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2-11 政治犯収容施設襲撃作戦 Ⅱ

 -西暦2079年3月25日16時55分- 


 片山達が管理棟に侵入を開始した同時刻、郁朗と環は収容施設正門から八百メートル程離れた位置にいた。

 収容施設近隣からこの辺りまでにかけて、木材の確保と酸素供給の為にかなりの数の樹木が植林されている。

 施設に収監されている人間がその管理作業に充てられる事もあるそうだ。

 郁朗達の目の前には、この一帯で舗装されている唯一の道路が通っている。

 彼等が現在待機しているこの地点が、未開発農地と植林地帯との境目であった。


 収容施設周辺で車両を展開出来そうな場所はここくらいしか無い。

 恐らく増援の部隊本部が展開するのもこの場所になるだろうと推測されている。

 遮蔽物として使える樹木に囲まれた一本道を、のんびりチンタラと行軍する。

 そこまで頭の悪い部隊はさすがに存在しないだろうという事だ。


 郁朗達は林野部にバッテリー搭載型のリレーアンテナを設置。

 続いて目標地点が十分に撮影できる範囲に、小型の無線カメラを複数台隠蔽して設置し始めた。

 このカメラで戦闘を撮影し、リレーアンテナを使って収容施設の回線へと送る。

 更にオペレート班の作業エリアを経由して、戦闘映像をネットワーク上へとリアルタイムで配信する。

 それと同時に、数百にも及ぶクラウドサーバーへのアップロードも行うのだ。

 使用した機材は排水施設への撤収……つまりこのエリアでの作戦終了と同時に全て爆破する予定である。


 今回オペレート班は、この情報の拡散という作業に全ての労力を注いでいる。

 発信元を完全に隠蔽しつつ、という条件でのこの作業は、彼女達でなければ到底成し得ない仕事だからだ。


 予定箇所への必要な資材の設置を終えた二人は、自分達を隠蔽する所定の場所へと向かう。


 数分後……タマキは先程の場所を横合いに見渡せる、距離にして千二百メートル程離れた小高い位置に。

 郁朗は環と反対側、街道から三百メートル程の所にある大きな茂みの中にその身を隠していた。

 敵の強行突破の可能性を考慮、万が一の場合にはそれを抑える役割も郁朗は果たさなければならない。

 故に出来る限り街道に近い場所に居なければならなかった。


 事前に入手している演習場のスケジュールでは、増援は車両中心の構成となっているそうだ。

 この場にどれだけの戦力が派遣されてくるのか。

 そこまではさすがに事前情報で予測する事は出来無い。

 演習場にある全戦力を投入してくるのか……それとも小規模の暴動とでも判断して逐次投入の愚を犯すか。

 どちらになるにせよ、演習場との距離から考えれば増援はもう間も無く到着するだろう。


 環程の遠視能力の無い郁朗は、遠距離索敵用の双眼鏡を覗いていた。

 環が先に来援を発見して報告してくるだろうが、何もしないよりはマシ、というただの気休めとして覗いているのだ。


『イクローさん、来たぜ。なかなかの大所帯だな』


 郁朗の双眼鏡でも仄かにその姿が確認できる。


「編成判るかい?」


『FW(Four wheels=四輪)オートンが6、軽装甲兵員輸送車が6、78式バギーが4、通信車両が1、物資運搬車両が2……車両の銃架には71式しかねぇな。部隊章は全部同じやつで部隊番号は223、以上!』


「んー、標準的な歩兵一個中隊ってやつだね。迫撃砲小隊がいないみたいだから安心したよ。実動部隊数は少ないけど、あれに混ざられたら色々と厄介だったろうね」


『連中、今の所警戒してる様子もねぇな。イクローさん、どいつから潰すよ?』


「タイミングは車両から歩兵が離れて、あの場所に部隊展開し始めてからだね。タマキ、各車両のモーターとバッテリーの位置は頭に入ってるかい?」


『新見のオッサンに座学で散々っぱら叩きこまれたっての。念の為に端末にも情報だけは登録してきたから問題ねぇよ』


「うん、大丈夫みたいだね。通信車両、兵員輸送車、バギーの順番でバッテリーとモーターを破壊していこう。68式を搭載してる車両が無いって事は、バッテリーさえ壊せば銃架の兵装は無効化出来る。オートンは車両の後にでも僕が一人でどうにかするよ。そこまで片付けば後は人員を無力化していくだけだしね」


『あいよ。車両は出来るだけ短時間で片付けるわ』


「そうだね、よろしく」


 通信を終えた二人は、車両が所定の位置に近づいてくるのを見つめながら……息を潜めじっとその場で待っていた。

 一分程経過しただろうか。

 ようやく車両展開予想地点へ増援の車列が到着した。

 しかし車列が展開予想位置に止まる気配が全く無い。


『どうなってんだ? 止まらねぇな』


「……タマキ。念の為先頭車両に照準。このまま林野部に入ろうとしたら……バッテリーを破壊して足止めだ」


『おう。しかし……この部隊の指揮官アホなのか? このまま一列縦隊のまま収容所に突撃でもする気なのかよ?』


「実戦経験が無いのは当然としても……隊を率いている人の練度も何もかもが足りて無いってやつなんだろうね」


 極東陸軍の練度を信用しすぎたのだろうか。

 部隊展開もせずにただただ施設へ突貫してくるなど、郁朗達には作戦立案の時点すら想定されていなかった。

 このどうにも突拍子も無い事態に、二人は少しばかり慌てる。

 決断を短時間で迫られた二人を笑う様に、予定のポイントを少しだけ過ぎた所で……いきなり車両群がその動きを止めた。


『お……止まったけどよ……これ、どうするよ?』


「うーん……様子見かなぁ。このまま先に進む様なら、発砲して先頭車両を止めよう。照準はそのままにしておいて」


『あいよ』


 車列が停止すると先頭車両から一人の歩兵が降りた。

 どうするのかと郁朗が見守っていると、彼は車列中央の軽装甲兵員輸送車に近づいていった。

 この兵員輸送車は幌付きの大型ジープという外見のソフトスキンの車両であり、現在の極東の兵員の移動を担う車両となっている。

 装甲はトラックと変わらない程度のものでしか無く、歩兵からは軽装甲とは名ばかりの、棺桶に車輪がついただけのものとして評判は悪い。


 降りた歩兵がドアを叩くと窓が開いた。

 彼は助手席に座っている、年若い指揮官らしき男に何か注進した様だ。


(まともな人もいるんだ……)


 だが郁朗のそんな感心も他所に、歩兵の言葉が気に入らなかったのか、指揮官らしき男は癇癪を起こしている。

 指の指し示す方向から、どうやらそのまま進めと指示している事が窺えた。


「うわー……タマキー、これはダメだー。想定外にも程がありすぎるー」


 郁朗の間延びしたその声には、馬鹿な選択をした指揮官への心の底からの呆れが色濃く出ていた。

 信じられないという顔をしながら先頭車両に戻っていく歩兵に……郁朗は心からの同情を送らざるを得なかった。


「あの頭の悪そうな指揮官、林道を突っ切ってそのまま突入する気みたいだね。このまま行かせる訳にもいかないってのが僕等の立場だよね?」


『まぁ……そらそうだけどよ』


「そんな訳でさ、あの可哀想な歩兵が車に戻ったら事を起こすよ。彼が乗った瞬間にバッテリーを狙撃してやろう」


『結局そうなるんかよ……』


「まぁ、せっかくバカな指揮官がお膳立てしてくれたんだしさ。山賊(ワルモノ)の僕達としては……やっぱり奇襲の一つでもして差し上げないとね」


『カカカッ。なんとも意地の悪ィ話だな。予定通りオートンは任せてもいいのか?』


「うん。こうなっちゃった以上は、僕も狙撃開始と同時に突入してオートンを潰すよ。即応性の高いヤツからやっつけていこう。いいね? タマキは先頭車両、通信車両、バギー、兵員輸送車の順だ。オートンを片付けたら僕も輸送車をやっつけにかかるよ」


『判った。イクローさんはゆっくりオートンと遊んでてくれや。車両は全部引き受けるわ』


「ありゃりゃ、それは頼もしいね。そんじゃあ、かかろうか」


『あいよー』


 環は先頭車両の駆動モーターの側にある、車両の生命線とも言えるバッテリーへとレティクルを合わせ直す。

 同じタイミングで郁朗も地面を蹴る準備をして待機していた。

 郁朗からオートンの距離はおよそ二百五十メートル。

 郁朗の背中の弾倉も片山と同様に、今回の作戦に合わせたハーフパックである。

 そのお陰で駆動のスピードにはギリギリで齟齬が出ないレベルの負荷で済んでいた。

 その程度の距離であれば瞬時に詰める事が可能だろう。

 蹴り出す軸足への力をこめつつ、歩兵が車両に乗り込むタイミングを待つ……そして。


 ゴガンッ!


 歩兵が乗り込むか乗り込まないかの絶妙のタイミングで、その音は先頭の車両の機関部を蹂躙していた。

 突き抜けた徹甲弾が機関部から外に出る道中で暴れた結果、車内にもいくらかの破片が飛び込んだ様だ。

 チャンスと見た郁朗が、すかさず茂みから飛び出した。


 タンッ!


 飛び出したと同時に、環のいる方向から薄い射撃音が聞こえてきた。

 恐らく初撃の発砲音だろう。


 溜めていたアクチュエーターの張力で、オートンまでの距離を瞬時に百八十メートルにまで縮める。

 同時に71式改のモーターへの給電を開始。

 攻撃へのセーフティを全て解除し、いつでも射撃が可能な状態となる。


 その間にも環は射撃を継続していた。

 通信車両の機関部に風穴を空け、ルーフに設置されていた通信用の大型アンテナを根本からそぎ落としている。


(もう五十だけ近づこう)


 郁朗のその意思に応え、脚部のモーターが全力でアクチュエーターを絞り込む。

 解き放たれた筋力は一瞬にして郁朗の望む距離を飛び跳ねると、彼の身体を先頭車両の斜め後ろへと運んだ。


 タンタンッ!


 環は引き続き軽快な発砲音を響かせている。


 ドシンッ! 


 豪快な着地音と同時に、郁朗は足の裏のアンカーを撃ち出し脚部を固定しての急制動。

 その負荷を足首、膝、腰で綺麗に受け流すと、71式改の照準を目標へと向ける。

 先頭車両の左側に展開していた三機のオートン。

 その一体へと銃口が合うやいなや、直ぐ様にトリガーを引いた。


 ヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!


 発砲と同時に跳ねる銃口を腕力で押さえつけ右側へ滑らせる。

 爆音と共に吐き出された弾頭は一本の線を描き、オートン三機を横薙ぎにした。

 12.7mm弾の斬撃を浴びたオートン達は、至近にいた機体は真っ二つに。

 少し離れていた機体も、本体のあらゆる所に穴を空けられその活動を停止する。

 流れ弾が先頭車両を巻き込まなかったのは郁朗の判断と訓練の賜物だろう。


 郁朗に近い距離、つまり先頭車両にいた兵員達は……そのあまりにも突然な襲撃のせいか、敵性行動をとっている彼に一切反応出来ないでいた。


 ゴンッ! ゴンッ! ガゴンッ! ガゴンッ!


 その音は郁朗が先頭車両を一足で飛び越えようと助走を開始した時、彼の左側から盛大に聞こえてきた。

 続け様に鳴った破砕音によって、78式バギー四両がエンジン部に被弾、走行不能に追い込まれている。

 チラリと横目に様子を窺うと、こちらも破片によるものだろう。

 数人の怪我人が出ている模様だ。


(タマキの奴め、ノリノリじゃないか。本当に僕の仕事が無くなっちゃいそうだ)


 郁朗は先頭車両である兵員輸送車に肉薄する。


(あー……今、目が合っちゃったな……怯えてたけどこれ(・・)を見れば当たり前か……)


 覆う物の無い車両側面に急接近してくる人型の異形。

 生身の人間がそれと目が合えば、恐れおののくのも仕方が無いと郁朗は自覚する。


「よっと!」


 先頭車両を派手に飛び越えた郁朗は、車両の右斜め後ろの位置に着地。

 同時に右足のアンカーを一本だけ地面に撃ち込み、それを軸にして固定と方向転換を同時に行う。

 71式改の射線にオートンを捉えると、残った三機のオートンは超信地旋回で郁朗へと銃口を向けようとしていた。


 ヴィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!


 先程と同じく射線を横薙ぎにすると、オートンの身体にはみるみる穴を増える。

 彼等は五秒もしない内に原型を留めないスクラップとなってしまった。

 次の目標へと意識が向かいかけた時、兵員輸送車から郁朗へと一矢が飛ぶ。


 タタタンッ!


 ゴッという音が郁朗の耳に響く。

 同時に郁朗の頭部には少しばかりの衝撃が走った。

 オートンに目を向けすぎた事と先程の怯えの一件もあるのだろう。

 郁朗の思考からは歩兵が自身に対して効果的な攻撃をしてくる事がすっぽりと抜けていた。


 チラリと先頭車両へ頭部を巡らせると、郁朗に銃口を向けている兵がいる。

 歩兵用の自動小銃を構え、油断無く彼を睨みつけていた。

 カメラアイを向ける事で牽制しつつ、被弾部分を触れると頭部の生体装甲が抉れており、その事で郁朗の心は少しばかり重くなる。

 片山からの説教が確定したからだ。


(あちゃー、油断しちゃったなぁ……至近距離だってのを忘れてた)


 攻撃してきた兵は自身が見られている事を理解したのか、郁朗を忌々しげに睨みつけてきたのだ。

 度胸のある人もいるものだと郁朗は感心してしまうが、よく見ると先程指揮官に注進していた兵だった。


「畜生ッ! このバケモノ野郎がッ!」


 そう叫ぶのに合わせて再び発砲してきたので、次の目標へと移動をするついでにその車両から距離を取る。


(バケモノ……ね……)


 極東陸軍に制式採用されている73式5.56mm自動小銃は、歩兵の標準装備として携行されている。

 可も無く不可も無く。

 所謂普通と呼べる性能であるが、その故障率は恐ろしく低く、信頼性の非常に高い兵装である。

 その火力自体も人間(・・)を相手にするならば、何処に出しても恥ずかしく無い火力と言えただろう。

 しかしEOを相手にするにはその不足感は否めない。

 五十メートル以内の至近距離でようやく外装甲に傷を負わせる程度。

 致命的な一撃を与えようと思うのならば、ほぼ零距離での接射の必要性があった。

 故に距離を取られてしまえば、EOに対してはほぼ無力と言っていい兵装なのだ。

 座学でその知識を得ていた郁朗が、こうしてダメージを受けてしまった事は油断以外の何ものでもない。


 先頭車両の兵員達は、同僚の生み出した先程の発砲音を聞いて我を取り戻す。

 そうしてようやく意識を郁朗に向けると、彼に向けて旺盛な射撃を開始した。

 

 後退した郁朗が周囲を見渡すと、既に動ける兵員輸送車は残り二両となっている。

 さすがにこれだけの一方的な状況で、オートンだけしかやれませんでしたとは言えない。

 報告すれば片山からの説教が一段と喧しくなる事は間違い無い。

 郁朗は前から二両目の兵員輸送車へ身体を向けると大きく助走を開始。

 小銃の攻撃を掻い潜り、一度腰を落として勢いをつけると宙を舞った。

 高さ四メートル程まで飛び上がった郁朗は、71式改を目標の車両のエンジンブロックへと向ける。


「そこだっ!」


 真下に目標がきたタイミングで上空から発砲。

 短い斉射ではあったがそれらは飛来した槍の如き正確さを以って、車両の心臓部へと着弾してそれらを蹂躙した。


 ゴゴガガンッ!


 破砕されたエンジンブロックからは、オイルとバッテリーの触媒が血を流した様にこぼれ落ちる。

 真上からの射撃が功を奏したのか、負傷者はどうやら出なかった様だ。


 郁朗は着地と同時に更に地面を蹴り、前から三両目の生き残っている最後の一両へ向かった。

 蹴り足から発生したベクトルは、彼の身体を車両へ運び一気に距離を詰める。

 助手席に乗っている愚策を選択した指揮官に目をやると、その顔色は蒼白であり今にも泣きそうな顔をしていた。


(恨むんだったら考え無しだった自分を恨んで欲しいもんだね)


「ハアッ!」


 ゴボンッ!!


 郁朗は掛け声と共に、左腕を勢いのままエンジンへと差し込んだ。

 内部で掴める物を見つけては引き抜いて、乱暴に玩具を扱う子供の様にその中を蹂躙する。

 バッテリーからの電力供給ケーブルを引き千切られた事で、最後に残された兵員輸送車も沈黙した。


 こうして物資運搬車以外の全ての車両が、見事に僻地のオブジェと化したのである。

 あくまでも陸軍の演習という基準ではあるが、フル装備の一個中隊がこれ程の短時間で足を奪われた案件など例に無い事であった。


 このまま射撃されてはたまらないと思った郁朗は、速やかに安全な距離まで一度退避する。

 車列から二百メートル程の安全マージンを取った。

 そこで余裕を持って回避運動を行っていると、環からの通信が入る。


『これで車両は予定通りに片付けたな。イクローさん、俺もそっちに向かうわ』


「うん。今から戦闘停止の勧告をするからさ、出来るだけ急いで来て欲しいかな。二人でやった方が威圧感があるだろうし」


『そうだな。急ぐわ』


 通信が切れ、郁朗が輸送車に閉じ籠もっている兵員達に勧告を出そうとすると、車列に何やら動きがあった。

 先程の半泣き指揮官が数名の歩兵と共に車両を降り、何やら怒鳴り声をあげている所まではいい。

 だが事もあろうかその一団は……最後尾へと走り出し物資運搬車両へ颯爽と乗り込むと、そのまま迅速にUターンを決めてこの場から立ち去ったのである。

 唖然とする郁朗の装甲を、継続して発砲している兵員からの小銃弾おくりものがさらりと撫でた。


 郁朗達が運搬車を残しておいたのは、あわよくば全員でそれに乗って撤収してくれないかとの期待が込められてのだ。

 今回の件とEOの存在を手っ取り早く流布するには、それも一つの手ではないかと作戦立案時に決定されていた事である。


 逃走した指揮官が逃げ際に発令した命令が生きているのだろう。

 事態を飲み込めていない兵員達が、各車両から顔と銃口を恐る恐る覗かせている。

 彼等は郁朗を発見すると組織的な射撃を開始し、その接近を必死に妨げようとしていた。


(うわぁ……テンプレートなダメ指揮官だなぁ。俺逃げる、お前ら戦えって……後の事なんも考えてないんだもの……どうせ撤退するなら全員で撤退して欲しいんだけどなぁ)


 増えていく弾幕を大きく移動する事で回避していく。

 彼らに配備されている小銃では、これだけ離れてしまえば郁朗に致命弾を見舞う事は出来ない。

 時折身体を弾丸が掠めていくが、郁朗は全く気にしなかった。


『抵抗中の皆さんに申し訳ないんですけどね……あなた方の指揮官さん逃げてますよ? どうせやるなら組織的な撤退、ってヤツを見せて貰えると……こちらの後学の為にありがたいんですけど……ダメですかね?』


 本人にその気は無いのだが、それを挑発と取られたのか抵抗が少しばかり激しくなった。

 ただ数名の兵員……恐らく下士官だろうが、彼等は指揮官がどこへ向かったかを首を振って探している。

 残念な事に下士官達の目に入ったものは……戦場から遠ざかる二両の物資運搬車の尻尾であった。


 それを見てしまった将兵達の士気があからさまに下がったのが、飛来する弾丸の減少という形で郁朗にも理解出来てしまった。

 物資運搬車の姿が完全に消え去ったその後は、状況を把握していない一部の兵達だけが散発的に射撃を行う、という何ともさもしい状況になってしまった。

 これなら楽に戦闘停止まで持っていけるかもしれない、そう考えたタイミングで片山からの通信が郁朗へと届く。


『イクロー、状況』


「敵さんのバカタレ一名のお陰で応えてる余裕無し。游んでるなら早く来てよね」


『……よく判んねぇがお前も根性無しの仲間入りか? どいつもこいつもアマちゃんって事かよ……しょうがねぇなぁ』


 そう言うと片山はあっさりと通信を切った。


「好き勝手に言うんだもんなぁ」


 それでもEOが三人に増えれば威圧感も更に増すだろうか、と安易な考えが浮かぶ辺り郁朗も大概だと言わざるをえない。

 憐れにも取り残された兵員達に目をやると、何か悲しいものが込み上げてきたのだろう。

 郁朗は彼等の為にもと、一刻も早い兵員達の説得を試みるのであった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.04.29 改稿版に差し替え

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