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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第一幕 逃れられない檻の中から
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幕間 犬塚賢三《いぬづか けんぞう》

 -西暦2079年3月7日02時30分-


「やかましいわ! どんだけ長い事呼び出せば気が済むのか言ってみろ! ええ!? 言ってみろッ!」


 完全に寝入っていた深夜に叩き起こされる苦痛に耐え切れずに、思わず声を荒らげてしまった。


 海軍閥に嫌味を言われながらも提出した兵装拡充案が予算会議を通り、発注から過ぎる事数ヶ月……ようやく今日の納入に漕ぎ着けた。

 輜重局に飛ばされて初めての大きい仕事が……ようやく無事に終わってくれたのだ。

 そこに至るまでの組織間の摺り合わせでどれだけ胃を痛めた事か。

 そんなストレスが幾らか解消されて安眠している所に……この騒ぎだ。

 キレる事位は許されてもいいのではないだろうか?

 

『お休みの所申し訳ありません、緊急です。うちの集積所が襲われています……多分なんですが……』


「馬鹿かお前は! います!? 多分!? はっきりせんか!」


『はい! オートンからのアラートが鳴っていたので間違い無く戦闘状態にはなっています。百二十機のオートン全ての反応が赤になった後消失していきました』


「消失!? 全機がか!?」


『はい。ですが設置してある監視カメラから送られてくる映像には何も映って無いんです』


「欺瞞映像の可能性は!? それと増援の要請は!?」


『欺瞞……ッ! その可能性が高いです! 増援はすでに第十六番駐屯地から一個中隊が出されています。現地からの情報はまだありません。それと近隣の第八整備工場が点検を終えたフロートを飛ばしてくれるそうです。準備が出来次第周辺を捜索して貰う予定になっています』


「フロートについては良い判断だ! 俺も今すぐそちらへ向かうッ!」


 通話を終えると吊り下げてあった制服を乱暴に掴み、少し慌てて着替えを済ませた。

 真夜中の喧騒のせいか、家族が起き出してしまった様だ。


「どうしたのお父さん? あんな大声出したら近所迷惑だよ……」


「む……起こしたか、スマンな。ちょっと緊急でな、出なきゃならん」


「……お弁当どうしよう。まだ何も用意してないよ……」


「いや……それどころじゃないんだが。とにかく父さん出かけるから、戸締まりだけはしっかりな」


「うん、お父さんも気をつけてね? 何にかは判んないけど」


「いいからもう寝なさい。じゃあ行ってくる」


 寝ぼけた娘を置いていくのは心配だったが、事態が切迫しているので仕方無しに官舎を飛び出した。

 官舎から程近い輜重局の支局へ走って行きながら、ここ最近の身の不幸を思い返していた。

 ツキが落ちる時ってのはとことんって聞くが……本当にそうだとはな。


 去年の春の人事で部隊長の任を外され、こんな僻地へ飛ばされた。

 正当な理由があるなら判らなくも無い。

 だが自分に落ち度は無かったのは明確だった。

 人事局からの通達を見た時は頭に昇る血を抑えられなかったのも仕方が無い。

 連隊本部へ怒鳴りこみにいったら、待っていたのが連隊長の土下座だったってのがどうにもな。

 そんな事をされた上に……『守りきれなかった、すまん』、そう言われたら何も言い返せる訳も無い。


 この人事は陸幕内での摺り合わせで決められたそうだ。

 幕僚の子息達に経験を積ませたい。

 たったそれだけの理由の人情人事で行われた今回の異動は、各部隊に小さい混乱をもたらしている。

 うちの大隊が狙い撃ちされた理由は先日の出動にあるのだそうだ。


 極東初の部隊出動による暴徒鎮圧。

 その立役者になった隊の看板を、そのご子息とやらは欲しがったらしい。


 一瞬、除隊という言葉が頭をよぎる。

 しかし高校に入ったばかりの娘の事を思うとそれは出来る判断では無かった。

 あと十年はどうにか我慢して勤め上げよう。

 そこまで我慢したら……こんな人事を企てた輩を必ず殴り飛ばしてやる。

 そう考えて閑職にも甘んじてきたのにこの有り様だ。

 軍需物資の強奪を考えるような連中がまともな連中であるはずは無いが、そいつらも見つけたら必ずこっ酷い目に合わせてやろう。


 色々と考えを巡らせながら支局前に到着すると、部下が待ち構えていた。


「二佐、お疲れ様ですッ! 車両の用意は出来ています。すぐに向かわれますか?」


「当たり前だろうがッ! 現場を見に行かないでどうするつもりだッ! 増援に向かった中隊からの連絡はッ!?」


「はっ! まだ何も連絡はありません。こちらです」


「おう、急げよ!」


 そうして部下に促されると車両へと駆け込んだ。

 見に行っても碌な結果にならないのは目に見えてるが、職務上行かざるを得ない。

 全く……自分のやらかした事の尻を拭くのは構わんが……与り知らん所の事まで面倒なんぞ見切れん。

 そうして一時間半程かけて現場に到着した。

 目に入った風景はどうにも酷い有り様としか言えないものだ。

 この現場の惨状を見れば……危機感を覚えない奴はいないだろう。


「どうなってんだ……こりゃあ……。どういう壊され方をしたらこうなるってんだ」


 半数はどう見ても物理的に破壊されている。

 機体がひしゃげ、穴が空き、マニピュレーターや車輪の付いた脚部がもぎ取られたりもしている。


 そして半数は中の回路を焼かれているのだろう。

 そこかしこから樹脂の溶ける匂いが充満していた。

 今は取り除かれているが網やワイヤーの様な物が脇に置かれている。

 どうやらそれによって動きを封じられた上で、電流を流されて破壊されたらしい。

 物によっては一切破損が無い様にも見えるが、相当な電荷をかけられたのだろう。

 起動命令を出しても微動だにしない。


「……全滅するまでにどのくらいの時間を稼げてる?」


「アラートが届いて最後の機体の反応が消失するまでに十分、てところですね……間違い無くとんでもないバケモノが相手ですよ……」


 その通りバケモノなのだろう。

 ゲート前で擱坐していたオートンは約60機。

 これを十分やそこらで壊滅させる戦力なのだ。


「……上に報告を上げて信じてもらえるのやら……ちゃんと記録は取ってるな?」


「はい。画像と動画での記録は勿論、破損部の詳細なデータも取れつつあります。それとは別なんですが……倉庫内に違和感のある案件が」


「ほう……言ってみろ」


「はい、持ち去られた車両とそれに積載可能なコンテナの数が合いません。開いているコンテナが三つあるんですが……バラして運んだにしては作業時間が短すぎますね」


「という事は最初から潜んでいたって事か…………この件、何人が知ってる?」


「うちの部の人間、それも数名だけですね。それが何か?」


「この件の口外を禁止しておく。いいか、報告書にも載せるな。間違い無く握り潰されて無かった事にされるぞ?」


「いいんですか? どう考えたってカドクラが一枚噛んでるって事じゃないですか」


「だからだ。いくら上に報告した所でカドクラが噛むわけがないで終了だ。噛んでいると判っていてもな。この件は俺から信頼できる筋に報告しておく」


 どのみちこの事件自体が無かった事にされるのだ。

 せめて少しでも動きを見せてくれそうな所へ報告を上げるのが筋道だろう。


「まぁ責任を取らされるとしたらもっと上の人間だな。俺達は発注して納品を見届けただけだ。中身の確認を取るように言われていない以上、襲撃の責任は一切無い。俺達にお鉢が回ってきたらこのネタを報道に売るだけだ」


「大丈夫なんですかねぇ……後から始末書や免職なんてゴメンですよ?」


「お前らが黙ってりゃいんだ」


「まぁ……いいですけどね。とりあえず破損機体のデータ取れました。提出用の媒体にコピーしておきます」


「おう、頼む」


 まだまだ肌寒さの残る季節であり、冷えてきたので部下とともに車両に戻っていく。

 後を追っていた中隊も痕跡を見失ったそうなので、既に駐屯地に戻り始めているそうだ。

 

「追跡していた中隊から連絡のあったフロートが落とされていた件については……どうしましょうか?」


「それこそ俺達の管轄外だな。要請は出したが実際に判断して飛ばしたのは整備工場の連中だ。千五百メートルオーバーの距離からの狙撃で落とされたらしいが、そんなもんに対処出来る訳も無いしな。預けてた部隊は新型が配備されてラッキーとでも思ってるんじゃねぇか?」


「まぁそれはそうでしょう。でもこれでまた海軍閥がやかましくなりますね……」


「知ったこっちゃねえよ。元々の予算配分が違いすぎるんだ。俺達の責任じゃ無い」


 輜重局に飛ばされてから……こんな風に責任を回避する言葉を探して生きている気がする。

 娘には何か悪い事をやっても言い訳だけはするな、なんて言い続けてきたのだが……今となってはその自分が言い訳塗れの人生を送っているのだから。


 由紀子、ごめんな。

 父さん今最高に格好悪いわ……。



 翌朝早々に古い繋がりで最近は疎遠になっていた、とある偉い人物に連絡を取ってみた。


「ご無沙汰してます、田辺さん。はい……はい……どうにかやってます。ええ、元気ですよ。で、ですねこんな早い時間に申し訳無いんですが……」


 こんな早朝に連絡を取ったとしてもこうやって話を聞いてくれる辺り、どうやら自分の事は忘れられて無かったらしい。

 ここからどれだけの手を打てるのか。

 表情が動くのが判る。

 一体今の俺は……どんな顔をしているんだろうな……。


 左遷以降濁っていた自分の目の色が変わっていくのを自覚出来たが、口元に笑みが浮かぶ事だけはどうにも抑えきれなかった。

 今は古巣の上官を口説く事に集中しよう。

 全てはそれからだ。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.04.29 改稿版に差し替え

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