3-3 機構情報処理センター本局占拠作戦
-西暦2079年5月17日09時20分-
Nブロック中央、Aクラス政府管轄区。
極東の政府機能の全てを集約している地区と言えば解かり易いだろうか。
政府が関与している組織の本局は勿論、NGOやNPOの中でも政府に近い距離の団体の本部等も大体がこの地区に置かれている。
Eブロックから続く交通の大動脈である幹線道路を、運送会社の外装を施した四両の運搬車両が快走していた。
今回投入される戦力はEO三人と戦闘班が八十名弱、それと以前の作戦で確保した78式バギーも完全武装の上で全車積載されている。
地下都市を巡り循環している環状大河の大きな橋を越えると、間もなくNブロックの中央部に到着の予定だ。
作戦の概要としては四両の偽装運搬車両で情報処理センターの正門を突破、その正面玄関にそのまま突入する。
速やかに内部制圧を行い、突入した車両はバリケードとして目的達成までの間の壁として設置、そのまま籠城する構えだ。
車両の各部位は耐弾仕様に改造が施され、荷台のサイドパネル等は25mmの徹甲弾でも貫通出来無い程の強度を獲得していた。
スライド式の銃眼と大口径砲を固定する銃架も内部に用意されており、ちょっとしたトーチカとも言える物に仕上がっている。
最終的には炸薬を満載した一両を爆破する事で、情報処理センターの建造物自体を破砕する予定だ。
撤収プランについては複数用意されているが、状況がどう転ぶかは判らない以上、現場での流れ次第という判断となった。
荷台で揺られる郁朗の心は、未だに何かを決めかねる様に彷徨っていた。
あの会見とEOの公表から一週間。
彼は機構側のEOを、まだ人間であるとしか認識出来ていない。
郁朗は自身の傍らに置かれている71式改と、今回の為に用意された76式75mm携行無反動砲の弾倉ケースが積み上げられた山を見つめる。
人間と車両のみが相手ならば、明らかに過剰と言える火力だろう。
だが相手は自身達よりは低スペックながらもEOであり、重火器の携行運用の可能性十分に有り得る以上、過剰なまでの火力を用意するのは常道と言える。
これらが火を吹いた時に……どれだけの命が消し飛ぶのだろうか。
郁朗の脳裏には射撃訓練の的となって破砕されたオートンの姿が浮かぶ。
もしもEOならばどうなるのか。
郁朗の思考はそれを明確に想像する事を拒否した。
(とうとうこんな所にまで来ちゃったんだなぁ……人間……いや、人間だったモノと本気で撃ち合うこんな所にまで……)
『橋を越えました。到着まで間も無くです。各員速やかに降車準備を』
真っ先に突入する戦闘車両から新見が各車へ状況を知らせる。
『オラァ! 野郎共! 辛気臭い空気出してんじゃねぇ! きっちり仕事してきっちりアジトに帰るぞ! 特にイクロー! それ以上ウダウダしてるなら、今すぐ川に叩き落とすッ!』
「……団長もさ、もうちょっと空気読んでよね。ちゃんと仕事はするよ。多分……今僕がやってる事はさ、これからやる事への懺悔みたいなもんだと思うんだ。こういう事でもしないと心の収まる場所が無いと思うから」
『フン、理屈はいいんだ。とにかく動け動け!』
『正門まであと五分ありません。戦闘班とEO各員……正義の為、大義の為、とは言いません。それは我々に最も似合わない言葉でしょう。ですから、あなた達が守りたい物の為に戦って下さい……突入以降、設備占拠まで分隊リーダーとEO以外の通信を制限、命令は順守。各員の奮闘に期待します、生き残りましょう』
新見の通信が切れると車体の揺れが少し大きくなった。
車列はスピードをさらに上げた様だ。
今回の作戦における郁朗のポジションは、中尾の小隊と協力しての正面玄関ポイントの断固とした死守である。
環は新見の小隊と共に施設内の制圧、そして屋上まで移動の後、高所からの支援射撃を行う予定だ。
片山は元空挺出身組を率いて郁朗と共にポイント死守を行うが、こちらの部隊は状況によってバギーも運用して遊撃にあたる事となっている。
会敵のタイミングは正確には判らない。
だがオペレート班がNブロック軍事関連施設の近隣にある複数の監視カメラに対し、ひっそりとハッキングをかけてその動向を注視している。
何か動きがあれば事前に彼女達からも報告があるだろう。
背中にマガジンパックを背負い、右腕に71式改をマウントする。
今回は機動性の確保は度外視されているので、千八百発・フルサイズのマガジンが選択された。
左肩のマウントラッチには新造のアタッチメントにより接続された76式がある。
中尾の小隊の一人を給弾手とし、コンビを組んで固定砲台の役割を果たす事となる。
「面倒かけますけどよろしくお願いしますね、間崎さん」
「おう任せとけ、と言いたい所だが……76式の弾頭選択はお前に任せるって事でいいんだよな? 中尾さんは小隊指揮で手一杯になるだろうしよ」
「はい。状況判断は任されてるみたいです。付け焼き刃なんですけどね」
「刃が付いてりゃなんだっていいさ。とりあえずだが今回は相棒だ、よろしくな」
「はい」
間崎と呼ばれた班員は中尾の小隊の分隊長の一人だ。
小柄だがガッチリとしており、無精髭の似合う男臭さの滲み出ている人間だった。
組織の人員としては新見の子飼いの兵力として古参であり、郁朗の拉致作戦にも参加していたそうだ。
以前に片山によって右足が使い物にならない程の怪我を負ったらしいが、現在では作戦行動に問題も無く、ピンピンしている。
『現着まで一分、対ショック姿勢のまま待機』
新見の声が車内に響くと、全員がそれに習い姿勢を衝撃に備えたものに変更。
その身に襲いかかる衝撃に備える。
極東の政治中枢への直接攻撃という前代未聞の作戦は、間もなく開始されようとしていた。
地表帰還開発機構情報処理センター本局の正門詰所では、警備員が一息ついていた。
警備状況の引き継ぎをし、夜間巡回用のオートンの倉庫への格納を確認。
そして正門が混雑する朝の通勤の時間帯を終えたこの時間帯は、彼等にとって昼までの間で少し息を抜ける瞬間であった。
ここはNGOの施設とはいえ、その警戒レベルは高い。
機構が地下都市移住から現在に至るまでの蓄積してきた、地表へ帰還する為に必要なデータが大量に保管されている場所なのである。
他のNGO施設と比較すればという条件は付くのだが、それなりに厳重な警備が敷かれていた。
人通りも無くなり静かになった正門側に、数台の大型車両が停車。
ドライバーが車両から下車して詰所に向かい、窓をノックする。
「あの~すんません。極東保険連合会のビルはどこになるんですかね?」
「あー、全然反対方向だ。地図あるかい? ……うちがここ。保険連合会のビルはここ。な? まったく反対方向だろ? ここら辺は似た建物が多いから迷いやすいのは解かるんだけどな。この先に行っても切り返せる所は……この車両の数だと無理っぽいな。しょうがない、門ギリギリの所までならスペース使っていいから」
運送会社の制服を着た男は警備員の親切な対応に頭を下げる。
「ありがとうございます。助かりますよ」
男は一礼して車両に戻っていった。
反対方向だったので車両群が切り返しを始めた。
道路の傍らには『38番都市道』と書かれた標識が見える。
全ての車両が正門に車両後部を向けた所で停止し、動きを止めた。
方向転換をするには方角も違ってどうにもおかしいのだが、警備員は詰所に篭ったまま事態に気がついていない。
運送会社のドライバーに扮していた新見はギアをバックに入れると、そのまま無造作にアクセルを踏み込んだ。
ゴォォォォォォォォォォ…………ガンッ! メキメキメキメキッ!
ガゴンッ!
詰所に居た警備員は何が起きたかよく理解出来ていない様だ。
抵抗らしい抵抗も無いので正門をぶち破った新見の車両に続き、そのまま残りの車両もバックで正門に突入していった。
アクセルを踏み続けていた新見は、速度を緩める事無く車両を正面玄関へ踊りこませる。
破砕音と共に停止した車両は、その車体の半ば程までを正面玄関に突き刺していた。
残りの三両も無事に敷地内に突入を成功させ、所定の位置に配置を始める。
『二号車両左翼に配置完了』
『三号車両右翼に配置完了』
『四号車両中央奥に配置完了』
正門から少し距離をおいた所で逆ハの字型に二両が配置され、正門の辺りをキルゾーンに設定し十字砲火の射界に入れたこの陣形。
玄関側にあえて通り抜けられる車両の隙間を開けておき、その先の正面玄関前に残りの一両の運搬車両、その脇を五両の78式バギーが固めてもう一つの小さな十字砲火を形成している。
相手方の物量に任せた飽和攻勢を予測し、溢れた力の行き道を態と作る事で陣地が飲み込まれる事を避けるつもりなのだろう。
誘引しての迎撃までは出来ないが、出来上がった陣地はちょっとした縦深陣地を思わせる様相であった。
建物のすぐ裏には環状大河が流れている為、揚陸艇を持たない陸軍の流入を気にする必要は無い。
海軍が動き出すには政治力学や管轄の力関係もあり手続きに時間がかかり、即応出来無い事は織り込み済みだ。
両隣の建物からの浸透に関しても、入り口が郁朗達の陣地から丸見えの為、そうそう認識されない動きも出来ないと思われる。
『各員配置へ。正門詰所にいる警備の人員を捕獲後、装備を解除して逃げられる様に表の通りへ放り出して下さい。私と雪村君は施設内の制圧に入ります』
『各車銃眼開け、射撃用意。いつでも発砲出来る様にしとけ。バギー全車は対空戦闘も想定! 気を抜くんじゃねぇぞ!』
『中尾隊、キルゾーン以外は無視してよし。横から湧く敵がいたらEOとバギー隊に任せろ。俺達は兎に角数を減らす。藤代もいいな!?』
「了解です! 撃ち漏らしは全部こちらで貰います!」
郁朗と間崎の姿は天井の開いた、四号車両荷台の半層上辺りにあった。
この車両のみ改造されており、荷台の屋根の部分から射撃できる様にロフト型のテラスが用意されている。
76式を車内トーチカで運用するにはバックブラストがどうしてもネックになるため、急遽改装されたのだ。
「間崎さん、増援が来たら真っ先に指揮車両や68式を装備してる車両なんかを76式で狙いにかかりましょう。オートンは中尾さん達の弾幕に任せてもいいと思うんで。身動きを軽くする為にも最初に使い切るつもりでいきますから、装弾の方は頼みますね」
「そうだな、指揮系統を混乱させるってのは悪くない。装弾は任せとけ」
ひとまず車両狙いという事で左肩の76式にはHEAT弾が装填されている。
弾倉には三発の弾体が収められており、撃ち切った後の交換も容易な作りとなっていた。
『警備員の拘束を完了しました。射線から外れた位置で放置します』
『了解した。近隣のビルへの退避勧告を行う』
中尾の乗っている二号車両に拡張設置された拡声器から、周辺ビルへの勧告の声が響く。
『我々は今テレビ等で不本意ながらテロリストと呼ばれている集団です! 機構情報処理センター近隣で就業している皆さん! 間も無くここは戦場になります! 至急安全なエリアまで退避なさって下さい! 我々は関係の無い市民の命を奪うつもりはありません! 繰り返します! 至急安全と思われるエリアまで退避を!』
少し待つと近隣の建物からぞろぞろと人が出てくるのだが、どうにも危機感の無い足取りであり、中には興味深げに端末でこちらを撮影しようとする者までいる始末だ。
『中尾ォ! 甘っちょろい事言ってっからナメられんだ! イクロー、警備詰所をふっ飛ばして目を醒まさせろ! 撃っていいぞッ!』
『これよりこの辺り一帯がどれほど危険になるかをお見せする! これを見ても退避しない人間は我々の敵とみなすがよろしいか!? 「藤代、野次馬に当たらん程度でやれ」』
中尾の指示に郁朗は従った。
彼の右腕の71式改の給弾モーターが派手に音を立て始める。
ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァ!
斜め上から正確に狙われた詰所は穴だらけになり、もはや建物としては機能していない。
『これで判って頂けただろうか!? 蜂の巣にされたくなかったら今直ぐそこから逃げろッ!』
野次馬しようとこちらの様子を伺っていた民衆が、我先にと情報処理センターから離れて行く。
周辺の建物の中まで検索する時間的余裕は無いが、少なくともこれで直接の巻き添えによる犠牲は出ないだろうと、その事には全員が目を瞑った。
『本部より通達、近隣駐屯地の動向を監視中。第一連隊の一部、標準一個大隊規模の集団が動き始めています。恐らくそちらに向かうかと。迎撃準備を万全にしておいて下さい』
『聞いたか、野郎ども。予定通り第一連隊の坊っちゃん連中が俺達の相手になるらしい。総員索敵、監視状態維持しろよ。遠距離からいきなりガツンて事は無いと思うが、念の為に気をつけとけ。イクロー、対空監視忘れんな?』
「了解、フロートが来たら最優先で落とすね。僕がやるまでもなくタマキがやっちゃうだろうけどさ」
『まぁそうだろうが油断すんなよ? 前からだけ来てくれると思わない方がいいぞ?』
「了解、気をつけるよ」
これから来援するであろう極東陸軍を迎撃する準備は既に整いつつある。
人々が遠くへ逃げ去り……動きっぱなしの車両のモーターの音と、郁朗達が装備に触れる音だけが静かになったビル街には聞こえる。
その静かな状況の中、先程の銃撃の硝煙の臭いの残る警備詰所が、これから始まる鉄量の饗宴を予感させるかの様に崩れ落ちた。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.05.13 改稿版に差し替え
第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。