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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
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3-6 穿刺される虚構

 -西暦2079年5月17日10時05分-


 環から障害除去の報を受けた新見は、ライブラリのある階層の調査を班員に任せると、自身は施設内十一階へと足を運んだ。

 十一階はセンター局長を含めた施設の役職の執務室があり、昼前のこの時間帯に何人が出勤して来ているかは不明であった。

 数人いる役職持ちの中の一人でも確保出来れば、セキュリティの解除を含めたデータの吸い出しの進捗が一層早くなるだろう。

 一部屋一部屋、見過ごしの無い様に慎重に検索していく。

 最奥にある両開きの扉まで到着すると、中から人の気配を感じたのだろう。

 扉には局長室と書かれたプレートが貼られている事から、目当ての人物が居てくれたと新見は安堵し、中の様子を窺った。


「……から…………ええっ……いでよこし……カなっ! …………」


 何か会話をしている様だが一人分の声しか聞こえてこない。

 どこかへ連絡でもしているのだろうか。

 兎に角確保して話を聞く、もしくはさせるかしなければならない。

 そう考えた新見は鍵のかかった扉を強引に蹴破ると、中に居た初老の細身の男性と対面する。


「このテロリスト風情が! ノックも無しに入室してくるとは! 失礼にも程がある!」


 受話器を下ろし、新見に浴びせた怒声は精一杯の虚勢だったのだろう。

 男性の声と膝は震えていた。

 新見は念の為に銃口を向けて投降を勧告する。


「こちらの局長とお見受けします。我々がテロリストかどうかは後の歴史が決める事ですので、ここで論じる事自体無意味ですね。連絡していた先の想像はつきますが、救助でも求めましたか?」


「………………」


「機構本部に救助を求めたが断られた、といった所ですか。まぁいいでしょう。協力してくれるならば職員の皆さんを含めて民間人は解放します」


「本当だろうな?」


「我々が民間人どころか誰一人殺していない事をご存知無いのですか?」


 情報処理センター本局の局長ともあろう人間が、真相を知らされていないという事を新見は訝しむ。


(情報の集積・管理だけをする仕事なのでしょうか……それとも重要な情報はここには無いという事も考えられます)


「嘘をつけ。何人も殺しておいてよく言えたものだな」


「情報を収集する側の人間がそれでは感心出来ませんね。捏造された情報をそのまま鵜呑みにするとは……とにかくあなたがお飾りの局長というのは判りました。どの道我々に従うしか無いのですから、信じて貰うしかありませんね」


「クッ……解かった……ライブラリのロックを全て解除する」


「協力に感謝します。それでは八階へ行きましょう。部下が待っています」


 新見は局長を促すと、歩きながら片山と通信を開始した。


「施設内を完全に制圧しました。最上階でここのセンター長を確保出来ましたよ。今からライブラリのロックを……」


 必要な情報のやりとりをしたが、正門での戦闘の経過は今の所ではあるが順調な様だ。


「……君達は一体何が目的でここを襲撃したんだ? こんな政治中枢に近い施設を襲う事が自殺行為とは考えなかったのかね?」


 局長はテロリストと呼ぶにはあまりにも物静かな印象を持つ新見に対し、何かしらの興味を抱いたのだろう。

 エレベーターを待つ間にそんな質問を彼にぶつけてきた。


「今それを私が語って、あなたが知ってしまう事は非常に不味いのですよ。最悪の場合ですが……あなた本人だけでなく家族まで狙われます」


「それほどの情報がここのライブラリに眠っているとでも言うのかね? ここにあるデータは機構が今まで積み重ねてきた実験の情報や予算情報くらいしか無いのだぞ? 確かに十階のライブラリは特殊な物だが、その様な物があるとは聞いた事が無い」


「何も知らないという事は、実はとても幸せな事だと言う事ですよ。必要な情報が揃えばここの地下から都市放送をジャックします。それを見て判断して頂きたいものです」


「先程も言ったがテロリストを信じろと?」


「あなた方を解放するという事で、我々を信じて貰うしか無いでしょうね。極東の闇は深い、とだけお知らせしておきますよ。どうぞ、お先に」


 エレベーターの扉が開いたので、局長を促して乗り込む。

 

「……さっき機構本部に連絡を取った時に対応を指示された。内容は待機命令だ……戦闘になっている状況で、この建物からの移動は危険だからという事だが……その極東の闇とやらにこれは関係するのかね?」


「……待機命令ですか。正常な思考をしているなら、まずは逃げ出す算段をつけさせると思いますが……しかし、そんな話を私にしてしまって大丈夫なのですか?」


「私はここの責任者だ。局員達の身柄の安全を図るのも当然私の仕事だ。私を含めて全員が危険から逃げ出せるのなら何でもしよう」


「……恐らくですが……あなた方はスケープゴートにされるでしょう。テロの犠牲者としてです。待機命令が出たのもそういう理由からでしょう」


「ッ! 生贄だとでも言うのか!?」


「たとえ極東軍による攻撃によってこの建物が破壊され、あなた方全員が犠牲になったとしても……全ては我々、つまりテロリストの仕業、というシナリオが組まれているはずです」


「バカな! 機構にそれほどの力が……」


「無いとは言わせませんよ。政府への影響力を知らない訳ではないでしょう?」


「だが軍部を動かす程の力があるとは思えない!」


 局長の叫び声と同時にエレベーターの扉が開く。

 扉の前には戦闘班の面々が待機していた。


「それ以上は考えない方がいいでしょう。あなたの今後の為にも。本格的な攻勢が始まる前に、あなた方をここから脱出させなければなりません。扉と端末のロック解除は手早くお願いします」


「…………判った。マスタールームがこの階にある。扉のロックはそこで一括で解除できる。各階の端末の起動は私が行わなければ動作すらしない。一つづつ動かしていくとしよう」


 新見の言葉に局長はそう言うと、ツカツカと通路を歩き出した。

 新見達もそれに続いて行く。


 マスタールームの前に行くと虹彩認証と静脈認証の端末があった。

 局長は扉の横のスリットにIDカードをスライドさせるとロックを解除していく。

 重たそうなドアが音を立ててゆっくり動いて開くと、狭い室内には複数のモニターと合わせて並べられた端末が存在していた。

 局長が椅子に腰掛けると何かのカバーを開き、そこへキーの様な物を挿し込んだ。

 端末の電源が入りパスコードを入力するダイアログが画面に出る。

 パスコードを入力すると画面が切り替わり、各階の情報などが並べられた画面が表示された。

 彼は端末を操作すると、各階のライブラリのロックが一つづつ解除されていく。

 扉の項目が全て緑色のOPENの表示に切り替わったのを確認して、局長は大きく息を吐いた。


「ふぅ……これで扉のロックは解除出来た。後は端末を動かすだけだ。ついて来てくれ」


 局長は椅子から立ち上がると足早にその場からの移動を開始する。

 局員達を一刻も早く危険地域から遠ざける為に、彼としても必死なのだろう。

 新見達も後追いをするが、ここで一度地下のデータ収集室にいる班員に連絡をとった。


「新見です。拘束している局員達の解放準備を。但し、表の戦闘の状況次第では解放を見合わせる可能性もあります。安全を確認してから随時解放という事でお願いします」


 地下への通信を切ると、続いて片山への通信を入れる。


「新見です。間もなくデータの吸い上げを開始します。各階端末の動作とセキュリティの解除が確認され次第、拘束している局員達の解放を約束しました。そちらの状況はどうですか?」


『今の所動きはねぇな。タマキィ、お前の最大望遠で見える範囲でいい、何か動きはありそうか?』


『いや、ねぇな。亀の子みたいに車両で陣地を固めてじっとしてやがる。後続の部隊が来てる気配もねぇよ』


『だ、そうだ。何か動きがあったら即座に知らせる』


「お願いします」


 八階のライブラリの入り口に到着すると、自動で扉が開いた。

 大型の記憶媒体に操作用の端末が設置されている。

 局長は端末の前の椅子に腰掛けると端末の電源をONにし、ダイアログにパスコードを入力していく。


「これでいい。この階層のデータは全てここから引き出せる。次の階に向かうぞ」


「二名残って作業を。データの吸い上げを急いで下さい。残りは上へ」


 手短に命令を出すと一団はエレベーターで九階へ向かった。

 エレベーターを降りた彼等の傍らには、環の破壊した人型オートンが転がっていた。

 吹き出したオイルの作ったオイル溜まりが血溜まりに見えて、なんとも生々しい雰囲気を醸し出している。


「これも……君達がやったのか?」


 その有り様の凄惨さに局長は思わず新見にその事を問う。


「ええ、我々の仲間がやりました。この程度の物はせいぜい煩わしいと思うだけで、我々の障害に成り得ません」


 局長はその言葉の意味を考えると、自分の判断が正しかったのだろうと安堵した。

 九階のライブラリに到着するとこれまで同様に端末を解放し、迅速にデータの収集を始める。


『本部より通達、陸軍技研に動きがあります。大量の輸送車両が出立しました。恐らくは増援のEOと思われます。留意を』


「マズイですね、急ぎましょう。のんびりやっているとあなた達を逃がす事が難しくなるかもしれません」


 最後の十階へエレベーターが到着し、扉が半分開いた所で急に暗くなった。


「これは……」


 エレベーターの扉も半分開いたままで止まっている。

 どうやら停電した様だ。


「電力の供給を絶たれましたね。ライブラリへの非常時の電力供給体制はどうなっています?」


「元々ここのライブラリなどの重要設備の電力はスタンドアロンだ。施設地下の発電ブロックの電力だけを使っているから、外部の電力状況の影響は受けない様に出来ている」


「なら移動の手間をかけさせる嫌がらせという所ですか。この状態で止まったのは運が良いと考えていいんでしょうね……仕方が無いです、こじ開けてライブラリに向かいましょう」


 新見を含めた随伴員がエレベーターの扉を腕力で押し広げていく。

 ガラスのあるフロア外周部は都市内の照明で明るいものの、内周部の通路は停電の結果、非常灯の灯りのみで照らされているため薄暗かった。

 班員の一人がフラッシュライトを点けて肩に固定する。

 十階ライブラリ前に到着したと同時に、一同は扉のセキュリティへの通電の確認を行う。

 局長の言う通り電力は問題無く確保されているらしく、局長が一連の作業を行うと扉は開いた。

 これまでの端末と同じ様に局長がダイアログにパスコードを入力する。

 響くエラー音。

 局長の入力したパスコードでは、十階のライブラリデータの閲覧は不可能な様だ。


「これは……元々あなたの権限では閲覧出来ない仕様なのですか?」


「それは判らない……元々、私がこの階層のライブラリに触れる機会なぞ、メンテナンスの時しか無いのだからな。本部からの厳命もあって、閲覧しようとした事がまず無い……」


「なるほど……普段このライブラリはどういう使われ方を?」


「本部の上級幹部数名が時折やって来ては、何らかのデータを格納している。八階と九階のライブラリには地下の収集室からのデータが自動で蓄積されていってるが、この階層のライブラリだけはそういう仕様になっている」


「機構はあなたを信用していなかった……と言うよりは、ハナから何も知らせる気が無かったという事なんでしょうね。どうです? 少しは自分のいる組織が胡散臭いと思えてきましたか?」


「…………」


「まぁいいでしょう。ここまでお疲れ様でした。あなたには地下の職員の皆さんと合流して貰います。念の為に一人護衛につけます。階段で降りるのは大変でしょうが頑張って下さい」


 新見はそう言うと、作戦本部への連絡の為にインカムに意識を集中する。


「本部、新見です。重要情報の眠っていると思われるライブラリへのアクセスが不可能になっています。そちらで解析をお願いしても?」


 元々この施設の幹部職員が居ない場合、扉のセキュリティも含めてオペレート班が解除する予定であったのだ。

 むしろ彼女達の仕事を減らす事が出来たという事を考えれば、予定よりもスケジュールは進んでいると言える。


『来援の時間を考えると……少々危険ですが収集室の回線を使って、ダイレクトに繋いでトライしてみます。少し時間を下さい』


「判りまし……」


 ズシン……


 上階から鈍い振動、そして小さな破砕音が聞こえてきた。


「どうしました!?」


 新見は即座に通信の回線をオールに切り替え、片山との交信を試みる。


『ダンナッ! とうとう来やがったッ! クソッ、なんて数だ……しばらく通信出来そうに無いッ! どうにか保たせるから放送を急いでくれッ!』


「……現在十階のライブラリです。後はここのデータを吸い出すだけで作業は完了します。こちらは拘束している局員達の保護を急ぎます」


『ああ、連中の砲撃は見境がねぇッ! 十一階の一角が吹き飛ばされたッ! この建物ごと俺らをやろうってハラだ。なんとか保護してやってくれ。通信、切るぞッ!』


 新見は急ぎ指示を出し、残った班員を地下へ回らせる。

 ライブラリにいる部下達に通信を送ると、八階と九階の必要な情報はほぼ抜き取れた様だ。

 オペレート班によるパスコード解析の状況次第では、想定していた最悪の手段で情報を持ち帰らねばならない。


 新見は千豊と倉橋に密かに通信を送ると一人で十階のライブラリに残り、その手段に付随する作業を開始するのだった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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