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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第七幕 真実の中に浮かぶ活路
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7-24 戦火の残したもの

 -西暦2079年7月30日14時25分-


 郁朗と甲斐の決着と内戦の終結……そしてC4のもたらした地球の真実という衝撃からおよそ一週間の時が流れた。

 Nブロックが直接の戦場となった事で一時的に無政府状態となった極東は、政治的に小さくない混乱に見舞われていた。


 幸いだったのはあの放送の直後、Nブロックから早々に逃亡を図った少なくない数の政治家と官僚の存在があった事だ。

 とは言え機構や第一師団と直接繋がりのあった半数以上の者達が、その繋がりの強弱に関わらず政治犯収容施設に収監。

 そうでは無い、所謂良識を持った残りの少数が暫定政府を立ち上げる事となる。


 その最中、戦後処理に追われる第二師団へ政治への関与の要請があった。

 勢力の衰えた政府は後ろ盾として彼等の力を欲したのだ。


 レーザー攻撃によるビル倒壊の負傷により、長期入院を余儀なくされている植木にまで入閣の要請があったという。

 そこから察するに、新政府の政権安定への焦りは相当なものだったのだろう。

 だが植木の代理として田辺は、この要請を敢然と拒否する。


『あくまでも軍の運用においては、シビリアンコントロールが厳守されるべきである』


 確かに第二師団が政府の後ろ盾につけば、運用するかは別としてもその暴威を以ってして安定した政権維持が可能だろう。

 だが政治と直接結びついた第一師団の結末がああ(・・)であった事を考えれば、田辺の判断は当然の選択と言える。

 第二師団は政府と警察機構の再安定が図られるまでの期間、極東の治安維持に努めるとの断固とした意思を彼は提示したのであった。


 その第二師団ではあるが、幸いにもその戦力規模の維持に大きな問題は無かった様だ。

 彼等に協調した空挺連隊もそうである。

 だが北島の率いた第三連隊は、その連隊維持に支障が出る程の甚大な損害を受けてしまった。

 破損した装備や車両、連隊人員の定数の問題では無い。


 屋台骨である連隊長の北島が戦死したのである。


 大型レーザー発振施設での戦闘終了後に一報を聞いた第七連隊連隊長・高野は、その場で膝をつき自らの拳から血が出るまで地面を殴ったという。



 北島の堅実な運用によって、そのほとんどが生き残った三七混成連隊の将兵達の報告によると、不幸が襲ったとしか言い様が無い事故だったそうだ。


 近隣のレーザー通信アンテナを破壊され、動作命令の届かなくなった赤甲のEOの群れの掃討を行っていた時である。

 EO達は共食いとも言える挙動を示していた。


 恐らくは中途半端に残った動作命令による誤動作だったのだろう。

 とあるEOの携行火器による射撃がミサイル戦闘車を襲い、車両の火器管制機能を司る部分がショート。

 誤射された数発の対戦車ミサイルが、照準される事無く無作為に戦場を飛び交った。

 周囲の将兵が気付いた時には、既に北島の乗る車両に着弾していたそうだ。


 横転している車両へ、安否確認の為に一番近い車両を指揮していた彼の副官が向かう。

 被弾箇所から内部を窺った彼が目にしたものは酷い光景であった。

 同乗者していた将兵はミサイル着弾の衝撃や破片により全員が死亡。


 彼等とは少し離れた位置でうつ伏せに倒れる北島を発見するも、既に息は無く事切れていたそうだ。

 一見無傷に見えたものの、着弾の衝撃によって車体が横倒しになった際に頭部を強打していたのだろう。

 死因は頭蓋骨骨折による脳の損傷と挫傷によるものだったそうだ。


 戦場における予測出来ない死を象徴しているかの様な北島の死は、第二師団首脳陣の心に大きな傷を残す事となった。


 この作戦に参加した将兵、七千四百飛んで五人。

 内、負傷者数、六百五十一人。

 死者……百九十二人。


 参加した人数と戦局の混迷を考えれば、犠牲者は少ないと言っていいのかも知れない。

 だが彼等の死は多くの人々の心に様々な爪痕を残し、澱となってその心を締め付ける。

 生を拾った者達……既に物言わぬ者達……彼等の違いは何だったのだろうか。

 そんな問い掛けを人々の脳裏に刻み込み、極東は次のフェイズへと動き出す事となる。






「先だって話を聞いていたとはいえ……やはり直接目にすると驚くしか無いな」


「そう言わずに楽にして欲しいかな、田辺のオッチャン」


「クク……オッチャンか……変われば変わるものだな。なぁ? 門倉?」


「本当に……まさか美穂さんも……」


「心配しなくていいよ。美穂ちゃん……M4は別の星系の人だったからね。彼女は元からあの姿だったよ。地球人によく似た形のね。だからこそ……コーちゃんが生まれた訳なんだけど」


 今後の極東と欧州への侵攻についての会議は、そんな穏やかではあるが聞き捨てならない会話によって幕を開ける。

 アジトの会議室に出席している顔触れは、もうお馴染みとなった田辺と門倉のコンビに、水名神ブリッジの年配軍団の中から小関と近江。

 そして肉体の再構成手術を受けている鹿嶋を除いた各部署の班長達と片山である。


「なぁ、近江ちゃん……あれがほんとに坂之上の嬢ちゃんなのか? 俺にゃあ、ただのもこもこの縫いぐるみにしか見えんのだけどよ?」


「本人がそう言ってるからにはそうなんでしょう。小関君……女性の見た目に言及するのは、紳士としてのマナーに反しますよ? 奥方には私から報告しておきますからね?」


「……そりゃあねぇよ……」


「いやいや、異星人との公的な邂逅の場に我々が呼ばれるなんて……とても光栄な事だと思いますよ」


 小関の文句を聞く気はさらさら無い様で、近江は自身の論拠の裏付けをC4から早く取りたくてウズウズしていた。


 小関達は水名神ブリッジクルーの任を解かれ、現在では引退したはずの海軍に嘱託という形で籍を戻している。

 何故海軍である彼等がこの場にいるのかと言うと……欧州までの兵力運搬を海軍で行う事が決定されているからだ。


 現在海軍の中枢である大型ドッグでは、東明重工と海軍の人間が休む間を惜しんで作業に勤しんでいた。

 欧州侵攻の際の母艦として、水名神の改良後継艦三隻の建造が決定。

 萩原を含めた水名神建造チームまで招聘されての一大プロジェクトとなっている。

 小関達は水名神の運用経験者という事もあり、今後の動員に備えて海軍の将兵を叩き直している最中であった。


「俺の場違い感がどうにも凄いんだが……何とかなんねぇのか? ダンナ?」


「私にそう言われても困ります。藤代君達は装甲の換装で当分拘束されるんですから。EOの中から参加出来るのが片山さんだけなんですよ? 諦めて下さい」


「それにしたってなぁ……」


「残留を決めたんだろうが。ここの連中の頭……いや、それどころか他地域のEOを引っ張るのもお前さんなんだからな? こういう場にも慣れておくべきだろうさ」


「他地域と言えば……あんまりいい話ではありませんがね。他所のEOの性能は今一つ信用出来ない数字が出てるんです。どうにもバランスが悪いと言いますかね……これを見て下さいこれを。北米地区の機体なんかはですね――」


「黙らんか、唐沢。今はそんな話をしとる場合じゃないだろうが。他地域のEOの性能に問題があるのなら、こちらでリカバーしてやればいいだけの話だ。まったく……雪代先生をこの場に呼ぶぞ?」


「ヒッ……私を殺そうっていうんですか? 脅迫には負けませんよ! 倉橋君、私は逃げ延びてみせますッ!」


「……いやいや……逃げてどうしますか。会議ですからね? C4さんから発言の許可があるまでは大人しく座っていて下さいね」


「……何だかなぁ……」


 新見と倉橋、そして唐沢。

 この三人に関しても内戦後に発覚した事が幾つかかある。

 まずは彼等が何者なのかという事についてだが、組織黎明期からC4に追従する存在である事を考えれば予想もつくだろう。

 彼等は作戦終了後に水名神にてアジトへと帰投後、主だった人員を一つ箇所に集めてカミングアウトする事となった。


 三人の肉体は体型はそれぞれ違えど、その仕様はほぼ同じ。

 千豊と同質の地球人を模した義体であった。

 では中身がC4と同じ毛玉なのかと言えばそうでは無い。


 彼等の思考ユニットは生体パーツを用いた有機AIであった。

 新見と唐沢は解放者勢力のものをそのまま使っているのだが、倉橋に関しては実験機とも呼べるAIであり、イーヴィーの機械的AIとのハイブリッドだそうだ。

 学習と整合性を高める為に、C4達に先行する形で地球に投入されたらしい。


 イーヴィーの監視網を誤魔化せる限界は、年に数百kg程度の大気圏外からの物資投下のみ。

 送られてくる物資も人員も、一地域に割り振れば僅かな物であった。


 活動資金等をどう賄ったかまでは話には出なかったが、倉橋は真っ当な労働をしながらNブロック工科大学を卒業した、とだけは頭を掻きながら答えた様だ。

 解放者勢力としては彼等なりに地球、それも極東という場がどういうエリアなのか知ろうという思惑もあったのだろう。


 C4の地球降下後は行動を共にし、彼女の足元を固める事となる。


 倉橋は機械技術面でイーヴィーの知識を上手く取り入れる事に成功。

 どちらかと言えば機械寄りであるEOの機体を、より生体に近い構造に改良したのも彼であった。


 唐沢は環の祖母・雪村志津乃に師事、地球人の生体構造を知る意味もあって生体工学を学ぶ。

 そして元々解放者勢力由来の技術が流用されていた葉緑体駆動システムを本来(・・)の形に還元、生命体の遺伝子との融合を図るクロロDNA駆動システムへと再昇華したのである。


 そして新見は暗部組織で戦闘技術を肉体情報として取り入れながら、自身でも人員育成の組織として[明けの遠吠え]を立ち上げるが木村の増長で失敗。

 以後、C4の元で再度人員育成に尽力する事となる。


 この話を郁朗達にした時の三人の表情は硬かった。

 人間……いや、純粋な生命体ですら無い。

 その事実は重く彼等に伸し掛かっていたのである。


 隣人が人間では無いと知った時の皆の反応が怖かったのだ。

 だが彼等のそんな怯えは当然ながら杞憂に終わる。


『人間離れしてるって言ったら僕達だって同じですよ。新見さん達にはちゃんと人間らしい感情がある事を……僕達は知ってますから』


 郁朗のこの一言で『まぁそうだよな』と、そんなノリになってしまう辺りがこの組織の些か緩い短所であり……最大の長所とも言えるのだろう。


 どういう生まれであろうとも意思を持つ者としての疎通が図れ、尚且つ友好的でさえあればそれぞれの意識は手を取り合える。


 結局機械であるかどうか、人工物であるかどうか等の問題は、このアジトにいる一同にとってはほんの些細な問題でしか無かったのだ。

 だからこそC4も千豊としてで無く、あくまでも異星の生命体である自身としてこの場に姿を見せる決意を固めたのだろう。

 余談ではあるが、彼女はあの義体を再建するつもりは無いそうだ。

 

「そろそろ落ち着いてくれたかな? この場に植木のジーチャンが居ない事はとても残念だけど、ゆっくり身体を治して欲しいから仕方が無いよね。まずは内戦終了までのみんなの尽力には感謝してる。解放者勢力を代表してお礼を言わせて貰うよ。本当に……ありがとう」


 子供の様な言葉遣いではある。

 だがC4のその言葉には、彼女の心からの感謝の念が込められている事を……その場にいた一同はしっかりと感じていた。


「欧州への上陸は予定通り海から行うつもりだよ。小関のジーチャン、近江のジーチャンはそのつもりでよろしくね」


「おう、海の方は任せてくれていいぜ。さすがに俺達が前線に出られるなんて思い上がっちゃあいないが、残ってる(・・・・)ガキ共だけで水名神級の運用が出来るまではちゃんと鍛えてやるよ」


「そうですね……今回の件で海軍もガタガタです。表立って戦闘はしていないのにほぼ半壊とは……情けない限りです」


「それについては本当に申し訳無く……海軍に対しては、我々東明の方でも出来得る限りのバックアップをさせて頂きますので……」


 門倉が二人に頭を下げて謝罪する状況が生まれているが、それにはちゃんとした理由がある。


 陸軍本営が陥落した頃だろうか。

 極東完全掌握後に行う予定であった他都市大攻勢を見据えて、機構が門倉の兄・英一郎と協調して整備していた外征用の大型輸送潜水艦。

 総数五十八隻のそれが英一郎の指揮の元、今回の内戦で脛に傷を負った海軍の人員と共に外洋へと逃げ出したのである。


「何もあんたが謝る事じゃねぇよ。連中が逃げ出さなくたってよ、そんな輩共を掃除した後には今と変わらん状況になってたさ。なぁ? 近江ちゃん?」


「ええ。まさか古巣の半分近くがあちら側だったとは……隠居の身とはいえ、ちょっとばかりくるものがありましたよ。私達は現役時代に一体何をしていたんだろうとね。気付く事が出来無かったという意味では私達も同罪です」


 海軍のおよそ半数が機構、もしくは甲斐の思想に同調していたのである。

 彼等は内戦の趨勢が自身達に傾かない事を察知すると、犯罪者として収監される事を恐れたのだろう。

 その逃げ様は実に迅速で鮮やかなものだったそうだ。


 彼等の行き先は恐らく欧州。

 ブリテン諸島地区の解放者からの報告によれば、イーヴィーの本拠である南欧は未だ機構の本部が健在であり、その身を寄せるにはもってこいの地域であった。


「幸いな事と言えるかどうかは判りませんが、彼等の脱出に使われた潜水艦は戦闘用の偽装が終了していませんでした。戦闘力は現状では皆無と言えます。逃げ延びた先でどうなるかまでは保証出来ませんがね」


 近江の懸念は兎も角、極東内部にいる身中の虫はほぼ排除出来たと言っていい。

 これは憲兵連隊の「信用を取り戻す」、という意味での暗闘と努力の成果でもあった。


「第二師団は空挺・憲兵連隊と協調して、極東の防衛のみに当たるという事でいいのかね? 欧州へは我々からも戦力を出す必要性があると思うのだが?」


「んー……それはやめといた方がいいと思う。恐らく極東の現有兵器でイーヴィーの戦力とやりあえるのは……」


 C4は田辺の提案に対し、片山への視線を答えとした。


「俺達だけって訳か……これはまた随分と過大評価されてるんだな。で、他都市のEOの状況は――」


 片山はチラリと唐沢に視線をやってウズウズしている彼と目が合うものの、そのまま喋らせると喧しそうだと黙殺する。


「さっき唐沢さんから聞いたから大体は解ってるが……人種も言語も性能も違うもん同士の糾合ってのが、そんな簡単に出来るもんかね?」


「それを言い出したら星間での共闘など不可能だろうさ。地球の今後を考えれば……これはどうあっても乗り越えなきゃならん事案だと思うぞ?」


 田辺の言う事はもっともであった。

 イーヴィー排除に成功すれば、再侵攻も考慮して地球は解放者勢力の庇護下に入る事となるだろう。

 それは外宇宙の存在との接触を意味する。

 そうなれば人種や言語どころか、生まれた星すら違う存在との邂逅が待っているのだ。

 狭い地球の中であれやこれやをやっている場合では無いのである。


「……それもそうですね……コウの事を思えば、俺達大人がこんな格好悪い事を口しちゃあ駄目なんでしょう。門倉さん、スンマセン」


 片山は珍しく素直に反省し、門倉へと頭を下げる。

 そんな謝罪を向けられた門倉は、苦笑いをして頷くだけであった。

 片山のその言葉は門倉に、晃一へとある事実を伝えた時の事を思い出させる。

 彼の脳裏には、避け様の無い運命を笑って受け入れる……その時の孫の声が浮かんでいた。




 極東内戦の終結。

 様々な爪痕……そして希望を残してそれは迎えられた。


 失った者達……残された者達……未来を見据える者達。

 彼等のあらゆる感情を飲み込んだまま、戦場は南欧に向かって動きつつあった。

 次の展開へと向けて、彼等は未だ手付かずの案件へと目を向ける事となる。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.09.06 改稿版に差し替え

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