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幕間 木村明久

 -西暦2079年3月25日23時20分-


 クソッ、クソッ、クソッ! なんで私がこんな扱いをされねばならんのだ!


 硬化剤とやらに包まれ身動きする事を奪われた上、荷物の様に車両の荷台に放り込まれたのだ。

 私の威厳も何もかもをズタズタにされた……煮えたぎる心の中でどうしてこう至ってしまったのかをどうしても考えてしまう。




 政治結社【明けの遠吠え】の主査である私にとって、この一年は受難の日々だったと言っても良いだろう。

 ケチの付き始めは他組織と連合で行った大規模テロだった。

 長い期間をかけて入念に、そして慎重に準備をしたにも関わらずだ。

 早期に出動した軍によって鎮圧されてしまった。

 内部から情報が漏れたのだろうかと今では思える。

 他組織が瓦解した今、情報がどこから漏れたのかも判らない。

 だが、まさか軍が虎の子の空挺連隊を持ち出してくるとは思いもしなかった。

 テロに参加した人員は射殺、もしくは諸共に拘束され連合は壊滅した。

 私達の崇高な目的が凡人共に理解されるとはハナっから思ってはいなかったが、まさか内部から虫が出るとは。


 それもこれも新見が六年前に組織を抜けたのが悪い。

 組織を起こし主導しておきながら、当時の幹部を半殺しにして組織を半壊させると警告だけを残して姿を消した。

 何もかもを新見が無駄にしたのを私が必死にここまで立て直したのだ。


 なのにだ。

 内部にいた虫は……今度は組織のアジトまでも売ったのだ。

 テロ失敗直後に警察局によるアジトへの突入が行われ、組織の人員は私を含めて一斉に検挙されてしまった。

 そして収監されてほぼ一年……拷問こそされなかったものの尋問の日々が続いた。


 ようやく助けが来たと思えばそこにはあの新見がいたのである。

 まただ。

 またあの眼だ。

 何の価値も無い無機物を見るようなあの眼を見ると……今でも身体が震える。

 私達を半殺しにした時に、腹を蹴りながらこちらへ向けたあの眼を忘れる事は出来なかった。

 部下の目の前で脅しをかけられたが、黙るしか無い。

 あの拷問を味わった人間なら誰だって黙りこむしか無くなるはずだ。

 こいつらは新見の怖さを知らないからこそ、平気な顔をして追従を選べるのだろう。

 しかし部下の言う通りとも思えた。

 確かにこれは逃げ出すチャンスだったのだろうしな。

 結局は部下のそれに従うしか無かったが、何の事はない。

 隙を見て逃げ出してしまえば良いのだ。

 最後尾で昔と変わらずに偉そうにしている新見を時折見る。

 自分の裏切った人間を堂々と値踏みしながらふんぞり返っていやがる。


 クソがッ! 見ていろ……貴様が私に味あわせたあの痛みを、今に貴様にも味あわせてやるからな!




 逃げ出して自由になったら、真っ先に新見を殺してやろう。

 あいつを殺さない事には本当に私が自由になる事は無い。

 この心に抱える巨大なトラウマを思い出す度に……どうしても身が竦む。

 あの拷問を思い出してしまい、少し身震いしてしまった。


 逃げ出そうにも身動きを取れない様に、体の骨を一本一本順番に折られていくのだ。

 足や腕のみではなく、指まで枝でも毟るかの様に折られていった……あの時のあの恐怖が……頭から消える事は……きっとこれから先も無いだろう。

 今でも眠ると時折、その悪夢に苛まれるぐらいだ。


『お前達が表舞台に立つ事を俺は許さない。俺がこの組織を立ち上げたのは、あくまで機構の暗躍を潰すためだけだ。それをお前達はそれに成り代わる事だけを考えている。そんなお前達はこの世界には必要は無い。今のその身体の痛みを忘れずに、これからはひっそりと生きていけ。殺されないだけマシだと思うんだな』


 痛みで意識が朦朧とした中で新見に言われたこの言葉を思い出すと……奴への更なる殺意が溢れてくる。


 そうしているうちに車両は停止した。

 車両の乗り換えの為にカーゴから降ろされると、囚人の様に監視を付けられ作業が終わるのを待たされる。

 周囲を見渡すとどこかの地下経路だろうか。

 こんなにいい逃走経路があるのなら、今後何かに利用できるかも知れない……そう思っていると、視界の端に奇妙な物が写った。


 あれは……新式の人型オートンか何かか?


 明らかに人間とは思えないのだが、人の様な自然な動きを見せるそれ(・・)は……私にとって力を感じさせる存在に見えた。

 あれを自分の元で量産できれば……機構なぞ怖くはないのではないかと思えたのだ。

 それ(・・)がどの様な物なのか見極めようとひたすら見つめていると、部下の一人がここからの離脱を訴えてきた。

 まずは自由になる事が先決だろう。

 私はその訴えに乗ってやった。

 それが私の心に新しい傷をつけるとも知らずに……。


 監視していた人間の隙をつき、数名でその場から走り出して逃げた。

 これ程簡単に逃げ出せるとは。

 新見の率いている新しい組織とやらも、その実情は大した事が無いのかもしれない。


 ざまあみろ! これで私は自由だッ!


 快哉の声を心で上げ、自由を満喫できたのは一分と少しだった。

 何かを撃ち出す音が聞こえたかと思うと、足が急に動かなくなったのだ。

 走る勢いそのままに、私はバランスを崩してそのまま倒れて転んでしまった。

 何が起きたのか解からないまま身体を見ると、あらゆる箇所が紫色の何かで固められている。

 それを剥がそうとあがいている内に、あれ(・・)が私達の側にやって来た。


「あんまり面倒かけさせんなよな、いい歳こいたオッサン達がよ」


 それ(・・)は明確な意思を持ち、私達へ話しかけてきている。


 何だ? 何なんだこいつらは? オートンじゃなかったのか?


 その後の言い合いは思い出したくも無い。

 自分に同行を強要したあれ(・・)は……柔らかい言葉遣いではあったが本質は新見と同じ存在だ。

 目的の為なら暴力も厭わない……そんな連中だと感じた私の勘は間違いないだろうと思えた。


 あのバケモノめ……暴力だけで人が動かせると思うなよ……あいつも絶対に壊してスクラップにしてやるッ!

 

 運搬車両の荷台に揺られながら、動かない身体でこの恨みをひたすら脳裏に焼き付けてやった。




 車両が停車したのは何時間後だったのだろうか?

 身体中が軋みをあげる程なのだから、それ相応の距離を走ったのだろう。

 乗せられた時と同じく、荷物の様に扱われて荷台から降ろされた。


 固まっていた何かを剥がす為に作業員らしき人間が纏わりつく。

 彼等にかけられた液体によって、あの紫色の何かはみるみる剥がれていった。

 その光景を眺めていたのだろう。

 ようやく自由になり地べたに転がっている私の側に、新見がやって来た。

 奴は何を言うでも無く、無理矢理私をその場に立たせたのだ。

 私の腕を後ろ手でガッチリと固め、背中を押しながら歩く事を強要する。


「ボーっとしてないで早く歩いて下さい。貴方には我々の上の者に会って貰います」


「上の者? 新見さん、あんたがトップじゃないのか?」


「……口を利く事を許した憶えはありませんよ。さぁ、早くして下さい」


 丁寧な口調の新見に後ろから脅されながら歩かされるのは苦痛でしか無かった。

 アジトの中をかなりの時間と距離を歩かされて判った事がある。

 これだけ巨大なアジトを維持出来るこの組織の規模は、かなり大きいものであるという事だ。

 私達を投棄しておいて、自分はこれだけの組織に入り込んでのうのうと生きている。

 また新見を許せない理由が増えてしまった。

 足がくたびれ始めた頃、あるドアの前で足を止めさせられる。


「新見です、戻りました。入室してもよろしいでしょうか?」


「お疲れ様、入って下さい」


 中から聞こえてきたのは女の声だった。

 一瞬……訳が判らなくなった。


 あの新見が女に従うだと? そんな馬鹿な話があるのか?


 前の組織では常にリーダーシップを取ってきた新見が……女ごときに従うのか。

 今日あった出来事は私の理解の範疇を超えてきている。

 混乱しているのを隠せずに押されて部屋に入ると、二十代中頃と思しき女性が居た。


「初めまして、坂之上と申します。木村明久さんでよろしいかしら? まずはそこにおかけになって」


 椅子を勧められたものの、指導者が女性だった事のショックから立ち直れずにいた私は身動きが取れなかった。

 新見に肩を抑えこまれ、ようやく椅子に腰掛ける。

 新見が後ろで私を見張っている以上、逃走は不可能だ。

 仕方が無いのでこの女がどの様な女なのか、まずその観察から始める事にした。


「乱暴な形でこちらに来て頂いて申し訳ありませんでしたわね。どうしてもアナタの力をお借りしたかったものですから」


「私の力だと? あれだけの戦力をもっていながら私に何をしろと言うのだ?」


「こちらに来る時にご覧になったでしょう? オートンと間違われたかも知れませんが……あれは元々人間なんですの」


「それはさっきあいつらから聞いた。あの失礼な輩共がなんだというのだ!?」


 女の言葉に端々からこちらへの侮蔑が感じられた。

 私を力で押さえ込む気もだ。


「あら、それは失礼しましたわね。うちの組織は細かい部分は放任でして。話を戻しますわ。木村さん、アナタにもああ(・・)なって頂きたいんですの」


 あまりにも当たり前の様に吐かれた言葉の意味を……一瞬理解出来なかった。

 言葉を反芻したのが数秒、直ぐ様に私の感情は爆発した。


「何を……何を言うのかこの売女がッ! 私にあんなバケモノになれと言うのかッ! どこまでも馬鹿にしやがってッ!」


 女に殴りかかろうとした腕を一瞬で掴まれ引き倒される。

 新見が腰から抜いた軍用拳銃の銃把によってこめかみを手加減無しで殴られた事で、一瞬だが意識が飛んだ。

 私の身体は周りにあった椅子や小物を弾き飛ばしながら、そのまま床へ転がってしまった様だった。

 あまりの痛みに朦朧として悶えていると、何かが上からのしかかってくる。

 直感で新見だと判ったが、それどころでは無かった。

 痛みの抜けないままのこめかみに、銃口と判る冷たい物を押し当てられたからだ。


「木村……お前は自分が何をしようとしたか判っているのか? このままここで殺してやる……」


「新見さん、ストップ。そこまでにして頂戴。こんな所で血を流されても困ります。それに大事な適合者です。もっと丁寧に扱って下さいね」


「はい……申し訳ありませんでした……立て、木村。変な気はもう起こすな? 死にたくなければな」


 新見はそう言って脇に腕を回し無理やり私を立たせると、もう一度無理矢理に椅子へと押さえつけながら座らせた。


「少しは落ち着いて貰えたかしら?」


 いつ撃たれるかも判らない状況でどう落ち着けと言うのだ。

 女を睨みつけるが、その顔は私を意に介しない涼しい物だった。


「まぁ答えようが無いでしょうね。あの身体になるメリットをまず提示するわ。本日の作戦で一個中隊と戦闘、たった二人でこれを無力化する事に成功しているわ。つまり破格の戦闘力が手に入ると考えて頂いて結構。機構の転覆というアナタの目標を達成する上で必要な力では無いかしら?」


「そんな物は……私の部下にでもやらせればいいだろう。私は生身の身体でも十分に優秀な人間だ……」


「生憎と特定の遺伝子を持った人間しかあの身体になる事は出来無いの。拒否なさっても構わない。その場合はアナタの記憶をいじって……ここの地下の施設で事が済むまで監禁させて貰う事になるわ」


「……脅すつもりか……」


「いえ……つもりじゃないわ。脅しているのよ。同じ目的を持つ者同士として協力しなさい。でなければアナタに自由は無いわ。アナタの功績次第では立場も考慮すると約束しましょう」


 少しだけ思考の天秤を揺らした。

 確かに話を聞く限り、破格の力を手にする事が出来るだろう。

 しかし人の身体を捨ててまでやる事だろうか?


「……あの身体になったら元の身体には戻れないのか?」


「それについては元に戻す技術が確立されているわ。全てが片付いたらアナタも元に戻す事を確約しても構わない」


 それを聞いて安心した。

 ならば自分の描いた絵が上手く描けそうだと、私は内心でほくそ笑んだ。


「どうせイエスと言わなければ殺されるのと同じなんだろう……目的が達成されるならば手を貸してやってもいい。元に戻す約束を忘れるなよ?」


「ええ、判ったわ。じゃあ早速転化手術を始めるわ。新見さん、彼を技術班の所へ」


「…………はい、判りました。木村、来い」


 新見に背中を押されながら部屋を退出した所で、背中に銃を突きつけられる。


「木村……お前、どういうつもりだ? お前のプライドの高さなら間違い無く監禁される方を選ぶだろう?」


「新見さん、いつまでのあの頃の私じゃないんだ。お互いの損得を飲み込む位の事は出来る」


「よく言う。さっきのお前の挙動を見て信じられる訳が無いだろう?」


「…………」


「……まぁいい。お前が何かしでかした時には、間違い無く俺に撃たれるという事だけは頭に入れておけ」


 表面上は無反応を装うが、私の心の中で何かが歯噛みする音が聞こえた。


 どいつもこいつも……俺の邪魔をする奴はみんな……みんな殺してやる。そして技術も組織も全て頂いてやる。次の世代の極東は……俺の様な優秀な人間に率いられる事こそが至福なのだ。


 そんな考えや心情を、どうにか新見に気取られぬ様に再び歩き始めた。



 後ろにいる新見への怨憎はどうしても忘れられない。


 あの力さえ手に入れば……。


 表情を隠そうとしたが、口元は釣り上がるのを自覚した。

 私の願望の成就を確信したのだ。

 この笑みを止めろというのは不可能だろう。


 見ていろ……。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.04.29 改稿版に差し替え

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