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2-9 政治犯収容施設襲撃作戦

 -西暦2079年3月25日16時30分-


 Nブロック南部・Cクラス演習地区の外れにある政治犯収容施設。

 その正門を取り囲む様に、襲撃の為の人員が配置される。

 その場に居る者達が後ろを振り向けば、彼等の背後には鈍く光る黒鉄色のセントラルビラーが今日も威容を誇っている。

 これだけ近くで目にすれば、その巨大さは山の様に見えなくも無い。


 作戦開始は16-45。

 そのタイミングで行われる、警備人員の勤務引き継ぎの時間帯を狙うのである。

 今回は増援がこの場に来援するまでの時間は然程無い。

 近隣に陸軍の演習施設があるからだ。

 戦闘開始から十五分もしない内に、演習地で訓練を行っている部隊がやって来ると想定されている。

 手に入れた演習場のスケジュールによれば、上空支援のフロートなどの航空戦力は存在しないとの事だ。

 だが前回の様な、想定されていない増援の可能性もある。

 それを考慮して重火器を扱える人員は、対空戦闘を視野に入れた弾薬を忘れずに携行していた。


 まず正面から正門を攻撃する事で、内部戦力をその場に集める。

 これを郁朗と環EO二人による牽制を盾に、戦闘班が無力化。

 その内やって来るであろう来援の移動手段を収容施設近隣のルート上で破壊、EOで釘付けにした上で行動不能にする。


 そうやって戦力を施設の外部に押し留めている間に、片山率いる別働班は排水設備から収容施設に侵入。

 目標を解放し、確保・搬送する。

 目標確保後は片山も外部へと派遣、EOは殿軍として部隊の撤収を支援する。


「団長、予定通りでよろしく。新見さん、あんまり無理しないで下さいね。警備戦力の目は僕とタマキで引き受けます」


『了解しました』


 新見の声が小さく緊張しているの事に、郁朗は気付く。

 先日の件を見ていなければ気付かない程度のものであったが、目標の人物との何らかの因縁があるのだろう。

 触れていい事では無いと思った郁朗は、そんな新見に言及する様な事はしなかった。


『お前らも暴れるにしてもそこそこにしとけよ? 本気出すととんでもない事になりそうだからな』


「了解、それなりにほどほどな適当な感じで暴れるよ」


 その言葉に何かを言いたげな片山を無視、通信を切ると背後へと振り向く。

 そこには環と戦闘班副班長の中尾がいた。


「状況判断と対人戦闘は中尾さん達に任せます。僕とタマキはとにかく無機物の破壊に専念しますから。対人戦闘は余程の事が無い限り、僕達は担当しないと思っていて下さい」


 今回の作戦はオペレート班は別件で多忙になる為、彼女達からの情報面でのサポートは無い。

 つまり、情報収集と状況判断の全てを現場で行う事になっている。


「ああ、判った。理想としてはだが……警備の連中が戦力差を把握して、さっさと白旗を上げてくれる事だな。まぁ、無血とはいかないだろうができるだけやってみるさ」


「なぁ、イクローさん。慣れる意味でも俺らも対人戦の実戦さ、やっといた方がいいんじゃねぇの? 新装備の評価ってやつもやんないといけねぇんだろ?」


「そうは言ってもね、タマキ……そこそこ離れた距離からだよ? これ(・・)で人間サイズの小さい目標に当てる自信あるかい? 僕は無いよ?」


 左手首に新しく増設されたリング状の発射装置。

 それを環に掲げて見せると、自信無さげに郁朗はそう言った。


「う……俺もV-A-L-SYSに慣れちまってるからなぁ……そう言われると当てる自信はさっぱりねぇよ」


「それにね、慣れる為に人を撃つってのもどうかと思うんだ。いくら直接的な殺傷能力が無い武器だとしてもね。たぶん大事なのはさ、必要な時に訓練の時にターゲットを見てるのと同じ様に人間を的として見れるかって事だと思うんだ。そうでしょ? 中尾さん?」


「まぁなぁ……」


「まぁこれだったら……相手に血を流させないで済むって判ってるから、そこまで深刻にならずに撃てるとは思うんだけどね」


「そんなもんかね? 俺にはそんな悩みは無いからよ、イクローさんのそういう気持ちってのはも一つ判んねぇな」


「あんなぁ……お前ら。作戦開始前にそんな今更な事を話してて……本当に大丈夫か? 新見さんからお前らの事は任されてるんだからな? 色々と考えるのは結構だが、まずは作戦を成功させる事だ。しっかりしてくれよ?」


「すいません、中尾さん。とにかくまずは正門をなんとかしなくちゃ。後はそれからだね」


「だな。じゃあ俺は狙撃ポイントまでちゃっちゃと移動するわ」


 そうして郁朗達も作戦開始のポジションに散っていった。




 それがうっすらと彼の目に見えたのは勤務終了直前であった。

 やっと勤務が終わり、引き継ぎをして帰るだけだったというのになんたる不幸だろうか。

 その場にいた正門の管理担当職員はそう思っただろう。


 もうすぐ交代かと思った職員は、門の向こうを眺めながら背伸びをしていた。

 政治犯の収容施設とはいえ、機械による監視の徹底されている場所である。

 暴力を以ってして脱獄を試みる、そんな胆力のある人間が収監される場所でも無い。

 その職員に緊張感が無いのも頷ける環境なのだと言える。


 そんな職員がちらりと正門の向こうを見ると、舗装された道路の上に……何かを背負った人らしき物の影が見えたのである。

 植林された林の中に通る一本道なのだ。

 その存在は恐ろしく目立った。


 この施設への訪問者がこんな時間に、しかも徒歩でテクテクと来る。

 そんな事は彼の職員としての経歴上、今まで一度も無かった。

 一瞬、見間違えたかと思った職員は目をこする。

 しかしその影は消えるどころか、どんどん正門へと近づいてくるではないか。

 距離が近づけば近づく程、ソレ(・・)が何かおかしい事に気づいていく。


 透明な鎧を緑で塗ったかの様な人型のソレ(・・)は、とても人間とは思えなかった。

 新しい種類の兵装なのか? それともオートンか何かなのか? 

 そう疑問に思った職員は詰所に入り、正門前のカメラを最大望遠にしてソレ(・・)を捉えてみる。


「ヒッ!」


 明らかに人とは違う異形の何かが自身の元へ向かっている。

 そんな事実を突きつけられただけであった。


 右腕には銃身が二本ある巨大な銃と、背中にはそれに繋がる弾倉らしき物を背負っている。

 恐怖する職員に出来た事は……薄く悲鳴を上げる事。

 そしてソレ(・・)が少しづつ正門へ近づいて来る所を……呆然としながらカメラ越しに見つめる事だけである。


 正門まで百メートル程の位置でソレ(・・)は急に足を止めた。

 拡声器を通した様な、あーあーという声が詰め所にいても聞こえたのである。

 恐らくはテストを終えたソレ(・・)は、一度だけ咳払いをして何かを喋り始めた。


『ゴホン……えーと……職員の皆さん、お疲れ様です。今日もお仕事頑張りましたか? んー……ちょっと違うなー。えー職員の皆さん、今すぐ正門に集合して下さい。僕達はこの施設を占拠しに来ました。抵抗しなければ命は取りません。抵抗してもたぶん痛いくらいで済みますけど、ひょっとしたら死んじゃうかもしれないんで、あんまりお勧めは出来ません』


 え? なに? 長い? という声が聞こえたきり、その声はピタリと止んだ。


 我に返った職員は非常警報を鳴らし、内部勤務の警備職員へ連絡を取った。

 これですぐ近くの演習施設にいる部隊にも連絡がいくはずだ、そう彼は一先ずの安心を得る。

 更には太い鉄格子で外界と敷地とを隔てている正門は、門柱の側にある管理詰所でしか開閉させる事が出来ない。

 職員は堅牢な安心して外の様子を再度カメラで窺うのだった。




『イクローさん、ありゃあねぇわ。あれで投降しろってのが無理だって』


「人を恫喝するなんて慣れてないんだからさ、しょうが無いよ……そもそもだよ? 僕にそれをやれってのが無理だっていうのが、最初から判らないもんだろうか……」


『今更言ってもどうしょうもねぇじゃん……あちらさんの反応はどうなんよ?』


「うん。それでもちゃんと警報を鳴らしてくれた辺りは……普通に仕事をしてくれる人が担当者だったんだろうね……スルーされなくて本当に良かったよ」


『藤代、雪村。じゃれ合うのそんくらいにしとけ。初撃は予定通りに任せるって事でいいんだな?』


 郁朗と環の変な掛け合いが始まろうとしたタイミングで、中尾がしっかりとその手綱を握った。


「はい、それで問題ありません。タマキ、プランCだね。あの門潰しちゃおう」


『あいよー。打ち合わせ通りにやるわ』


 プランAは無抵抗のケースを想定したもの。

 プランBは警備の人間の殺害を含めなければ解決に至らない際の、最も強硬なもの。

 そしてプランCはと言うと……その中間と言っていい一般的な対応というものであった。


 郁朗が門がどうなるかを見守っていると、目視出来無い何かが風を巻いて飛んで来るのを感じた。

 それはいきなり門を支えているコンクリートの支柱へ直撃すると、中に通されている鉄骨ごとそれを弾き飛ばした。

 それからほんの少しだけ遅れて、郁朗の右後方から小さな砲声が響く。


 間髪を入れない環の砲撃は片方の支柱を完全に砕くと、続けて反対側の支柱も喰らい始めた。

 重量を支える存在を失った門は、施設側に大きな音を立てて倒れる形でその役目を終える。

 防衛側としては何が起こったのかを把握する間も無く、施設への侵入口を大きく開けられてしまう事となった。


 門が倒れる時に出したズシンという音が鳴って以降、周辺からはすっかり物音がしなくなってしまった。


(環はまだこっちに狙いをつけてるんだろうな……あんなので人を撃つ事になるのはさすがに問題だよね……)


 そんな事を考えながらも二十秒程待った郁朗が、管理詰所にいる警備職員に再度の投降勧告を出そうとする。

 彼が喋りだそうとしたタイミングで、環の狙撃によってえぐられた外壁から幾つかの銃口が顔を覗かせた。

 門が破壊された事で後が無くなったのだろう。

 散発的ではあるが銃撃が起こり始めた。


 収容施設に配備されている武装は囚人の無力化を主とする為、実包による兵装はほとんど無いと郁朗は聞かされている。

 中から撃ち出されている弾丸が全て9mmの小口径の物である事がその証左だろう。

 その程度の口径の銃ではEOの装甲を撃ち抜くどころか、外装甲に傷を負わせる事も不可能なのだ。


 侵入口付近に警備職員が集結しつつあるのだろう。

 警備職員は交代の人員も合わせて十名と聞かされている。

 恐らくこの場に全員いると見ていい。

 弾幕が秒を追う毎に旺盛になってきている事から間違い無いだろう。

 ただ残念な事に弾幕はチュンチュンと音だけを立て、無常にも郁朗の装甲表面をなぞるだけで終わってしまっていた。


「敵が発砲、戦闘班は跳弾に注意して下さい」


 抵抗が始まる直前に、郁朗と環以外の戦闘班は速やかに移動を開始していた。

 施設の外壁をなぞるように動き、じわじわと開かれた入り口に近づいていく。


『藤代、一度牽制の射撃をしろ。正面の建造物、三階が今の時間なら無人で狙い所だ。向こうが驚いているうちにこちらで制圧する』


「了解。降伏勧告をしてから射撃を開始します」


 中尾からの指示を聞くと、郁朗は入り口の真後ろに建っている建造物への射撃準備を始める。

 現在、門からの距離はおよそ百メートル。

 その場で中腰になり、銃身を起こして目標へと向けた。


 固定砲台となる為に、足の裏のアンカーを地面に打ち下ろして安定を確保。

 懸架用アタッチメントへの給電を始めると、給弾と排莢の為のモーターが稼働し、大きく唸り声を上げた。

 セーフティを射撃位置へ下ろす。

 射撃の準備を完了した郁朗が、無視されるのを承知で再度の投降勧告を行った。


『もう一度伝えます。抵抗を止めてくれませんか? 抵抗しなければ無駄に怪我をする事も無いんですよ?』


 警備職員達はその勧告を完全に黙殺し、彼目掛けて9mm弾を雨の様に降らせてくる。


『発砲します。怪我しないで下さいね』


 郁朗は最後の警告を発すると間も無く、ギチリとトリガーを引いた。


 ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥォォォォォォォォォォォォォォォォ!!


 銃身から吐き出されていく数多の弾頭が……目標の建造物の外壁を、おろし金でも使ったかの様に削り取っていく。

 ほんの十秒。

 それだけの間に五十発程の弾頭がばら撒かれた。

 一見少なく見える弾数だろう。

 だが撒かれたのは9mmパラベラム程度の豆鉄砲では無く、12・7mmのライフル弾なのだ。

 その破壊力が如何程のものか……削り取られた外壁が何よりの証人なのだろう。


 五十発のライフル弾はその破壊力に任せ、建造物の三階部分の外壁を粉々に砕いて随分と風通しを良くしてしまっている。

 同時に撒き散らかされた残骸が正門周囲に降りかかり、抵抗していた警備職員達に少なくない被害をもたらしていた。

 そもそも彼等はこの様な外部からの襲撃戦力との直接戦闘は、職務として想定されてはいないのだ。

 軍用のボディアーマーやヘルメットなどの身体を守る為の装備も、最低限の防刃ケプラージャケット程度しか支給されていない。

 それらの防御機能は降ってくる瓦礫の山の直撃を、尽く無効化出来る程の性能では当然ながら無い。

 瓦礫の直撃を受け頭から血を流す者。

 肩や背中にダメージを受けてのたうち回る者。

 足を骨折したのか動けない者。

 それぞれが様々な状況ではあるが、無傷の者は一人もいなかった。

 たった十秒の郁朗の斉射によって、正門にいた警備職員はほぼ無力化されたと言っていいのだろう。

 彼等にとっては不幸極まり無い事だったが、死人が一切出ていない事は郁朗にとっては朗報だったと言える。


 その隙を見逃さず、中尾率いる分隊は予定通り突入を開始した。

 倒れている者や管理詰所に逃げ隠れていた者など、全てを正門側の駐車施設に一纏めにして拘束する。

 致命的な怪我を負った者はいなかった。

 故に怪我人の止血だけはして、拘束バンドで括りつけて野晒しにしてある。

 人数を確認すると十名。

 警備戦力の全てと判断して問題無いのだろう。

 手法は兎も角、結果として作戦の第一段階はどうにかクリア出来た様だ。


「団長、新見さん。正門クリア。そちらからも侵入開始して貰って構わないよ」


『おう、ご苦労さん。俺達が目標との接触をしている間、お前とタマキは予定通りにそこから離れて増援を迎撃だ。くれぐれも弁慶なんかにはなるんじゃねぇぞ』


「了解、了解。新装備も機会があれば使ってみるさ。タマキ、行こうか」


『あいよ』


 目標である適合者との邂逅はこれからである。

 これからの捜索と片山達の対応次第では、まだ作戦の行末はどう転んでしまうのかも判らない。


 郁朗達は各々がやるべき事ををやるために、各々の場所へと向かって行った。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.04.29 改稿版に差し替え

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