7-23 真実の中に浮かぶ活路
-西暦2079年7月24日18時00分-
「……荒唐無稽な事には慣れたつもりだったけど……さすがにそれは想定してませんでしたよ。異星人のよる占拠か……きっと本当なんだろうけど……それは何時からなんです? ピールドサーフェスの前から? それとも――」
「あのね……イクロー……これからする話は、君の価値観やアイデンティティを破壊するかも知れないんだ。それを理解しておいてね? それを踏まえて言うよ?」
C4は郁朗の言葉を最後まで続けさせなかった。
彼女の念押しを重ねる姿勢から、事の重さを測ったのだろう。
郁朗はゆっくりと頷いた。
「じゃあ、話を続けるよ……まず異星人による地球の占拠が開始された時期だけど、始まったのは郁朗の想像しているものでは絶対に無いよ。まずね……そのピールドサーフェスっていう前提がおかしいんだ」
前提がおかしい、そう言った彼女の言葉の意味を郁朗は掴み損ねていた。
話が終わっていない事は確かなので黙ってはいるが、要領を得ないままに首を傾げるだけである。
「イクローは社会科の先生だもんね。それが常識ってなってるからピンと来ないんだろうけど……そもそもピールドサーフェスなんて事象は、この地球上で起こっていないんだよ」
「え…………」
郁朗は絶句する。
いや、そうするしか無かったのだろう。
極東の成り立ちどころか、現代の世界中の近代史に必ず登場するピールドサーフェス。
人類が地下に移住しなければならなかった程の自然破壊である。
それが実はそもそも起きてすらいなかった、そう言われてどう理解しろと言うのだろうか?
郁朗の困惑を他所に、C4は話を続けた。
「思考を止めないで欲しいな。あちしの話は嘘じゃないからね? ねぇ、イクロー? 今年って西暦何年だっけ?」
ピールドサーフェスが起きてもいない史実だと聞かされた上、続く話は見当違いの方向へと向けられている。
軽い混乱を見舞われながらも、郁朗は律儀にC4へと答えを返した。
「それは……2079年ですけど……」
困惑は続いているものの答えを口にした事で、少しづつ郁朗の中で解へ向けてのピースが組まれ始める。
彼の洞察力はこんな状況だからこそ、却って働いてしまうのだろう。
「たぶん次の言葉にもイクローは驚くんだろうけど……今は三十三世紀、西暦3200年代の中頃過ぎなんだ……」
「…………ちょっと待って下さい……じゃあ僕達は……」
「そう……ピールドサーフェスなんて有りもしなかった歴史的背景を押し付けられて……他人によって作られた時代を生きてるって事になるんだよ」
事実であればとんでもない内容を次々と口にするC4に対し、結局郁朗は口に出せる言葉を持たなかった。
いや、持てなかったと言った方が良いのだろう。
「…………」
「時系列で話そうかな……今から六百年程前、西暦で言うなら2600年代末に近い頃だね。南欧……フランス中部の上空に、正体不明の宇宙船団が音も無く現れたそうだよ。彼等は当時のフランス政府によって『échoué voisins』……座礁した隣人・E Vと呼称されたんだ」
C4は郁朗の様子を窺う。
彼は黙ったままでC4を見つめ、話を進める様に促した。
否定の言葉を出す材料も無いのか、今は黙って話を聞くつもりの様だ。
「時の政府は友好的な姿勢でイーヴィーに接したんだ。ピールドサーフェスで語られている程の状況では無いけども、当時の地球の環境汚染もそれなりに進んでいたそうだからね。外宇宙から来たと自称する彼等の……地球から見れば規格外のテクノロジーが欲しかったんだと思う」
「……それで……その異星人達は……?」
「そこからはもうお決まりってやつだよ。彼等は隣人なんかじゃなく、ただの略奪者だったって事。ヨーロッパが陥落するのに二日もかからなかったんだって」
「……略奪者って……そのイーヴィーって連中は何を奪ったんです? 外宇宙から地球に来訪出来る技術を持つ文明に役に立ちそうな資源なんて地球に……」
C4はその小さな身体を横に揺すった。
「彼等からすればこの星は資源の山だったんだよ……生体資源っていうね……」
「生体って……」
「イーヴィーは機械生命体……元はイクロー達と同じ人型の生命体だったんだけど、彼等はその身体を捨てた。でも数千年経って、それが原因で彼等の文明は破綻しかけていたんだ。機械文明の進化が行き詰まったせいで、彼等の種としての進化も停滞したからね」
「…………」
「彼等は破綻を避ける為に、生体情報を欲したんだよ。それも自分達の原初の生体情報をね……イーヴィーは様々な星を手中に収めたよ。あちしの故郷の星もそう……彼等はこの星への進路上にあった……あらゆる生命をその手中に収めながら地球に到着したの」
「原初の生体情報が……この地球にあったと……?」
「うん……地球人の身体の中にね……」
「僕達の……?」
再び郁朗は言葉を失った。
そこから何やら思考の海に飲まれ始めた彼へと、C4は会話を継続させる為の質問をぶつける。
「ねぇ、イクロー……君達地球人が経済動物を飼って育てるとしたら……どうしているのかな?」
外宇宙の存在であったとしても、彼女もそれなりの期間を地球で過ごしている。
その答えを知らない訳が無いのだ。
だがそれを答える事に何かの意味があるのだろうと、郁朗は思考を止めてそれに即応した。
「それは……まず目の届く範囲内に住む場所を作って、繁殖や養殖で数を減らさない事を最優先――ッ!」
郁朗は軽く口にした自身の解答に戦慄する。
「……そう、その想像通り。地球人はこの地下都市で……イーヴィーに飼われているんだ。極東を含めた地球上の地下都市は全部……彼等の作った養殖場なんだよ……」
「…………でもそんな地球人そのものを搾取する様な行動が……六百年も続けられて記録にも残らないなんて……」
郁朗の言う事ももっともである。
仮に養殖云々が本当だとしても、対象である地球人には意思や記憶もあるのだ。
気付かれる事無く資源として大量に採取する事が可能な訳が無い。
何らかの記録として残らない事は違和感の塊と言っていい。
「……刈り取りと呼ばれる収穫期は百年に一回……その時点で存在している地球人の半分を資源として回収するんだ。当然地球人による反抗が起きるんだけど……」
「……対抗出来るだけの戦力も技術も、地下都市は持っていない……ですか?」
「うん……鎮圧された後、残された人々は記憶の全てを改竄されて……綺麗に再構築された地下都市に再び放り込まれるんだよ。ご丁寧に地表撤退と移住直後の記憶を刷り込まれてね……」
ここに来て極東の兵器技術のレベルが低い理由がはっきりする事となる。
答えは酷く単純で残酷なものであったが、郁朗を納得させるには十分な理由であった。
同時に彼はもう一つの答えに辿り着く。
「……という事は機構はイーヴィーの支配下にある組織……そして甲斐の家は牧羊犬の役割を担っているという事なんですね?」
兵器産業の抑制を目論んでいたのは機構である。
となれば彼等とイーヴィーに何か繋がりがあると思い浮かぶのは自然な事であった。
「早村の家もそうだね。極東における彼等の役割は、地下都市の思想や技術をコントロールする事。そして、収穫期にイーヴィーの尖兵として地下都市の市民を捕縛する事……」
「でも……それじゃあおかしくありませんか? 甲斐の目的は地表への帰還だったはずでしょう?」
「そうだね……きっとタイミングが合えば、彼や早村との共闘も有り得た未来だったのかも知れないね」
「タイミング?」
「甲斐達の動き出すのが速すぎたって事だよ。あちし達は次の刈り取りの直前……もう十年程後のタイミングを狙って、全ての地下都市で一斉に蜂起する予定だったんだ。でも極東で甲斐が動き出してしまった。よりにもよってEOなんて物を持ちだしてまで……」
「甲斐は……何で僕達と敵対したんでしょうか? やり様はあったと思うんですけど……やっぱり病気のせいなんでしょうか?」
「多分ね。今となっては彼が何に焦ってこうなったかなんて、もう正確には判らない。でも甲斐自身の残した媒体が機構本部に残されてたから……精査が終わったらイクローにも目を通して貰う事になると思う」
「……はい」
「とりあえず地球の現状はそんな感じ。ところでね……」
話が一段落したという事なのだろう。
C4の口調が変わる。
またとんでもない話を聞かされるのかと、郁朗は少しばかり身構えた。
「イクローの言葉遣いが堅苦しいから気持ち悪いんだけど? もうちょっとどうにかならな――」
何がところでなのだろうか?
本当にこれは千豊の中に入っていた……いや、千豊だったと呼んでいい生き物なのだろうか?
そう疑いたくなる様な思慮の無い言葉によって、彼女は再び郁朗の硬い指先に捕獲される事となる。
「うあー! やーめーろー! はーなーせー!」
「掌の上にいるのに暴言吐くなんて、学習しないんだもんなぁ……あのクールな千豊さんは何処に行っちゃったんだろうか……」
「ここにいるだろー! うえっ……揺らすなぁ……」
摘まれたままプランプランと郁朗に激しく揺さぶられたC4は、気持ち悪くなったのかぐったりとして動かなくなった。
ブツブツと何やら恨み事言っているので、問題は無いのだろう。
郁朗は話の続行が不可能な彼女を放置して、二人の会話を黙って見守っていた倉橋と会話を継続する。
「ハンチョー……」
「まぁ俺や新見の話はおいおいしてやる……隠しっぱなしって事は無いから安心しろ」
「いやそうじゃなくて……まぁ無くもないんですけど……みんなはどうしてます? それと水名神は何処に向かってるんですか?」
「新見や双子……機構本部に向かった連中は全員無事だ。双子はメンテを受けて休眠している。連中もこの件とは別に……色々と知っちまったみたいだからな。精神的なものと……まぁ少しばかりの脳疲労ってとこだ」
「新見さん達は?」
「新見以外は仮眠室でぐっすりってやつだ。あいつらも強行軍で相当に神経をすり減らしてたんだろうさ……新見はブリッジで情報収集している。あいつは規格外だからな、俺達が心配するだけ損ってもんだ」
「ははっ」
「そして水名神は陸軍本営の近隣に向かっている所だ。片山達と空挺の連中の回収をせにゃならん」
「本営に向かったみんなは? それに片山って……団長、起きたんですか?」
「全員無事だ。何だかんだと面倒はあったみたいだがな。片山の馬鹿は起きるなり、話もそこそこに飛び出して行きやがったよ。今は動けん様だが、単純に循環液の成分が劣化しておかしくなってるだけだ。心配は無いだろう」
「…………勝ったって事ですかね? 例の機体に」
「……ああ、そう聞いてる。詳細までは知らんがな」
そこで二人の会話はぷっつりと途切れた。
倉橋からの話を聞く限り、極東での自分達の役割はやはり終わったのだと郁朗は感じたのだ。
そんな心境を察したのだろう。
倉橋は郁朗の今後を尋ねた。
「藤代よ、お前は……どうするつもりだ?」
「どうって……」
「極東でのいざこざは取り敢えずだが手仕舞いになる。次が何処になるかはまだ判らんがな。しかし、嬢ちゃんはお前達をここから先に巻き込むつもりは無いだろうさ。内戦の先の事を話した機会があったのなら、元の身体に戻る事を勧めただろう? 違うか?」
倉橋のその言葉にC4はピクリと僅かな身動ぎをする。
その反応を感じたからだろうか、郁朗は隠す事無く倉橋へそうである事を伝える。
「……ええ、その通りです。関わるべきじゃないと。帰るべき場所に帰れって」
「うむ……俺としては正直な所、半々だ。そもそも巻き込まれただけのお前達が関わるべきじゃない戦いだとは思う。相手はお前達からすれば異星の存在……今まで以上に厳しい戦いになるだろうし、生きて帰れる保証も無い」
「…………」
「けどな……この星はお前達の星だという事を考えれば……戦うべきとも思う」
「……ハンチョー」
「嬢ちゃんの居る組織はそれすら叶わずに、自分達の星を失った連中の寄せ集めだ。イーヴィーは使い道の無くなった星は資源として食い潰す。嬢ちゃんの生まれた星は……もうこの宇宙に存在していない」
「……そんな……」
倉橋の言葉は真実なのだろう。
C4を見ると、心なしかその毛が萎れて見える。
「だからって訳じゃないがな……嬢ちゃんのこの任務にかける意気は生半可なものじゃない。それを見てるとな……地球人も戦える機械がある内に、戦わなきゃならんのじゃないかとも思えるんだ」
倉橋はそう言うと言葉を切った。
彼にしても郁朗や他のEOの面々を、これ以上巻き込む事に躊躇があるに違い無い。
だが戦力としての彼等の力を知っており、更には戦える機会が貴重である事も知っているのだ。
老婆心に近いものなのだろうが、言わずにはいられなかったのだろう。
それに対する郁朗の答えは倉橋が考える程に重苦しいものでは無く、実にあっさりとしたものであった。
「……僕の答えは元から決まってますよ」
郁朗の回答には澱みが無かった。
目の前にある問題や壁と戦える……いや、向かい合える機会というのは、実はそれ程多く無いという事を彼は自身の経験から知っている。
故にこの件に関して、彼に迷いは生まれなかった。
その断言と言える言葉にC4は再びピクリと反応する。
千豊だった頃に彼の言ってくれた言葉を思い出しているのだろうか。
「隣人だか略奪者だか何だか知りませんけど、人様の星に土足で上がって六百年も居直り強盗している連中を放っとける訳が無いでしょう? それにね……約束したんです。黙って居なくならないって……そうだよね? C4?」
「イクロー……」
摘まれた状態から、再度郁朗の掌の上の住人となったC4。
彼の言葉から堅苦しさが消えた事を嬉しく思いながら、数日ではあるが引き伸ばしてきた答えを出す時なのだろうと、少しばかりではあるが緊張した様子を見せている。
「あの……その……イクローを巻き込んだ事は本当に悪いと思ってるよ」
「……そりゃあそうだよね。確かにあれは酷い巻き込み方っていうか、一方的な拉致だったもの。何て事をするんだって思ったさ」
「うぐ……」
「ごめんごめん。続けて?」
「うう……それとね、妹さんやご両親の所に帰したいと思ってるのも本当……あちしの都合で引き離していい事じゃ無いのは判ってるもの……」
「うん。でもそれはいいんだ……いいんだよ」
郁朗の気配に憂いが含まれたのを察したのだろう。
C4は迷う。
これから吐く自分の言葉を聞けば、彼は必ず来ると言うだろう。
それに彼女の脳裏に郁朗の妹・恭子の硬くなった表情が浮かび上がってしまったという事もある。
だが自身の望んでいる答えを偽るのもまた……彼に対して誠実では無いと、最終的には想いを言葉にする事を選択した。
「あう…………次に向かう場所っていうのも……これまでの戦いなんて比較にならないくらい危険な所なんだ……あちしも生きて戻れるとは思って無いし……そんな場所に連れて行くのが正しいなんて思えないけど……けど……」
「けど?」
「そんな場所だけど……あちしと一緒に……来てくれる? イクローが一緒に来てくれたら……とても心強いよ……」
「……やっとそう言える様になってくれたのを……喜ぶべきなんだろうね。てっきり一人で突っ走ると思ってたから」
「…………」
「いいよ。一緒に行こう、C4。行き掛けの駄賃って訳じゃないけど……僕は君の道行きに最後まで付き合うよ」
「イクロー……ありがとう……」
C4は郁朗の掌に縋りつき、その瞳を濡らした。
「……どうせなら千豊さんの義体の時にそうして欲しかったかな」
「……イクローのバカチン……」
繋がりを確かなものとした二人を、倉橋は静かに優しく見守っていた。
水名神が浮上するとの艦内放送が彼等の耳に届くのは、それから数分後の事であった。
極東と地球の真なる状況……それを知らされた郁朗。
イーヴィーという勢力が、どれ程の力を持つのかは未知数である。
それでもこれまでの戦いの比ではない力の相手である事は確かだろう。
甲斐の攻勢体という圧倒的存在と戦った経験が、それを雄弁に物語っていた。
だがこのまま極東に引き篭もり彼等を放置すれば、自身の守るべき人々にもその手は間違い無く伸びる。
C4との同行をその活路と見た郁朗の心に、既に迷いは無い。
次の戦地に向かうタイミングが何時なのかは判らない。
せめてそれまではと、浮上しつつある水名神に抱かれ……今はただただ心と身体を休める郁朗であった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.09.06 改稿版に差し替え