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2-12 人たらしめるもの

 -西暦2079年3月25日17時10分-


 不毛なこの状況を終わらせるべく、戦闘停止を呼びかける為に郁朗は動き出した。

 指揮官へ注進し、郁朗へ初撃を入れたあの兵のいる先頭車両へと彼は向かう。

 全員が射撃を中止し、郁朗の動向を窺っていたのがその車両だけだったというのも大きい。

 バケモノ呼ばわりされたのはしょうがないとしても、まともな状況判断の出来そうな人員が彼くらいしか居ないのだ。

 現状を認識出来る人間を説得出来れば事態は動く……そこを突破口にしようと考えたのである。


『先頭の車両にいる方。そこの……さっき指揮官の人に何か言いに行った人。そう、そこのあなたです。ちょっと話を聞いて貰えませんかね?』


 拡声機能を使いそう問いかけるも返事は無い。

 とりあえずは戦闘停止を呼びかける。


『冷静に考えて下さいよ? 指揮官は逃亡、士気も最悪。これ以上戦ってどうするって言うんです? 職務に忠実なのは美徳ですけど、過ぎるといいもんじゃないですよ? 怪我させた僕らが言うのはなんですけど……負傷してる人だっているんでしょう? 投降しろとは言いません。僕達の目的が達成されるまで武装解除に応じて貰えませんか?』


 郁朗としては出来るだけ優しく丁寧な言葉遣いをしたつもりなのだが、その柔らかさが兵員達の燗に逆に触ってしまった様だ。


「うるせぇッ! オートンが口利いてんじゃねぇッ!」


「武装解除した所で殺すんだろうが! このバケモノ野郎ッ!」


「こっち来るんじゃねぇッ! 来るなッ!」


 大声をあげる兵達。

 反応は様々であったが、否定的なものしか郁朗の耳には届かなかった。

 小銃を構え直す者もいたが、逆襲に怯えているのか発砲まではしてこなかった。

 件のデキる(・・・)兵員は郁朗を凝視したままで沈黙を守っていた。


 状況が動かない事にはどうにもならない。

 そう考えた郁朗は71式改とマガジンパックを懸架用アタッチメントから外し、地面に無造作に下ろした。

 兵員達にしてみれば彼の身体自体が凶器に見えるだろう。

 だからこそせめてもの誠意という事で、先に兵装を解除してゆっくりと車両へ近づいて見せる。


 タタタンッ!


 先頭車両にあと五十メートル程という所まで郁朗が近づいた時、他の車両から射撃音が鳴った。

 味方の危機と状況を捉えた兵員が三点バーストで一射した弾丸は、郁朗の右腕の至近を通り過ぎ、その内の一発が彼の右肩に鈍い音を立ててめりこんだ。

 だが循環液の層には届いてはいなかったので、駆動への影響は無い。


『止まれ!』


 沈黙を守っていた件の兵員である。

 拡声器越しにではあるものの、ようやくその口を開いてくれた様だ。


『……止まれば話を聞いてくれますか?』


『ああ、聞こう。総員ッ! 状況終わりッ! 終わりッ!』


『先任!? いいのかッ、そんな――』


 拡声器がオフにされたので会話が途中で途切れた。

 どうやら彼は中隊付の先任上級曹長なのだろう。

 中隊に一人付けられている古参の下士官であり、その仕事は多岐に渡る。

 新米士官や兵員の面倒を見る、指揮官を補佐し下士官勢の掌握まで行う。

 雑務を含めれば楽な仕事では無いが、部隊の母親とも言っていい存在だ。

 隊にいる士官達への影響力も小さいものでは無い。


 後続の車両群からは、にわかにだがざわめきが聞こえてきた。

 それはそうだろう。

 どう見ても中隊副長や小隊指揮官を飛び越えた越権行為なのだ。

 だが交渉相手の郁朗が呼びかけたのが彼である以上、先任が判断するのもやむ無しという空気が小隊士官達に口を出させなかった。


 郁朗としては話が通るなら誰でも構わなかったのだろう。

 ようやく話が出来そうだと嬉々としている。

 先任に言われた通りにその場で郁朗が待っていると、代表者が彼の元へと向かって来た。

 一人は当然あの先任である。

 もう一人は彼を咎めた顔色の悪い上官らしき人物であり、先任に引き摺られながらという有り様だった。


「それにしても……よく出来たオートンだな。どこか遠くから監視しながら操作と通信をしてるのか? 顔を見せもせずに交渉とは随分と図々しい野郎だ」


「そう言われても困りますね……僕はオートンじゃないですよ? 信じては貰えないかも知れませんけどね」


「しかし……どう見たって人間じゃないな。さっきの動きを考えても……そう思えと言うのは無理な相談じゃないか?」


「困ったな……確かに機械の身体ではあるんですけどね、僕はちゃんと自分の意思であなた方を襲撃しましたよ? その上でこうして歩み寄ってるんですが……殺す為にあなた達を襲ったんじゃないって事は判ってもらえますか?」


「ああ、それは理解出来る。皆殺しにする気なら……わざわざバッテリーやモーターを狙わずに、乗車スペースを直接狙えばいいんだからな。あれは71式か? 随分と物騒な改造がされてる様だが、あれで薙ぎ払えば全滅まで五分もかからんだろうしな」


 先任は臆すること無く答えを返してくる。

 一方で中隊副長と思しき彼の上官はただ顔を青くし、一歩引いた所から郁朗をチラチラと見ているだけであった。


「しかし殺す気が無いのに……よくもまぁ襲撃出来たもんだな。確かにあれだけの火力を動きまわって使えるのなら……判らんでもないか……随分と綺麗事が好きなテロ組織らしいな?」


 饒舌に語る先任の態度を郁朗は訝しむ。


(これは情報と時間を稼がれてるのかな? でも話さない事には始まらないしなぁ……)


 兎に角片山が来るまではこの対話に乗ろうと郁朗は判断した。


「綺麗事ってのは……まぁ、認めますよ。今は詳しい事は言えませんけど、もうじきこの地下都市はとんでも無い事に巻き込まれます」


「とんでも無い事? えらく大げさな物言いじゃないか」


「大げさでも何でもありません。それをどれだけ早く止められるか、ってのが僕達の仕事なんですから。部隊長が子供みたいで苦労してますけどね……さっきの一件はベクトルこそ違いますけど他人事な気がしませんでしたから」


「それはご愁傷様だなと言いたいが……仕事か……」


「そんな感じなんで、せめて出来る限り血は流さないつもりでいます。あなた達の力を借りるなんて事もあるかも知れない。うちの組織はそういう方針で動いてるみたいですよ」


「……その方針に救われたって訳か……まぁいい。武装解除には応じよう」


「待てッ! 勝手に決めないでくれ! そんな事したら後でどんな事になるか――」


「副長、聞いて下さいや」


「…………」


 先任は中隊副長の言葉を遮り、彼の説得に入る。

 郁朗としては手間が省けて有り難い限りである。


「このまま抵抗してもこいつらに殺される事はたぶん無いでしょう。本人達にその気が無いんですから……でもこのままヘタな抵抗をすると、間違い無く怪我人が増えますよ? 状況によっては死人も出るかもしれない。中隊長があんだけ見事にトンズラしたんです。ウチらだって今更命令順守もあったもんじゃないでしょう?」


「しかし……こんなバケモノの言う事を信じろと言うのか!?」


「副長、こいつは間違い無く人間ですよ。話をしてみて確信を持ちました。さっきこいつを撃った時にね……その反応を見て驚いたんです。一瞬怯えたんですよ。機械にはあんな反応は出来ません。新兵シゴいてきた俺が言うんです。間違い無い」


「…………」


「もうはっきり言いますね。あんな逃げ方をしたウチらの使えない隊長様よりも、こんなナリだが……こいつの方がよっぽど人として信用出来るって事です。違いますか?」


「…………」


「本当に殺す気だったら……さっきの発砲の時点で俺達は終わっていますよ……さぁ、副長。他の小隊にも早く通達しましょう。死にたくなければ武器を置けと」


 中隊副長は怯えた眼で郁朗を見つめると、仕方無しといった感じで小さく唸って頷くだけであった。

 彼は武装解除を伝えるべく踵を返し、先頭の車両へととぼとぼと戻って行く。

 郁朗はどうにか上手くいったと胸を撫で下ろし、その場に残った先任に礼を述べた。


「協力して頂いてありがとうございます。こんな事になっておいて今更言うのは何なんですけど……後で怒られたりしないんですか?」


 郁朗の小学生の様な質問に拍子抜けしたのか、先任は硬くなっていたその頬を少し緩める。


「どう考えたって真っ先に逃げ出したあのクソ隊長の責任になるだろうさ。処分されるかは別になるが……そうだ。武装解除後に俺達をしっかりと拘束してくれないか? そうしてくれれば抵抗虚しくって大義名分が出来る」


「はぁ……そちらがいいならそうしますけど……そんなもんなんですかね? うちの部隊長が言ってた通り――――ちょっとすいませんね」


 郁朗は途中で言葉を止め、その場で振り返るとあらぬ方向へ向けて手を振った。

 恐らくは環から通信でも入ったのだろう。

 二百メートル程離れた大きな藪から彼がヌッと姿を見せ、彼等の元へ即座に近づいてくる。


「結構前から近くにいたんだけどよ、なんか交渉してんだもんな。うかつに近寄るとマズイと思ったからよ、様子見てたんだわ」


「いやいや、サックリと来てくれた方がもっと早かったと思うよ? ねぇ先任さん?」


「あ、ああ……一人じゃないとは思ってたがまさか……」


 環を見た先任は自分の判断が正しかった事に確信を持ち、大きく安堵の息を吐いた。 その息に示し合わせたとしか思えないタイミングで、林野部から生える様に片山もその場に姿を見せた。

 威風堂々と言うべきか……周りには敵だらけというの状況にも関わらず、悪びれる様子の一つも見せずにズカズカと歩いて来ている。


「おう、ご苦労さん。交渉で武装解除に持っていけたのは褒めてやる。よくやった。あんたは……隊長ってわけじゃ無さそうだな、先任か?」


「あんたが彼の言っていた部隊長か。確かに俺はこの隊の先任だよ。しかし……これは交渉に乗って正解だったな。あんた達みたいのが三人もいるんじゃあ、俺達程度で勝てる訳が無い」


「根性ねぇなぁと言いたい所だがよ、あんたは良い判断をしたと思うぞ? 無駄に部下を死なせないのが上官の仕事だからな。あんたは自分の職務に忠実だったって事にしとくといいぜ」


「ああ……本当にそうだな。この交渉の事以外は正確に上に報告するさ。逃げたウチの隊長だけはどうにか裁きを受けさせないとな。あんた達の事も報告してしまうが……構わないのか? こんなゲリラ屋みたいな事をしてるんだ。知られると……その……不味いだろう?」


「ハハッ、いいな。あんたの肝の据わり方、気に入った。今回の作戦は俺達の存在を外部にアピールするのも作戦の内なんでな。そういう心配は無用って訳だ」


「そうか……あんたらの心配をする義理は無いんだがな、軍相手に物事がいつも上手くいくと思わない方がいい。うちらの上にだってあんな馬鹿しか居ない訳じゃないんだからな?」


「あの部隊章、第二連隊か。田辺さんの所だな。あの人の下にしちゃあ、えらくお粗末な指揮官様だったみたいじゃねぇか。真っ先に逃げ出すなんてよ。まぁ、あの人がここで直接指揮を取ってりゃあ……武装解除どころかこっちがスタコラ逃げ出す事になってたかもな」


 片山の言葉に先任は眉をひそめた。

 テロリストが自身の隊の長の名前を事も無げに呼ぶのだから、不審に思うのも当然だろう。


「あんた……まさか同業者か?」


 それだけで片山が元軍人と気付く辺り、この先任はやはり優れた下士官なのだろう。


「元だ、元。今はなんて言やあいいんだろうな? 俺の事はいいんだよ。あんなヘタレが中隊長ってなぁ……第二も随分と質が落ちたもんだな?」


 片山の辛辣な言葉に、先任は逆に気が抜けたのだろう。

 苦笑いしつつ内部事情をあっさりと話し始める。


「そう言われても仕方無いのは認めるが……あのクソ隊長は人事交流で第一連隊から出向で来てたんだ。使い物にならないってのは判ってたさ」


「なる程なぁ……あんたのとこも第一の坊っちゃん共に好き勝手に引っ掻き回されてんのか……同情するぜ……」


 片山はウンウンと頷き始め、心の底からの同情を先任に送った。


「"も"って事はあんたも連中に巻き込まれたクチか……どうしてそうなったかなんて事は聞きはしないが、ゲリラなんぞ止めた方がいいぞ? どうしたって殲滅されるのがオチだ。去年の初めにあった武装テロの顛末は知らんとは言わせんぞ?」


「ああ、よーく知ってるよ。よーっくな」


 それは当然である。

 その殲滅した側に片山は居たのだから。


「悪いが俺達はああはならないと断言してやるさ。さて、世間話はここまでだな。悪いがボディチェックはさせて貰うぞ? 血気盛んな若いのに手榴弾で自爆、なんて事でもされた日には……さすがの俺達でも無傷って訳にはいかんからな。よしッ! 七番機手伝え、行くぞッ!」


「うえーい」


 片山は環を引き連れ、整列している将兵達の元へ向かった。


「あの」


 郁朗は片山について行こうとした先任に声をかけて引き止める。


「なんだ?」


「……僕を……その……人と認めてくれてありがとう……ございます。慣れたつもりでもバケモノって言われるのは……やっぱり辛かったですから」


 頭に手をやり少し照れくさそうに郁朗は、その思いの丈を先任に打ち明けた。

 先任はただ驚くしか出来無い。

 先程まで悪鬼の如くオートンを葬り去り、規格外の力で車両を破壊していた人間から出る言葉とは到底思えなかったからだ。

 だが郁朗に対して叫んだ自分の言葉を思い出し……どうにもバツが悪くなって、苦笑いを浮かべるしか無かった。


「お礼って訳じゃないですけど……一つだけ。知り合いや大事な人を本気で守りたかったら、機構やそこに繋がりのある軍の上の人は疑ってかかって下さい。特に無茶な異動や転属を命じている人達は。大事な人達がこう(・・)なってしまってからでは遅いですから」


 先任は郁朗のその言葉の意味を理解出来るだけの想像力を持っていた。

 伝えられた内容の真意を考えると……もう息を飲むしか無かった。


「おっと、喋りすぎたかな。あくまで世間話って事でお願いしますね?」


「ん……ああ。いい話を聞かせて貰えたみたいだな……十分気をつけさせて貰う」


 そう答えると先任は片手を上げて、その場から将兵達の元へ走って行った。

 郁朗は置いてある71式改とマガジンパックを担ぐと、そのまま彼の後を追従した。


 将兵達の治療とボディチェック、そして拘束が終わった頃、新見からの連絡が入る。

 三人にも撤収する様にとの内容であり、それに従った彼等はその場を後にする事となった。

 彼等の撤収の際に、そこかしこから小さな爆発音が鳴り響く。

 その件による被害は、拘束されていた兵員達が驚いた程度で済んでいる様だ。

 作戦の第二段階がは無事に終了、残るプロセスは撤収だけとなった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.04.29 改稿版に差し替え

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