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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第七幕 真実の中に浮かぶ活路
152/164

7-19 難攻不落

 -西暦2079年7月24日09時45分-


 格闘においてのアドバンテージというものは、どの様な種類のものがあるだろうか?


 まずリーチ。

 それが長ければ、打撃戦においてという前提はつくものの非常に有利と言える。


 次に技術や経験。

 当然あればある程に、相手の動きに対応出来るに違い無い。


 身体能力。

 動体視力や身体の反応が良ければ攻撃は躱せるだろうし、腕力や脚力が高ければそれだけで受ける者にとっては猛威となるだろう。


 そして速度。

 相手の反応や視力を越える挙動を以ってすれば、その虚をつける事からこの挙動に磨きをかける格闘家も存在する。


 現時点で郁朗が甲斐の攻勢体に勝っているだろうと思える要素は一つ。

 速度だけである。


 リーチにこそ大きな差は無いが、恐らく甲斐の戦闘経験や技術は片山クラス。

 更に見切りと反応に関しては大きく水を開けられていると言っていい。

 甲斐がフルドライブでの高速機動中の郁朗を捕捉出来たのも、恐らくはそれが原因である。


(兎に角動き回らないと……このままじゃ捕まえる(・・・・)のにも一苦労しそうだ……)


 先程の連撃は当てる確信を持って挑んだものだ。

 だがそれをあっさりと弾き返された訳である。

 甲斐曰く、ギリギリであったと。

 全くの嘘の言葉とも思えないが、まだ力の底に辿り着いていない事だけは間違い無い。


 ならば馬鹿正直に正面から殴りにいくのではなく持てる手段の全てを使い、彼の身体各所へとダメージを蓄積させるしか無いだろうという結論に至ったのだ。

 甲斐を揺さぶるべく郁朗は動く。


 キュィィィィィィィ!


 甲高いモーターの音を奏でながら助走、甲斐の正面で地を蹴り飛ぶ。

 ここに天井や遮蔽物もが存在しない事が、郁朗には少しばかり辛く感じられた。

 彼お得意の立体的な機動が行使出来無いからである。

 無いものを強請っても仕方が無いので、そのまま甲斐に直撃しないルートで牽制の飛び蹴りをしつつ着地。

 彼の背に回った。


 甲斐が振り向くのは折り込み済みであり、着地で屈んだ瞬間にモーターを逆回転。

 振り向き様で視界の危うい甲斐の真横を後進しつつ抜け、そのついでに足元を足を伸ばして薙ぐ。

 だが甲斐はそれにも反応を示し、軽く飛ぶ事で攻撃を回避した。


「まだまだッ!」


【ハハハッ!】


 郁朗の攻勢は続く。

 横か後ろを取る為の機動を行っては、甲斐の死角から一撃を見舞う。

 ただ一撃一撃と積み重ねる毎に、郁朗は彼の恐ろしさを味合わされてもいる。


 それはそうだろう。

 真後ろが取れた際の一手、その完璧な死角からの一撃が回避されるのだ。


 まるで後ろに目がある様な。


 そんな陳腐な表現しか郁朗の脳裏には思い浮かばなかった。

 訓練の時に片山が時折見せる野性の勘の様なものとも、かつて木村が見せた機体特性のそれともまた違うのだと彼は洞察する。


 そもそも攻勢体とEOでは前提が違う。

 EOはあくまで人体を模倣した神経伝達機構を持つ。

 木村の回避特性は、あくまでもその延長であった。

 あくまでも人としてのその感覚が鋭敏化されたに過ぎない。

 だがこの攻勢体のコントロールは、EOの様に人体を模倣する必要は無いのだ。


 全身これ機械。

 

 この様な機体の正式な命令伝達方式など、技術畑にいない郁朗には想像もつかない。

 機体のあらゆる箇所にセンサーが埋め込まれている程度の事は理解出来る。

 だが郁朗の高い機動性に対し、即応……それも視界外の攻撃すら察知可能なのだ。

 それだけの精度とフィードバック性能を持つ……そんなインターフェイスがまともなものなのだろうか?


 EOですら過度の機体コントロールには、少なくない脳負担を強いられるのである。

 機体特性をフルに使った場合などがそうだ。

 環や大葉程に顕著では無いが、郁朗にもその兆候はあるのだから。


(脳への負荷か……いや、ダメだ。まだ博打を打つ段じゃない)


 捨て身でのラッシュを一瞬考えたが、その思考は破棄する。

 甲斐への負荷をかけ続ける攻撃イコール、自身へも負荷として跳ね返ると判断したのだろう。


(今の甲斐に痛覚があればいいんだけど……)


 郁朗は頭を切り替え、対EO用の技術として磨いてきた関節技で攻める腹積もりである。

 痛みや脳負担は兎も角、可動域を越える肉体としての負荷に攻勢体がどれだけ耐えられるか。

 それを試してみる必要もあった。


 郁朗は再度、甲斐の懐への突入を試みる。

 打撃、打撃、打撃。

 ここまで組み技へと繋がる動作は一切見せていない。

 逆に怪しまれるかとも思ったが、物は試しと打撃を継続する。

 この打撃の中の一つに、関節への攻撃を仕掛ける機会を混ぜ込むのだ。


 幸いにも攻勢体にはサブミッションへともつれ込む為の取っ掛かり、つまり起点となりそうな箇所は山程あった。

 鋭角的なフォルムのそこかしこから、余剰な装甲の突起が顔を見せているからだ。

 よく動作に干渉しないものだと、郁朗が何とはなしではあるが感心してしまう程である。


 そろそろ頃合いだと判断した郁朗が動いた。

 右の正拳を振り抜いてからの、左の上段後ろ回し蹴り。

 空を切った左足が地についた瞬間、左回転だったベクトルを逆へと向ける。

 右回転のベクトルに合わせて右肘を見舞うが、これは甲斐の右前腕の装甲にいなされた。


「はッ!」


 その次の一手。

 いなされる事で流れた自身の身体の慣性を使って、郁朗は甲斐の右腕に跳ねてそのまま絡みついた。

 所謂、飛び関節というものだ。


【ほう、関節技も使うのか。飛び関節とは面白い!】


「くら――なッ!」


 郁朗としては、そのまま倒れこんで腕の一本を奪うつもりだったのだろう。

 この飛び関節は彼の奇襲の一つとして、片山のお墨付きすら貰えたものである。


 だが攻勢体は倒れない。

 郁朗の二百kg近い自重とその膂力を以ってしても、彼の体幹を崩す事が出来なかったのだ。


 ならばどこでも構わないので関節の一つでも潰そうと郁朗は足掻いた。

 しかし時既に遅く。


【見積りが随分と甘いな】


 甲斐は郁朗を腕に張り付けたまま高速移動、壁際まで近づくと彼ごと腕を壁面に叩きつけたのだ。


「ぐうッ……」


 EOの背部外装甲には痛覚が通っていない。

 故に郁朗の上げた呻き声は、その痛みからくるものでは無かった。

 身体各所の痛覚の残っている関節各部からの痛みに呻いたのである。


 つまり甲斐によるこの一撃は背部どころか、身体中の関節に対してダメージを及ぼす程の衝撃だったのだろう。

 ダメージのお陰で保持出来無くなったのだろうか、郁朗はズルリと甲斐の腕から地に落ちる。

 彼のぶつけられた壁面には傷一つついていない。

 それ程の強度の壁面であれば、郁朗の身体全てにダメージが及んだ事も納得出来るものだ。

 何せ壁面が破砕される事で逃げるはずだった衝撃が、全て郁朗へと降りかかったのだから。


【ふむ……思いの外、その身体には強度が無いようだな? その程度で倒れられても困るのだが?】


 倒れ伏す郁朗を、攻勢体のゴーグル型のカメラアイが睨める。

 EOの人間の目を模倣したものと違って、甲斐のそれからは表情が感じられない。


「くっ……あなたのその身体と一緒にしないで貰いたいな……頑丈なだけじゃなく馬力もあるってさ、インチキにも程があるよ」


【仕方あるまい。先程も言ったが、これを乗り越えて貰わねば君は資格を得られない。それともこのまま諦めて死を選ぶかね? それもまた道ではあるがどうする?】


「……それはそれで楽なんだろうけどね……でもまだ死ねない。生きなきゃならない理由もある」


【そうか……気付いていたかね? 私が先程の一撃まで一切手出ししていない事に】


(左利きなのか……)


 そう言った甲斐が、この戦いにおいて始めて攻めの為に構え……それも空手や柔道では無い、別の武術を思わせる左半身の構えを取ったのである。

 ここまでは初見の相手の動きをただ観察していた、という事なのだろう。

 当然郁朗はその事に気付いており、それがどうしたとばかりに立ち上がった。


「気付かない訳が無いじゃないか。観察されてる内にどうにか出来ると思ったけど……僕の見通しが甘かったみたいだね……」


【ならばここからは私も君に仕掛けさせて貰おうか。そうでなければイーブンではなかろう】


「元からイーブンじゃ無いんだ。好きにすればいいさ……だからって黙って殴られてなんてやらないけど」


【……いいだろう、始めよう】


 甲斐は構えから唐突にスルッと浮いた様に動き、郁朗の徒手圏内にあっさりと入った。

 相当な重量があるはずの攻勢体が音を立てずに動いたのである。


 面を食らった郁朗は急速後退。

 一度距離を取ろうとしたものの、甲斐がそれを許すはずが無い。

 郁朗の最大加速に合わせて、その身を一切のブレも無く追従している。


 明らかに異常な光景である。

 何故ならば甲斐の足が地から離れていたからだ。


 専門知識の無い郁朗には理解出来無かった様だが、見る者が見れば驚愕とともに答えを返しただろう。


 あれは重力コントロールの類のものなのではないかと。


 それは当然ではあるが、現在の極東には存在しない技術である。

 この機能で自重を自在にコントロールする事で、回避運動は勿論の事、たった今見せた様な接敵機動などを熟しているのだろう。


【あっさりと追い付かせていいのかね? そら、避けてみせろ】


 軽く見える初動から急加速する甲斐の腕が郁朗へと向かう。


(……ッ……重い……ッ!)


 回避と受け流しを駆使して直撃は避けたものの、受けた時のその重さが尋常で無い事に気付く。


 これは体幹や膂力のみから発生する重さでは無い。

 最軽量の状態の腕に機体の出し得る限りのベクトルをかけ、インパクトの瞬間にかけられるだけの加重を行う。

 当然腕部だけでなく、腰を安定させる為に脚部への重量増加も忘れない。


 これだけの重量コントロールを、腕を繰り出す瞬間にやってみせるのである。

 自重の増減を攻撃運動として使える程のセンス……甲斐という人間の技術の底は未だに見えないままであった。


 ボウッ!


 風を巻き込む一撃がまた放たれる。


 ギシィッ!


 回避出来無かった郁朗はそれを受け流す。

 生体装甲どころか内骨格にまで響く重み。

 流せず直撃を食らえばどうなる事だろうか。

 そんなギリギリの緊張感は郁朗の精神を疲弊させていった。


【避けるだけしか出来んとはな。反撃しなければ活路は開けんぞ?】


「簡単にッ、言ってッ、クッ……重い上にッ、速いッ」


 甲斐の腕の繰り出される速度が、試されるが如く少しづつ上がっているのを郁朗は体感している。

 フルドライブ状態の彼がついていけないと思える速度になりつつあるのだ。


(マズい……マズいぞッ)


 郁朗の焦燥に合わせる様、一打ごとに加速される甲斐のその腕が……いよいよ彼の身体を削りだした。


 攻勢体の指の構造はEOよりも簡略化されたものである。

 親指以外の指の、人で言う第一関節の部分が存在しない。

 単純に製造の段階で省かれたのか、それとも元々必要としていないのか。

 ただその指先は鋭く尖っており、それだけで武器として機能するであろう鋭利さはある。


 拳法の虎爪の形に似た甲斐の掌打が、郁朗の肩を小さく掠めたのが始まりだった。

 速さに推し進められた鋭い指先が生体装甲の下、セラミクスウエハースの基幹装甲にまで到達したのである。

 ダメージ自体は最小のものであり、バイパスを通す事によって循環液の漏れ出しも最低限で済んだのだが、甲斐は手応えの無さに首を捻っている。


【脆い……脆すぎる。この()は封じるしか無いか】


 彼は失望に近い声を出しながら、掌の構えを虎爪から指を伸ばした掌底へと変える。


 そこからは、一方的な展開と言うしか無かった。

 甲斐は嬲る様に郁朗へと掌打を見舞い続け、彼の外装甲だけを狙って剥がしにかかったのだ。

 彼の掌が空を切る音を鳴らす度に、郁朗の装甲板が一枚ずつ弾かれ飛ばされていく。


 遊ばれていると感じた郁朗は怒りに呑まれかけていた。

 その感情に呼応した訳では無いだろうが、ローダーのモーターが激しく音を鳴らし始めた。

 そして挙動がこれまでと変わる。

 片足での超信地旋回などを織り交ぜながらの、円と直線だけでない不規則な蛇行による急接敵とでも言えばいいのだろうか。

 それは明らかにローダーの動作許容を越えたマニューバだった。

 甲斐の左腕を彼の想定以上の動きで回避し掴む。

 関節の一つ……いや指の一本でも構わないから奪わせろという、そんな郁朗の想念が呼び込んだ機会だったのだろう。

 ただの増加パーツでしかないローダーユニットの、主人である郁朗への最後の奉公とも言える仕事だったのだろう。

 ローダーからは煙が上がり……踵の動輪はその呼吸を止めていた。


(これでッ……)


 掴んだ甲斐の腕の勢いを利用して彼の肘への負荷を狙う。

 自重が乗った。

 郁朗はそんな感覚と共に肘を取った確信を得る。

 甲斐の関節の重さが全く感じられない事に違和感を覚えたが、それに構っている暇など無かった。

 取っている腕を捻り、脇固めの体勢に持ち込み甲斐の体を崩していく。

 されるがままの彼の身体からは、抵抗の為の力が抜けてしまっている様だ。


【…………もういい……やはり君も……私を失望させるだけの失敗作だという事なんだな】


 地面に転がされた甲斐は静かにそう言う。

 その直後。

 されるがままだった彼の腕は、郁朗のコントロール下から離れる。


 空いていた右腕で郁朗の肩を無造作に掴むと立ち上がり、左腕から引き剥がし地面へと叩きつけた。

 それも一度では無い。

 二度、三度。

 掴んでいる郁朗の身体からの手応えがなくなると宙に放り投げ、次は足に持ち替えると再び地面との逢瀬を再開させる。

 また二度、三度。


 最後にはフルドライブすら解除されてしまい、呻く声すら出せなくなってしまった郁朗を、ボールでも投げるかの様に遠くへと放り投げた。


【君の力ならもしやとも思ったが……残念だ。ここまで辿り着いた君に敬意を払うつもりでは無いが、この機体の新兵装の試射で終いとさせて貰おうか。この兵装が実用化される事で救われる者もいるはずだからな。君の死は無駄にはならないだろう】


 攻勢体に装備されているもう一種類の火器。

 背部に背負われている二本の砲身であった。

 それは背をせりあがると、肩の辺りで前方に折れる。

 どの様な威力を秘めているかは傍目では計り知れない。

 

 甲斐が発射準備に入ったのだろう。

 彼の機体から漏れ出す駆動音は、ここまでの比にならない音量へと届いている。


 郁朗はぼんやりとその光景を眺めていた。

 地面に打ち付けられた衝撃で、身体中の神経回路が麻痺しているのだろう。

 関節部のモーターの状態は、辛うじてではあるがイエローを保っている。


(失敗したなぁ……唐沢さんのあれ(・・)……積んで貰っとくんだったな)


 末期に思い出すのがこんな事なのか……そんな風に郁朗は死への覚悟へと思考が傾きかけた。


 その時である。


 郁朗の視界に入っていた天井が、ずれて動く気配を感じたのだ。

 先程甲斐の義体と攻勢体を運んで来たエレベーターだろうか。

 それが二メートル程下がったところで、痺れを切らした様に何かが飛び降りてきた。


 十メートル程の高さを一息に飛び降りたそれは、郁朗と甲斐の間に立ちはだかる。


『生きてるわねッ! イクロー君ッ!』


 郁朗の目に入ったのは臙脂色の機体。

 千豊の紫電であった。




 郁朗の繰り出す手の尽くが、甲斐には届かなかった。

 それどころか失望と共に一方的に嬲られる結果が彼を待っていたのだ。


 最早これまでか。

 そう思った郁朗へと千豊のその腕が伸びる。


 果たして彼女は甲斐を打倒する為の何かを持ち合わせているのか?

 崩れぬ牙城を崩す無謀の海へと、二人は飛び込んでいく事となる。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.09.06 改稿版に差し替え

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