクローは76式で真ン中より後ろの奴を分断だッ! 出来るだけでいい、吹っ飛ばしてくれッ! ……余裕はねぇからな……頭を狙えッ……』


「『『了解』』……」


 鈍い声音で返事をした郁朗は、左肩にマウントされた76式を射撃位置までスライドさせる。


「間崎さん、フレシェットの三号、距離設定は八百で。通常炸薬の爆風と破片だと効果が薄そうだし、二号より下だと効果無さそうですから」


「おう、すぐ装填する」


 76式のフレシェット弾(矢弾)は内包する矢の太さによって番号が振られている。

 一号と二号は集団対人戦用となっており、三号から五号の使用は車両への攻撃を想定されている。

 郁朗は対EO戦の脅威度を対車両戦闘と同じか、より上であると想定した。

 だがその想定は、それを使わなければ殺せないのだという思考を生み出し、彼の心に小さなささくれを生み出す。


 小さい葛藤に襲われている郁朗を尻目に、間崎が弾倉の側面にあるパネルに設定距離を打ち込むと、弾薬内部のチップに距離データが焼き込まれた。


 ガチンッ


 弾倉のロックされた音が、彼の左耳部のすぐ側から聴覚回路へと響く。

 知り得ぬ誰かを殺す為の準備が整ったという音がだ。


「いけるぞ、藤代」


 間崎からの淡々としたゴーサインと同時に、照準用のスコープを覗き黒い集団の中列辺りに照準を合わせる。

 郁朗は無機質な動きで整列しながら自陣へ向かってくる機構側のEOが、先程殲滅したオートンの群れと同じものにしか見えなかった。

 大型の暴徒鎮圧用の盾を持ちながら、恐怖する事無く整然と行進を続けている。


(あれで本当に人の脳が入ってるのか……? まるで……ただの機械みたいじゃないか……)


 事前に千豊から聞かされている通り、思考も記憶も奪われているのだろう。

 その集団からは人らしさ(・・・)というものが一切感じられなかった。

 その事が逆に彼等の頭部にある物が人の脳である事を郁朗に意識させ、銃爪にかかった指のモーターはすんなりとは動こうとしてくれない。


「代わるか?」


 先程までの飄々とした声では無い、深く底の冷える様な声の間崎の申し出に郁朗はハッとした。

 そんなに躊躇する空気が自身から出ていたんだろうかと思い、郁朗は間崎に問いかける。


「……判っちゃいますか?」


「まぁな……さて、どうするよ?」


 間崎は郁朗の返事を待つ。

 こうしている間にも敵性EOの侵攻は続いている。

 にも関わらず彼は待ってくれているのだ。

 人であった存在を殺す意思が固まる事を。

 ちゃんとした答えを出すべきなのだろうと、間崎のそんな誠意に言葉を返す。


「……ここで代わったって結果は同じなんでしょうし。ちゃんと、やりますよ」


 グリップをもう一度しっかりと握り直し、再びスコープを覗く。


(……ッ! ごめんッ!)


 ここまで随分と葛藤してきた案件に回答を出す時が来てしまった。


 その答として。


 郁朗は銃爪を、引いた。


 ボシュッ!


 郁朗の意思を乗せて76式の発射管から撃ち出された弾頭は、一次推進用の炸薬の火を吹かせながら、真っ直ぐEOの集団へ向かっている。

 七百メートル強飛んだ所で、本命の矢を飛ばす炸薬に火が入った。


 三号フレシェット弾に内包されている矢は直径20mm、長さ350mmとなかなかの大きさと言える。

 均質炭素鋼で出来たそれの硬度と質量エネルギーは炸薬程の破砕力は無いにしろ、貫通力だけで言えばバカに出来無いものを持っている。

 機構側のEOが設計基通りにセラミクスウェハースを装甲材を使っているのなら、その貫通力は一本で三機は貫ける計算である。

 それが七本撃ち出されるのだ。


 ゴスゴスゴスッ!!


 はっきりとしない距離で遠目に見ても、命中弾であった事がよく判った。

 何故なら矢弾に貫かれたEOの身体から、体液とも言える循環液が盛大に吹き出していたのだから。

 郁朗にはそれが鮮血に見えた。

 黒を染める緑の鮮血に。


(……クッ!)


 吐く物など無いのに郁朗の神経は嘔吐する事を求めた。

 人の身体であった時の名残なのだろうか。

 吐き気をこらえる様に銃爪の横にある装填スイッチを押す。


 カシュン


 次弾が薬室に装填された音を聞いて、再度スコープで狙うべき相手を探した。

 今の一撃で倒れたEOは十機程だろうか。

 活動停止したEOを後続のEOが踏み越えて進んで来たので、正確な撃破数は判らない。

 観測をしていた中尾にもその余裕は無さそうだ。


 ボシュッ!

       カシュン

 ボシュッ!


 立て続けに二発の三号フレシェット弾を郁朗は発射した。


 ドンッ! ドンッ!


 環も屋上から自分なりに見つけたターゲットへ向けて射撃を開始している。

 郁朗はこの二発のフレシェット弾で更に二十機強を仕留めたが、EOの隊列に影響を与えたとは思えなかった。

 オートンと変わらない感覚で味方の残骸を乗り越えてくるからだ。

 間崎はその状況には何も言わず、空になった弾倉を外し、同じ三号フレシェットの弾倉を装着してくれた。


 間もなく最前列が片山の設定したキルゾーンに入る。

 十字砲火と呼ぶには角度が狭いが、少なくとも直射のみの射線よりは効果が高いだろう。

 遊撃のはずのジープ隊も運搬車両の横に並んで砲火の一翼を担っていた。

 いよいよ中尾から射撃のタイミングを図る通信が入ってくる。


『50…………30…………10……5……今ッ!』


 ヴァァァァァァァァァァァァァォォォォォォォォォォォォ!!!!


 轟音と共にもたらされた暴威を受け止め、最前列のEOは崩れ落ちる。

 蹂躙、更にそれに続く蹂躙。

 装甲板を抉られ、アクチュエーターを削られ……更に運の悪い機体は厳重に保護されているはずの脳漿を、循環液と共に盛大に虚空に撒き散らかしている。

 後続の機体が左腕に持っていた暴徒鎮圧用の盾を構え動き出す。

 9mm弾なら受け止められもしただろうが、相手は12・7mm、それもライフル弾なのだ。

 弾頭の嵐はEO達の構えた盾すら貫通して、セラミクスウェハースの山を築いていった。


 ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!


 余りにも残虐で一方的なその光景が目に入らないかの様に、車列陣地の砲列から生まれる射撃は止む様子を見せない。

 郁朗も間崎の手を借り、三号フレシェット弾のストックが無くなるまで中列のEOを狙い続けていた。

 屋上から狙撃をしている環も含め、戦闘に参加している人員は順調に敵の数を減らしている様に感じている。

 どう見てもバカの一つ覚えである、物量に任せた突撃を繰り返している風にしか見えないからだ。


 だが犠牲になったEOの亡骸が、38番道の道幅一杯に積まれ始めた頃……情勢に変化が生まれた。

 積み上がり始めた残骸の山が少しづつ……少しづつではあるのだが動き始めているのだ。

 残念な事に屋上から俯瞰で見ていた環にしか、そうなっている原因は解からなかった。


『団長さんよッ! マジでヤベェ! あいつら……盾で味方の残骸押してバリケードにしてやがるぞッ!』


『捨て石どころか壁にしちまうのかよ……イクローッ! 通常炸薬でバリケードを吹っ飛ばせッ!』


「了解ッ! 間崎さんッ!」


「おうよッ!」


 間崎は手早く76式の弾倉を通常炸薬の物と交換した。

 とにかくEOの残骸の壁を取り除かなければと、矢継ぎ早に三射して壁に穴を開ける事を試みる。


 爆発と共に発生した煙が、そのまま爆風に巻き上げられている。

 煙が晴れて壁に穴が開いていればそこへ弾幕を注ぎ込み、相手方への出血を強いてやろう。

 そんな郁朗達の目論見は残念ながら泡と消えてしまっていた。


 たった今吹き飛ばされた残骸の穴を、後続のEOが盾で押し込む様に新たな残骸で埋め始めていたからだ。


『こりゃあ……』


『ええ……キリがありませんよ。どうします? 片山さん?』


 中尾から指示を求められるが、片山は出すべき有効な手札が現時点では無い事を理解していた。


『……最悪の場合だが、一号車両で手近なビルをぶっ倒す』


 一号車両とは作戦の最終段階で施設ビルを破壊する為に、炸薬が満載されている車両の事である。

 敵集団と自分達を切り離すには、本来想定していない使い方をする必要もあると片山は考えたのだろう。

 彼の本能がそうでもしなければ逃げられないと訴えかけているのかも知れない。


『とりあえずはそれで進路を塞ぐさ。とにかく、現状で出来る事は弾幕を張る事だけだ。有り難い事に敵さんの動きはトロい。それに今の所、あのバリケードから発砲される様子も無いからな。ダンナには急いで貰わにゃならんが、もう少しは時間が稼げるだろうさ』


 声の感じは普段の片山そのままだが、どこか無力感が滲み出ているのを郁朗は敏感に感じ取っていた。


(団長も辛そうだな……一機でも多く破壊したいところだけど、この数を相手に……撃たれない今の内ならなんとか出来るか……?)


 眼前の黒い壁がジリジリと迫ってくる最中、郁朗は自らの手が犯した禁忌をあえて忘れ、今はどうにか皆で生き残る事だけを考えるのだった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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