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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第三幕 狗吠《くはい》の末路
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3-1 掲げられた戦鎚

 -西暦2079年5月10日14時40分-


 政治犯収容施設襲撃から一月と半ばが過ぎようとしていた。

 襲撃時の動画、及び画像データは順調にネットワーク上で拡散を続けている。

 自身達の住むj極東の地には、何やら異形のテロリストが存在している。

 そんな噂話がネットワーク内のあらゆる場所でもちきりであった。


 政府や軍は報道管制を敷いても無駄だと思っているのだろう。

 ニュース番組やワイドショーでも政治犯収容施設襲撃事件は、普通に事件として報道されている。

 だがこの件に関して政府は公的見解を述べず、一切の反応を示していない。


 市民達の反応は様々であり、その姿に対する恐怖を訴える者もいれば……EOによるテロの成功を願う者達も少なからず存在した。

 極東の情勢から、これまでテレビに出てくる事が滅多に無かった軍事評論家。

 そんな趣味やら遊びの延長やらと揶揄される職業の人々が、今はこぞって番組で雄弁を振るっている。


「あれは軍が秘密裏に開発していた新型の人型オートンでしょう。まだ噂の段階ですが、軍需物資が強奪されたという話も流れてきています。テロリストはその際にでもこの兵器を奪ったのでしょう」


 アジトの食堂で遅い昼食をとりながら、興味本位にその番組を見ていた一部の整備班員達。

 彼等はこのコメントを聞いて味噌汁を盛大に吹き出した後、食堂に響き渡る大声で大爆笑したそうだ。


 この数週間、そんな風に大笑いしながらも、整備班の班員達は倉橋を筆頭に多忙を極めていた。

 環が覚醒した以降も少しづつではあるが被験者は増えており、現在では十名近くが眠りについている。

 戦力拡充が必須である現状、彼等は覚醒するのを今か今かと待たれていた。

 全員が目を覚ます事は恐らく無いだろう。

 だが覚醒した者が生まれた場合、その脳を収める身体が必要になるのは必定なのだ。

 その為、整備班は急ピッチで新規のEO用基幹ボディの製造に尽力していた。


 別件で《《あるもの》》の建造にも関わっている倉橋が、忙しさのストレスを晴らすかの様に整備班の尻を叩く。

 時には言葉で、時には拳骨で……長時間労働も含めるそうした整備班員の多大な犠牲により、どうにか必要定数を完成させる事に成功するのであった。


 今回製造された新規機体は、郁朗達三人の覚醒一期組とは少しばかり違う形に改良されている。

 先日の郁朗の被弾データ含めEOの実戦での稼働データが出揃ってきた事もあり、新規ボディの製造と合わせ、郁朗達の装甲形状にも見直しが図られる事となった。


 一つは郁朗の頭部や肩部の銃創を参考にした、生体装甲にコーティングされている透過アルミナ層の改良。

 精製方法と素材を見直した事で靭力と耐久性が増し、対弾性能が向上。

 更にその透過アルミナの塗布層の厚みを10%程増量して塗布。

 機体重量はいくらか増したものの、生体装甲の強度を目に見えるレベルで向上させる事に成功している。

 増加した重量についてもその量は微々たるもので、もう一つの改良点によって問題は打開される事となった。


 新規EOで採用され、従来型とはエッジの強い形状に変更の為された新形状の基幹装甲。

 これに換装をする際に、生体アクチュエーターを微量ではあるが増設する事にも成功しらのだ。

 増設されたアクチュエーターによって、差し引きで言えばむしろパワーは以前より上がっていると考えてもいいだろう。


 それとは別のプランではあるが、郁朗の頭部被弾を重く見た片山によって、最重要機関である頭部の防御力の向上も図られる事となる。

 固定型では緊急時のメンテナンスの際に不具合が出る為、固着せずに装着する取り外し可能な増加装甲の開発、という形でプランは進められた。


 これに便乗したのが整備班副班長の山中である。

 毎日の様に続くボディ製造作業に辟易していたのだろう。

 彼のプラン参加により、ただの増加装甲の域を大きく飛び出した装備が完成する事となった。


 リニアプロテクター搭載型・頭部増加装甲。


 山中の専門分野である超伝導工学の技術を、予算の許す限り……いや、それ以上にふんだんに使い制作されたこの一品。

 山中が開発中の……まだ試作段階ではあるものの、とんでもない素材が使われている。


 室温超電導物質。


 リニアレールが移動や輸送の主体となっている極東において、研究者達が競って開発を急いでいる素材である。

 そんな夢物語の様な素材が少量ではあるが使われているのだ。

 その成果は大きく、現在の地下都市の技術から考えれば、間違い無くオーバーテクノロジーとも思える性能を発露する事となる。


 消費電力の関係で短時間の使用に限られるという条件はつく。

 だが磁性を持つ弾頭であれば、五十メートルの距離からの25mm弾ですら弾道を逸らす事に成功しているのだ。


 そのせいだろうか。

 『山中さん家の勇実(いさみ)君は外宇宙から来た宇宙人説』や『整備副班長は失われた大陸から現代に遣わされた使者』等の噂が流れる事となる。

 そんな希少な素材をそんな所につぎ込む辺り、彼を凄腕の技術者というよりも変人として認識するスタッフが後を立たなかった。


 射爆場で行われた運用テストの結果は郁朗達を大きく満足させるものであった。

 報告書の予算の欄を見た千豊と倉橋が深く頭を抱えたものの、三人の安全マージンが間違い無く増えたのだ。

 その事を考えれば声を大にして山中を叱責する訳にもいかず、彼女達が胃薬を常飲する日々が少しだけ続く事となる。

 

 そうして身体自体の性能や装備が以前より間違い無く向上したのだが、その状況に甘える事を許す片山では無かった。

 今日も今日とて郁朗と環は射爆場にて、片山の71式改が吐き出す大量の模擬弾からの回避訓練に追われていた。


『ちょっ! はっ! 待てっ! てっ!』


「団長ッ! これはッ! やりすぎだッ!」


 片山は弁慶よろしく仁王立ちのままで左右の腕に71式改を一挺づつ装備し、郁朗と環に向けて旺盛な弾幕を構成していた。

 71式改の模擬弾は狙撃用の模擬弾と同じくペイント弾であり、整備班の作った模擬弾用の自動装填装置のお陰もあるのだろう。

 弾切れや装填の為の時間を気にする事無く、全く遠慮の無い訓練を継続している。


『移動をやめるな! 止まるとクリーニングとハンチョーの説教に直行だぞ! 効率のいい動き方を身体に覚え込ませろッ!』


 片山の利き腕である右腕が郁朗の担当となった。

 同時進行で訓練を行っている環と比べると、数段上の容赦の無い攻撃が長時間に渡って続けられている。

 元々環は68式改の運用がメインであり、回避行動をこれから先もそれほど必要としないという事も大きい。

 そんな建前の元、彼の三割増しの弾幕が郁朗へと向けられる事となったのである。


 先日の襲撃作戦における郁朗の油断から発生した被弾は、片山を大層怒らせた。

 あの日以降、郁朗の射撃訓練の時間は半分にされる事となる。

 その結果生まれた時間を全て、至近からの攻撃を含む弾幕回避訓練に充てられてしまったのだ。

 郁朗はそのスペック上、今後も部隊の前衛を務める機会が多くなるのは間違い無い。

 それを考えればこの地獄の訓練を課している片山の判断は正しいと言えるだろう。


『オラオラァ!! チンタラやってっと口座の残高無くなっちまうぞ! タマキィ!! お前もテレテレしてんじゃねぇ!』


 隙あらば手を抜こうとする環を見咎め、彼への弾幕を少し厚くする。

 当然ながらと言うには憚られるかも知れないが……今回の訓練もいつもと同じ、例のポイント制での給料の奪い合いが特典として付与されている。


『俺がッ! このっ! 訓練っ! やる必ッ! 要ってッ! あんのかッ!』


『いつ何が起きても良い様に、訓練だけはやっとくもんだッ! 狙撃手だからって敵がお前の後ろから来ない保証なんてねぇぞッ!』


『おああああああああああああああああああああ!!』




「7~8~9っと。おお、イクロー。とうとう二桁切ったか。新しいメットも配備されたしとりあえずはこんなもんか……よしッ! 回避訓練の増加は今日で終わりにしてやる。ただし、次に食らったら解かってるな?」


「解かってるってば……団長もさ、少しは手加減って事を覚えなよ。身体は疲れないからいいけどさ……心が病むんだよ。的にされる側のストレスってのをさ、もうちょっと理解して欲しいなぁ」


 被弾した箇所を自分でもチェックしながら郁朗は不満を訴える。


「16~17~。だがやっとかん事にはお前の事だ。18~19~、またいいのを貰うに決まってる。」


「……」


「ホラ、タマキもなんとか言いなよ。こんな一方的過ぎる理屈がだよ? 許されて良い訳無いと思わないか?」


「25~26~27~」


「……」


「環さぁ……さっきからなんか大人しいけどどうしたんだよ? そんなに塗料まみれにされたのが悔しいのかい?」


「32~33っと……なぁタマキよぉ。お前……今月の給料がもうマイナスに突入だ。あんまり若い内から借金なんてするもんじゃねぇぞ?」


「……明日だ……明日になれば狙撃訓練だ……取り返すぞ……なんもかんも取り返してやる……あんたら覚えてろ!!」


 環はそんな捨て台詞を残すと、射爆場から何処かへと逃走を開始する。


「ちゃんと塗料落としてから整備場いきなよ~」


 それを止める気の無い郁朗の慰めの声だけが……射爆場に虚しく響くのみであった。




 模擬弾の塗料を専用のリムーバーで落とし、整備場へ郁朗と片山は向かう。

 翌日の狙撃訓練における環の狙撃からの回避運動の傾向と対策を、あーでもないこーでもないと練りながらの旅程である。


 本日は事前に倉橋からの要請もあり、早めに訓練を切り上げている。

 生体装甲の重量増加と装甲形状の変更から起こると予想される、機体各所のストレスのチェックを行うそうだ。

 倉橋直々に作業が行われるらしいので遅刻は一切出来ない。

 時間に余裕を持って二人が整備場に着くと、何やら騒然としている。

 小走りでどこかへ行こうとする山中を捕まえ、二人は何が起きたのかを聞いた。


「どうしたの? 山中さん?」


「おお、イクローちゃん。団長さんも一緒なのは助かるよ。機構の連中、とうとうやっちゃったみたいなんだ…………機構側のEOがマスコミにお披露目されてるんよ……」


「「!?」」


「さっきオペ班の子がさ、TVで軍務大臣が会見を始めたってんで、大慌てで整備場に飛び込んで来たんよ。こっちのモニターで続きを見てたら……」


「どういう形で公表したんだ? まさか人体を使ってる事まで表沙汰にしてるって訳じゃねぇよな?」


「いや、それはさすがにやらなかったんですけどね……新型のオートンとして公表したんですよ。おっと、千豊さんとこに行かなきゃなんないッス。続きは他の班員にでも聞いて下さい。そんじゃ!」


 山中は片山にそう言うと慌てて駆けて行った。


「イクロー……今日までの作戦行動は場慣れの為の……遊びみたいなもんだってのは解ってるな? 戦力差を傘に着た、勝って当たり前のゲームみたいなもんだ」


「……そうだね」


「相手方のEOがこうして表舞台に立った以上、次からは機構側も本気を出してくるぞ? いくらこっちのスペックが上だって言っても……数で押される事もあるんだからな?」


「うん……それは解かってる。出来れば無力化、なんて甘い事はもう言えなくなるんだろうって思うよ……これ以上転化される人が増えない様に、出来るだけ早くこの事態を終わらせなきゃならないんだよね?」


「そうだな……まぁ、大局を考えるのは姐さん達の仕事になるだろうさ。俺達に出来る事は作戦をきっちりと熟して、どうやってでも生き残って帰ってくる事だ。状況がここまで進んだ以上、俺達が動けなくなった時点でこの組織は詰んじまう」


 大型モニターの中には、軍務大臣のVTRの映像を背にして無責任に喋る評論家が映っていた。

 そんな様子を苦々しく見つめながら、二人はこれからの戦いの行く末を案じる。


 一方的とも言えた戦闘力のバランスが、小さいながらも崩れ始めようとしていたからだ。

 単体のスペックでは圧倒的に優位に立てるだろう。

 しかし、どれだけ有能な戦闘車両が一台あったとしても、百台のブルドーザーに一斉に襲いかかられては勝てはしない事は自明の理と言える。


『軍務大臣の会見に続き、間もなく加橋総理のテロ撲滅の表明が始まるそうです。中継を繋ぎます』


『こちら総理官邸です。これから加橋総理の表明が行われます。内容は昨今起こりつつあるテロに対する、政府からの宣言だと情報が入っております』


 アナウンサーと会見場に居る特派員の声が聞こえたのだろう。

 喧騒に包まれていた整備場が一瞬静かになった。

 自分達の起こした行動が、どれほど世間に影響を与えているのか。

 それが気になるというのが本音なのだろう。

 その場にいた誰もが静かに画面を見つめていた。


『加橋総理が入られます。報道の皆さん、質問は後程私が受け付けますのでご静聴願います』


 内閣広報官の注意の一声と共に壇上に注目が集まる。

 中肉中背、程々の身長。

 これといった大きな特徴も無く、威風堂々と言うには威厳の足りていない男がツカツカと壇上へ登る。

 記者席を睨め大きく息を吸うと、彼は記者やカメラに向け声を発した。


『まず初めに極東を狙うテロリスト共に申し上げたい。我々は決して暴力には屈しないと』


 後に『極東史上に残る道化』と呼ばれた男の朗々たる一声で、その会見は始められたのであった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.05.13 改稿版に差し替え

第四幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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