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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
35/164

3-2 欺瞞の象徴

 -西暦2079年5月10日15時30分-


『先日、警察局管轄下の政治犯収容施設が襲われ、凶悪な政治犯四十六名が逃走しました。その襲撃時において……職員数名と救援に駆けつけた極東陸軍の兵員の約半数が死傷しております』


 予想されていた内容とはいえ、創作の被害者物語を早々に使ってくる事に、整備場で会見を見ていた人間達は揃って失笑する。


「そう来るだろうとは判っててもいい気分はしないもんだね……ねぇ団長。僕達ってばとうとう人殺しになっちゃったみたいだよ?」


「まぁこれは想定内だな。会見が終わった後に編集された動画が報道陣に公表されてみろ? あっという間にワルモノの誕生だ」


『職務に殉じて亡くなっていった兵員諸君、そしてその遺族の方々。心からお悔やみを申し上げます』


 加橋総理は天井を仰ぎ見ると少し言葉を詰まらせた。

 傍目にも大袈裟に見えるその動作ではあったが、それなりに堂に入っている事は片山を感心させた。


「なかなかの三文芝居を見せるもんだな。このジジイは政治家よりも……やっぱり役者の方が向いてるんじゃねぇか?」


「見てる人みんなが芝居だって解かってるよ。場に酔っちゃう人なんだろうね」


 そこへペイントの洗浄を済ませた環がようやく現れた。


「えらい騒ぎだな。山中の兄ちゃんはどっかにすっ飛んで行くしよ。団長さん、なんかあったのか?」


「モニター見てろ。あれが敵になる連中の一端だ。小物中の小物だがな」


 片山はクククと笑うと肩をすくませた。


「ふーん。小難しい話は判んねぇけど、あの爺さんって何者な訳?」


 環の無関心さに郁朗と片山は溜息をつく。


「まぁ……タマキらしいといえばそうなんだけどね。とりあえず会見が終わるまででいいから、これ見てなよ。何か動きがあるとしたらそれからだろうしさ」


「うぇーい」


 環は気だるげに返事をすると、黙ってモニターへと視線を送った。


『そして今回の戦闘で負傷された職員、並びに兵員の諸君。私は君達を誇りに思います。テロという暴力に果敢に立ち向かった貴方達は我々の英雄だ!』


「こないだの作戦の事言ってんのか? 立ち向かうも何もよ、ほとんど抵抗出来ないで一方的にやられてたじゃん。何? このジジイっていい歳こいてテレビで嘘吐いてんの?」


「はいはい、その通りだよ。でもあんまり思ってる事をさ、簡単に口に出しちゃダメだよ? いいね?」


「むー」


『しかし彼らの犠牲は無駄では無かった! こちらをご覧頂こう』


 加橋の自信に満ちたその声と共に、彼の後ろにあるプロジェクターにムービーが流される。

 そこには命令に従い、一糸乱れぬ隊列で動作してる三十機程の機構側のEOの姿があった。


『元々対テロリスト用に配備する予定だったこの新型オートンを、憎きテロリスト共は強奪して運用しております。しかし、その数はたかだか数機……我が軍の新型オートンとまみえる機会があれば、その野心と合わせてこれを必ず撃滅するでしょう』


 今の台詞が流れた直後、整備班の固まっている一角で不意に大爆笑が起こった。

 郁朗達のスペックを、一番知っているのは他でもない整備班の彼等だからだろう。

 本来のEOのアーキテクトでは相当数で押し切らない限り、そのスペックの差を覆す事は出来ないと彼等は確信している。

 さすがにそれを油断と見たのか、片山がやんわりとではあるが叱責の声を上げた。


「お前ら呑気に笑ってんじゃねぇよ。数の暴力ってのはおっかねぇんだからな?」


「でも、そう言ってる団長さんが一番負ける気してないんでしょう?」


「ム……」


 近くに居た女性班員にクスクス笑いながらそう言われて片山は押し黙る。

 実際にそう思っていたのだから、反論も出来無かったのだろう。


「アハハ。言われてるねぇ。団長が言いたいのは心構えって事でしょ? 油断せずに本気で当たれば、そうそう負けはしないって事だよね?」


「まぁそういう事だ……あちらさんのEOが設計基通りのスペックなら、与えられた命令を指示されたプログラムとして動くだけだからな」


「自律性は無いって事?」


「プログラム的な思考は出来ても、俺達みたいな状況判断能力はほとんど無いと言っていいだろう。作戦行動を取る事は出来ても、局面毎の判断は単体では出来やしない。それでも馬力がある分は、オートンより確実にやっかいな相手だがな」


「そんなもんよ、頭ブチ抜けば即解決じゃねーの?」


 環のその物騒な物言いに、一瞬だけ場が静まる。

 彼の言葉の意味を想像するだけの力が、周囲に居るスタッフにはあったのだろう。


「……タマキは撃てそうかい?」


「面倒くせぇ事は考えない様にしてるだけだって。俺は祖母ちゃんの為にこの仕事やってんだ。そりゃあよ、ああなった連中は気の毒だとは思うぜ? でもよ、そのせいでこっちが死んでやる訳にはいかねーんだ。俺は誰だろうと、敵になるなら迷わず撃つぜ」


「うむ、正論だ。だがこちらに余裕があれば、という前提だが、出来れば頭部への攻撃は避けたいもんだぜ。脳さえ残っていれば記憶は無くしたとしても、どうにか人に戻れる可能性はあるんだ……まぁ戦場でそんな余裕があればの話、って事だがな」


「……そんなもん当たってみねぇと判んねぇよ」


「それはそうだよ。余裕なんか今だってあるかって言われたら無いんだし……少しでも助けられるといいんだけどね……」


『皆様からお預かりしている税を用い、こうした戦力の増強をしている事には、テロ以外にも要因があります。我々の収集した情報を精査した結果、テロ行為自体が他都市の工作員による物だという懸念が浮上しております』


「ほう、そういうシナリオで動く訳か。機構もなかなか考えるもんだな」


「建前としては常道になるのかな? これを理由にして例の法案を前倒しで通すつもりって事なんだろうけど」


『皆様の極東が外敵によって危機に晒されつつあるのです! 平和な生活を守る為に、どうか皆様のお力を我々にお貸し頂きたい!』


 加橋総理はそう言うと壇上で頭を下げた。


『我が極東の正義と秩序を守る為にも、まずは極東内を無遠慮にうろつくテロリストどもに鉄槌を下しましょう! 共に立ち上がり安寧と平穏を守りましょう!』


「はー……よくもまぁここまで正義だなんだと言えるもんだなぁ」


「内容的には30点の作文だな。これで合格を出す辺り機構としても、内閣をいかにアテにしてないのかってがよく解かる」


「そうなんか? 俺にはサッパリ解かんねぇよ」


「市民の不安を煽った、マイナス20点。戦う事について協力を求めた、マイナス20点。簡単に正義を名乗った、マイナス30点。小芝居が上手いから30点だけ残してやったってとこだな」


「まぁ元々有権者からは機構の傀儡だと思われてる訳だし、あちらさんにしてみれば何点の内容だって構わなかったんじゃないかな」


「そういう事だ。兎に角、有事が近いって事だけ宣言出来ればいい訳だからな」


『これからも皆様と極東政府は共にあります! 共に脅威に立ち向かっていこうではありませんか! それでは皆様、ご静聴ありがとうございました」


『中継は以上となります。今後の政府の動向が注目されます。CMの後は先日Eブロックの商業区で起こった……』


 総理大臣の表明が終わるとモニターのスイッチは切られた。

 見せ物の見物が終わった整備班員達が、郁朗達のストレスチェックを開始しようと準備を始める。

 班員達がそこかしこに散り始めた頃、整備場に新見と倉橋、そして山中を連れた千豊が姿を現す。

 山中は組織の重鎮達が揃う現場に居たくないのか、そのままするっと整備班員達に合流していった。


「三人一緒に揃って居てくれて良かったわ。さっきの総理の演説は見てた様ね」


「おー、あの茶番ならきっちり見させて貰ったぞ」


「茶番ていうのも失礼だよ。お茶汲みがやった方がもっとマシな芝居になったんじゃないかな?」


「内容はともかく、機構もこれからは本腰を入れてくるでしょうね。少し時間が空いたけど、次の作戦が決まりそうよ。立案も概要はまだだけども、機構の情報処理センターの本局を占拠して貰う事になると思うわ」


「マジなのか? おいおい、いきなり敵さんの二の丸を落とすのかよ。現地兵力の第一連隊の坊っちゃん共はともかくよ、増援で来そうな厄介な連中も俺達三人で面倒見ろって事なのか?」


「片山さん、今回は我々戦闘班も予備戦力も含め、総出でこの件に当たります」


「本気か? ダンナ?」


「情報の収集と発信をする場所としては最適ですからね。放送局への電波の割り込みも可能ですし。その施設を使って手持ちのデータと、あちらにあるデータの全てを一般の放送電波に乗せます」


「おーおー。また盛大にやる気だな」


「成功すれば極東は即座に内乱状態になるでしょうが、そうでもしないと機構側の戦力が増強され、最終的に私達に勝ち目は無くなるでしょう……それだけに、今回は手を抜けません。あちら側にもこちら側にも死人が出るでしょうね」


「……フン。まぁそうなるだろうな。EOを出してくると思うか?」


「十中八九出してくるわね。倉橋さん」


 千豊がそう言って促すと、倉橋が現状の説明に入った。


「これは俺の古い筋から入った情報なんだがな。セラミクスウェハースの大元の原材料のな、あちらさんへの流通量のデータが出た。そこから換算した機構側のEOの予想転化数だが……少なくとも四百人は転化されてると思った方がいい」


「……四百人も!? そんなに……」


 郁朗が驚きのあまり上げた大声に、作業をしながら聞き耳を立てていた整備班達もにわかにざわついた。


「全てが稼働出来ているとは限らんがな。資材の量から考えても、その位の数は間違い無く転化されている。おい、唐沢はまだか?」


「さっき中尾君に呼びにいかせたんですが……いらっしゃったみたいですよ」


 中尾に連れられて白髪の混じり始めた年の頃の、白衣を着た不健康に太った男が郁朗達の元にやってきた。

 年の頃は四十代半ばだろうか。


「いやぁ、遅れて申し訳無いですね。強制駆動燃料の改良の目処が立ったものですから、なかなか手が離せなくて。皆さんお揃いみたいですけどどうかなさったんですか?」


 男はハンカチで汗を拭きながら状況を把握しようとしている。


「お前はそうやって研究室に篭っとるから何も知らんのだろうがな、とうとう機構が動き始めたぞ。のんびり研究ばっかりやっとる暇は無くなったと思え」


「ええっ、そんなぁ……まだまだ開発しなきゃいけない物はたくさんあるんですよ? 新型の循環液の培養も始まったばかりですし、生体装甲の材質の見直しもこれからって時に……」


 突如登場した唐沢と呼ばれるその男のいきなりの落胆ぶりに、郁朗と環は唖然とするしか無かった。


「ああ、そうか。お前らはまだ会った事が無かったか。こいつは唐沢ってんだ。技術班の班長って肩書はあるが名ばかりでな。自分のしたい研究ばっかりしてるもんだから、技術班は実質嬢ちゃんが取り仕切ってる様なもんだ。ほら、挨拶せんか」


 倉橋に背中を叩かれむせながらも、その男は自分の名前を名乗った。


「これは失礼しましたね。唐沢(からさわ)( けい)と申します。転化手術の時にお見かけして以来ですか。どうです? 身体に何か不具合とかはありませんか? 出力不足で悩んでませんか? 神経系の不調なんかはありませんか? 脳に負担はかかっていませ――ゴハッ!」


 唐突に始まった唐沢の質問攻めに再び唖然とする郁朗達であったが、倉橋が鉄拳でそれを黙らせる。


「いい加減にせんか! 不具合があれば俺が報告しとるわ! 全く……スマンなぁ、二人共。こいつには俺も手を焼かされててな。幾ら言っても態度を改めん」


「は、はぁ。ハンチョーも大変なんですね……」


「なぁハンチョー、そのおっさん大丈夫なんか? 白目剥いてるぞ……」


 急所的な意味でイイトコロに入ったのだろう。

 唐沢はそのみっともない肢体をぐったりとさせ、その場に倒れ気絶していた。


「倉橋さん、そのくらいで。中尾さん、唐沢さんを医務室へ運んで下さる? ……現状、少し焦らなければいけない事態になってるわ。早速だけど次回の作戦に向けた会議を召集します。戦闘班、整備班、オペレート班全員をブリーフィングルームに集めて頂戴」


 千豊の一声で各々が動き出す。


 少なくとも四百人が転化されているという事実を聞いた整備班達からは、先程の様な余裕を持った笑いが起こる事は無かった。

 誰もが重たい空気を払拭できないまま、ブリーフィングルームへと急ぐ。


 郁朗もまた……今度こそ誰かを殺し、誰かが殺される事になるのかも知れない……その思いに囚われ続け、陰惨な気持ちを打ち消せないでいた。

 無言で歩いて行く彼のその足取りは、皆と変わらず酷く重いままだった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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