3-5 愚者の行進
-西暦2079年5月17日09時55分-
『団長さん! 敵さん、てんこ盛りで来たぜ!』
『おう、了解した。優先順位はブリーフィングで話した通りだ、解かってるな?』
『解かってらぁ』
環からの通信が切られると、片山は正面玄関の部隊への通信に切り替える。
『おう、てめぇら。いよいよ敵さんのお出ましだ。恐らく先行してフロートが飛んでくる。タマキの初弾を合図に俺、イクロー、バギー隊各車は対空戦闘だ。一機も逃がすんじゃねぇぞ!』
「了解。落下の被害は考慮しなくていいんだよね?」
『たりめぇだ。そんなん気にしてドンパチできるか。勧告はちゃんと出したんだ、文句を言われる筋合いはねぇ』
「すっかり悪者が板についちゃってるなぁ」
『ワルモノ上等だ。市民の皆さんにも現実ってやつを見せてやらねぇとな』
ドンッ!
郁朗と片山の会話を邪魔する様に屋上から大きい砲声が響いた。
環が発砲したのである。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
まるで手拍子でもするかの様に立て続けに砲声を響かせる。
『にゃろう、絶好調みたいだな。おい中尾、観測は出来てるか?』
『出来てます、雪村の奴凄いですよ。榴弾を使ったみたいですがフロートがみるみる落ちていってます。正面からのフロートは今の砲撃で全機撃破しました。残存フロート、左翼と右翼から合わせて八編隊が向かって来てます』
『タマキィ! 右翼の迎撃は任せる。俺達は左翼をやる!』
『おうよ、任せときな』
『イクロー、バギー全車、二百五十まで引き付けろ。そこをキルゾーンにして弾幕を張る』
『了解』
「了解」
バギー隊の銃架の71式がフロートの飛んでくる左翼へ一斉に向いた。
郁朗も追加装甲のバイザーを降ろすと設定されたエリアへ仰角を付け銃口を向ける。
モーターへの給電も忘れない。
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
対空攻撃に使用される71式のモーター音が唱和を始める。
『あと三百』
ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!
環が再び発砲した。
『右翼フロートの全機撃破を確認! 雪村ァ! 帰ったらポーカーのツケ払えよ!』
『うっせー、倍にして払ってやらぁ!』
中尾の軽口に環も余裕をもって応える。
『おーおー、ガキが調子に乗ってんぞ。俺達も大人の威厳てヤツを見せつけてやんねぇとな。あと百だ』
「威厳なんてとうの昔に無くなってるのに何言ってんのさ。見えてきた……」
『今っ!』
ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!
発射の爆音と共に合計十近い砲身から一斉に弾頭が踊り出る。
幾重にも重ねられた射線はフロートの編隊をまたたく間に削り落としていった。
『左翼フロート残存無し! 全機撃墜を確認しました!』
『よーし、よくやった。だがこんなもんはまだまだ余興って事を忘れんなよ。タマキ! 敵本隊と戦闘になったら支援射撃しながら上空警戒をちゃんとすんだぞ? お前の目が頼りなんだからな?』
『言われなくたってちゃんとやらぁ。ちょっとは信用しろって』
『おう、お前の目は信用してるさ。イクロー、お前は中央火線の要だ。弾の事は考えずにバリバリ撃ちまくれ。EOが出てきたら解かってるな?』
「解かってる、油断も同情もするつもりは無いよ。キルゾーンに入って来たら撃つ。そうするだけさ」
『そうだ、それでいい。お……どうやら本隊のご到着だ』
『先鋒はオートン、四輪と四脚の混成ですね。数は数えるのが面倒なくらいの数って事で。後続に車両も結構な数を出してきてます。雪村、数判るか?』
地面にいる中尾では観測しきれないのか屋上の環に確認を求める。
『ちっと待ってくれ。…………。歩兵車が二十八両、バギーが……十二両、その後ろに通信車両と運搬車も見えてっけど数は判んねぇ。車両の銃架には68式と71式が混ざってる。見える範囲ではそんなとこだ』
『まずは様子見で一個大隊ってとこか。オペ班の連絡にあった通りだな。68式があるって事は狙撃も狙ってるって事だろう。中尾、念の為に部隊章の確認だ、判るか?』
『部隊ナンバー131と132を確認……第一連隊第三大隊のものですね。想定通りです。距離千三百で部隊展開を開始』
『バカか、こんな狭い一本道で展開してどうすんだよ。それに狙撃される事も考えてねぇのか。余裕で潰せるって思ってんだろうが、それならまぁ一安心ってとこだな。逆に叩き潰して格の違いを見せつけてやるさ』
極東陸軍は二個師団と一個連隊から構成されている。
第一師団の師団本部はNブロックの陸軍本営に、第二師団の師団本部はSブロックに置かれている。
空挺連隊は二つの師団とは命令系統を別に置かれていて、連隊本部はEブロックに隔離される様に存在していた。
第一師団は第一・第三・第六・第八連隊、第二師団は第二・第四・第五・第七連隊に分けられる。
くだらない軍内政治の話ではあるが、第一師団は政治力とコネが出世に物を言う場所であり、逆に第二師団は実力主義をモットーとしてそれに対していた。
空挺連隊はその間に挟まれる緩衝材の様な部隊であり、両師団から選りすぐりの精兵が集められているが、政治的な影響を最も受けやすい部隊と言える。
極東陸軍も一枚岩では無いという事だ。
その話を聞いた郁朗が思ったのは、ただの文化系のモヤシと体育会系の脳筋の喧嘩じゃないかという事だった。
その事を片山に伝えると大笑いされたものだ。
そして今、郁朗達の目の前にいるのはNブロックの政治中枢を守備する第一連隊の部隊だった。
片山によると第一連隊の連隊長は腕よりも弁が立つ人間で、机上の戦略論と戦記物のボードゲームと読み物が好きなだけの典型的な官僚型軍人であるそうだ。
『ククク、陣頭指揮なんざしないと思うが、報告受けて少しは肝でも冷やすといいぜ。部隊全滅なんてくらった日にゃあ降格間違い無しだな』
「団長、またなんか悪い事考えてるでしょ? 早く現実に帰って来なよ。団長が脳筋でも指揮して貰わないと、僕ら動けないんだしさ」
『うるへー。インテリ共に目にもの見せてやらぁ! タマキッ! 68式を最優先で潰していけッ!』
屈折してるなぁ、と郁朗は少し呆れる。
だが片山のそんな平常運転の精神は、どこか自分を含めた兵員達に余裕を感じさせてくれるので嫌いでは無かった。
『へいへーい、仕事だ仕事ォ』
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
環の狙撃が開始される。
戦果を確認している暇はどうやら無くなった様だ。
第一のキルゾーンにオートンの群れが差し掛かりつつあった。
『あと20……15……10……撃ち方用意……今ッ!』
ヴィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!
ゴガガガガガガガガンガンガンガンガン!!!!
一方的に殺されるという意味の言葉は多々あるが、今の状況に相応しい言葉は何かと聞かれたら郁朗はこう応えるだろう。
"屠殺"
と。
二十門近い71式が狙っているキルゾーンへ無計画に投入されたオートンの群れは、憐れという言葉をかけるしか無い程機械的に……そして一方的に"屠殺"されていった。
それだけの被害を重ねた上でも、四輪型のオートンの残骸の上を四脚型のオートンが踏み越えて来ようとする。
指令車からの命令変更もAIの自律的な回避判断ですら、郁朗達の生み出す圧倒的な弾頭の壁を前に間に合わない。
四脚オートンは仲間の残骸を踏み越えられる事も無く、自らもそれらの仲間入りをしていった。
38番道を隙間無く埋め尽くしていたはずのオートンの群はこうして駆逐されたのである。
敵陣営のオートンの運用構想は、まず包囲勧告してからの攻撃だったのだろう。
片山達はそれを見越したキルゾーンを設定していたのだ。
(並の指揮官ならこの配置を見りゃ十字砲火を貰う事くらい想定出来ただろうに。せーので撃ちあう戦争ごっこやってんじゃねぇんだぞ。これが第二だったらジワジワと取り囲まれて、今頃は無言で血みどろの撃ち合いになってたぜ)
片山は想定していた通りに事が運んだとはいえ、たかがテロリストと舐めてかかってきてくれた相手方の指揮官の無能さに感謝をしていた。
かの指揮官の戦果と言えば、鉄塊の山を正門前のエリアに築き上げ、どちらの陣営にも利用可能なちょっとしたバリケードを新しく作り上げただけだった。
「あっけないもんですねぇ……ブリーフィングで考えられてた理想的な展開なんだろうけど、手応えが無さ過ぎてちょっと怖いや」
郁朗は目の前のあまりにも一方的な光景を見た、その正直な感想を間崎に告げる。
そして自身の視界の前に小高く積まれているオートンの残骸を見つめ、自分もヘタを打つとこうなるのかなぁ、と想像力を逞しく働かせていた。
「そういう事だな。理想的なバカが相手の指揮官だったおかげで、俺達は驚く程楽をさせて貰ってる。結局、76式だって雪村のおかげで今の所出番は無い。このまま俺達がなんもせんでいいならそれに越した事は無いが、きっとそうもいかんのだろう。まだまだ本番はこれからって事だ」
そう言って油断せずに周囲を窺う間崎の言葉通りだと気を入れ直し、二人も索敵用の双眼鏡を覗いて敵陣の監視を続ける。
人的損害はさすがに恐れているのか、第一連隊からの攻勢はあれっきりで止んでいる。
軽装甲歩兵車もバギーも郁朗達の射界に近寄ってくる事は無かった。
そして政治中枢のあるエリアを防衛する部隊の矜持として、破壊力の高すぎる76式は勿論、迫撃砲小隊を置かないという隊の方針が第一連隊にはある。
長距離攻撃の頼みの綱であった68式は現在、環によって全てがガラクタに変えられていた。
つまり今の敵陣営には長距離からこちらを攻撃する手段は無い。
オートンの残骸を挟んで互いに睨み合うこの状況。
それは目的を達成するまでの時間をどうやっても稼ぎたい郁朗達にとって、願ってもない膠着であった。
環の車両への狙撃時、兵員は全て下車して本部設営作業をしていた為、破片による怪我人は数名出ている様だが死人は出ていないという所は幸いと言えた。
その負傷兵の後送にも追われているのだろう。
戦闘開始以降からここに至り、ほんの少しの間ではあるが、戦端が開かれる事も無く静かな時間が続いた。
そこから十分経過しない内に、新見からの通信が入る事となる。
『施設内を完全に制圧しました。最上階でここのセンター長を確保出来ましたよ。今からライブラリのロックを解除して貰います。これで作戦時間の短縮が期待出来ますね』
施設内部の作戦進行が順調であるという吉報であった。
車両陣地の戦闘班員達からは小さな喝采の声が上がる。
『ダンナ、お疲れだったな。引き続きデータの収集と選別を急いでくれ。データの精査は持ち帰ってするにしても、機構のやり口ってやつを公表する決定打が欲しいからな』
『ええ、解かっています。EO関連のデータがピックアップ出来次第、地下のデータ収集室から都市放送の回線をジャックします。それまでなんとか保たせて下さい』
『まだ相手さんがEOを出してきてねぇからなんとも言えんが、こちらでやれるだけやってみるさ』
『お願いします。では』
新見との通信を切った片山は、そのカメラアイを光らせて敵陣営を見つめる。
(第一連隊の本部に救援を求めたとして、出てくるのが通常の編成の戦力ならよし。だが政治に一番近い部隊ってのが厄介だ……直接機構に連絡を取る可能性の方が高い。機構側からの介入も勿論有り得るだろう。そうなると……)
初戦を圧倒的な戦力比を覆して大勝したものの、彼の頭をよぎるのは本能に根ざした悪い予感しか無い。
一番最悪のプランを頭に思い浮かべながら、片山は黙ってただただ敵陣を見据えるだけであった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.05.13 改稿版に差し替え
第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。