2-10 断たれる縛鎖
-西暦2079年3月25日16時55分-
収容施設内の裏手にある排水設備から、敷地内へと無事に侵入を果たした片山と新見の率いる分隊。
彼等は正門から侵入した中尾の分隊と合流し、郁朗が一部を破壊した収容施設管理棟内を検索し始める。
事務局と思われる部屋へ入った片山は、襲撃に怯えて机の下に隠れている一般職員と思われる人員を数名見つけた。
「ヒッ!」
警報が鳴った上、突然とも言えるタイミングで異形が室内に入って来たのだ。
片山のその姿を目の当たりにした女性職員が驚きのあまり息を飲んだ。
「よーし、動くなよ。抵抗しなけりゃ何もしない。壁際に集まれ。すぐにだッ!」
片山の恫喝の声が事務局内に響くと、職員達は一切の抵抗をせずに素直に壁側に集まり始めた。
彼等の監視の為に人員を割く訳にもいかないので、近くにあった備品倉庫の様な部屋へと押し込める。
入り口以外に窓も見当たらない上に他からの出入りが全く出来無い部屋であった為、そのまま外から閂をして入り口を塞ぐ事が決まった。
人員を割く事無く、たったそれだけで彼等を閉じ込めておける事は、片山達にとって非常に都合が良かったのだ。
「あんたらには悪いが……救援の部隊が外から施設に入ってくるまで、ここでじっとしておいた方がいい。表はドンパチの真っ最中だしな。どうにかしてここから逃げても、外に出て行って巻き込まれて死んじまっちゃあつまらんだろう? 解ったか?」
職員達は片山のその言葉にコクコクと無言で頷く。
そうしながらも無遠慮に彼を見つめるその視線には、明らかな怯えの色があった。
初見でEOが動いている。
しかも71式改で武装しているのをその目で見て、全く怯えない人間もそうはいないだろう。
片山はそう思うと、彼等の視線を一向に気にしなかった。
むしろこんな目に遭っている彼等を気の毒に思う余裕すら持っている。
(普通に話せちまうから驚かせるんだろうなぁ……新型のオートンとでも思われる方が楽でいいぜ、こりゃあ)
そんなやり取りをしている間にも、新見達によって管理棟の検索が完了。
警備職員は事前情報の通り、正門の戦闘で全て拘束されている者達で全てであった様だ。
抵抗勢力が無い事を確認した片山は、数人の随伴員を率いて動く。
管理棟と拘置施設の間にある、施設の管理システムが設置されている部屋へと急いで向かったのである。
拘置施設側の担当として新見が残りの人員を率いて向かったのだが、本来の担当は逆であった。
侵入開始前に新見が『どうしても』と、彼にしては珍しく主張をしたのである。
片山は仕方無しに彼と入れ替わる形で、システム側の掌握へ向かう事となったのだ。
(どうにも珍しい事があるもんだな……何か因縁でもあんのかね)
普段からは考えられない新見のその押しの強さに、片山は強い違和感を感じていた。
感情が作業に絡むと、それが碌な結果を生み出さない事はよく判っていたからだ。
だがこのまま止めても感情的な澱が残るだけだろうと、彼の提案を飲むしかなかったのである。
こうも生の感情を剥き出しにする新見を、無碍に放置してそのまま捨て置く事もまた……片山の人間性を考えれば無理な話であった。
(まぁ……ダンナのやりたい様にやらせてみるさ)
収監されている人員のリストと、今回救出するべき人員を照会する。
そうしている内に新見が拘置施設の入り口にある鉄格子に到着。
その事を監視カメラで確認すると、片山は施設内放送のスイッチをオンにし、言いたい事を一方的に喋りだした。
『収監されている政治犯諸君、お騒がせして申し訳無い。我々が何者かの説明は一切しない。政治結社【明けの遠吠え】の構成員のみに告げる。今から君達の放り込まれている部屋のロックを解除する。該当しない者は残念ながら今回の脱走は諦めてくれ。苦情は一切受け付けない。部屋から出た後は出口の鉄格子前に集合してくれ。以上だ』
片山は放送を切ると、随伴した班員に解放する人員の部屋のロックを解錠させた。
監視カメラで拘置施設の状況を見ていると、何名かが扉から顔を出しキョロキョロと外の様子を窺い始めた。
彼等の集合が完了した時点で、新見から対象への説明が行われるはずだ。
行動OKのサインが新見からカメラ越しに届けば、鉄格子のロックを解除して脱出行の開始となる。
片山はモニターを見つめてはいるが、その実、新見の動向しか見ていない。
作戦開始前の彼の言動は不安要素でしかなかった事が大きい。
(面倒な事になんなきゃいいんだがな……)
そんな片山の心配を他所に、救助すべき人員は集結を開始していた。
堅牢としか言い様の無い鉄格子の前で、目的の人物達の到着を新見は待っていた。
目以外はフェイスマスクに隠れているが、その顔つきは普段の穏やかな物でも任務中の凄惨な物でも無かった。
それは郁朗や環に謝罪した時と同じく、どこか酷く緊張したものである。
同行した班員達もその雰囲気を敏感に感じ取っているのか、黙っている新見に声をかける者はいない。
(まさかこんな形での再会になるとは思いませんでしたね……出来れば二度と関わり合いになりたくなかったのですが)
これから会うべき人間の事を考えると、思い出したく無い過去の事まで頭に浮かぶからである。
新見が感傷に呑まれている事などお構い無しに、そこら中の房室からドアをガンガンと叩く音が響いてきた。
他の収監されている人間の、『俺も連れて行け』という必死のアピールなのだろう。
だが予定にない人員まで無思慮に連れて行って、この作戦自体を破綻させる訳にはいかない。
新見は当然としても、他の班員達もその騒音を完全に黙殺した。
ほんの少しの時間経過の後、拘置施設の内部通路から多人数の動く気配が感じらたのだろう。
新見は佇まいを直し、その気配の到着を静かに待った。
どうやら目的の人物達が鉄格子の所まで到着した様だ。
「あなた方は何者ですか? 我々を解放してどうしようと言うのです?」
「その質問に回答している時間が無いのは理解して頂けますね? こちらから聞きたい事は一つだけです。我々と同行するかしないか……それだけです」
集団の先頭にいた一人の発した質問に、新見は出来るだけで冷淡に短く返答した。
「貴様ッ! 我々に対してよくもそんな偉そうな口が利けたものだなッ!? いいから早く我々をここから出せッ! 貴様らに同行して貰わなくとも……ここから出られさえすれば我々だけでどうとでもなるッ!」
新見のレスポンスの悪さに業を煮やしたのだろう。
集団の一番後ろから痩せ型の男が集団を掻き分けると、激昂しながらズイと先頭に立った。
それが今回の作戦の目的の人物である事を確認した新見は、本当に仕方無しにという感じでその口を開いた。
「木村……お前は何様だ? また殺されかけないと理解出来無いのか? 俺がお前に見切りをつけた時のあの事を……さっぱりと忘れた訳じゃないだろうな? 俺達に黙ってついて来なければ殺すぞ?」
その人物こと木村明久は、聞き覚えのあるその声で何かを思い出したのだろう。
先程までの勢いは何処へやら、その態度は完全に萎縮している。
顔色も青くなり、落ち着きという言葉を何処かに置き忘れてきたかの様にそわそわし始めた。
木村は必死に声を絞り出し、現状の意味を新見に問う。
「あ、あんた……新見さんか……? なんでこんな所にいるんだ!? よくも俺の前に顔を出せたものだな! 俺を――」
「殺すと言ったはずだ。いいから黙れ……手足を引き千切って体だけにしてから、俺達のアジトに持ち帰ってもいいんだぞ? 立場を弁えろ」
「ッ…………」
木村の口が回りかけたその瞬間に、新居は畳み掛ける恫喝を彼に見舞った。
過去に自身に起こった出来事を思い出した木村は、それだけでその口を噤んでしまう。
普段の新見からは想像出来無い……その高圧的な口調を聞いた戦闘班の面々は少し驚いていた。
だが火事場を渡り歩いてきた人間ならば、この程度の一面はあって然るべきだとその驚きを押し込めて納得する。
「木村さん……あの人と何があったか我々は知りませんが……こんなチャンスはありませんよ。ついて行きましょう? ここを堪えれば再起の芽もあるはずです。どうか……お願いですから」
木村の取り巻きと思われる人間が懇願する形で彼を宥める。
「チッ…………」
木村は蛇の様な目つきで新見を一度だけ睨むと、渋々といった感じで人垣の最後尾に戻った。
「ここから出られるのなら……我々はどこへでもついて行きます。よろしくお願いします」
「判りました、それをあなた方の総意と判断します。くれぐれも道中で我々を困らせる事の無い様に。それは約束して貰いますからね?」
「はい。ご迷惑はおかけしません」
その言葉を言質とした新見は、近くのモニターに向かってハンドサインを出した。
片山に向けた鉄格子開放のサインである。
「間もなくこの鉄格子が開きます。以降は我々の誘導に従って行動して貰う、という意識の徹底を。中尾君、チップジャマーを展開して先導。私は殿につきます」
「了解しました」
ガゴンッ!
ロックが解錠された事を確認すると、戦闘班員の一人が重い鉄格子をスライドさせる。
先頭を行く中尾の元へ誘導されて、人々の列は開放された鉄格子から移動を開始した。
木村は列の真ん中に陣取り、時折ではあるが最後尾にいる新見を睨みつけ、その都度ブツブツと何かを口ごもっている。
(面倒な事になるのは判っていましたが……ああも簡単に私への敵意を剥き出しにしてくるとは…………木村……お前は全く成長していないのですね……)
一度死にかけて尚、何も変わらない木村の短絡的思考。
新見はかつて自分の指導した組織の構成員だった彼をただ見つめる。
それに含まれるものは……呆れの色以外の何ものでも無かった。
(あからさまに揉めてたが……大丈夫なのかねぇ……)
新見達の任務の完了を確認した片山率いる分隊は、この施設でやるべき最後の行動に入った。
それは逃走と合流に使用する以外のルートを、完全に施錠して塞ぐ事であった。
郁朗達の妨害が成功する事に確信を持っているので、追っ手自体がかかるとは思っていない。
だが戦場というものは、どうあってもなま物なのである。
片山達の想定の及ばない追跡者が発生しないとは言えないのだ。
念には念を、あらゆる事態に備えるのは作戦遂行上必要な事であった。
片山は随伴していた戦闘班員を、新見達の元へ送り出す。
彼等が一定エリアへ到着した事を確認すると、管理システムのコンソールを全て破壊し、自身は素早く屋上へと向かった。
71式改を装備しているにもかかわらず、彼のその足取りは軽い。
今回の作戦中の役割上、片山には面制圧の能力は然程求められていないのだ。
これから増援として向かう郁朗達の戦っている場で、少しばかり発砲する機会があれば精々と言った所だろう。
故に背中にマウントしてあるマガジンパックも九百発のハーフサイズ、従来のものの半分の大きさの物であった。
今回間に合わなかった移動補助システム。
これが完成するまでの急場凌ぎとして、山中が慌てて用意したそうだ。
無装備重量時と比べれば当然動作は重たく感じるが、フルサイズのマガジンパックと比べれば雲泥の差であった。
階段を数段飛ばしながら軽やかに走ると、それこそ屋上まではあっという間であった。
扉を勢いのままに殴り飛ばして屋上に出ると、正門方向から散発的な射撃音が聞こえてくる。
「んだぁ? もう終わりそうなのかよ……根性ねぇなぁ、最近の陸軍さんはよ」
戦闘が行われている方向を最大望遠で窺うが、彼のいる位置からでは林野部が邪魔になってはっきりとは見えない。
材料が圧倒的に不足し戦況の判断が出来無い事から、仕方無しに郁朗へと通信を送る。
「イクロー、状況」
『敵さんのバカタレ一名のお陰で応えてる余裕無し。游んでるなら早く来てよね』
「……よく判んねぇがお前も根性無しの仲間入りか? どいつもこいつもアマちゃんって事かよ……しょうがねぇなぁ」
片山の物言いにカチンときたのだろうか。
郁朗は返事もせずに通信を切った。
その態度に片山は大きく笑うと、助走を始め屋上から飛び降りる。
「ハッハー!!」
主人公に襲いかかる雑魚臭しかしない声が、静かになった収容施設の敷地内に響く。
片山は落下の衝撃をやわらげる為に、外壁の側に植えられていた大きな木を蹴る。
蹴られた木は、彼の期待に見事に応えて大きくしなった。
その勢いは片山の足を通してそのまま返り、彼を外壁の向こう側へと追いやる事に成功する。
ズシンと大きな音と土煙をあげて、地面に着地する片山。
(我ながら渾身のアクションシーンだったな……時が時ならハリウッドから呼ばれたんじゃねぇか?)
彼は頭に描いたスタントシーンの見事な出来に歓喜しつつ、間も無く沈静化しそうな郁朗達の居る戦場へと、その足を向けるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.04.29 改稿版に差し替え