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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第七幕 真実の中に浮かぶ活路
151/164

7-18 キャリア・パワー

 -西暦2079年7月24日09時40分-


 因果とも取れる二人の戦闘が開始された。

 識別灯が青に変わった瞬間、先に動いたのは郁朗であった。

 その反応速度は元アスリートとしての面目躍如と言った所だろう。


 郁朗と甲斐はほぼ同じ動きを見せていた。

 左斜めへと動く円運動(サテライト)

 要は互いに円を描き正対しながら距離を維持し、射線を確保する形を選んだのである。


【ほう!】


 自身よりも僅かにではあるが先に反応出来た郁朗のその動きに、甲斐は思わず感嘆の声を上げた。

 既に郁朗の71式改の銃口は甲斐へと向けられている。

 右腕に抱えたその砲身故に、左方向への移動を選んだ事は正解だったのだろう。

 自身の身体による射角の制限を一切受ける事無く、銃口は甲斐の動作に合わせて追従出来ていた。


(いけるか……なッ!)


 ヴィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!


 先に発砲したのは銃身の可動が許された郁朗であった。

 有効射程距離を気にするには近すぎる距離での斉射。

 12.7mmのライフル弾の猛襲が甲斐へと向かう。

 だが移動の偏差を加味しても、彼への着弾を望めなかった。


 それ程までに速い互いの動きが、郁朗の予測した射撃地点を越えていったのである。


 ここで甲斐も負けじと発砲を開始。

 彼の攻勢体の火器は見る限り二種類ある。

 他にも隠されている可能性も高いが、目につくものはそれだけであった。


 一つは戦闘開始直後に胸部からせり出した銃身。

 短銃身の代わりに口径はそれなりのサイズがあるもので、先程発砲されたのこちらだ。

 どうも近接戦闘用の散弾撃ち出せる兵装らしい。


 速射性は郁朗の71式改と比較すれば遥かに悪い。

 だが五十メートル程ある双方の距離を考えたとしても、散弾一発ごとの殺傷範囲はかなり広く設定されているらしい。

 4番ゲージである片山のライアットレプリカといい勝負だろう。

 欠点としては身体に固定された軸線砲身故に、横への射角の調整には機体そのものの挙動が必要という所である。


 ボッと銃身から音が鳴る度に、硬く固められている地面が抉られる。

 こちらもこちらで殺傷範囲内に郁朗の姿を捉える事が出来無いでいた。


(初手はこんなもんなのかな……当たらない気はしてたけど……こうも速いとはね)


 攻勢体のその動作の速さは、郁朗の想像の先にあった。

 それは甲斐にしても同じであったのかも知れない。

 二人の動作は更にシンクロしていく。


 二人の円運動の経が互いの首にかけられた引き綱を引き合う様に、ほんの少し……本当に少しづつ狭まっていった。

 その間にも互いを狙い合い、牽制としかならないその銃撃戦は継続されている。


 詰められる互いの距離。

 それと同時に次第に近くを掠めていく双方の弾幕。

 フロアの中には様々な音が響き、緊張と混乱を演出していた。


 その緊張に対し、先に音を上げたのは郁朗の方であった。

 我慢が出来無かったという訳では無い。

 だがこのままただ接近を続けたとしても、良い結果が得られるとは思えなかったのだろう。


(これならどうだッ!)


 給弾用のベルトを71式改の固定位置からパージ。

 郁朗はあえて(・・・)左手に握っていたマガジンパックを、数秒後の甲斐がいるであろう位置へと投擲した。

 この挙動はそれで終わりでは無い。

 左腕は投擲後のフォロースルーのまま、マガジンパックに向けられている。

 彼の左腕にあるもの……そうテーザーワイヤーポッドであった。


 ボシュッ!


 宙に浮くマガジンパックへ向けて、ポッドからワイヤーネットが一束射出された。

 目標の手前で開いたワイヤーネットは、しっかりとマガジンパックをその口で捉え確保した。


「フルドライブッ!」


 ローダーから駆動燃料が郁朗の身体に流し込まれると同時に、彼は音声コードを叫ぶ。

 体色が濃緑から薄緑へと変わりゆく中、ネットと繋がっている左腕からは放電が行われた。

 即座にワイヤーネットをパージ。

 郁朗は最大戦速でその場からの離脱を図る。

 

 彼が猛スピードで甲斐から離れ去る中、宙に取り残されたマガジンパックはその後どうなったのだろうか?


 ゴグァン!!!!


 郁朗の一連の行動の直ぐ後、至近で雷が落ちたかの如き光と轟音がフロアを席巻した。

 その音の正体は……郁朗の放電と同時に弾倉パック内の残弾全てが暴発、その際に生み出されたものである。

 甲斐が真下に来たのを狙い澄ましたかの様に、弾頭の雨をその場に降らせたのだ。


 これまで説明される機会は無かったが、71式の弾薬の銃用雷管は電気式である。

 つまり撃鉄に連動して撃針が雷管を押して発砲される、所謂センターファイア方式では無い。

 弾薬の雷管に通電させる事で発射薬を発火させるのである。


 旧世紀の銃ならば極マイナーな発火方式であった。

 採用された実績もほとんど無い。

 だがこの時代の極東においては、こちらの方式の方が生産性が高かったという背景が採用理由としてある。

 カドクラの技術陣の開発した信頼の置けるパーツの出現により、薬室がカートリッジ化されて高効率での量産が可能になったとの事だ。

 熱で銃身が焼ければ交換する様に、71式の薬室は問題が発生した時点で薬室ごとの交換が可能なのである。


 元々モーター駆動でどうあっても強制排莢される事を考えれば、不発による動作の停止の心配はしなくても良い。

 だが単砲身で分間に百五十発もの弾薬を撃ち出すのだ。

 その事を考えればマイナーな方式とはいえ、弾薬の発火が早くメンテナンス性の高いシステムが採用される事は十分にあり得る話だろう。


 郁朗も当然この仕様の事は知っていた。

 かと言って最初からこれを目論んでワイヤーポッドを装備してきた訳では無い。

 単純に甲斐を逃さずに捕らえたかっただけなのだ。

 とは言え戦闘開始直前の短時間の発想にしては、上出来の攻撃方法ではないかと彼も自画自賛している。


 大量の発射薬の発火により、弾頭の降雨のあった周囲は靄に覆われている。

 数百発のライフル弾の着弾があったのだ。

 鉄の雨の真下にいた甲斐は機動を止めている。


(当たってはいるはずだけど……どうだ……?)


 天井からは空調の派手に動く音が聞こえる。

 甲斐が動かしているのかとも思ったが、彼のここまでの言動を思い出しその可能性を否定する。

 恐らくはこのフロアの空調管理を行っているAIが、巻き起こった粉塵に対して過剰に反応したのだろう。


 流されていく靄の中に、その姿は確かに存在した。


(冗談にしちゃあ……どういうんだろう……これは……)


 その光景を目にした郁朗は、これを映した自身のカメラアイに破損の疑念を持たざるを得なかった。

 12.7mmのライフル弾が、文字通りに雨として隙間無く降ったのである。

 新型の生体装甲を纏った片山であっても、直撃していれば無傷では済まない……いや下手をすれば全損させるだけの破砕力はあったはず(・・)なのだ。


 それがどうした事だろう。

 郁朗の目の前には無傷に見える……いや、実際に一つの損傷も受けていない攻勢体が存在しているのだ。


 攻勢体の装甲色は黒と黄色に近いオレンジ。

 それの所々に赤が混じっている……試験機体故の警告色というやつなのだろう。

 元々の素材の成型色なのかも知れないが、塗装は一切剥げておらず……更に体表にも傷一つついていない。


 今の郁朗に自分の見たものを信じろと誰かが言ったとしても、その言葉に説得力は生まれないだろう。

 あれ程の破壊の暴威の中をくぐり抜けたその姿は、あまりにも現実と剥離していたのだから。


(これが……機構の本気の技術……って事なのか……)


 そんな郁朗の心境を言葉でどう語るべきだろうか。

 絶望、失意、悲観、無力、敗北……きっとそんな負の言葉だけを積み重ねた何かなのだろう。

 だが藤代郁朗の諦めの悪さ、いや……前へ進む事に対する渇望は、この半年余りで相当に叩かれ……以前よりも靭やかに、そして確実に強くなっている。


【驚いただろう? この機体の強度は尋常なものでは無いのだよ】


「…………」


【反則と感じたかも知れない。ここから逃げ出したくなったかも知れない。だがこの程度の戦力差すらも跳ね返せない君の腕で……どう極東を掴むと言うのかね?】


「……また演説ですか? なんだか気に食わないなぁ……」


 この図太さである。

 言葉遣いが少しづつフランクになりつつあるのは、現状へのフラストレーションが溜まりつつあるという事なのだろう。


【ククク……さすがと言うしかないな。この状況で折れないか】


「はぁ? 折れる訳が無いじゃないか。たかだが銃撃が効かなかっただけだもの。あなたを追い込む手段は別にそれしか無いって訳でもないんだ。たかだか硬いからって、そんな風に上から見てると後悔するよ?」


【……では続けよう。その威勢のいい声が鳴き声に変わらぬ事を祈るよ】


 今の郁朗に表情があれば、明らかに仏頂面をしているだろう。

 甲斐の……その自身を舐めきった言葉に対して、彼の感情は大きな昂ぶりを覚えている。


 折角のフルドライブを上手く使わない手は無い。

 装着重装型である七号は勿論の事、軽量機体である試作強襲型の一号ですら彼のスピードには出し抜かれている。


 EOという規格において、郁朗は間違い無くスピードキングであった。

 フルドライブ中の彼を捕捉出来た存在と言えば……アジト襲撃の救出行の際に、スロープ入り口を守っていた一体の装着重装型だけである。

 戦闘の勘に優れている片山、視神経に機体特性を持つ環ですら……高速機動中の郁朗を目視で捉える事は出来ていない。


 キュィィィィィィィィィィ!!


 ローダーのモーターに通電出来るギリギリの電流が流し込まれる。


(銃撃が封じられた位で……泣き言なんて言ってられないッ!)



 ジッ!



 ローダーの踵が地面に接地すると同時に、郁朗の身体に爆発的なGがかかる。

 踵から土踏まずにかけて片足に二輪、合わせて四輪の動力輪が出力をコントロールされながら、郁朗の意思を汲んで様々な機動を生み出すのだ。


 せわしないモーター音と共に、郁朗が甲斐に迫る。

 だが音を立てて高速機動を試みたのは彼だけでは無かった。


 フィィィィィン………フィフィフィフィフィフィフィフィ!!


 甲斐もまた……攻勢体の形容し難い駆動音をけたたましく奏でながら、郁朗との激突に備えているのだ。


 地を削る擦過音と共に、一つの塊として甲斐へと肉迫する郁朗。

 その腕には何時の間にか、七号戦で使用したあの可変ガントレットが装着されていた。

 既に形状は刃が起きてドリル状に、更には通電されて発生した熱量で赤熱化している。

 殴り合う準備は万端である、とでも言いたげであった。


 ギィン! ギギギィンッ!!


 一瞬の接触で数合いの打ち合い。

 その手数を肉眼で捉える事は甲斐には出来無いとの自負が郁朗にはあった。

 だが……ならばその場に響いた音が……何故に破砕音では無かったのか?


 その答えは打ち合いの後に後退し、一度距離を取った郁朗が一番よく理解しているだろう。

 彼から繰り出された攻撃のその全てが、甲斐の前腕装甲により遮られたのだ。

 つまり、甲斐は郁朗の連撃を初見で……それも彼の動きに追従してその全てを弾き返したのである。


(さすがにこれは……常識を疑うかな……)


 攻勢体がそれなりの機動性を持つ事は最初の銃撃のやりとりからも見て取れた。

 機構側のEOよりは遥かに速いと。


 だがまさかフルドライブ中の自身の動きをここまで追えるとは、さすがに郁朗にも想像出来無かったのだろう。


【いやいや……速いな……映像資料で見るのと体感するのでは大違いだよ。弾き返すので精一杯とは……やはりその力は異能としか言い様が無い】


 郁朗がEOに転化されてから積み上げてきた自信を小さく喪失する中、甲斐は逆に彼を脅威として十二分に認めている様であった。


「そんな事を言われて信用出来る訳が無いじゃないか。簡単に捌いておいて……現にあなたは僕に恐怖は感じていない。そうだろ?」


【恐ろしく思う事と、その力を認める事はまた違うという事だ。機体の挙動が同等であるのならば、後は動かす者の経験こそが力になると知っておきたまえ】


「塩を送ったつもりか? どこまでも人を下に見てッ!」


 だが甲斐の言う事も確かなのだ。

 郁朗と片山の関係がまさにそれに当たるのだろう。


 装甲改修前の片山の機体スペックは、郁朗よりもあらゆる面において下であった。

 だが互いの特殊駆動を使用しないという条件の元で模擬戦を行えば、その勝率は片山に傾いているのである。

 これは十数年もの間、戦闘技能を職務として磨いてきた片山の……その脳の持ち得る経験による、機体の戦闘性能の上積みという事象の証明となる。


 戦闘経験という面においては、郁朗の持っているものなぞ付け焼き刃もいい所である。

 なにせ彼は戦闘訓練を始めてから一年にも満たないのだ。

 いくら訓練の内容が片山を相手にした密度の高いものとはいえ、長い年月で戦闘経験を積んだ人間との差の何もかもが埋まる程のものでは無い。


 正面から通用しないのならばと、郁朗は策を弄する。

 自身の速度に追従出来る即応性があるとしても、虚を突かれればどうかという事なのだろう。


 再度ローダーのモーターに悲鳴を上げさせ、郁朗は甲斐へとその身を躍らせた。




 銃撃戦では明確に現れなかった、操者としての性能の差。

 如実に目の前に躍り出た現実に……郁朗は脅威を感じずにはいられなかった。

 だが繰る者の経験が機体の力となるのであれば、その意思はどうなのだろう?


 二人を包む戦況は甲斐に傾きつつある。

 甲斐という自身を超える経験の塊を、郁朗はその強固な意思で乗り越える事が出来るのか?

 彼等の激突はその第二幕へと進んでいく……。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.09.06 改稿版に差し替え

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