2-7 漣
-西暦2079年3月22日10時05分-
片山の過去が語られた数日後、EOの面々の姿はブリーフィングルームにあった。
三日後に政治犯収容施設の襲撃が予定されているからだ。
反機構勢力の人間達を救出して組織の戦力の拡充する、というのが今回の作戦の主要目的である。
前回の片山の作戦立案の杜撰さから得られた成果として……今回は千豊とオペレート班の監督の元で作戦は立案される事となる。
片山が不本意だとばかりに、混ぜっ返す様な適当なアイディアを口にするのだが……その都度オペレート班に徹底的に口撃されるという光景が頻繁に見られたのだ。
「人員が足りてません、どこから連れてくるんです?」
「救出対象以外も全員助けるって運搬はどうするんです? 何人いると思ってるんですか? 車両も時間も無いですよ?」
「三人共囮になるって不測の事態も考えられないんですか? おっさんですか? だからハゲるんですよ、クソオヤジ」
と、ことごとくを反対された上にネチネチといびられ……暴力をチラつかせてゴリ押しをしようにも、千豊の目がギラリと光っているのでそれも出来無い。
片山は針の筵に座らされる感覚というものを散々味わう事となったのである。
そんな一幕もありながら、オペレート班にしっかりと時間を管理されて構築された今回の作戦。
内容に前回程の綱渡りの要素が無かった事で、戦闘班の一同は安心する。
但し、訓練をされていない人間を数十人引き連れてアジトに戻らなければならない。
その事を考えると、リスクは全く無いとは言えないのであった。
実の所、本当に必要な人間はたった一人なのだ。
だがその助けるべき人間の率いる組織の人間も共に収監されている。
となると助け出さない訳にはいかない……つまりその数十人はついでの存在でしか無いという事だ。
救出ターゲットとされている人物は適合者だ。
郁朗達三人が新型EOの疑い様の無い有用性を、前回の作戦で見事に実証してしまった事が大きい。
となればEOの増員は急務であり、兵装奪取が成功した現状では……それが最優先事項となるのは当然の帰結と言えるだろう。
本来の予定であれば、逮捕前に千豊が目的の人物と接触をするプランであった。
彼を取り込む事で組織ごと引き込むつもりだったのだが、千豊達が手を出す前に組織丸々検挙され、収監されてしまったのだ。
どうやら彼等が派手に動く計画が、事前に察知されたらしい。
内部からの密告でもあったのかもしれない。
ターゲットの人間も、『現政府や機構に対して不満を持っている』という点で政治思想的には千豊達に近いと言えるだろう。
とはいえ、どの様な人間性かが全く判らない以上、後ろから刺される事も考えて油断をしてはならないだろう。
郁朗達の襲撃する政治犯収容施設が置かれているのは、極東の北側・Nブロック南部のCクラス地域の外れだ。
地下都市の中央にそびえ立つ、巨大な柱であるセントラルピラー。
そこに程近い所に、中央と隔離する意味も併せて建造されたのだろう。
主に農業地区と荒れた土地を利用した陸軍の演習施設のあるエリアであり、政治犯達は収監されると同時に、そこで農業に従事させられている。
逃走経路は排水設備と貨物レールの経路、例の廃路線の三段構えになる。
排水路の規格が全地域で同じである事が幸いした。
78式バギー二両が並んで通っても余る広さ。
その事を利用して、バギー二両で牽引出来るタイヤ付きのカーゴを制作。
救出した人員は一先ずそれに分乗して貰うのだ。
排水路を抜け、貨物レール経路に繋がっている箇所から内部に侵入。
監視カメラの無い、極々短い区間を移動して廃路線のゲート向かう。
廃路線に入ってからは、集積所襲撃で強奪した大型の運搬車両も使用。
そこからはスペース的にも時間的にも余裕を持って移動が可能なので、他の場所に比べれば幾らかは安心出来るだろう。
そして、今回の作戦は目標である人物の強奪だけが目的では無く、もう一つの意図がある。
それは……EOの稼働映像を社会に公開する事であった。
先だっての兵装集積所襲撃事件は、機構と軍の一部により完全に隠蔽された。
軍需物資が大量に盗まれたという一大事件が……一切報道されなかったのである。
これに関しては千豊達の予想通りではあった。
千豊達の組織としても、戦力が充実する前にEOの存在を知られる訳にはいかなかったのだ。
故に前回の作戦では欺瞞映像を使ってまで、徹底的にその存在を秘匿した。
しかし戦力の拡充が順調に進み、状況は攻勢に移ろうとしている。
地下都市に居住する市民達へ、現在起こっている事態を一部ではあれ知って貰う必要があるのだ。
その為に今回の作戦中のEOの動きのリアルタイム中継、更には録画ムービーをネットワーク上へとアップロードしようと目論んでいるのである。
明らかな異形であるEOが戦闘を行う。
そのドラスティックな映像を人目に触れさせる事が出来れば、極東の市民達も明らかな異常事態が起こりつつある事を理解出来るはずだ。
となれば郁朗達は派手に暴れなければならなくなる訳だが、さすがに全員で暴れるというのも作戦に齟齬をきたす事になる。
そんな背景もあり、小隊オペレーターの長瀬によりあみだくじが作られ、それにより救出要員と陽動要員に彼等を分ける事となった。
片山が当たりを引き救出要員に選ばれた時、その場には舌打ちが響く。
「チッ……当てやがった……」
そんな声が長瀬のいる方向から聞こえたのである。
だがそれを聞いていた関係者は、あくまでも分別ある大人として静観という名の見事なスルーを決め込む。
たった一名を除いて。
「当てたらなんだってんだ、このゲロメイドが! てめぇ、言いたい事があんなら俺の顔見て言え! ホレ、顔見て言いやがれッ!」
「じゃあ遠慮無く。何時までもメイドとかゲロ狸とかしつこいんですよ。それでもいい大人なんですか? 71式の振動で脳でもやられてるんですか? 救出なんてデリケートな任務がそんな人に出来る訳が無いでしょう。今直ぐ囮になって、タマキ君に誤射の一つでもされちゃえばいいんですよ、粘着ハゲオヤジッ!」
興奮した長瀬は一息でそう言うと、荒々しく息を弾ませている。
「ヌガーッ! ハゲじゃねぇって何べん言わせんだ! 俺の髪の毛は死んでねぇッ! 後退もしてねぇし刈り取られてもいねぇッ! この、まみれ仔狸メイドッ!」
終わらない片山と長瀬の罵り合いを背中に受けつつ、郁朗と環が収容施設正面で派手に暴れる事がここに決定されたのである。
「山中さん、こないだ言ってた対人兵装は間に合いそうなの?」
「お、兄ちゃん。また何か面白ウェポンでも作ったんか?」
ブリーフィングルームから皆が解散していく中。
山中を捕まえた郁朗と、面白そうだとついでに引っかかった環が山中に絡む。
郁朗が先日頼んでいた、新型の対人装備の開発の進捗を聞く為であった。
「ごめん、イクローちゃん……使う弾薬の調整に思いの外時間がかかっちゃってさぁ。たぶんギリギリ前日かな……その位にテスト出来る感じになりそうなんよ。それまでにはなんとか間に合わせるからさ、もうちょいだけ待ってて」
「間に合わないならそれはそれでいいんだけど……他にも作業案件抱えてるんじゃないの? そっちを放ったらかしにしたら……またハンチョーに怒られるよ?」
「いいんよ。仕事はちゃんとやってるから。対人兵装とか移動システムの開発は全部息抜きでやってるんだし。V-A-L-SYSも設計と理論はハンチョーだけどさ、実際の制作は俺が時間外にやったんだもんね。いや~、楽しいね、好きなもん作れるってさ」
「ヤバい俺、もう兄ちゃんに頭上がらなくなるじゃねぇか。アレ無しで狙撃なんて出来る気がしねぇよ」
「おぉ、いいぞいいぞ。もっと俺を崇め奉るといい。そうしたらタマキの装備をもっとトンデモ装備にしてやるからさ」
(ほんと団長の言ってた通りだ……間違い無く馬鹿の方だ……)
「マジか!? じゃあさじゃあさ……」
(おう……こっちにもアホの子がいたんだった……)
色々と新兵装について議論を交わす馬鹿な大人とアホの子に置いて行かれた郁朗は、そっとその場から去るのだった。
環を置いて部屋から出た郁朗は、射爆場へと足を運ぶつもりである。
作戦当日に備え、もう一度71式改での移動射撃訓練をやっておこうかと考えたからだ。
その道中で珍しい光景を見る事となる。
千豊と新見が会話をしている場に遭遇したのだが、あまりいい雰囲気とは言えない空気が……何とも緊迫したそれが周辺を漂っていた。
新見は組織立ち上げからの古参らしく、千豊との付き合いも古い。
倉橋と共に千豊の影となり、この組織をここまでの大きさにした功労者の一人でもある。
その新見が彼女に異を唱える機会に遭遇するなど、そうそう有る事では無いだろう。
郁朗はマズイと思い、その場から立ち去ろうとした。
だが普段のアルカイックスマイルが崩れ、珍しく必死な顔をした新見を見てしまった。
そんな彼の表情を見るのは初めてだった為、どうしても気になってしまったのだろう。
その場で足を止め、その場からそっと様子を窺う。
目の前の空気の中に割って入れる程、彼等との関係性は深く無いと自覚もしているのである。
「もう一度だけ考慮して貰えませんか? あの男をこちらに引き込む事を……私はどうしても賛成出来ません。そもそも引き込めるかすら判らないんですよ? 彼の思想はあまりにも危険です。あの男は自分が機構に成り代わりたいだけの男なんですから……それは千豊さんもご存知でしょう?」
「ええ、そのリスクは承知の上だもの。新見さん……この件は何度も話し合ったはずでしょう? 確かにあの男の危険性の高さは……問題視すべき懸念だと思うわ」
「…………」
「それでも被験者が一人でも多く必要なのが、私達の前にある厳しい現状だと……新見さんには解かって貰えていると思っているわ……」
「…………解かりました。作戦は間違い無く成功させてみせます……その代わりあの男が何かしでかした時には……私があの男に引導を渡します。それで構いませんね?」
「ええ、それで結構でしょう。今はお互いに作戦を成功させる事だけを考えないと……誰かが死ぬ事になるわ」
「はい……それでは失礼します」
新見は千豊に背を向けると、その場から去って行った。
ため息をついて不意に振り返った千豊と郁朗の目が合う。
「……覗き見とは感心出来無いわね……で、私に何か用かしら?」
「……会話の内容を詮索する気は無いですよ。通りがかったのだって偶々だし。ただ……あの新見さんでもああいうマイナスの感情っていうか……そういうのを表に出す事もあるんだなって」
「そうね……今回の作戦では新見さんには本当に無理をさせているわ。悪いとは思うんだけどね」
「無理をしてるかどうかなんて判んないですよ。でも……新見さんが千豊さんを心配しているって事だけはよく解かります」
「…………ねぇ、イクロー君。人の感情って本当に面白いものね。ただでさえいろんな形と色があるのに交じり合うともっと綺麗だったり澱んだり……」
千豊が急に見せたその儚い表情に少し驚いた郁朗である。
女性のその様な表情に慣れていない事もあって、彼にはその場の空気と言葉を濁す位の事しか出来なかった。
「僕はそういう哲学は……ちょっと苦手ですね。感情なんてものは、そんなに考える事でも無いと思うんだけどなぁ。もっと、こう……自然にっていうかなんていうか」
「そうね。私はそういう物を難しく考えすぎるきらいがあるから。自然にって考えられるアナタがちょっと羨ましいわ……」
「そんなもんなんですかね……それより千豊さん、こんな所で油売ってていいんですか? 忙しいんでしょう?」
「そうね……私もそろそろ行くわ。また今度ゆっくり話しましょ」
そう言うと彼女もその場から立ち去って行った。
千豊という女性が時折見せる感情の振れ幅の大きさに、郁朗は驚かされる事が多い。
怒りといった方向にベクトルが振れる事はまず無いのだが、どこかしら人間として不安定な物がそこにある気がした事が大きいのだろう。
普段の冷静な感じからは考えられない程、情熱的に物事を説く事もあれば……先程の様に不意に飛び散る火の粉の様な儚さを見せる事がある。
女性特有のそういうものかと言えばそうでもなく、何かもっと根幹的に違う物を感じるのだ。
(ああいう始まりではあったけど……あの人にはあまり苦労して欲しくないなぁ。ほっとくと怖い何かがある様な気がする……)
彼女の過去に触れる事はスタッフの誰もがしない、というよりも出来無い。
そもそもその必要性を感じないというのもあるが、それをさせない空気を千豊自身も纏っているのだろう。
故に誰も触り様が無い、というのが実情だろう。
(いつかそれを知ってしまう事もあるんだろうなぁ……)
そんな事をぼんやりと考えながらも、郁朗は作戦準備へと意識を切り替え射爆場へと向かうのだった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.04.29 改稿版に差し替え