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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第七幕 真実の中に浮かぶ活路
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7-20 逢瀬の末に

 -西暦2079年7月24日09時55分-


(こんな身体でも……幻覚なんて見るんだな……)


 目の前にいる人物の存在を、郁朗は自身の脳が望むあまりにカメラアイへと映した幻か何かだと思っている。

 それなりの深さを潜ってこのエリアまで来ているのだ。

 別れてからそれ程の時間が経過していないのに、千豊がこの場所にいる訳が無いのだと。


 甲斐は甲斐で彼女の到来を予期していたのか、驚く素振りすら見せていない。

 肩に置かれている砲身へと意識を集中しているのだろう。

 彼の機体から漏れ出る音の速度が、秒を追うごとに速くなってきている。


 ぐるりと甲斐へと振り返る千豊。

 彼女のその態度は彼の肩にあるその武器の詳細を知っているかの様に見える。

 郁朗の前に足を広げて立つと、両手を甲斐の方向へと向けた。


 刹那。


 キキュンッ!!


 ブオンッ!!


 響いた音が二つ。


 一つは甲斐の両肩の砲身。

 質量弾を飛ばす何らかのキャノン砲なのだろうが、その発射音である。

 弾体は当然ながら目視の出来無い速度で郁朗と千豊へと迫った。


 着弾までミリ秒単位だったのだろう。

 二つ目の音は同時に鳴っていたと言ってもいい。

 その音は千豊のリニアフィールドによって弾体が逸らされた音である。

 正確には彼女のフィールドによって逸らされた弾体が、郁朗達の側を通過する際に鳴らした空気の音である。


 放たれた弾体は彼等への直撃ルートを逸れると、そのままフロア壁面へと直進。

 郁朗との衝突でも破砕されなかったあの強度の高い壁が……見る影も無く粉砕されていた。

 フロアの骨格の隙間からは、周辺の土の色に染まった建築補強材が見える。

 弾体が壁面を貫通し地盤まで届いてしまい、粉砕された岩盤が撒き散らかされた様だ。

 その光景は、甲斐の背にある兵装の破壊力が尋常で無い証左であった。


 幸いと言えたのは弾体が磁性体だった事である。

 千豊はリニアフィールドで弾ける事を確信しての行為だったのだろう。

 だがもしも撃ち出されたのが非磁性体の弾体だったとすれば、リニアフィールドは一切の効果を発揮せず、彼女諸共に郁朗も常世の住人となっていたに違い無い。


『イクロー君ッ! 聞こえているッ!? しっかりしなさいッ!』


 千豊からの通信が郁朗の覚醒を促す為に彼の耳へと届けられる。

 リニアフィールドの効果時間は三分。

 千豊に残された時間もまた、あまりにも少ない。


 彼女らしいとは言えないその焦燥は、郁朗の状態を目にした瞬間にはピークを迎えていた。

 自らの率いる組織の戦闘におけるエースの一枚であるはずの彼が……これまでの作戦でも見せた事の無い消耗を見せているのだ。

 限られた時間で彼の混濁している意識の覚醒を促し、どうにか状況を整えなければならなかった。


 一方で彼女と正面から相対している甲斐は、展開されているフィールドをいい試射の的だとでも思っているのだろう。

 次弾の射撃準備の為に攻勢体の動力をフルに回しているらしく、千豊へと接近して一蹴する気配は無かった。


 千豊は未だ微睡む郁朗に感情が昂ったのか、これまで誰にも聞かせた事の無い質の声を轟かせた。


『起きなさいッ! 藤代郁朗ッ!』


「ち……千豊さん……?」


 夢から現へとその足を戻した郁朗の声は、どうにも間の抜けたものであった。


『起きたわね? 時間が無いから手短に話すわ。進退はアナタが決めて』


 その声に安心を覚え、落涙の残滓を残したままに千豊はそう言うと、ここに降りる直前に見たものを元にして、甲斐の持っているギミック(・・・・)を郁朗へと伝えた。






 千豊がトラップにより随伴員と別行動を取ってから、現在戦闘の行われているフロアの一つ上……つまり義体や攻勢体が置かれていたであろう部屋に、然程時間をかけずに到着していた。

 透明の隔壁を抜けて階段を二層分降りた先には、サイズはそれ程大きくは無いものの、歩兵用の外骨格を着込んでいても乗れるエレベーターが存在したのだ。

 例の謎の言語によるセキュリティを軽く突破して乗り込むと、真っ直ぐこの部屋へと運ばれたのである。


 千豊は周辺にある機材を見て、そこが何かのメンテナンスや改良を行う……自身達のアジトで言うのならば、整備場と技術班の研究棟を合わせたものであると理解した。


 薄暗い室内に人影が見えた事で、少しばかりの緊張が彼女の身体を巡る。

 直後に千豊は杞憂であったと安堵する事になった。

 そこに居たのはかつてモニター越しに対話をした甲斐であったが、ピクリとも動かなかったのだ。

 彼女はそれが義体である事を即座に看破した。

 何故看破出来たかは別として、近くにある端末へと千豊は指を伸ばす。

 この場に居る事が甲斐には知られる事になるだろう。

 だが現在位置と郁朗の状況を知る為にも必要な事であった。


 端末にから取り出せた情報は、現在いる研究棟の直ぐ下で郁朗が戦っている事。

 そして甲斐が義体や攻勢体を動かす為に使っているギミックの正体であった。


(やっぱり……バイオリレーション……)


 モニターに映る何らかの接続経路を見て取った千豊は、そのシステムの正体に思い当たった様だ。


 直訳するのならば、機体との生体的な繋がりを作るとでも言えばいいのだろうか。

 義体や攻勢体と生体信号でリンクし、更にはその信号を相互にブーストしてフィードバックする。

 要は攻勢体のセンサーから入った情報をシステムが甲斐の脳へ送り、受け取った彼の脳からの指令も攻勢体に送り返すというものだ。


 一見、郁朗達EOが行っているやり取りを遠隔化しているだけにも見える。

 だがそのやり取りの中で信号は増幅され、相互の反応速度が飛躍的に上がるという点が大いに違ったのだ。

 甲斐が郁朗のフルドライブを容易に追従出来たのは、その様な仕様が背景にあったからこそなのだろう。


どっち(・・・)かしらね……)


 バイオリレーションにも様々なバリエーションがあるのだろうか。

 彼女だけが何かを理解しつつある……いや、何かを最初から知っていたのだろう。


 千豊はその端末から介入し、甲斐と攻勢体とのリンクを断ち切ろうと目論んだ。

 だが彼女を以ってしても短時間でどうにかなるレベルのセキュリティでは無く、表示されている攻勢体の状況を見て即座に断念した。


 甲斐のカメラアイを介してモニターに映った映像が、郁朗の危機を知らせるものであったからだ。

 攻勢体のステータスから、動力炉がフル稼働の状態であると彼女は読み取った。

 捻出されたエネルギーの行き先は彼の背部。

 電力がそこに集中しているのを確認すると、機体の諸元を呼び出す。


(……ッ! 間に合うかしらッ……)


 千豊が目にした諸元の内容は、郁朗の生命の灯火がもう僅かしか残っていない事を示していた。

 この状況からの逆転の目を出せるのは、恐らくは自分しかいない。

 千豊はそう判断し、端末を操作して義体の乗っていたエレベーターを動作させた。


 紫電の膂力に任せて棒立ちの義体を弾き飛ばすと、迷わずそれに飛び乗る。

 無理矢理押しのけられて地に伏した甲斐の義体は、本人とリンクしていないにも関わらず、恨めしい視線を彼女に向けている様にも見えた。


 千豊が慌てた大きな理由である、甲斐の背部に存在する武装。

 その正体は電磁投射砲塔……磁場を利用して弾体を撃ち出す火砲である。

 実戦で通用するレベルとなると、相当な電力と磁場を生み出すに見合った素材が必要とされるものだ。

 だが、どうやら攻勢体に積まれている砲塔はその問題をクリアしているのだろう。


 緩やかに降りるエレベーターにもどかしさを感じつつ、自身の身体のねじ込める隙間が開くのを今かと待つ。

 隙間から漏れる光が徐々に大きくなり、千豊の顔を照らした瞬間には飛び降りていた。

 着地して攻勢体へと振り向いた時点で、目の前の機体から発せられる動力音の音量は一際高くなる。

 轟音が彼女達の生命に猶予が無い事を告げていたのだ。


 千豊は迷わずにリニアフィールドを展開した。

 弾体はフィールドが弾き飛ばしたものの、弾道に沿って発生した衝撃波までには干渉出来無い。

 紫電のフェイスマスクすら越えてきそうな空気の猛威に耐える。

 フィールドの展開があと一秒でも遅れて弾体が直撃していれば……間違い無く郁朗と共に肉の欠片にされていただろう。


 崩れ落ちて起き上がらない郁朗を見ていられ無かった。

 郁朗をここまで追い込ませてしまった自身への悔恨、彼を失うかも知れないという恐怖。

 湧き出てくるこれまでに無い様々な感情のせいだろうか。

 一筋だけ彼女の頬を涙が伝う。

 千豊は声を振り絞る事で、郁朗のみならず……自身へも喝を入れた。


「起きなさいッ! 藤代郁朗ッ!」


 この一言で郁朗が反応を示し覚醒してくれた事は、これからの事態の打開へと繋がるのか。

 千豊は唐沢から預かっている三つのアンプルを彼に渡すべきかどうか……酷く迷うのであった。





 千豊の声で意識の混濁から抜けだした郁朗は、座り込んだそのままの姿勢でパニックを起こしている肉体の神経網の回復に努める。

 一秒も無駄に出来無い状況の中で千豊の話を聞き、甲斐の強さの秘密の深奥を知った。

 バイオリレーションの存在を何故千豊が知っていたかは隅に追いやり、何か対処方法は無いのかを千豊に尋ねる。


『私の知る限りだけど……バイオリレーションには二種類のものがあるの。甲斐の使っているものがどちらかまでは判らない。でも生命を吸う(・・・・・)タイプであれば……まだ勝ち目はあると思う』


 油断無く甲斐へと目をやりながら、彼女はそう言った。

 甲斐から撃ち出された第二射を弾き返し暴風をやり過ごすと、再び甲斐攻略の紐を解き始める。


「生命を吸う? そんな物騒なものを使って動いてるんですか? あれって?」


『バイオリレーションの送受信に自身の生体エネルギーを使う事で、より深い機体との繋がりが構築出来るのよ。極東にとってはオーバーテクノロジーかも知れない……でもある所にはそんな技術だって転がってるわ』


「……その先は生きて戻れたら聞きます。具体的にどうすればいいんです?」


『正解は単純なものよ。あの機体の反応を上回る動きで負荷をかけて、相手の神経を消耗させればいいだけなんだけど……』


「何せ……フルドライブが通用しない相手ですからね」


『…………それなんだけど…………これ……』


 千豊は腰にあるマガジン収納用のスペースから、あるアンプルを取り出した。

 その言葉と動作からは大きな躊躇が感じられる。


『唐沢さんから預かっていたの……イクロー君の手の及ばない事が起こった時の為にって……ごめんなさい……私の失態ね。もっと早くに渡しておくべきだった……』


「……まさか」


『……使えとあっさり言える様なものじゃない事は私も知ってるわ。でも……』


「使わなきゃ……勝てないんでしょうね……」


 郁朗は唐沢から受けた説明を思い出し、アンプルを使用した後で自身に起こり得る事象を想像して身震いする。

 内容を考えればそうなるのも当然なのだろう。


 だが、生きて戻る……その為にはそれすら受け入れなければならない状況だという事もまた、郁朗は理解していた。

 だからこそ……郁朗は千豊のその手からアンプルを全て受け取ってみせる。


 その様子を目にして、さすがに状況が動く事を感じたのだろう。

 二人の合流を黙って見逃し、無言のまま射撃を続けていた甲斐が口を開いた。


【ほう、起きたか。まだ抵抗出来る手段があるのはいい事だが……やはりあなたはあちら側(・・・・)の人間なのだな、坂之上女史。あっさりネタばらしをされるとは思わなかったよ】


 嬉しそうに彼はそう言ったものの、両肩の砲身は無遠慮に二人に向けたままであった。


「そうね、否定はしませんわ。でなければこんな所に乗り込む訳が無いでしょう? 違うと仰る?」


【いや、ごもっともだが……どうもそれだけでは無い様にも見える。まさか他所者(・・・)のあなたにそんな感情があるとは驚くしかない】


「それについては何とも。アナタの知った事ではありませんわね」


【クク……違い無い。一応聞いておこうか……引く気はないかね?】


「そんな覚悟も無しに……ここに居ると思ってらっしゃるの?」


【……よろしい。ならば先に逝きたまえ。なに、直ぐに藤代君もそちらに送ろう】


 郁朗の選択の時間を稼ぐ為だろう。

 千豊は再び甲斐へと両の手を掲げ、何としても守るという意思を彼へとぶつけた。

 リニアフィールドの残り時間はまだ一分は残っている。

 だが彼の砲撃を確実に弾き返せると思っている彼女のそれは、既に油断でしかなかった。


 甲斐は砲身を僅かに下げ、目標を彼女を照準の中心から外す。

 砲身が向けられたのは固められた地面。

 その動作に千豊が気付いた時にはもう遅かった。


 キュンッ!


 砲身から放たれた弾体は絶妙な角度で地面を穿つ。

 削られた床面はそれ自身が散弾となり、大挙して千豊に襲いかかったのだ。


 リニアフィールドは、あくまでも磁性体である火器類の弾頭を弾く逸らす為の防御兵装である。

 ではそうでない物体の飛来を止められるのかと言えば……。


「くうッ……」


 彼女が呻き声を上げるのは当然であった。

 郁朗や甲斐の踏み込みに耐え得るだけの硬度を持った合成樹脂の礫が、最初の不幸として千豊の全身をくまなく打ったのだ。

 砲から放たれた弾体自体は磁性体であっても、それによって砕かれた床材である合成樹脂は非磁性体である以上、フィールドで遮られる訳が無い。

 

 轟雷と比べれば装甲を薄く作られているものの、同じ歩兵用外骨格でも晴嵐と比べれば高い防御性能を持つ紫電。

 耐衝撃性能も低くは無い。

 にも関わらず、彼女は息が詰まる程の衝撃をその身に受けていた。

 着弾だけでそれ程の余波を生み出せる、甲斐の背の火砲の威力は並では無いという事なのだろう。


 床材の散弾が紫電に与えたダメージは、彼女の肉体だけでは留まらなかった。

 千豊が背に負っているリニアフィールド発生器の本体。

 その複数ある力場を発生させる機構の幾つかが、致命的なダメージを受けたのだ。

 当然ながら力場は弱まる事となる。


 刃を噛み締め衝撃を耐え切った彼女を襲った最後の不幸は……甲斐が先ほど発射したのは片方の砲身だけであったという事だ。


 キュンッ!


 たった一発で巻き起こされた彼等の窮地へと、甲斐は更なる火種を投げ込んだのである。


 先に逝けと言った彼の言葉は、真っ直ぐ千豊へ弾体となって向かう。

 それは弱まってしまったリニアフィールドと拮抗したのも束の間、可視出来無い障壁を突き破り……千豊の胸部へと直撃する事となる。




 ようやく届いた千豊の手。

 それは再開の末に郁朗へと逆転の目を運ぶものであった。


 唐沢から預けられたアンプルは果たしてどの様な力を秘めているのだろう。

 そして郁朗の目の前で直撃を受けた千豊の生死の行方は……混迷する状況の中、郁朗はこの危機を打破出来るのだろうか?


 彼の絶望に対する最後の足掻きが、今始まろうとしていた。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.09.06 改稿版に差し替え

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