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2-1 咆哮の手応え

 -西暦2079年3月20日13時25分-


 あの作戦からおよそ二週間。

 各部所も装備の改良や更新の慌ただしさを乗り越え、現在では少し落ち着いている。


 元々人体のみで運用できる兵装については多少の改良が加えられ、そのまま戦闘班が運用する事となった。

 車両を用いて運用する兵装に関しては組織の保有している戦闘車両の少なさもあり、七割がEO用へ転換されている。

 今回確保できた物資の一番の目玉はその戦闘車両である。


 現在組織内で戦闘班が運用しているカドクラ製の78式バギーは正規車両では無い。

 整備班班長・倉橋によるハンドメイドのレプリカなのである。

 バギーの設計基があるルートから流れてきた際、市販の流通に乗っている既存パーツは掻き集める事が出来た。

 手元に無いパーツはどうしたのかというと……作ればいいと倉橋が一から自作したのである。

 そんな寄せ集めともいえるパーツで、性能的には本来の物と遜色のない物を作り上げる倉橋の技術は凄いと言える。

 だがエンジンやフレームの耐久性等、材質の面でどうしても手の届かない痒い所が存在したのだ。

 故に実戦での使用は控えられており、あくまで拠点間の連絡用に使われるに留まっている。


 それが今回の襲撃で正規車両が五両も手に入ったのだ。

 作戦の幅が広がる事は間違い無い、そう戦闘班班長の新見も太鼓判を押している。

 現物が手に入った事により技術班の材質研究も進められ、78式を超える車両が近い内に開発されるかも知れない。

 そんな話も浮かび上がってきているのだ。

 光の当たらない埋没した地下で……彼等の戦力は確実に拡充されつつあった。

 


 演習場の更に地下を掘削用オートンで掘り進み、新たに拡張された地下射爆場。

 そこでは本日もEOと戦闘班の実包による射撃訓練が行われていた。


 郁朗の腕に接続された重火器が盛大に弾頭を吐き出す。


 ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!


 本来ならば薬室のすぐ隣にあった装弾・排莢用モーター。

 取り回しの関係でストック上部に移設されたその稼働音と共に、二連装に増やされた銃身からは絶え間なく弾薬が撃ち出される。

 それらは銃手の意思と共に……目標物を撃ち抜き、破砕し、削り取っていく。

 射撃中には全く聞こえない銃身の強制冷却器の排気ファンの音も、射撃後の静けさの中では恐ろしく大音量のものとして郁朗の耳に届いた。

 射撃ブースの床一面には排莢された薬莢が散らばり、絨毯の如く敷き詰められたそれのせいで彼の足元を覚束なくしている。


 71式12・7mmチェーンガン・二連装改。

 一銃身につき分間百五十発の発射速度を持つモーター駆動式のチェーンガンである。

 本来の71式の銃身は一本である。

 だがEO単体での面制圧能力を僅かにでも高める為、銃身と薬室を拡張して二連装に改装されている。

 背部マウントに接続する千八百発のマガジンパックを含めた全備重量は百十kg。

 大層な重さになるのだが、機動性の減退を無視するのを前提としてという条件のもとに、EOであれば携行兵装としての運用が可能であった。

 今後の作戦において、移動砲台としても、拠点防衛・面制圧などでも活躍できる兵装となるであろう。


『イクロー、終わりだ。上がっていいぞ』


 射爆場全体に響く片山の声が、郁朗へ訓練終了の旨を伝えてきた。

 跡形も無く砕かれ飛び散ったターゲット見て、彼はうーんと唸る。


(いつ見ても酷い状態だと思うよ……こんな中に人間がいたらまともに死体も残らないんだろうなぁ……)


 肩部と前腕部マウントで固定されているロックを解除し、電力供給ユニットの付いた懸架用のアタッチメントを外す。

 身体からモーターへの送電はもちろんの事、マズルジャンプを防ぎ集弾率を上げる為にもこのアタッチメントは必要な物だ。

 握っていた本体と背部のマガジンパックを下ろし、一息つく。


『どうだぁ? そろそろ撃つ事にも慣れてきたろ? 静止時の集弾率はなかなかいい具合になってきてるじゃねぇか。もう次の段階にいってもいいだろう』


「そうは言ってもね、動きながらだとまともに撃てる気がしないよ? 負荷はそんなに感じないんだけど……取り回しが重過ぎるんだよね」


『その為の慣熟訓練だって何遍も言ってんだろう。ゴチャゴチャ言うともう一時間やらせっぞ!』


「はいはい、ごめんごめん。タマキがお待ちかねなんだから僕はもう上がるよ。続きは明日ね」


『おう。ちゃんとハンチョーのとこ行って各部のチェックして貰えよ。関節だけじゃなくてフレームの負荷のデータも取らなけりゃならんのだからな』


「了解、了解。この後ちゃんと行ってくるよ」


 射撃ブースを出た郁朗と入れ替わりで、68式()を肩に抱えた環が射爆場に入って来た。


「遅くなってごめんよ。団長が煩くってさ」


「いいって。イクローさんだって慣れなきゃなんねぇだろ? それにしたってよ……あんなごついの、よく振り回すよな。重くねぇの?」


「いや重いさ。あれを担いだら最高速の半分くらいでしか移動できないもの」


「ふーん。あんなの使う機会なんてあんのかね? 俺のコレにしたってそうだけどよ」


 環は自分の持つ68式をペチペチと叩いている。


「あるからやってるんだろうね。対人じゃあとてもじゃないけど使えないと思うけどさ。例えば敵方のEOを蹴散らす時とかね……」


「そりゃあ……そのうちあるんだろうけどな。まぁ……そういう使い方しかできねぇよな」


「今からハンチョーの所行くからさ、もう少し対人の時に使えそうな装備を用意できないか聞いてみるよ」


「そうだな。そういうモンもあった方がいいのかもしんねぇ。俺だって無闇やたらにってのは出来ればやりたくねぇよ」


「ごもっともだね。じゃあ行くよ、訓練頑張って」


「あいよ」


 片手を上げて射撃ブースへ向かう環を見送ると、郁朗も踵を返し整備場へと向かうのだった。




 整備場へ到着すると、そこでは倉橋と山中が何やら相談をしていた。

 郁朗に気づいた山中が、彼を呼び止め手招きする。


「イクローちゃん、お疲れさん。訓練は終わったん?」


「うん、どうにか。今日も71式の慣熟訓練だったからさ、団長の命令で身体の負荷チェックをしに来たんだけど……なんか込み入った相談してたみたいだけど、どうしたの?」


「いやぁ、イクローちゃんが前に言ってたじゃない? 71式をフル装備してると動きが鈍くなってしょうがないって」


「ああー。そういえばそんな事言ったっけな。ダメ元だったのに憶えててくれてたんだ?」


「要望は可能な限り受け付けるが整備班のモットーだもんね。ほんでさ、どうにかフォローできる装備が作れないかってハンチョーと相談してたんよ。ね? ハンチョー」


「そういう事だ。タマキの坊主の68式はともかく、お前の使ってる71式は全備重量が半端無くあるからな。片山も同じ物を使う以上、対応策はあった方がいい」


「それは有り難いです、助かりますよ。一応明日から移動射撃の訓練はやるみたいなんですけどね。あ、そうだハンチョー……ちょっと相談があるんですけど」


「どうした?」


「今ある対人装備ってテーザーワイヤーの一式くらいじゃないですか? 二式のワイヤーネットは僕らの対人戦闘の慣熟って事で小規模戦闘じゃ団長から使用許可が出ないし。」


「ふむ」


「あのワイヤーを実際に人に向けて撃ち出すってなると、相当問題がありそうな気がするんですよ。あの太さのワイヤーが慣性に任せて巻き付くって考えたら……人の体じゃちょっと危ないかなと。だからってその都度ちょいちょいと相手を縛って、バリバリって訳にはいかないと思うんです」


「なるほどな……確かに必要になるかもしれんな……山中、倉庫の対人兵装を流用してなんか作れ。こいつらなら大抵の装備は重量や負荷を無視して運用できるだろ。好きに作っていいが、あんまり変なモン作んじゃねぇぞ」


「好きに!? ホントにいいんスか!? んー……なんかいい兵装あったかなぁ。とりあえずさっきの移動用の装備と合わせて検討しまッス」


 山中はそう言うと嬉しそうにその場から立ち去っていった。


「……藤代。お前さんは臆病で心配性……いや、違うな」


「何がです?」


 倉橋の突然の言葉に郁朗は戸惑う。


「人が良いだけであって、臆病という訳では無いという事か……片山の言っていた通りに、いざという時には肝が据わるタイプなんだろうな……」


「褒められてるのか貶されてるのかよく判りませんよ、ハンチ――」


「だがな、そのいざという時に迷うなよ? お前が敵意を向けてくる誰かを見逃せば、そいつがお前の知り合いを撃つ。お前の人の良さが仲間を殺すんだ。撃つべき相手の事はあまり考えるもんじゃない」


「……そんなつもりで対人装備が欲しいって言った訳じゃありませんよ?」


「……欲しい装備は出来るだけ作ってやる。だからそういう時に確実に撃てるようにだけはしておけ、いいな?」


「まいったな……そんな風に見えるんですかね……? 団長にも同じ事を言われましたから……でも、僕はもうそのつもりでいます。まだ死にたくありませんし……」


「……ならいい。よし、メンテベッドへ行け。今日は上半身だけじゃなく、全身くまなく調べるぞ? どんな形で負荷がかかってるか判らんからな」


「ええ、お願いします」


 五十手前だとは思えない程のガッチリとした体つきの倉橋に、郁朗は背中をバシバシと叩かれる。

 その勢いに格技を嗜んでいる自身の父親を少し思い出し、その手に促されるままに郁朗はメンテナスベッドへ向かうのだった。




 整備が終わり射爆場のモニター室へ郁朗が顔を出すと、環はまだ訓練を続けていた。


「団長、チェック終わったよ。特に異常は無いって――あれ……? 環はまだ訓練やってるの?」


「おう、お疲れだな。タマキと68式との相性は最高だな。まさかあそこまでマッチングするとは思わなかったが、俺の見立てが正しかったって事だ」


「そういうのを言わなきゃ団長もいい上官なんだけどね。新式のスコープシステム、いいみたいだね」


 スコープを覗いて狙撃する事に違和感を訴え続けていた環が、倉橋に請願する事でようやく完成した新型のスコープシステム。

 それが今回完成したVisual-Aiming-Linkage-SYStem、V-A-L-SYS(ヴァルシス)と名付けられた視覚連動型の照準システムである。

 68式にセットされているスコープのカメラを環のカメラアイとまったく同じ物に交換し、本体に新規で追加された反動制御を兼ねた固定用ユニットを経由。

前腕部マウントの神経回路へと接続させる。

 本体の増設されたスイッチにより、環の視神経とスコープのカメラが接続。

 スコープから得られる射線情報を、固定用ユニット内に設置された新型プロセッサがナノ秒クラスで計算、環のカメラアイの中に投影する。

 投影された情報はT字型のレティクルとして表示され、それを目標と合わせる事で照準する事となる。

 このシステムを導入する事で、彼の視界そのものが狙撃スコープの代わりとなった。

 更に対ショック姿勢の問題が幾らか残るものの、特殊な射撃姿勢での狙撃を可能としたのもこのシステムの恩恵と言える。

 スコープのカメラをメインの視覚として使い、自身を遮蔽物に完全に隠しながら、そこから銃身のみを露出しての狙撃などがそれにあたるだろう。


 あらゆる形で得られる視覚情報を駆使して、環はこのシステムの可能性を模索した。

 その結果として先述の隠蔽姿勢での狙撃や、精密狙撃の姿勢としてはあり得ない腰溜めの姿勢での連射狙撃など……本来では考えられない様な、新機軸の狙撃スタイルを生み出しつつある。


 最大の問題点としては……このシステムは実質、環の専用装備と言ってもよい事だろう。

 この照準システムに興味を持った片山と郁朗が、低倍率のカメラに交換された物で試験運用してみた時の事がそのいい例だろう。

 張り切ってV-A-L-SYSをオンにしたものの、視覚内でレティクルがうろつくその負荷に、彼等の視神経は耐え切れなかったのだ。

 僅か三十秒。

 たったそれだけの使用で、視覚の混乱から酔ってフラフラになるという醜態を見せ、即座に運用を断念したのだ。


「いいみたいっていうがな、あんなゲテモノ使いこなせるのはタマキだけだぞ? 山中が76式を有線型に改造して、あれと連動させようとか言ってたが……こりゃあとんでもない事になりそうだな」


「どうとんでもないのさ?」


「ズルさ的にもコスト的にもだな。76式は今の所ただの無反動砲だ。これはいいな?」


 陸軍で制式採用されている76式75mm携行無反動砲。

 歩兵が携行できる現時点での最大火力がこれである。


「うん、そうだね。こないだ新見さんの座学で教えてもらったよ」


「あれの弾頭を有線式にしてだ、V-A-L-SYSのレティクルの先を追わせてコントロールする仕様にする、って事らしい。タマキの視覚内を有線の範囲内ならどこまでも追いかけるんだぜ?」


「うわぁ……見てるだけでいいって……なんだそれ……」


「な? えげつないだろ? そんでコストだがな。こっちはもっとえげつないぞ? 弾頭の姿勢制御用の超小型ロケットモーターが一基幾らすると思う?」


「僕に判るわけないじゃない。焦らさないで教えてよ」


「76式のHEAT弾七発分だ……しかもそれをな、八箇所に取り付けるって言うんだぜ? 馬鹿にも程があるってのはこういうのを言うんだろうな、ハハハ」


「いかにも山中さんらしい発想っていうか……で、実際作ったの?」


「ああ、あいつはマジモンの馬鹿だからな。五発も作ってハンチョーに殺されかけてたぞ。止めなかった整備班全員が減給って話だ」


「でもあの人ってさ、仕事はできるんだよねぇ……僕のメンテの時なんかでも、山中さんが担当の日なんてすごい早いもの」


「なんだ、お前知らないみたいだな。ああ見えてもあの山中(バカ)はな、Nブロック工業大学の出身だぞ? それも主席卒だか次席卒だかってハンチョーに聞いたな」


「…………嘘だぁ…………N工大って工科系の大学じゃ極東一じゃないか。はぁー……天才とナントカは、ってのはよく言うけどさ……実際にそんな人を見るなんては初めてだよ……」


「あいつの場合は間違い無く紙一重で馬鹿の方だな……あいつがここに来た理由な。大学に残って新式のリニアシステムの開発やってたらしいんだが……研究施設が無くなったらしい……物理的にな」


「物理的って……」


「吹っ飛んだんだと。原因までは知らんがな。死人も怪我人も一切出なかったのは運が良かったんだがな、それが理由で大学を追われちまって。ジャンク屋で腐りに腐ってた所をハンチョーが拾ったんだそうだ。あの人もN工大出身だしな」


「何気にうちの組織ってエリート多いよね……団長だって軍大出身だしさ」


「馬鹿言うな。俺ァエリートでもなんでもねぇよ。ただの体力馬鹿だっただけだ。座学の成績なんざビリから数えた方が早かった」


 郁朗の中には片山のその言葉を聞いた事で、一つの疑問が生まれる事となる。


「あのさ……団長」


 片山に対して言い淀む事など殆ど無い郁朗であったが、珍しくその口のキレが鈍い。


「あ? 何だ? お前がそんな言葉を選んでるたぁ、面倒臭え話か?」


「面倒くさいっていうかね……軍大まで出た人がさ……何でこんな所、って言い方は悪いか……何で――」


「こんな身体になっちまったか、ってか?」


「…………うん。僕やタマキの経緯は知ってるんだよね?」


「そらそうだ。お前が拉致られた時にはもう目ェ覚ましてたからな。姐さんや新見のダンナに少しは相談されてもいたしな。まぁ……そりゃあいい。俺の話だったな……どっから話したもんかね……」


 そう言うと片山は記憶を手繰りながら、こうなるに至った経緯を思い出す。

 彼が一人目のEOとして、如何にしてこの組織と関わる事になったのか。

 その過去が今、語られる事となる。


お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.04.29 改稿版に差し替え

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