7-25 継がれる世代
-西暦2079年8月6日11時05分-
門倉晃一という少年の存在。
彼の祖父の要請によって、現状では世間に秘匿される事となる彼の出生の事情。
少年は純粋な地球人では無かった。
彼の能力を僅かにでも垣間見た者達は、既に彼が普通の存在では無い事を理解しているだろう。
この星の人間であるかどうかは置いておいても、晃一の能力が地球人という規格にとって異端である事は確かなのだから。
彼が生誕に至った流れは、あくまでも偶然と呼べるものでしかない。
だがその偶然は地球にとって福音と呼ぶべき偶然だったのだろう。
彼の父親である門倉健次郎。
戸籍上は門倉雄一郎の第一子となっているが、彼は養子である。
健次郎の実の父親は、門倉の長子・英一郎によって謀殺された三男・健一郎であった。
健一郎は長子を崇拝していた。
英一郎が門倉を継いだ暁には、彼の手足となる事を自ら望んでいた程である。
幼い頃からの教育と、好奇心旺盛かつ素直な性格という事もあったのだろう。
彼は兄の下に付き従う事に、一切の疑問を持たなかった。
英一郎も融通の利かない次男である門倉よりはと、彼を重用する事となる。
だが健一郎の望みは志半ばで絶えてしまった。
それも自らが忠誠を誓った相手によってだ。
三男一女の門倉の兄弟の中で、彼が突出した能力を持っていたという事が災いしたのである。
英一郎も門倉も経営のみに絞れば傑出した人材と言って良い。
だが彼等を上回る経営能力と人心掌握の力を発揮し始めた健一郎に、次期総帥を望む声が小さくない勢力から上がり始めたのだ。
カドクラの頂点に固執する英一郎によって、彼は連れ合い諸共に暗部組織の手にかかる事となった。
この背景には栄一郎を自勢力に取り込む為の、機構の一部による暗躍があった事が後の調査ではっきりとしている。
元々兄弟でありながらウマが合わなかった事もあったのだろう。
門倉は健一郎の件への英一郎の関与を確信、彼との接触を頑なまでに拒否して距離を置く事となった。
一人残された健次郎を彼が預かる事としたのは、長子の元へとやれば遠く無い未来に同じ事が起きる予感があったからだ。
そこには末弟へ届き得なかった愛情と悔恨が溢れていた。
門倉の家で自身を養子と知りながらも、健次郎は名の通り健やかに成長する。
だがどこで聞いたのだろうか。
長子と実の父、そして機構との後ろ暗い関係を知ってしまった事から、彼の人生は何処とも知れぬ方角へと転がり始める事となった。
門倉を安心させる為に大学だけは卒業すると、家を飛び出しフリーのジャーナリストとして機構の闇を追い始めたのである。
数年の間、彼からの音沙汰が無い事は門倉を不安にさせた。
だがある日……健次郎はひょっこりと門倉の元へと顔を出した。
柔らかい笑みと儚さを同居させた女性と、月並みな表現ではあるが珠の様な赤ん坊を連れてだ。
その女性は美穂と名乗った。
彼女が地球外から来訪した存在である事を、門倉は十年近く後に知る事となる。
「お前の母さんはやはり優しい人だったんだろうな……あの日……お前を連れて初めて家に来た時にな……彼女はこう言ったよ。『こんな形で関わる事になってしまって、本当に申し訳ありません』とな」
「お母さんが……」
「私は特に言葉の真意を気にしていなかったんだが……単に何も知らせずにお前を産んだ事への……彼女なりの謝罪なんだと思っていた。それも……今思えば、いずれお前や私が外の連中と関わってしまう事を詫びていたんだと理解出来る……」
「お祖父ちゃん……」
「さて……これがお前に話すと約束した事の全てだ。お前がC4さんから生まれの話を聞かされた以上、欧州へ行く事を選ぶのは当然だと思っているよ。その為に身体もそうして貰ったんだろう? 調子はどうなんだ?」
晃一の身体は以前の機体では無くなっている。
片山の接続成功がブレイクスルーとなったのだろう。
環の祖母である志津乃の立ち会いという条件がつくものの、EOの面々への新型装甲への換装はほぼ問題無く行われた。
稼動テストも終え、晃一がこうして実働に至っている事も良い証拠だろう。
「うん、前の身体よりよく動けるみたい。アキラ兄ちゃん達もそう言ってるよ」
そう言って細々と身体を動かしてみせる晃一であったが、動きを止めるとそれっきりで黙ってしまう。
「…………」
「……どうした晃一? 何か――」
「ヨーロッパに行くのを許してくれてありがとう……お祖父ちゃん。C4に聞いたお母さんの話……お父さんの事が大好きで……でもやらなきゃならない事もあって……」
「そうだな……健次郎も承知の上……いや、むしろ喜んで協力したんだろう。生まれたばかりのお前を私の所に連れて来たのも……自分達の身に何が起こるか、薄々判っていたからかも知れんな……」
C4から聞かされた美穂と健次郎の空白の数年間。
その始まりは健次郎が狙われた事が引き金だったと言っていい。
美穂と彼の出会えた確率はそう高いものでは無かっただろう。
機構の闇を暴こうとしていた健次郎には、当然ながらあらゆる形で刺客が送り込まれる事となる。
彼がとある取材先でその身を狙われた時の事だ。
あわやというタイミングで、解放者勢力の任務で偶然同じ場所に潜んでいた美穂が介入。
健次郎は逃げおおせ、事無きを得たのである。
彼女は助けるつもりは無かったそうだが、考えるより先にサイキックが発動してしまったと笑って言っていたそうだ。
それ以後も健次郎は狙われたが、彼との協力関係にメリットを感じた美穂……M4の機転でそれらの一切が無力化される事となる。
彼女がC4の様な技術系の工作員では無く、潜入系の工作員であった事も大きい。
自身の技術に鑑みてのカウンターアサシネイションはお手のものであった、という事なのだろう。
いくつかの幸運にも助けられて彼等は供に生き延び、二人の関係は協力者から相棒へとより強固なものとなって……最後には晃一を授かる仲へと変わっていく。
だが彼女達のそんな暗闘も、ついには破綻を迎えた。
M4の存在が機構に明るみになってしまったのである。
彼女は晃一が生まれた直後に、極東に唯一存在していたAKTジャマーの奪取任務に単独で従事。
ジャマーの奪取自体には成功したのだが、その際に生体情報か何かを盗まれたのだろう。
その情報を基に彼女の身元は割れる事となる。
晃一を門倉に預け、二人で機構の情報収集に出向いた先……罠であったその場で彼等は機構暗部からの急襲を受ける事となった。
急報を受けたC4が新見を引き連れ支援に向かうも間に合わず、最後に連絡のあった地点で二人は既に事切れていたという。
こちらも後の調査ではっきりとしたのだが、この件に甲斐と早村は一切関わっていないそうだ。
むしろ甲斐は敵対勢力の台頭を喜んでいたらしい。
「二人が出会い関わらなければ、健次郎はもっと早くに死んでいただろうが……美穂さんは生き長らえたかも知れない……だがな、お前を誕生させたそんな出会いを……私は真っ向からは否定出来んのだ……勿論、美穂さんには本当に申し訳無いと思ってはいるが……」
「お祖父ちゃん……お母さんは後悔してなかったってC4も言ってたよ。会う度に惚気が酷くなって辛かったって。フフフ……それだけお父さんの事が大好きだったんだよね……それに僕の事も……」
「晃一の?」
「うん……自分は戦って死んでいくだけの生命だと思っていたのに……僕を産んだ事で次の世代に光が見えたんだって……僕が可愛くて仕方が無かったって」
「そうか…………それでお前の名前に"晃"の字を使ったんだな……」
"晃"という文字に含まれる意味の一つ、『光が四方に広がり出る』……彼女は晃一の中に、そんな景色と未来を見たのだろう。
「うん……そうみたい。お母さんね……僕を残して逝く事は自覚してたんだって。もしもの時には頼むって、C4にも言ってたらしいんだ。さすがに僕の病気の事までは予想がつかなかったみたいだけど」
自身の身体の不幸であるにも関わらず、その事が彼女達のちょっとした失敗であったかの様に晃一は笑ってみせた。
彼の先天的な免疫不全症の正体は、異星間の遺伝子結合による健常遺伝子の変異によってもたらされたものである。
それも産後直ぐには発覚せず、年を追う毎に顕在化するという厄介なものだったそうだ。
C4の対処が遅れた理由はそれだけでは無い。
「ああ……その事はC4さんに謝罪された。本当なら……無条件でお前を助けなければならない所を……あんな取引の形にしてしまったとな」
「それはいいんだ……C4だってお母さんが居なくなって、一人で組織を動かして大変だったんだから。お祖父ちゃんに協力して貰わないと、沢山の犠牲を覚悟で動かなきゃならなかったって」
晃一の言う通り、地球の各地に派遣されている解放者勢力の工作員の数は少ない。
規模としては大きい極東に対しても、送り込まれた戦力はC4とM4の二人、そしてAI駆動の義体である新見達三人だけだったのだ。
C4が晃一の病状を状況に利用しなくてはならなかった事は、彼女の心に小さな刺として痛みを落としていた。
それは苦労を共にした友人の忘れ形見を戦場に放り込まなかればならない、そういう意味でも彼女の心に今も澱を残し続けている。
「それに……僕の元の身体だって、普通に生きていける身体に調整が済んだって聞いたよ? 僕の我儘で元に戻るのはお預けになっちゃったけどね」
晃一は次の作戦展開地である欧州への遠征に参加する事が決定している。
覚醒したM4譲り……いや、それ以上とも思われる彼のサイキックは、激戦が予想される戦場で絶大な戦力に成り得るからだ。
「そうだな……後はお前が……いや、お前とC4さん達が全員、無事に欧州から帰って来る事だ。この星の行き着く先を、お前達だけに押し付けている事になるのだろうが……」
「大丈夫だよ、お祖父ちゃん。団長さんやみんなも一緒だもん。あと……こんな事言っちゃうと不謹慎なのかも知れないけど……外の世界を見られるって思うだけで……ちょっとワクワクもしてるんだ」
晃一のその邪気の無い言葉は、門倉に健次郎との昔の日々を思い出させる。
「ククク……そういう所は健次郎にそっくりだよ。未見の土地に行く事に関しては、あいつも見境が無かった」
強張った表情がほぐれ小さく笑い出した祖父を見て、晃一は自身の決意を新たにする事となる。
住む星を奪われ戦い続けた末、流れる様に辿り着いた地球を第二の故郷と呼んだ母。
連れ合いと息子の産まれたその星を、どうあっても救いたいと願った母の遺志を教えてくれたC4。
その遺志を継ぎたいと願った自身の想いを、そっと汲んでくれた祖父。
そして共に戦うであろう郁朗達。
彼等を悲しませる事だけは決してすまいと晃一は誓う。
「そっかぁ、お父さんも僕と同じだったんだね。お祖父ちゃんはどうだったの?」
「私か? そうだな――」
晃一のその問い掛けを始まりとした二人の穏やかな会話は、まだしばらく続く事となる。
彼も門倉も訓練や仕事に追われ、忙しい身である事は互いが理解していた。
だが作戦が開始されるまでの残された日数を、出来る限りこうして共に過ごしたい。
その位の我儘は許して貰っても構わないだろうと晃一は、祖父との会話を楽しむのであった。
「フンッ! で? ちったぁッ! 馴染んだかッ!?」
ゴウと空気の膜を千切る音が郁朗の耳元を通過、ビリビリとした感触と共に聴覚回路へと刺激を運ぶ。
片山の拳はそれ程に切れて重いのだろう。
「まだまだッ! これからだねッ! 身体にッ! 意識がついてこないよッ!」
申し合わせの組手とはいえ、少しずれるだけで致命傷になりかねない拳打の嵐の中に身を置いているのだ。
本調子にはかなり遠いにも関わらず、乱打の中で自身の体調という世間話をしてしまえる辺り、新しい機体の性能自体は悪く無いという事なのだろう。
そこから数分の攻防の後、傍らに置かれていたタイマーがけたたましく鳴った。
「よし、終わりだ。体感的にはまだまだなんだろうがな、一日ごとに動きが良くなってるのは確かだ。あんまり焦るんじゃねぇぞ?」
新型装甲への換装を終えた郁朗の慣熟訓練に付き合っている片山は、何かに急かされる彼へと珍しく気遣う言葉を吐いた。
「……別に焦ってるつもりは無いんだけど……団長が真っ当に気を使っちゃう位には、そう見えてたって事か……」
「待て、コラ。それじゃあ何か? その言い方だと、俺が気遣いなんざした事が無いみたいじゃねぇか?」
「使ってくれてたらもっと僕も色々と楽なんだけどね……」
「なにおう!」
組手が終わったところだというのに、再び真っ向から組み合う郁朗と片山。
「まーた始まった。一日に何回喧嘩すりゃあ気が済むんだよ、なぁ?」
「これは……喧嘩じゃないだろ……」
「そうだね。レクリエーションってやつなんだよ、きっと」
いつものやり取りが始まったと、環達は特に気にもせずに訓練を継続している。
祖父との面会中の晃一を除いたEOの面々も、郁朗と同様に新型のボディに慣れるべく身体を動かしていた。
結局の所、誰一人として元の身体には戻らなかった。
極東内戦の終了という一区切りがついたにも関わらずだ。
特殊な事情を持たない大葉などは終戦後に家族と面会した事もあって、元の身体に戻るのだろうと誰もが予測していた。
ところが何を思ったのか、新型装甲に換装の上での残留を希望したのである。
『ここで元の身体に戻っても……欧州が落とせなければ無意味なんだって。色んな事を戦後に知ったってのもあるんだろうけど、そう思ったんだ』
郁朗が残留の理由を問い質した際の彼の言葉である。
『妻や両親には泣かれたけどね……彼女達が背中に居ると思えば、私はどこでだってやっていけそうな気がするよ』
妻達の側に居て滅びの可能性に怯えながら生きるか、その身を戦場に晒して死の恐怖と戦って生きるか。
どちらを選んだとしても、ただのサラリーマンであった彼にとっては恐ろしいものだろう。
だが自分にしか出来無い事もあるのかも知れないと、彼は欧州行きを選択したのである。
大葉ですらその様な選択をするのだ。
環やアキラ、それに双子にしても、機構やそれを背後から操るイーヴィーには思う所がある。
要は身内に手を出したツケは払ってもらうぞ、という事なのだろう。
こうしてE小隊の面々は揃って極東へと出向く事となったのだが、約一名、どうにも不調を隠し切れない人間がいる。
環達が順調に新しい身体へと慣れていく中、彼の慣熟訓練だけは思う様に進んでいないのだ。
「イクロー……お前……何を喪くした?」
組み合って騒いでる様に見せておきながら、片山は郁朗に小声でそう話しかける。
彼のその言葉に郁朗は、僅かばかりではあるが動揺を見せた。
「……やっぱり団長には隠せないか……参ったな……」
片山の言い分を肯定する言葉が郁朗の口から紡がれる。
それを聞いた片山は、『やはりそうなのか』とボソリと言うと、郁朗の腕をそっと離した。
それぞれがそれぞれの思惑で欧州への道を選択する中、郁朗はただ一人足踏みをしていた。
心は次なる戦場へと向いている。
その意思表示もした。
だが彼の心と身体は甲斐との一戦以降、上手く噛み合う様子を見せない。
彼の喪失したものとは一体何なのか。
それを再び掴む事は可能なのか。
事の次第によっては郁朗を欧州に連れて行く事は出来無い、そう密かに片山は思うのであった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.09.06 改稿版に差し替え




