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2-13 雌伏する社鼠《しゃそ》

 -西暦2079年3月25日17時25分-


 あれから数分。

 増援との戦闘のあった地域を迅速に立ち去り、郁朗達は収容施設の排水設備へと無事に辿り着いた。


 新見達は既に撤収ルートを先行している。

 車両での移動とはいえ、二両が並走した上で二十人以上の人員を乗せたカーゴを牽引しているのだ。

 郁朗達の到着を待っていては、その足の遅さのせいで無事に逃げきれるかも判らない。

 その点郁朗達の最大戦速は、78式バギーの通常使用時の巡航速度とさして変わりが無いのだ。

 貨物経路への侵入地点までには十分追いつける計算である。


 十数分後、予定通りに戦闘班の車両群に郁朗達は追いついた。

 車両群の速度は時速三十km程だろうか。

 想定されていたスピードよりも速くはあったが、逃走を急ぐ状況から考えれば決して速いとは言えない速度である。

 先頭を行く二両ジープに新見の姿を確認した郁朗は並走し、彼に通信を送る。


「新見さん、お疲れ様です。上手くいったみたいですね」


『ええ、おかげ様で楽に脱出させて貰いましたよ。そちらも無力化までのスピードがかなりの早さでしたね。ぜひ秘訣を教わりたいものです』


 差し当たって作戦が上手く運んでいるせいだろうか。

 新見から漏れ出ていた先程までの緊迫した空気は、どうやら抜けつつある様だ。


「タマキが頑張ってくれましたから。後はそうですね……誠心誠意ってヤツですかね。冷静に判断出来る人があちらに居てくれたってのが一番大きいです。正面から殴り合いで黙らせるとなると……もっと大変だったと思いますよ?」


『なるほど。確かに雪村君の狙撃は狙われた側になると判りますが……相当に恐ろしい物ですからね。うちの班も何度か車両を相手にする狙撃訓練の的になりましたが……なかなか酷い目に遭わされていますからね。洗車するのが大変だったと中尾君達がボヤきにボヤいていましたよ』


『しょうがねぇじゃんか、訓練なんだしよ』


「ハハハ。あの苦労は僕も思い出したく無いですね」


『それにしても……あの状況で武装解除を選択できる軍人が居ますか……陸軍にも人は居るものですね。特定の隊以外は日和見主義の隊が多いと聞きますが……』


『ああ、ダンナ。その認識で間違いねぇよ。あの隊自体の練度は低かったみたいだからな。あの先任が珍しい人材なだけだ。言われた命令だけじゃ無く、テメェで考えて動けるタイプの人間なんぞ……今の軍にそうそう居るもんじゃない」


「そんなもんなのかな?」


『そりゃあそうだぜ。いくら実力主義の第二師団って言ってもなかなかな。上にあんなのをあてがわれて随分と冷や飯も食わされてたんだろう。あの先任はちゃんとした所に行きゃあ、と金(・・)に成るのは俺が保証してやるよ』


『ほう、それ程ですか?』


『いやー、ダンナ。あいつはこっちに是非とも欲しいぐらいだぜ? どうにかスカウト出来ないもんかね? おい中尾ォ、お前ももっと精進しろよー。あいつがこっち側に来たら、お前の副班の座は確実に危ういぞー』


『出来れば来て貰いたいもんですねぇ。片山さん達の無茶に付き合わされるのも大概なんですから。お前らもそう思うだろ? なぁ?』


 中尾の通信の内容に、戦闘班員が笑い声と共に同意の声を口々に送る。


『ではタイミングがあれば口説きに行ってみましょう。さて、間もなく貨物経路への合流地点に到着です。今の所は特に問題無く逃走出来ていますが、これから先で何が起きるか判りません。気を引き締めて行きましょう』


『『『「了解」』』』




 それから三十分程かけて、一同は貨物経路内の廃路線へ繋がるゲートへと到着していた。

 ゲートを開くと、そこには予定通りに別班が大型の運搬車両で待機していた。

 兵装集積所襲撃の際に兵装と共に奪った車両である。

 戦闘班の面々は、バギーとカーゴの荷台への収容に大わらわといった状況だ。

 カーゴから降ろされた政治犯達は、郁朗達を遠目からジロジロと無遠慮に見つめている。

 特に今回の作戦の目的であった木村という男。

 彼の郁朗達を見つめるその視線は、異常としか言い様が無い。

 渇望なのか羨望なのか。

 明らかに暗く鈍い色を放っていた。


 ここまで来たのなら。

 一同がそんな安心感に包まれ始めた頃、事件は起きる。

 車両の積み込みが無事に終わり、救出した人員を移動させようとしたその時の事だ。

 木村を含んだ数名がその場からの逃走を図ったのだ。


 後はアジトに戻るだけというそんな弛緩した空気のせいか、監視についていた班員もとっさの事で反応出来ずにいた。

 気づいた別の班員達が慌てて彼等に銃口を向けるものの、その効果は無かった。


「殺すなっ!」


 そんな新見の一声で、彼等は思わず銃口を下ろしてしまったからだ。

 確かに木村以外の人間は兎も角、彼を殺してしまっては作戦は失敗である。


「郁朗ッ! タマキッ!」


 動けない戦闘班員に成り代わり、片山の一声に即座に反応した二人が彼等の後を追う。


「タマキッ! 左腕ッ!」


「ッ! オウッ!」


 郁朗と環は走りながら言葉をそれだけ交わすと、左腕をスッと構える。

 自身の拳をアイアンサイトに見立てて、逃走する木村達に照準を合わせた。

 

 ボシュッ! ボシュッ! ボシュッ! ボシュッ!


 複数の発射音と共に、彼等の左腕に新しく装備された発射管から何かが撃ち出された。

 撃ち出された物は肉眼では見えないが、大元は大ぶりなショットシェルである。

 ショットシェルの中身は発射後に大きく拡散し、赤い球と青い球を無造作にばら撒いた。

 その球が本来のショットシェルに使われている鉛の物だったならば、木村達の命は今頃露と消えただろう。


 着弾した球は破裂すると中身を彼等にぶち撒けた。

 すると彼等は中身を浴びた途端、急に動きが止まったのだ。

 走っていた勢いのまま止まる、という事は自身の走行の勢いを消す事も出来無い。

 派手に転んでしまった彼等の体の様々な場所には、得体の知れない紫色の物体がコーティングされており、それが原因で身動きが取れなくなっていたのである。


「おー、山中さんの作った物だから信用はしてたんだけど……本当に対人戦での効果が高かったんだなぁ」


「ほんとすげぇわ……イクローさん。これよ、予備弾のリローダーも用意して貰おうぜ?」


 二人はこの兵装の効能に感心しきりであった。

 郁朗の要望に応え、山中が制作した対人用の新兵装がこの粘着硬化弾である。


 最初に試作されたものは、小型のゴム弾の発射銃をリング状に繋いだものであった。

 強奪してきた兵装の中にあったものを改造したのだが、これは不採用とされた。

 そのまま使ったのではボディアーマーやヘルメットを完全装備した兵が相手の時に、威力的にどうにも心許ないという理由が一つ。

 そしてこの武器にこれ以上の威力向上を求めれば、殺傷するかしないかのレベルの性能のなってしまう事が一つ。

 それらより何より、山中自身が作っていて面白く無かった、という事が一番大きな要因だった様だ。


 色々と思案を重ねる中、発射銃の口径がちょうど12ゲージのショットガンと同じサイズである事に気付く。

 であればと山中はショットシェルを転用する事に思い至った。

 圧搾空気による発射の衝撃に耐え得る、ギリギリの薄さで加工された樹脂製の球。

 山中の気が遠くなる試行と苦心の末に最適化されたその球に、工業用の接着剤と硬化剤を封入してショットシェルとしたのだ。


 着弾して混ざり合う事で硬化し、相手の動きを封じる事が出来るというギミックだ。

 この兵装は普段、71式改や68式改等の化け物じみた大火力兵装を運用している郁朗達にとって、今後もあり得る対人戦闘のありがたい手札になるのは間違い無い。


「あんまり面倒かけさせんなよな、いい歳こいたオッサン達がよ」


 地面に転がっている木村達に向けて、環は吐き捨てる様にそう言った。


「タマキ……あのね……初対面の人にあんまり失礼な事を言うもんじゃないよ? いいね?」


「ヒッ! 喋った!」


 逃走を図った内の一人が悲鳴にも似た声を上げる。


「喋ったらなんだってんだ? あん?」


 環は動けないまま声を上げた人物の、その襟元をガッチリ掴んでそのまま持ち上げた。


「タマキッ! ハウスッ! いい加減に絡むのよしなって。初見の人に解かれってのが無理なんだから」


「ケッ! 連れ出して貰っといてよ、そこから勝手に逃げ出すってなんだよ。恩にはちゃんと報いろって祖母ちゃんは言ってたぞ?」


「はいはい、解かった解かった……兎にも角にも、あなた方は一度はこちらについてくると判断したんでしょう? 勝手に逃げ出すのは人としてどうかと思いますよ?」


「クソッ! なんだこれは! 早くこれをなんとかしろッ! 貴様ッ! オートンの癖に人間の命令が聞けんのかッ!」


 木村はまだ郁朗達をオートンとでも思っているのだろう。

 その口から出る言葉は横柄を通り越して、どうにも無礼なものであった。


「初対面の人間に……貴様なんて失礼な言葉使うもんじゃないですよ? ウチの若い子の教育に悪いです。それにね……僕達はオートンではありませんよ?」


「だったら何者だ!? どう見たって人じゃないだろう! 早くこれを外せ! こんな目に合わされた挙句にバケモノに同行しろって言うのか!? そんな話は聞いてない!」


「そりゃあそうですよ。逃げ出さなけりゃこんな目に遭う事なんて無かったんですよ。おかしいな……何でしたっけ? 【夜勤明けの中年】でしたっけ? 組織の名前。そんなものを率いる人ならそれなりに頭のいい人だって思ってたけど……これじゃあ……ねぇ?」


「ッ……! 貴様ッ!」


 郁朗は自身や身内に失礼な人間に対しては、どこまでも失礼を返せる男である。

 それも倍額でだ。

 一見柔らかい言葉の中に辛辣なものを混ぜ込む程度、お手のものであった。


「中和剤はアジトにしか無いんで、それをどうにかして欲しかったら同行して下さい。なんならぶん殴って気絶させてでも連れて行きますよ? またこんな事されちゃあ、いい迷惑なんで。小学生の時に教わりませんでした? 集団行動の和を乱すなって」


「…………」


「この拳で殴られたらさぞかし痛いでしょうね? それとも骨の一本でも早速折っときますか?」


「ヒッ……やめろッ!」


「どっちにしたって逃げ切らなきゃならないんです。説明はアジトに戻った後に、僕達の上の人間がきちんとすると思いますから。今は黙って言う事を聞いて下さい。いいですね?」


 木村達は追い付いてきた班員達に拘束され、硬化されたまま車両へ運ばれて行った。

 一度だけこちらを顔を向けた木村のその眼を見た郁朗の感情は、どうにも走る怖気を止められないでいる。

 彼の眼には憎悪、憧憬、嫉妬、恐怖、憤怒……様々な感情が綯い交ぜにされていたからだ。


「イクローさん……ありゃあやり過ぎじゃねぇの? あのオッサン完全に折れてたぜ?」


「あの人厄介だね……タマキ、知ってたかい? 骨ってさ、折れた後の方が強くなるって」


「ジャンク屋のおっちゃんに聞いた事はあるけどよ……」


「まぁ……迷信なんだけどね」


「何だよそりゃあ! それが何の関係があんだよ!?」


「面倒臭い事になりそうだって事だよ。急ごう、みんな待ってる」


「何が言いたいのかよく判んねぇよ……」


 郁朗は作戦開始前に新見が何を危惧していたか、少しだけだが理解出来た気がしたのだろう。

 木村が今後、この組織でどの様な立ち位置になるのかは判らない。

 だが用心だけはしておこう、そう思う郁朗であった。



 トラブルがあったのもそれきりであり、一行は五時間程かけてゆっくりとアジトへと無事帰投したのである。

 荷台に乗せられた硬化剤に固められたままの木村は、何やらブツブツと独り言を言ってはいたものの、あれからは大人しくしていたそうだ。

 車両から降りた木村以外の政治犯は、中尾達に連れられアジト内の食堂で身元の確認を行っている。

 逃げ出した面々も今では中和剤で硬化を解かれ、自由に動ける様になっていた。

 木村は新見に同行され、千豊の元へと向かう様だ。

 立ち去る時に一度郁朗達の方を向いたが、やはりその眼はあらゆる感情に溢れた物であった。


「何なんだろうね……好き勝手して悪態ついて……挙句に逆恨み出来ちゃうってさ……」


「新見のダンナと何やら因縁があるみたいなんだがな。あの感じだといけ好かない性格してると思うぜ? 見たか? あの蛇みたいなねちっこい目をよ」


「硬化弾撃たれて転がされたの根に持ってんじゃねーの? 折られてる癖に、ああいう納豆みてぇな粘っこい奴は好きになれねーな……あんなのが同じ部隊に来るなんてよ、勘弁してくんねぇかな」


「正直な所だ……俺もこの件については反対なんだがな。ああいう輩が他人の言う事を聞くとはとても思えん。姐さんの焦る気持ちも判らんではないんだが……あれは組織の腹の虫になるぞ。転化手術が成功しても最悪の場合……俺達の手で殺す事も可能性に入れておいた方がいい」


「団長……あのね? とんでもない事をサラっと言わないでよ……城狐社鼠じょうこしゃそなんてそう珍しくも無いけどさ」


「小難しい言葉使ってんじゃねぇよ。それよりイクロー……お前その頭と肩は何だ? あんな小規模な叩き合いで、何で弾食らう様な事になってんだよ?」


 郁朗はそら来たと思う。

 さすがにこの損傷をそのまま見逃しては貰えない様だ。


「いやぁ……ちょっとね……」


「……お前の事だ。調子こいて油断でもしたんだろう? 5・56mmの至近弾には注意しろってあれだけ言ったよな?」


「判ってはいたんだけどね……ほら、対人戦闘なんて初めてだからさ、緊張しちゃったのかなぁ」


「言い訳すんじゃねぇよ! 明日から回避訓練増やしてやるからなッ! 喜べこのバカタレッ!」


 ギャーギャーと言い合いを始めた二人を、珍しく今回は傍観者である環がせっつく。


「なぁなぁ……こんなとこでゴチャゴチャやってっと、またハンチョーにどやされねぇか? とっととメンテしに行こーぜ? なぁって」


 それでも終わらなかった口喧嘩のせいで、かなり遅れて整備場へ着いた三人。

 彼等が見たのものは……メンテナンスベッドの前で腕を組み、憤怒の表情を浮かべる倉橋の姿だった。




「なんで俺まで……」


 被害者とも言える環を巻き込み、三人は整備場の端で正座と相成った。

 時折レンチで横っ面をゴツゴツと突かれながら、メンテナンスの必要性を懇々と説教されたのである。

 大爆笑しながら嬉々としてその現場をカメラで録画する山中も登場。

 だが倉橋の逆鱗に触れ、彼等の仲間入りするのに大した時間を必要としなかった。

 深夜の整備場は本日もカオスである。


 かくして二度目の作戦行動となった今回の作戦も、概ね成功という形で幕を閉じたのだった。



 郁朗達は経験を積んでいき、今後の戦いの為の糧としていく。

 この収容施設襲撃作戦を切っ掛けに、極東の状況が加速していく事を郁朗達はまだ知らない。

 鉄の足音が極東に響き始めるまでの残された時間は……あまりにも少なかった。




 第二幕 完

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.04.29 改稿版に差し替え

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