幕間 ???
-西暦2079年3月25日20時40分-
地表帰還開発機構極東本部ビルの最上階である十二階。
夜のはじめに手元へと届いた映像媒体を見た男は、『なるほどな』とこぼすと合点がいった顔をしていた。
彼が見ていたのは本日の夕方、政治犯収容施設が襲われた際に記録された映像である。
先日あった兵装集積所襲撃事件。
破壊されたオートンの残骸がなぜああなったのか、ようやく納得のいく材料が出てきた事が彼を頷かせたのだ。
「これはまた……よくぞここまで仕上げたとこの連中を褒めるべきかな?」
「……そうですね。どう漏れたかはこの際どうでも良いでしょう。しかし……これは我々の物とは些かと言うには違いが有り過ぎますな」
「映像を残したのもあえて、と思っていいのだろうな」
「それは間違い無いでしょう。残すどころか……ネットワークでの動画データの拡散も行われております。我々への牽制が目的かと」
彼と向い合って座るもう一人の男は、特に表情も崩さずにそう応えた。
口調から察するに先程の男の部下なのだろう。
壮年期を終えたばかりの二人の男性は頷き合う。
「これだけのスペックだ。コストも尋常でなくかかっているだろう。資材の入手経路から連中の素性は探れないか?」
彼の言いたい事はこうだ。
『これが欲しいから作れる人間を連れて来い』
その欲しいの意味は多々あるのだろうが、彼がこの機人達の情報を欲しがっている事だけは確かである。
「さて……先程一通り検索してみましたが……今一つはっきりしません。政府の組織内にも犬がいると思われますが、恐らく企業体の何れかが手を貸している、という所でしょう」
「……カドクラは確定だな。兵装集積所の件から考えてもそうだろう。あそこも一枚岩では無いからな……まぁ、その件はおいおいで構わんさ」
「それよりも対応策が必要かと。例の計画を前倒しにしますか?」
「ふむ……予定していた実験部隊の招集はもう終わっていたはずだな? そうだな……いいだろう。まずは一個中隊という事になるか」
「判りました。その様に……例の法案に関しては?」
「こちらも前倒しだな。今は一人でも多くの優秀な被験者が必要な時だ。下手に時間をかけて被験者が連中の手に渡るのも、こちらの攻勢が後手に回るのも些か面白く無い」
「学生の徴兵に関しても幾らか前倒しにしておきましょうか。あの年代の脳神経の方がより良い機体を生み出す事となるでしょうし」
「任せる。兎に角だ……本格的に邪魔が入る前に、こちらも対抗出来るだけの力をつけねばならんな」
「確かに。では研究施設への通達はしておきます。内閣への根回しはいかがなされますか?」
「私がやっておこう。いくら愚鈍な俗物が相手とは言え、さすがにこれ以上彼らの頭越しに事を進めては面倒な事になるだろう」
「承知しました。それでは失礼致します」
部下の男は席を立つと、澱みの無い動きでその部屋を退室した。
残った男は官邸への直通電話を手に取ると、呼び出し音にしばし待たされる。
相手の職務の時間からは外れてはいるが、元々大した仕事もしていない人間に気を使う事も無かった。
「ああ、総理かね。私だ。例の件なんだが……」
弱い照明に照らされながら、男は要件だけを告げていく。
彼は電話の向こう側の声の主に大きく苛立っていた。
その声と態度には覇気などは一切無く、弱者の匂いしか感じられ無いからなのだろう。
そう仕向けたのが自身だとしてもだ。
(よくこれで……一つの政府の長が勤まるものだな)
彼は唾棄したくなるのをひたすらに堪えている。
(だが……こういう馬鹿が増えてくれると何かとやり易いのもまた事実だ。我々が上手く使ってやらねばならん)
電話を切った男は、大きく取られた窓から外の景色を眺める。
男は星一つ無いその天井が、子供の頃からどうしても好きになれなかった。
(私の代で何としても地表は取り戻す。他の地下都市に遅れを取ることだけは……絶対に許されん)
もはや秘める事の無くなった野心を胸に、男はその先にあるものを見据えるのだった。
「ええ。ええ……出来るだけ早くで構いません……そうですか。では明日から招集した人員への術式を開始して貰います。そちらの人員の不足は? そうですか……判りました。直に手配します。兎に角、成功例を積み上げて下さい。そうしなければ今後の加速する状況には対応出来なくなりますよ? ええ。ええ。それでお願いします」
部屋から退室した男は、先程の部屋のすぐ隣にある自身の執務室に戻る。
椅子に腰掛けると何本かの電話をかけた。
それが済むと別件の仕事を片付ける様だ。
今日の昼の内に下部組織から上がってきた記録媒体を端末に挿し、その内容に目を通す。
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新型遺伝子シダ類の基礎生産向上率の検証報告
八十年度予算案概要
軍研究所との技術提携に関する懸案事項
内閣改造の際の機構側人員の増員案
EO運用時における所持兵装についてのレポート
改良型軍用EO設計基
――――――――――――――――――――――
様々な案件が提示される中から、改良されたとされるEOの設計基に目を向けた。
「出力5%増し、大型兵装運用の為のハードポイントの増設、新型装甲材への見直し。たったこれだけですか……これでは勝てる物も勝てませんね……」
男の脳裏には、先程見たテロリスト側のEOに蹂躙されてしまうであろう……そんな自勢力のEOの姿が思い浮かべられていた。
そのあまりの情けなさに思わず独り言が出てしまう。
とはいえ予想されるスペックが段違いなのだ。
機構側のEOがただの工業用の重機だとすれば、抵抗勢力の所有するEOは……間違い無く戦闘車両に属する物になるだろう。
(所詮、借り物の知識ではこの程度の物しか作れませんかね……軍の研究所も口ばかりで頼りになりませんな)
機構の研究室では、既にもう一段階上のスペックを持つ設計基が検証段階に入っているのだ。
かといって陸軍を切る訳にもいかない以上、彼等にも餌を与えなければならない。
(五十年以上も無駄飯食いと言われて、ただ燻っている憂さを……どうしても晴らしたいと思っているのが、今の軍部の業というものなのでしょう)
近日中に提出される法案さえ通ってしまえば、軍とて機構への口出しを慎むだろう。
彼らは抱えているフラストレーションさえ吐き出してやれば、機構に文句を言う事も無いのは確実だと男は思った。
そうして日付が変わる頃まで彼はその部屋に拘束される。
機構統制長補佐官として抱えている案件を淡々と処理していき、必要な指示を出し終わると、溜息をつきながらその場から立ち去っていった。
「なぁ、本当に明日から始まるのか?」
「そういう指示が出ている。ここに集められた連中は何も知らんのだからな。可哀想なもんだ」
極東陸軍技術研究所の一室で、何かの準備をしている二人の男達がいた。
様々な医療器具と薬品、そして何かのパーツの様な物が多数、ワゴンと施術台の上に置かれている。
「被験者には悪い事をしてるよな……本人達は新規編成の部隊の招集って話だけでここに来てるんだろう? やってしまっていいもんなんだろうか?」
「おいおい、今になって日和るのか? あいつらだって研究の礎って奴になれるんだ。有事も無い軍にいてウダウダと税金泥棒してるよりは、その方がよっぽど世間様の役に立つってもんだぜ?」
「そうは言ってもなぁ……」
「家族には弾薬庫の爆発事故で、部隊員全員が仏さんになったって話になるんだ。二階級特進の上で家族には恩給は出るし、俺達は被験者を手に入れる事が出来る。これはwin-winな関係ってやつだと俺は思うんだがな」
「……そうだな。今更いい人間ぶってもしょうが無い。それよりもこの研究を進める方が極東の、いや人類の為になる」
「そうだ。俺達みたいな気狂いだって、こうやって世間様の役に立ってるんだ。あいつらにもその権利をやろうっていう仏心みたいなもんだからな。しかし……こうやって合法的に人体実験ができるなんざ、本当に機構様々だな」
「ああ、あのまま碌に予算も貰えないまま……使えもしない人工股肱の開発をやらされる生活なんぞもう懲り懲りだ」
「まったくだな。あんな飼い殺しにされる環境にはもう戻りたくねぇ。それもこれもあの教授だ! あいつが俺達の研究を目の敵にさえしなければ……あのまま大学にも残れたはずなんだ! この機体だって本当なら俺達が先に開発していたかも知れないのに!」
「落ち着けよ。確かに俺達の研究の内容は狂気の沙汰だ。だが、あれで救われる人間は間違い無くいたはずなんだ。俺達は間違ってない。現にあの機体を見てみろ。あの機構がだぜ? 俺達とまったく同じ構想を以って、あれを実現化したって事じゃないのか? 自信を持とうぜ」
「ああ……そうだ……そうだな。よし……例の機体の準備は出来てるのか?」
「問題無く準備出来ている。後は脳を脳髄パッケージに移植して、機体にセッティングするだけでいい様にしてある。なんせ百人近い人間の脳を抜かなきゃいけないんだ。出来るだけの事はしてあるさ」
男の視線の向いた先には、ぐったりと座り込んだ様に見える……頭の無い黒い身体がずらりと並べられていた。
その眺めはある意味で壮観であった。
「ならいいが、機構からの技術者も施術の応援に来るらしいからな。使える所を見せておかないと、今度は俺達が被験者にされちまうぞ?」
「しっかりやらないとな。島流しどころか機械にされちまう……そうだ! 明日の手術は監視があるから出来ないが……そのうち俺達の為の手駒も作ろう。脳髄パッケージに別系統のプログラムを隠すんだ。その手駒を使って……」
「アハハハハハ! そいつはいい! 俺達の邪魔をする人間は多すぎるからな。その手駒を使って……そいつら全員の頭の中を綺麗さっぱり掃除して、機械の身体にしてやろう! いいぞォ、実にいい!」
深夜に差し掛かろうとした時間にも関わらず、意気の上がった二人の男達。
彼等は己が欲望の為、どこまでも高らかに笑うのだった。
その様子が監視されている事実を……二人はまだ知らない。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.04.29 改稿版に差し替え
第三幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。