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2-6 騒乱の産声

 -西暦2078年8月9日12時35分-


 片山が案内人を背負って五百メートルも走った辺りで、先程の追手と思われる人員が軍用のバギーに乗って現れた。

 わざわざ彼等の前を押さえる為に回り込んで来たらしい。

 きびきびとした動きで車両から降りてきた人数は三人。


 彼等は先程目にした黒いボディアーマーを装備をしているので、女医の差し向けた追手で確定と考えていいのだろう。

 追跡者の初見の印象は細マッチョ、長マッチョ、チビマッチョといった感じだろうか。

 体格の差はあれど、その誰もがしっかりと鍛えられている印象を受ける。


 銃器の類を携行している様子は見当たらないので、片山達を殺すつもりは無いのだろう。

 だがその手にはスタンロッドが握られている辺り、無力化する気は満々な様だ。

 車両から降りた彼らは、放電確認と威嚇を兼ねているのだろう。

 子供が無邪気に楽器でも鳴らすかの様に、パチパチとスタンロッドを次々に鳴らしている。


(あのバギー……カドクラの78式かよ。こいつはまだ配備が始まったばっかりじゃねぇか)


 男達の乗って来たバギーは、この年の頭に制式採用されたものだ。

 排気の関係上、燃焼系動力を使った重車両の運用が厳しい地下都市。

 歩兵の運搬と不整地での機動性を兼ね備えるこの手の車両は、軍用車両としてのスタンダードの位置を占めている。

 問題は配備が始まったばかりのこれらを、如何にしてあの女医が手に入れたのか、という事なのだ。


(……どこからあんな……いや、今はこいつらの相手だな。三人……さすがにしんどいが、トンズラするにはあれを頂戴するしかなさそうだな……いけるか?)


 彼等を軍用の最新型のバギーを確保出来るだけの相手と認識し、手持ちの札を考慮して判断力をフル回転させる。


(泣くのを我慢すりゃあ、左腕も使えなくはない。けど後がしんどいだろうなぁ……労災降りりてくれなきゃ泣くに泣けねぇぞ……)


 無事に足が手に入るのならば、差し引きで腕一本を無くす手前位までは我慢してやろう。

 そう覚悟を決めると片山は、まず肩の力を抜いた。

 この状況で力んだところで何も得る物は無い、そう言ってくる身体からの訴えに乗ったのだ。

 窮地においてどれだけ自然体でいられるか。

 その重要性を判らない者から戦場では倒れていくのだから。


 身体との対話を終えた片山は、最初に無力化すべき相手を見定める。

 片山と案内人を囲む形で動いている三人を相手にする為、脳内で幾つかの自身の動作プランを瞬時にイメージ。

 誰からかかって来られても対応出来るだけの準備を進めておく。


 『戦闘行動はイメージである』


 片山は除隊した後も、上官であった犬塚の教えに忠実だった。


 追手がにじり寄って来るも、片山に何かを勧告する様子は無い。

 無条件で無力化させる心づもりなのだろう。

 抵抗されても問題無いとでも思っているのか、片山の出方を伺いつつ、正面、右、左と小さく間合いを詰めて向かって来ていた。


 ここぞという距離になったタイミング。

 片山は幾つか想定していたイメージの一つに、自身の身体をそっと乗せた。

 左側から来た向かって小柄な男の方に向き直ると、目をつけておいた小さな瓦礫を手に取り素早く投擲した。

 大きな隙こそ得られなかったが、片山にしてみればほんの刹那でも相手の男の視界と意識を遮れば十分なのである。


「ふんがっ!」


 ゴギッ! 


 片山の何とも言えない気合の声と併せて、小柄な男の右膝にローキックが入る。

 183cmの長身の片山のリーチは、小柄な相手の挙動よりも少しだけ早くその男の膝関節に届いた。

 憐れ、男の右膝は関節として機能しない程に粉砕される事となる。


 今の会社ですっかり荒事担当要員になっている彼は、民間人である事を強調する為に目立った武装はしていない。

 官憲の世話になった時に、法に引っ掛かる様な武器を持っていれば面倒な事になるからだ。

 それでも護身の為に、普段使いのハーフブーツの爪先に炭素鋼板を仕込む位の事はしているのである。


 スタンロッドを前に突き出す形のまま、踏み込んだ勢いを止める事が出来ずに膝をついた最初の被害者。

 地面に伸びた右肘の関節を狙って踏む事で、片山は彼の武器と動きを封じる。

 痛みに男が呻き声を上げたと同時に、見上げているその顔面を鼻っ面から捻る様に真上から蹴り抜いた。

 硬めのソールに深めのブロックパターンが刻まれている、そんな靴底はそれだけで有用な凶器になると証明された瞬間である。


 頭部への蹴撃で意識を刈り取るまでいかなかったものの、小柄な男がまともに立てなくなる程度のダメージを与える事には成功した。

 そして抜け目なくその手から離されたスタンロッドを奪った片山は、脳が揺れて地面に倒れたままの男の手袋を剥いで手首に放電。


(どうせアンダースーツには絶縁繊維が使われてるんだろうしな)


 絶縁が軍でも使用しているアンダースーツの定番と言える機能である以上、片山が知っているのも当然であった。

 兎にも角にも瞬殺と言っていい時間で一名の無力化に成功したのである。

 

 そんな無力化の際に屈んだ片山の動きを隙と見たのだろう。

 残りの二人の男達が、背を向けている片山の背面から襲いかかってきたのだ。

 

「よっこい!!」


 その程度は折り込み済みだったのだろう。

 当然の対処とばかりに片山は立ち上がると……おっさん臭い声と共に、背中に抱えていた案内人を後ろに向けて放り投げたのだ。

 立ち上がる時の勢いが乗せられた案内人は、それなりのスピードで射出された。

 先程屈んだ際に、どうやら蔦を緩めていたらしい。


(おいおい……ここまで狙い通りにハマっちまうとはな……)


 片山の真後ろから向かって来た男に案内人が直撃したのだろう。

 ゴツッという骨同士のぶつかり合う音と、カチカチカチという放電音が同時に鳴った。


(実にいい盾だった、兄さん。しばらくそこで安眠しててくれや)


 思わず心で合掌する片山であった。

 一拍遅れて右手側から長身の男がそんな彼に襲いかかる。

 振り下ろされたロッドを片山はロッドで受け止め、押し返すと同時に牽制の蹴りを入れる。


 男が距離を取った隙に彼は再び動く。

 激突の衝撃と案内人に寄りかかられた事で、その身動きを封じられている細身の男。

 事もあろうか彼の頭部をヘルメット越しに全力でがっつりと蹴ったのである。

 傍から見れば殺す気なのかとも思える行為だ。

 だがヘルメットの硬度を考えれば片山の判断は妥当と言える。


(首はムチウチになるかも知んねぇが……鉄板が入ってたってこの程度じゃ死にゃあしないだろうさ…………多分……)


 幸いヘルメットの衝撃吸収能力が高かったのだろう。

 細身の男は軽度の脳震盪で済んだ様だ。

 まだ無事な長身の男を目線で牽制しながら、先の一人と同様に手袋を剥いで手首に放電し無力化を完了。


 その後、元軍人という肩書が嘘でない証明として、残った長マッチョの無力化にもあっさり成功。

 めでたく逃亡の為の足を確保する。

 会敵からここまで、僅か四十秒の出来事であった。


「徒手格闘の訓練……手ェ抜かないでやってて良かったわ……あーくそ。節々痛ぇし時間は稼がれるし散々だな。中年に片足突っ込んでんのに何させんだよ」


 息を整えつつも少しばかり出来た余裕のお陰か、ブツブツと文句を言いながら案内人の容態を確かめる。

 彼の息がある事だけは確認できたので、バギーまで運び座席に乗せようとしたその時。


 周囲のいくつかの場所から何かの発射音が聞こえた。


 六方向から弾体が飛来し、バギーの頭上で弾ける。

 爆ぜた弾体は直径十五メートル程に広がるとネットになり、多方面から二人に覆いかぶさった。

 接触と同時に放電が彼らを襲う。

 どうやら無力化に使った四十秒が、片山達にとって致命的な状況を呼び込んだ様だ。


(スタンネットを六枚かよッ! 念入りにも程があるだろうがッ!)


 多方向からの放電による筋肉弛緩で、完全に身動きを取れなくなった片山。

 ネットでもみくちゃにされている彼の元へ、手勢を連れた蒔田その姿を見せた。


 ひっつめ髪も解いており、肩を越えた辺りまである柔らかい髪を無造作に下ろしている。

 手勢によって一枚づつネットが取り除かれると、そのまま片山は手足を拘束される。

 その作業が終わるのを待っていた蒔田が片山へと言葉を投げかけた。

 睨みつけてくる彼の目を、負けじとジッと見つめたままである。


「お疲れ様。頑張ったみたいだけど残念だったわね? せっかくアナタに出向いて貰ったのに、このままあっさりと帰すなんて真似はしないわ。気付けっていうのは無理だったのかも知れないのだけど……アナタ達が廃棄地区に入った辺りから、認識チップの追跡機能の邪魔をさせて貰っていたわ」


 チップジャマーなる物の噂は片山も聞いた事がある。

 極東市民に埋め込まれている認識チップ。

 これから発せられる微弱な追跡電波は、極短時間の間にランダムで周波数を変える仕様で運用されている。

 その乱数コードは当然ながら政府により秘匿されており、民間に流出する事などありえなかった。

 大掛かりな電波妨害施設でも作らない限り……仮にジャマーを作ったとしても、とても期待した効果を得られる事は無いはずなのだ。

 そんな名前の機材があったとしても、詐欺まがいの眉唾ものだと片山は思っていた。


「足取りは完全に途絶えさせたから……残念ながらアナタの足取りを追う事はできないわね。捜査が始まったとしても、廃棄地区に入って行方不明になった……という体になるでしょう。探し様が無いもの。それとね。薄々気づいていたでしょうけど……アナタがここへ来る様に仕向けたのは私達なのよ?」


 『どうして自分が?』


 どこからどこまでかは兎も角、この一件は自身が目的で行われた茶番であるという事は理解した。

 だがそれを納得出来るかどうかは別の話である。

 麻痺した身体でありながらも、ぎらりとした野生の塊の様な目で彼女を睨み続ける片山。

 そんな彼を諭す様に、蒔田は更なる言葉を投げかける。


「こちらの押し付けではあるんだけど……アナタはいつかはここに来なければならなかったの……もう、そういう風になってしまっていたのよ。私を睨みつけたって何かが変わるわけじゃないわ…………とりあえず今はもう、お休みなさいな」


 蒔田は倒れている片山の隣にしゃがむと、白衣のポケットから注射器のケースを取り出す。

 注射器に薬液を吸わせ、片山の上着の袖を捲ってらかの薬物を投与した。


「次に目覚めた時にはどうなっているのかしらね? それじゃあ……また会いましょう」


 蒔田が立ち上がり踵を返すと、部下の男が案内人について尋ねた。


「もう一人はどうします?」


「関係無い人間にはお引取り願って。記憶の改竄を忘れずにね? 廃棄地区の入り口辺りにでも帰しておきなさい。案内をするはずだった客は、案内を断って一人で廃棄地区へ入っていた、とでもしておけばいいわ」

 

「了解しました」


 手勢の男達は片山と案内人を抱え上げると、追手の三人の乗ってきたバギーの荷台に彼等を放り込んだ。

 荷台の上で片山は最後の悪あがきが出来ないかと思考する。

 だが薬物が効いてきたのだろう。

 彼の脳は碌な思考も出来無いままに、そのままフッと意識を手放す事となった。


 最初に巻き込まれた男こと片山淳也は、深い深い眠りの底にいた。

 自身が既に後戻りの出来ない足場に立たされていた事を片山が知るのは……彼が目覚めに至る時であり、この時からはまだまだ先の話である。

 数多の人間と極東を巻き込みつつある騒乱は、この事件から始まったと言ってもいいのだろう。


 こうして産声を上げた騒乱が加速を始め、足音を立て忍び寄る頃に……郁朗もまた、この騒乱に巻き込まれたのである。




-西暦2079年3月20日17時45分-


「とまぁ……こんな感じだったなぁ。酷い話だろ?」


「……何が酷いってさ……団長にボッコボコにされた人達の扱いが酷いよね? その被害者は誰?」


「お前ね……この件に関しちゃあ、俺が被害者だって事を忘れてんじゃねぇか? ちなみにボコったのは間崎と高杉と……中尾だ」


「ご愁傷様としか言えないや…………でもまぁ、話を聞いてたら納得出来たかな」


「何をだよ?」


「座学が苦手って事だよ。あの作戦立案の様子見てたら解かっちゃう事なんだけどさ、やっぱり団長って脳筋なんだね」


「うるせぇッ、余計なお世話だ……っとさすがにそろそろ止めるか」


 過去の話を始めて三十分は経っているのに、未だに訓練を継続していた環にマイクで訓練終了を告げる。


『タマキ、いい加減に上がれ。何時までやってんだ。ちゃんと整備班のとこ行ってこいよ? こないだみたいにメンテをすっ飛ばして好き勝手やりやがったら……次は足をヘシ折るぞ?』


『そりゃたまんねぇわ。へいへい、了解』


 そう言うと環は訓練を切り上げ、68式改を担いで大量の薬莢を残したまま射爆場から出て行った。

 

 片山の過去に少しばかり触れた事で、郁朗は抱いていた疑問に少しだけ解答を与えられた様な気がした。

 千豊達が何故にこれ程のリスクを抱えてまで事を起こそうとしているのか。

 全容が語られる事は当分無いのだろう。

 故に郁朗は……膨らみつつある戦火を生き延びる為に、自身を鍛える事を決意するのであった。


お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.04.29 改稿版に差し替え

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