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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
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3-4 鎧袖一触

 -西暦2079年5月17日09時40分-


 片山と中尾の率いる正面玄関の部隊が、近隣ビルの職員達に退避勧告を出している頃。

 環を含んだ新見の率いる分隊は一号車両から施設内部への侵入を果たし、情報処理センター一階の事務局を完全に制圧していた。

 一階の事務局には警備を専門とした職員はおらずそのまま拘束、戦闘可能な人員は一人も居ないと判断され、上階の検索はこれからという所である。

 十一階建てのこの建物の中で制圧すべき場所は、地下一階のデータ収集室と八階から十階に置かれているデータライブラリである。

 事務局員の話だと八階から上には人型オートンが各階に四機巡回しており、特定のIDカードが無い場合は、例え立ち入りを許可された同伴者であろうとも攻撃対象になるそうだ。


「人型がいるのかよ、めんどくせぇな」


「とはいえライブラリを押さえないと作戦は半分失敗と言えます。雪村君、お願いできますか?」


「あいよ。オッサン達に怪我されたんじゃあ上手くいく作戦も失敗しそうだしな。オートン潰した後はそのまま屋上に行って団長さん達を支援するって事で問題無いか?」


「予定通りで構いません、頼みます。分隊の半分は地下のデータ収集室を制圧、ライブラリのデータが出揃うまで正面玄関の部隊の後方支援をお願いします。残り半分は私と共に七階までの検索を。八階以降は雪村君からの連絡を待ってから侵入します」


「ここに居る事務局員はどうしますか?」


「……そうですね。安全の面を考えれば、一緒に地下に行って貰うのがいいでしょう。監視だけは怠らない様に」


「まとまったみてぇだな。ほんじゃあ俺は先に上に行って風通しでも良くしとくわ」


 環はそう言うと早速上階へと向かった。


「できるだけ迅速に行動を行います。各員、かかって下さい」


 新見の一言でその場に居た戦闘班員達は一斉に動き出した。



 上階を目指す環はオートンとの不正規遭遇を嫌い、エレベーターではなく非常階段を昇っていた。

 68式改を肩にかけ、各部のマウントには新規に作成された弾倉ラックが漏れ無く装備されている。

 今回の作戦での環の役割は、屋上という孤立した場所から補給無しで長時間の支援を行う事だ。

 これまでの短時間の作戦と違い、長丁場になるのは間違い無い。

 なので重量は増すものの、作戦遂行の必須装備として大量の弾薬がマウントされている。


 しかし階段を昇っていく環の動きは、その重さを感じさせずに軽快であった。

 先日の内部装甲の換装により、生体アクチュエーターの搭載量が幾分増えた事が大きい。

 現在の環は以前の片山相当のパワー、つまり重たい弾倉を大量に抱え込んでも負けないだけのそれを手に入れている。


 八階の踊り場に到着した環は68式改からスコープを外す。

 ドアを少し開き、本体とケーブルで繋がれたスコープをその隙間から覗かせる。

 V-A-L-SYSを起動させ、スコープ側をメインカメラに切り替えて通路へ向けると周囲の索敵を行った。

 どうやら人型オートンは他所を巡回しているのか近くにはおらず、即会敵とはいかなかった様だ。

 不意に通信が入る。


『本部より通達、近隣駐屯地の動向を監視中。第一連隊の一部、標準一個大隊規模の集団が動き始めています。恐らくそちらに向かうかと。迎撃準備を万全にしておいて下さい』


(やべぇな、急がねぇと。ボーナス取りっぱぐれちまう)


 環はふぅと出もしない息をつき、扉を開くとスルリと内部に侵入した。


 大きい図体でありながら器用に壁伝いに移動する。

 環は角を曲がる時には必ずスコープを使い、周囲の様子を窺う慎重さを見せていた。

 新見によって徹底された座学の賜物だろう。

 そうして通路を二つ曲がり、L字型の通路に入った時にそれを発見した。


(いやがったか)


 人型のオートンが周辺警戒をするわけでも無く、環の居るL字通路へ向かって歩いて来ていた。

 恐らくは巡回モードという奴なのだろうと環は得心する。

 

(見つかって他のオートンに連絡取られても面倒くせぇけど、このままチンタラやってる訳にもいかねぇしな……ここなら視界も悪くねぇから不意打ち貰う事もねぇだろ)


 環はそう考えると現在位置にオートンを呼びこむ事を決めた。

 68式改を背部のマウントに固定して、左右の拳に取り付けられたスタンパートを殴打位置に設定する。


 今回の作戦において、環のマウントには68式改と弾倉以外を装備する余裕が無かった。

 テーザーワイヤーポッドの様に対オートン用に使える近接兵装が全く無い、というのも心許無い。

 そこで気を回した倉橋が二十分程の短時間で制作したのがこのスタンパートである。

 機能自体は至極単純な物な作りで、拳を保護する可動式のコの字型のスタンガンを手の甲に備えただけの物である。

 対象への接触がスイッチとなっており、68式改の固定用ユニットから給電された電力が流され電気系統へとダメージを生み出す。

 単純なギミックだけにその効果と扱い易さは安定していた。

 試験運用時に近接戦闘の苦手な環が、二十機のオートンを五分もかからずに制圧せしめた事が何よりの証拠となるだろう。


 頭部増加装甲のバイザーも下ろすと、環は躊躇いなくオートンの居る通路に飛び出す。

 彼を発見した人型オートンは身構え、巡回モードから警戒モードに入った様だ。


「コノエリアハ、一般職員ノ立チ入リヲ禁ジテイマス。速ヤカニ退出シテクダサイ」


 AIの合成音声が耳に障ったのか環は少し苛ついた。


「うるせーっての。黙ってスクラップにされてろってんだ」


「警告ニ従ワナイ場合、実力デ排除シマス。速ヤカニ退出シテクダサイ」


「黙れっつってんだよ。文句があるなら相手になってやるって。ホラ、来いよ」


「警告ヲ無視、侵入者ト判断。館内警報ヲ発令ノ後、戦闘モードニ移行シマス」


 十秒程警報が鳴ると、人型オートンは環を取り押さえようと行動を開始した。


 オートンの動きは機械と思えない程に機敏であった。

 五メートルばかり離れていたはずが、瞬時に距離を詰めてきたのだ。


(思ったより早ぇ。そんでもっ!)


 そう、それでもだ。

 環は普段の格闘訓練で駆動スピードの早い郁朗は勿論、部隊内の格闘キングである片山にも散々揉まれているのだ。

 二人にいい様に嬲られている彼からすれば、その動きは直線的で力任せな物でしかなかった。

 環を捕獲しようと伸ばしてきた腕を掴み、肘の関節を逆方向へ捻る。

 たやすく逆方向へ折られたその機体の両腕は、最早何かを掴む物としては機能しなかった。

 腕での攻撃を諦めた人型オートンの右足が、綺麗な中段蹴りを放つ。

 それすらも軽く捕まえると、スタンパートで頭部を殴打。

 オートンの首がぐるりと後ろまで回ると、ぐったりとして動作を停止した。

 殴打のダメージは勿論、スタンパートからの電流によって、AIからの命令を体の伝達する擬似神経回路にも損傷が出たのだろう。


(おー。イクローさん達相手じゃ実感出来なかったけど、こりゃあいいぜ。地力が間違い無く上がってやがる)


 模擬格闘戦では敗北続きだった為に実感は無かったが、アクチュエーター増設の恩恵をようやく感じる事が出来た環は試す様にさらに拳を振るった。

 警報に呼ばれてこの階を巡回していた残りの人型オートンが集まってくる。


「カカカッ! いい実験台が来てくれたじゃねぇか――速攻で潰す!」


 L字通路の両側から挟まれる形で襲われそうになるが、環は一切慌てなかった。

 パワーで勝る上にオートンの持つスタンガンは彼に対してその効果を発揮していない。

 そこから生まれる余裕もあるのだろう。


 環はひとまず一機だけが向かって来た通路に走って行くと、その機体と真っ向から組み合った。

 背後からは残りの二機がガシャガシャと音を立て、急ぎ角を曲がる気配がする。

 環は力任せに組み合った人型オートンを振り回すと、背に迫ってきている機体達に狙いもつけずに放り投げた。


 ゴシャッ!


 ぶつかりあった人型オートン達は勢いそのままに壁まで飛ばされ、もつれ合うようにして床に転がっている。

 最後方で壁との間に挟まれた機体に至っては、その衝撃で既に動作出来無い程の損傷を受けていた。


(はー……こりゃあうかつに人なんて殴れねぇな)


 まだ蠢いている機体の頭部をスタンパートでグシャリと粉砕すると、環は次の階層を制圧する為に踊り場へ向けて駆け出した。


「新見のオッサン、八階のオートンは片付けたぜ。このまま屋上まで一気に行くわ。後は好きにしてくれ」


『了解しました。十階までの制圧が済んだらもう一度通信を。68式を壊さないように頑張って下さい』


「あいよ」


 環は短く返事をすると同じく、階段へと到着した。

 八階からの警報を受けつけたのだろう。

 人型オートンが二機、九階の踊り場に立って下の階層への警戒を続けている。

 どうやら自身の警備する担当階層からは移動出来無いらしい。


 それを好機と見たのだろう。

 環は先程までの慎重さとは打って変わって発見される事に頓着せず、下の階から段飛ばしで階段を駆け昇る勢いのままに人型オートンへと襲いかかった。

 一機は反応も出来ずに首を捻られ沈黙。

 もう一機もスタンパートで殴打、その勢いを殺せず頭部を壁にめりこませたまま、流された電流によって回路を焼かれその役目を終えた。


 九階のフロアに入ると一転して慎重に行動し、通路をくまなく検索する。

 残りの二機はエレベーターの扉を守る為にその前で鎮座していたが、彼等の性能で守りに入った所で、今の環の勢いを削ぐ事など不可能であった。


 環は走り出すと手近な一機の後ろから飛び膝蹴りをお見舞いし、人型オートンの脊椎にあたる擬似神経回路を破壊する。

 動作を停止した機体はそのままのもう一機にのしかかる形となり、身動きを封じられたその機体は、環のその膂力によって首を引き千切られた。

 破損した首の油圧式アクチュエーターのオイルチューブからは、動力損傷の流血を思わせる勢いで盛大にオイルを吹き出し始める。


「うわっ、汚なっ!」


 環はサッとそれを避けるとエレベーターに目をやる。


(あと一フロア……面倒くせぇな、エレベーター使うか)


 抵抗らしい抵抗を受けていないせいか少し調子に乗った環は、エレベーターに乗りこむと10のボタンを押して扉が閉まるのを待った。

 少しの浮遊感を感じる暇も無く十階に到着すると、目の前に人型オートンが四機揃って待っていた。

 恐らく九階のオートンの反応が消失したのがエレベーター前だった事から、ここの使用を予測して全機集結したのだろう。

 環は人型オートンの対応の早さに少し驚き、人型オートンは環が侵入者かどうかを確認した。

 会敵した刹那ではあったが、両者の意識が止まって膠着状態になる。

 そんな中で先に行動を起こしたのは機械である人型オートン達であった。

 二機の人型オートンが扉の幅ギリギリではあるが、並んで同時に環に掴みかかってきたのである。

 オートンは掌に内蔵されているスタンガンを作動させ環の無力化を狙うが、勿論その電流は生体装甲により霧散し環にダメージとして届かない。

 

「気安く触ってんじゃねぇぞコラァ!」


 環が膂力に任せて二機を押し返していくと、オートン達は抵抗出来ずにあっさりと壁際へと追いやられた。

 背後からエレベーターの扉脇に居た二機の人型オートンが近づき、背後から環をその場から引き剥がそうとするが……。


 キュィィィィィィィィィィィィン!


 結局は環の脚部の駆動モーターを幾らか騒がしくさせただけで、劣勢というオートン達の置かれた状況に変化を生み出す事は出来無い。

 そうしている間にも壁に押し付けられた人型オートン達は、彼の掌からの圧力だけで首をペシャンコにされていた。

 環の背中に張り付いていた二機は未だに環の肩を掴んだままだったが、腕の一振りで簡単に振り払われると、そのままフロアへと転がる事となる。

 一機は頭を蹴り上げるとそれだけ首がへし折れ動かなくなり、もう一機は電流をしこたま乗せたスタンパートで止めを刺され擱坐する事となった。


「チッ、面倒かけてくれやがって。新見のオッサン、十階まで制圧終わったぜ。十一階はどうすんだ?」


『お疲れ様でしたね。そのまま無視して屋上へ行って支援行動の準備を。そろそろ敵第一波の到着も近いでしょうから。十一階に誰か居るとしてもこちらで面倒を見ます』


「あいよ。オッサン達もせいぜい死なねぇ様に頑張ってくれや」


『了解です。まだまだこんな所じゃ死ねません。では』


 新見との通信を終えた環は再び階段へと向かった。

 出遅れて減収になるのだけは勘弁だと急いで階段を駆け上がり、屋上の扉を蹴破る。


 初夏も近い極東の都市照明は、いつもより何故か眩しく感じた。

 屋上の鉄柵越しにカメラアイの最大望遠にして、来援のあるだろう遠方を見つめる。

 するとそこに見えたのは、舗装されているのにも関わらず、土煙でも上げそうな勢いで38番道をこちらへ向かって来る車両とオートンの大群であった。


「団長さん! 敵さん、てんこ盛りで来たぜ!」


『おう、了解した。優先順位はブリーフィングで話した通りだ、解かってるな?』


「解かってらぁ。さぁて、どんだけ敵さんが湧いてくるか知らねぇが、せいぜい俺の報酬に化けてくれや!」


 環は68式改を背部のマウントから下ろすと、対地対空どちらも狙えるポジションについた。

 この少し後……環の発砲する一弾によって、泥沼の死闘とも言える戦いの幕が開ける事になるのだった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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