幕間 山道隆道《さんどう たかみち》
-西暦2079年7月25日21時55分-
軽快ではあるが、重厚ともとれるBGMが俺の耳を襲う。
ようやく隠れ家に戻れた訳だからな、余裕を持って楽しまなくては。
この地域の剣術ってのは凄いものだと、新しい作品を見るたびに思う。
それがたとえ架空の世界のものであったとしても、これは身に付けるべき技術なのではないかと。
隠形しながらの従軍程に疲れるものもなかなかに無い。
ようやく人心地つけるか。
シャワーを浴びソファーに腰掛けビールを飲み、そう思うだけで心が解れていくのを体感出来る。
フリーランスの工作員と言えば聞こえはいいが、結局の所はただの便利屋だ。
クライアントに好き勝手に使われた挙句、そこいらで野垂れ死ぬ輩が大多数だろう。
俺は幸いな事に、この世知辛い渡世を上手く渡れているらしい。
今回の仕事も時間はかかったが、本来の目的に至る仕込みはこれで終わったと言える。
バランスってのは難しいもんだ。
その辺りを俺の本来のクライアントにも解かって貰いたいものだが……これだけ辺鄙な土地にいるとそれもなかなかに難しい。
これは駄目なやつだ。
考えれば考える程にドツボにハマるだけだな。
緩い環境を満喫したいが、諦めて報告書を仕上げてしまおう。
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作戦地2548における進捗
侵入に成功した作戦地域にて、目標AからFの存在を確認。
解放者勢力とイーヴィーに露見せずに目標Aと接触する事は、現状では不可能と判断。
目標AとCの接触を待つ。
目標A・Bの関係者と接触。
良好な関係を築く。
目標の状況と状態を常時入手出来るルートを構築。
目標Cの調査依頼を受け、こちらの関係者が目標Cと接触。
投入した関係者を非常時におけるこちら側のユニットとして考慮。
目標AとCが接触。
目標Aの行方と目標Bの情報の収集を本格的に開始。
作戦地域のイーヴィー勢力が二分化している事が判明。
袂を分かった第三勢力との接触を開始。
予備目標Zと遭遇、目標A・B喪失の際の最終予備として認識。
目標Aの所在を確認。
施設の警戒が厳重な為に手が出せない事から、所在地の監視に留め推移を見守る。
作戦地域の内戦が顕在化。
目標Aの回収に動くが、想定以上の戦力差の為に断念。
作戦地域の内戦が開戦される。
目標C達が秘匿にかかった事から、目標Aの所在を見失う。
所在をあぶり出す為にイーヴィー勢力を扇動、戦力の投入に成功。
目標Aの移動を確認。
後の回収活動の為、一先ずは内戦終了へと作戦地域を誘導。
状況を整える為に解放者勢力の作戦へと、正体を秘匿しつつ参加。
作戦地域におけるオーバーテクノロジーと思しき動力システムの破壊、予備目標Zからの依頼も合わせて遂行。
戦況の一部を終端へと向かわせた。
作戦地域の内戦終了を確認。
予備目標Zがイーヴィーに奪われる。
本命である目標A・Bは健在、予定通りこれらの獲得を最優先とする。
政治と経済に混乱は見られるものの、こちらの想定通りイーヴィー根拠地への侵攻が決定される。
目標Aの根拠地への作戦参加を確認。
目標C・Dも同行する事が決まっており、作戦地域でのこちらの行動の障害は減るものと思われる。
目標Bの動向は変わらず。
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あー……いかんな、こりゃあ。
書き直し、丸めてポイってやつだ。
AはともかくBについては書くとマズいかも知れん。
Bについては……内戦中に死亡した事にでもしておこうか。
彼には借りばっかり積み上がる一方だったしな。
返せる時に返さんと、このまま恩も返せずトンズラする事になりそうだ。
最低でもAのアレがあれば、こちらの目標は達成出来る訳だ。
問題は無いだろう。
工作員如きが何を甘い事をだとか言われるだろうが……それだけこの星の映像文化の魔力は凄いって事だろうさ。
確かに原始的で未熟な撮影技法や映像技術ではあるが、俺達の所属する勢力圏内には存在しない不思議な魅力がある。
チープだが味があるってやつだろうかね。
シナリオも荒唐無稽で堪らない。
この仕事を請け負って良かったと思えるのは、この映像群に出会えた事だろうな。
思えばこの星に潜り込んでかれこれ二十年以上にもなるのか。
これまでを思い返してみれば、なんともテキトーに過ごしてきたもんだな。
目標の親族とあっさり知り合えた事は驚きだったが、そんな運命や偶然も……まぁ、あるんだろうな。
運命と言えば思い出してしまうのが、俺の不在時に事務所が襲撃されたと聞いた時の事だろう。
さすがにあれは予想も出来無かったし、本当に驚かされたからな。
敵対勢力からの攻勢かと思いきや、仕事で関わった女性の逆恨みときたもんだ。
俺が悪く無いとは言わないが……あれには流石に怖気が走ったな。
亡くなったうちの所員やその家族にとっては、悪夢としか言い様が無い運命だったろうに。
まぁ、そのお陰で機構の内部ともパイプが作れた訳だが、この星の人間の……特に女性の闘争本能の強さは何なんだろうな。
俺の事務所を襲った女性が人の身体を捨てたと聞いた時にそう思った。
彼女の復讐とやらの最後の残りカスが、俺と淳也なのだという話も合わせて耳に入ったが、その執念については感心するしか無かったな。
いきさつを聞けば理解出来無くもないが、完全に逆恨みと言っていい内容だ。
たったそれだけの事の為に、あっさりと身体を捨てる事が出来るとはね。
その強い情念こそがどこまでも人って事なんだろうが……他星系の人間である俺には、とてもじゃないが理解出来無い想いではある。
彼女の復讐の成就は俺の死を意味する事だが、遭わなければ問題無いと対応する気にもならなかった。
お陰で特に焦る事も無かったが……遭遇していればどうなってただろうな。
淳也があの戦場でそれなりに処理してくれたみたいだが、彼女は満足したんだろうかね。
奴に会う機会があれば……この件に巻き込んだ詫びと礼の一つでも言ってやるとしよう。
ふと端末から目を離して、流しっぱなしにしているモニターを見ると……いかんいかん!
シリーズを通して登場している同心剣客が、早くも騙し討ちの前振りをしてるじゃないか。
いかん、本当にいかんぞ……仕事なんかしてる場合じゃ無い。
-西暦2079年7月31日19時20分-
「山道ちゃん……なのか?」
久し振りに『かどや』に顔を出したら、マスターから連絡を受けたのだろう。
谷町っちゃんが十数分後には汗をかきながら飛び込んで来た。
どうやら暇を見ては俺の事を探していてくれたらしい。
「悪かったな、谷町っちゃん。連絡もしないでよ」
「本当だよ。あの事件の後処理が終わったと思ったら、直ぐに居なくなるんだから。あんまりいい結果は考えられなかったけど……兎に角無事で良かったよ」
「まぁ……どうにかこうして生きてるよ。今日は最後の顔見世ってやつかな……あのよ、谷町っちゃん。今日の手持ちの映像媒体な、あるだけでいい。全部コピーして譲ってくんねぇかな? 勿論払うもんは払う。割り増しでもいい」
しばらくどころか……次の仕事がここでの最後の仕事になるからな。
手に入れられる物は出来るだけってやつだ。
「あのさ……最後とか言うなよ、山道ちゃん。どんな問題抱えてんのか判んないけどさ、そういう事言うもんじゃないって。媒体譲るのは構わないからさ、また顔出してよ。俺のコレクションがこんなもんじゃないって知ってるだろ?」
うっ……それを言われると本気でグラつくじゃないか。
確かに谷町っちゃんのコレクションは俺や淳也からすれば、それこそ垂涎ものラインナップだからな。
「とは言ってもなぁ……こっちに戻れるのは何時になるのか……」
「こっちって事は……山道ちゃんもあれなのか? どっかから頼まれて他所の都市にって事なのか?」
イーヴィーの存在こそ公表されてはいないが、他都市への連絡と渡航の再開という政策については公にされている。
他所の都市に飛ばされる人間が存在する事に違和感は無いはずだ。
まぁ、本当にそれならいいんだけどな……同じ星の上だからよ。
それなら何時かはここに来られる事もあるんだろうしさ。
俺の行く場所はそんな所じゃ無い訳だから……厳しいだろうな。
「ん? もって事は……谷町っちゃんの知り合いも誰か他所に?」
知ってるけどな。
「……はっきりとは聞かされてないんだけどね……あっ、そうだ! 山道ちゃんには報告してなかったよな。行方知れずになってた俺の甥っ子の郁朗な、見つかったんだよ!」
うん、それも知ってる。
淳也も一緒だって事もな。
「おおっ、そりゃあ良かったじゃねぇの! 話を聞いてる方が辛かったもんなぁ……姪っ子ちゃんなんかは特に喜んだんじゃないのか?」
「そりゃあもう。喜びすぎて自分を見失ってさ。ちょっとおかしくなってた」
谷町っちゃんがケラケラと笑う。
あまりにも下手な自分の芝居のせいで、俺のなけなしの良心が脳の隅っこで悲鳴を上げ始めた。
「けど結局、俺は何の役にも立たなかったよな……色々と手は尽くしたんだけどよ……」
「そんな事無いさ。山道ちゃんが手を貸してくれなきゃ、あの家族は早々に疲れてぶっ壊れてたよ。ほんとに、助かったよ。ありがとね」
そう言われると本当に申し訳無くなるな。
俺の口が軽ければ……もっと早くに再会も出来た訳だし。
「その郁朗が北米地区や欧州の他都市に行くって話なんだけどさ、実はね……それだけじゃないんだよ、山道ちゃん。淳也君もね、郁朗と一緒に居たんだ! なんでも郁朗の上司になってるらしいんだけど……よく判らんのだわ」
「淳也が……?」
大袈裟に驚いてみせるくらいしかもう出来無い。
お前がそうなる様に仕向けたんだろうってのは言いっこ無しだ。
俺が手を回さなくても、いずれはあちらさんが勝手に手を出していただろう。
「俺はまだ会えてはいないんだけど……どうやら厄介な事になってるそうなんだ。郁朗も同じ立場って聞いてるんだけど……ほら、報道でやってたテロリストのオートンって言われてたやつ。あの緑色の」
「……あれがどうしたんだ?」
「あれ……うちの郁朗や淳也君だったんだってさ……」
おいおい、谷町っちゃん。
マズい、マズいよ。
あんまりそういう話を考え無しにしない方がいいぜ?
よからぬ輩が甘い蜜と思って食いつくかも知れんからな?
「谷町っちゃん、ストップだ。そういう話はあんまり外でするもんじゃない。内戦やってたって関係もあったんだろうがな……これまで簡単に再会出来無かったって事は、淳也達が事情があって秘匿されてたって事は解かるよな?」
「…………」
「気をつけた方がいい。悪い事を考える輩ってのは何処にだっているもんだ」
本当だぜ?
現にここにだって居る訳だしな。
「わ、判った。気をつけるよ」
頼むから本当に気をつけてくれよ?
谷町っちゃんとは映像媒体の取引だけの関係って訳じゃないんだからな?
厚かましいとは思うが……こんな稼業をしている俺にとっての、数少ない友人枠ってやつなんだしよ。
さて。
時計を見ると結構な時間だ。
媒体の取引を急ごう。
あんまり悠長にもしてられん。
「まぁ俺も甥っ子君と似た様なもんだ。厄介で長くなりそうな仕事を頼まれちまってな。淳也の無事も確認出来て心残りも減ったって事もあるが、極東には戻って来れないかも知れない。そうなってくるとだ、谷町っちゃんのコレクションだけが、俺の今後の生命線って事は解かってくれるよな?」
「好きだねぇ……でもこれっきりってのは本当に無しだよ? まだまだ見て貰わないと駄目なシリーズもあるんだからさ」
それを言われるとマジで辛いが……そうだな。
今回の仕事が終わってしばらくしたら……またこの星を訪ねてみるのもいいのかも知れない。
谷町っちゃんがそれを許してくれれば、の話だが。
「判ったよ。いつか時間が出来たら、またここに来るさ。それでいいか?」
「うん、それでいいさ。ちょっと待っててくれるかな? 直ぐに用意するよ」
「あ、ちょい待ち。支払いはこのカードから適当に抜いといてくれ。暗証番号はこっち媒体の中。で、残高なんだがな……谷町っちゃん、一つ頼まれてくんないか?」
「……口座のカードに暗証番号って……どうも穏やかじゃないね。まぁ、他ならぬ山道ちゃんの頼みだし……いいよ。俺は何をすればいい?」
即答で答えてくれる谷町っちゃんの気持ちが素直に嬉しい。
俺には勿体無い位のいい人と知り合いになったもんだ。
「……悪いな。この口座には俺の極東での全財産が入ってる。残高全部を山村さんや河内さん……あの事件で殺されたうちの所員の遺族に均等に送って欲しい。どうせ他の都市に行けば使い物にならない金だしな」
「……でもあの事件は……」
「いや、判ってんだ。逆恨みのとばっちりってのはさ。でも極東を離れる俺に出来んのはこんくらいなんだ。連絡先も媒体の中に纏めてある。悪いけど……頼むよ」
「…………判った。ちゃんと送るよ。送金明細は残しておくからさ……何時でも取りに来てくれていいからね」
「いいさ、信頼も信用もしてる」
「泣かせる事、言うんじゃないよ」
そう言うと谷町っちゃんは店の隅にあるブースへ消えた。
二つ返事で請け負ってくれてありがたいが、谷町っちゃん。
思ってるよりも大層な金額が入ってるから、出来れば引かないでくれよ?
さて、媒体のコピーには今しばらく時間がかかる。
ここで飲む事も当面は無いだろうから、置いてあるボトルは開けてしまおう。
「マスター、俺のボトル空にしちまおうぜ」
マスターは頷くと、数本置いてある俺のボトル全てを壁の棚からおろした。
ここの来るのは同好の士だけだからな。
顔見知りに限らずに、皆に振る舞うとしようか。
少し待つと、俺の目の前には新しいグラスと記録媒体が五つ。
「マスター?」
「餞別だ」
「まさか……」
マスターはうむと頷くのみ。
マジかよ……谷町っちゃんですらトレードし切れてない、マスター秘蔵の大河ドラマ全集じゃねぇか……。
「ありがたく貰っとくよ……」
俺は媒体を懐に仕舞い、グラスを掲げる。
「極東の映像文化に乾杯だ」
こうして俺の極東での最後の酒宴が幕を開けた。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.09.06 改稿版に差し替え