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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第七幕 真実の中に浮かぶ活路
149/164

7-16 焦燥の届かぬ地

 -西暦2079年7月24日09時45分-


「何で……殺したんや?」


「自分……何してくれてるん?」


 双子の声は物言わぬ骸と化した早村を目にした事で、静かな怒りに震えていた。

 確かに早村という男は極東で生きる者にとって許されざる罪人なのかも知れない。

 趨勢次第によっては死も免れない、それだけの事を仕出かしたという事は彼等も理解している。


 だが彼の話す口調からは穏やかな人物であるという印象しか受けられなかった。

 本質的に悪人では無いのだと直感で感じるものがあったのだろう。

 故に彼等は早村の事を"おっちゃん"と呼んだのだ。

 まるで祖父の元へ遊びに来た……彼の古い友を慕う様にである。


「ああ、これ? しょうが無いじゃない。余計な事までペラペラと喋っちゃうんだもん。まだどっちに(・・・・)転ぶかも判らないんだからさ。変なコトされても困るのは僕なんだよねぇ」


「「は?」」


 双子がジリと軽口を叩く装着重装型との距離を詰めようとした。

 だが彼等の肩に手を置き、それを止める者がいる。

 新見であった。


「その怒りは今はとっておきなさい。さて、少し聞きたい事があるんですが……よろしいですかね?」


「んー……メンドクサイけどいいよ。オジサン怖そうだからさぁ。で、何?」


「まず君を何と呼べばいいですか?」


「あー、名前? 僕の数字はいくつだっけかなぁ……あ、そうそう。確か五号だったかな。そんな風に呼ばれてたよ」


 やはり彼はあの一団の一人の様だ。


「という事は他の新型の皆さんと同じ、と考えていいんですかね?」


「やだなぁ……あんな出来損ないと一緒にしないでよ。一号を連れてくるなら判らないでも無いけどさぁ……他の連中と並べられるのはちょっと嫌かな。オジサンさぁ、あんまり失礼な事言ってると……そこの出来損ないみたいに殺しちゃうよ?」


 ドロドロとしたものでは無い……澄み切った殺意とでも言えばいいのだろうか。

 無垢とも捉えられる透明なそれをぶつけられた新見は、五号へと苦笑いを返す。


「それは失礼しましたね。確かにあなたは他の個体とは違うのでしょう。話に聞く限り、あなたと同型の皆さんはもっと粘つく殺意の持ち主だったそうです。謝罪しましょう」


「おっ! オジサン、実は話の判る人なんだね! 連中との違いをそう言ってくれる人ってなかなか居ないんだよ。褒めてあげてもいいかな!」


「過大評価だとは思いますが礼をいいましょう。ありがとうございます……で、あなたはこれからどうされますか?」


 今度は新見が彼と同色の……ただ殺すという殺意を乗せた目を五号に向けた。


「ほら、これだ。怖い怖い……そうだなぁ、オジサンに免じて帰ってあげてもいいよ?」


「そうですか……それは助かります」


「「新見さんッ!」」


 双子は新見のその行為を大きな声で咎める。

 立場として上官である新見の方針に、明確な事情も権利も無く感情だけで反抗をしたのだ。

 普通の軍隊であれば許された事では無い。


「堪えて下さい……今はまだ(・・・・)不味い相手です。勝ち負けという次元の話ではありません」


「「でもッ!」」


「いずれの機会は必ずあります……ですからここは……頼みます」


 双子と新見の間に起きた悶着を、五号は楽しげに肩を震わせながら見物していた。


「んー? やんないの? なぁーんだ、残念。やらないんじゃあ、そろそろ帰ろうかな」


「またいずれお会いする事になるとは思いますが……その時には彼等が存分に相手をしてくれると思いますので……達者でいて下さいね?」


 戦闘に縺れ込ませはしなかったが、新見は新見なりにこの不躾な闖入者への怒りを抱いているのだろう。

 後の再戦に備えて挑発する事を忘れていなかった。


「了解したよ。楽しみに待ってるからさ、次はどんな場所(・・)だろうと戦ってよね?」


「「言われんでもやったらぁッ!」」


「景太君ッ! 勝太君ッ!」


 直ぐにでも飛びかかりそうな双子を御す為に、珍しく新見は怒声を飛ばした。

 今この場で簡単に彼等を失う訳にはいかないのだ。


 報告で聞く限り、彼等と三号の戦いですら僅差……細い糸の上をギリギリの綱渡りをして勝ちを拾った様なものなのだ。

 恐らく五号の実力を相手に、彼等のその腕は勝利に届かない。

 対峙したからこそ判る、五号に内包されているであろうその仄暗い力。

 新見を以ってしてそう言わせるのだから、相当なものなのだろう。


「じゃあ僕は行くけど……あっ、そうだった。忘れ物しちゃあいけないよね」


 アンチショックジェルを伸ばして紐状にすると、五号は早村の遺体へとそれを巻きつかせた。

 くい、とそれを引き、遺体をその片腕に無造作に抱く。


「……死者への冒涜は感心しませんよ?」


 まるでただのちょっとした荷物の様に早村を扱う彼へ、新見が苦言を呈する。


「そういうつもりは無いんだけどね、そう見えたのなら謝っておこうかな。彼の身体はこちらで丁重に扱わせて貰うから」


「説得力がありませんが……いいでしょう。ではいずれ」


「そんじゃ、まったねー」


 五号は身を翻すと、あっさりその場から離脱する。

 割れるガラスの音と共に。


「「…………」」


 訳の判らない内に事が動いた事もあるのだが、どうにも拭い難い敗北感が双子を包んでいた。


「……何で戦わせてくれへんかったん?」


「……ボクらやったら勝てんかったから?」


 やはり勝太の方が少しではあるが、景太に比べて冷静な判断を下せる様だ。

 新見は嵐の過ぎ去った事を彼等に告げる。


今の(・・)君達では間違い無く、為す術もなく破壊されて終了です。全く……エレベーターに乗る前に言った事をもう忘れたんですか? 恐らく再戦はこの内戦が終わってしばらく経ってからでしょう……ですが機会はあるのです。時間のある内に次に備えて自分を磨きなさい」


「……何で……そんな事が言い切れるん?」


「新見さんて……エスパーか何かなん?」


「馬鹿な事を。戦う者の心構えというやつです。さぁ、下に降りる準備を。君達の当面の目的は達成されたのでしょう?」


「「それは……まぁ……」」


「君達に今出来る事は、藤代君の助力に向かう事。それだけです。急いで下さい」


 新見に尻を叩かれ、退室を促される二人。

 渋々とそれに従うのだが、三号の事も含めてどうにもやり残したという感覚が抜けない様だ。


「なぁ、勝……結局三号に言うた事は……有耶無耶になってもうたなぁ……三号はこんな結末の為に死んでいったんやろか……早村のおっちゃん、とっ捕まえてケジメ取ったるつもりやったけど……どうにもなぁ……」


「そんなんボクに解かる訳ないやんか…………でもな。早村……あのおっちゃん、そんな悪い人には見えへんかってん。爺ちゃんと同じくらいにな。お前にもそう見えたやろ? 三号にとったらあの人は……そういう(・・・・)人やったんとちゃうんかな……」


「そやけど……生命を拾ってくれた人の為に、生命を投げ捨てるてなぁ……やっばりボクには理解出来んわ」


「うん……でもこうなったらせめて……同じ墓には入れたりたいよな……?」


「せやな……ほんま困るわ……また宿題が増えてもうたで……」


 早村があの家の子供達をどの様に使おうとしていたのか、それを真の意味で知る事はもう出来無いのだろう。

 願わくば、これ以降の世は……三号の様な人間が生まれ出る事が無い世界であれば良い。

 双子はそう思わずにはいられなかった。


 一方で新見は別の思考に囚われていた。

 あの五号という存在。

 新見が止めなければ双子はどうなっていた事だろうかと一考する。

 恐らく新見を含めた総力戦で当たったとしても、先程の部屋で全員が屍をビル風に晒す結果となっただろうとの結論に至った。

 そして……。


(早村を殺すという所まではいいでしょう。あれ(・・)からの口封じの命で動いた考えれば理解出来ます……だが……何故遺体まで持ち去ったのでしょうか……?)


 新見は早々に彼が誰の手の者かを把握していた様だ。

 だがその話を双子にしなかったのは、単に時期が早かったという事だけに過ぎない。

 全ては機構を打倒してからでなければ、全てが明かされる事は無いのだろう。


 地下で開始されているであろう、郁朗と甲斐の戦いを彼は思う。

 その戦いの末がどう転ぶかはまだ見えない……だがその結果如何では、自身を含めた数名は次の戦いの舞台へと飛ばねばならない。


 双子や晃一は兎も角、少なくとも郁朗は千豊達への追従を選択するだろう。

 そうなれば抱えている秘密をもう直ぐ話さねばならない……その事を考えれば考えただけ、新見の気は重くなる一方である。


(だが今は……千豊さんを追う事を最優先に……)


 僅か数時間先に待つであろう結末を愚考する事すら許されず、新見の率いる一団は地下へと足を運ぶのであった。






「そちらの端末はどう? 反応しているかしら?」


「はい……四桁……八桁…………十桁……OKです! パスコード看破しました!」


 ロックを解除され、轟々と音を立てながら隔壁が壁へと飲み込まれていく。

 千豊が地下に潜るルートらしきものを発見して既に十五分。

 その道行も今の所は順調と言えるだろう。

 既に数枚の隔壁と幾つかのトラップを、この短時間で突破して進めているのがその証拠と言える。


「これで五枚目……本当に甲斐は私に地下に来て欲しくはないみたいね……」


「確かにこれだけの手際を見せられれば……甲斐の気持ちも判らなくは無いですね」


 青白い蛍光照明に照らされながら、随伴している戦闘班の班員が真顔でそう答えた。

 彼も工兵足り得る訓練の一つとして、整備班や技術班による技能の講習を受けている。

 当然ながら、その中には千豊主導の電子戦のカリキュラムも含まれていた。

 だが一つの隔壁を三十秒足らずの短時間で、それも力技で抉じ開けている様にしか見えないその光景は、彼から見ても明らかに異質に思えたのだ。


「愚痴を言っても仕方無いわね……先を急ぎましょう」


「了解しました。先導しますので、指示をお願いします」


「判ったわ」


 白く塗られた経路内をトラップの有無にだけ気をつけながら、足早に小さな一団は地下へと進んで行く。

 ここまでに存在したトラップの全てが、致死性や致傷性のものでは無かった。

 明らかな足止めを狙った拘束性の高いものばかりだった事から、甲斐が千豊の……というよりも、逆に一定の技術を持つ人員以外の到着を拒んでいる様にも感じられたのだ。


 更にこの地下エリアについての疑問も残る。

 それなりの広さを持っているであろうこの一帯。

 今はとにかく下る事しか考慮されていないが、その道の端々に幾つかの部屋の存在が確認されている。


 その内の一つだけを、先に続く経路の有無を確認する為に彼女達も覗く事となった。

 そこに置かれていた機材の内容から、千豊は図面を見た時に想定された通りであったとの確信を持つ。

 この地下層が何らかの研究施設ではないのかという事だ。


 細胞の培養器や工学的な作業の完結が可能な機材が、小さな一つの部屋にパッケージされていた事は千豊を小さく驚かせる。

 恐らくはこの地下層部分でEOや葉緑体駆動システム等も開発された……いや……開発させられたのかも知れない。


 そんな発見もありながら、千豊達の地下行は続く。

 あまりにも同じ色合いの壁が続く事で、この経路がどこまでも続くかの様な錯覚に襲われ始めた頃。

 本部ビルの構造図で見る限り、更に一つ下の階層に降りられるであろう踊り場と言える区画が不意にその姿を見せる。

 だがその踊り場はここまでの経路には無い違和感とでも言うのだろうか……明らかに違う系統の技術で建造された痕跡が見受けられるのだ。


「これは……」


 先程までの白い内壁は姿を消し、灰系統の色合いで塗りつぶされた壁面。

 床面に関してもリノリウムの冷たくも柔らかい質感を越え、もっと無機質で硬質な感触のするものが使われている。

 下の階層に向かえるであろう場所には水晶の様な物質に見える透明な隔壁があり、当然ながら何らかのロックが為されているのだろう。

 そこには進もうとする者の行く手を、確実に遮ろうとする意図が感じられた。


「千豊さん! こちらへ!」


 随伴員が部屋の隅で何かを見つけた様である。

 千豊が急ぎ向かって目にしたものは……明らかに極東、つまり日本のものとは違う言語が使われている、壁面に埋め込まれた端末であった。


「外国語……ですか?」


 目にした事の無い文字列を見た事で不安になったのだろう。

 随伴工兵はそう千豊に尋ねた。

 だが返答を待つ彼の目には、自身よりも酷いと思われる少し悪くなった彼女の顔色が映る事となる。


「大丈夫ですか? これの事を……何かご存知なんでしょうか?」


「大丈夫……少し驚いただけだから。今すぐ解除にかかります」


(こんな所にまであれ(・・)の技術が使われてるなんて……やってくれるわね……)


 千豊はこの技術大系の正体を知っているのだろう。

 端末の入力装置にあるキーの数はたった五つ。

 それを何れかの組み合わせで押す事で、何らかの文字として発しているのが彼女の作業から随伴員にも見て取れた。


 異常である。

 その一言につきるのだろう。

 目の前にある未知の言語が、何らかの法則性を持っているのは確かである。

 千豊がそれを読める(・・・)という事からもそれを察する事は可能だ。


 だが……たった五つのキーだけでそれらの表現が出来る事を、何故彼女が知っているのか。

 一般に知られていないだけの既存の技術なのかも知れない、そう考える事は出来る。

 それでもこの場所に使われている技術の異常性よりも、それを看破してのける千豊の対応技術の異常性の方が……随伴工兵の彼等の目について離れなかったのである。


 ゴトリ


 区画内の複数箇所がせり上がって変化を見せた。


「人数を削るつもりね……これを設置した人の底意地の悪さがよく判るわ……」


 千豊はそのギミックの意味を理解しているのだろう。

 大きく溜息をつきながらそう言った。


「どうしました? 自分達には端末に表示されている言語が読めないもので……」


「この区画では足止めというよりも……人数を削る為のトラップが用意されてたみたいなの。見ていて頂戴」


 千豊が先程せり上がった部分へと、無造作に足を乗せる。

 すると端末に記されていた赤い光点の一つが緑になった。


「ここに人が乗る事でロックが解除される仕組みになってるのよ。全部で三箇所。都合がいいと思わない?」


「何がです?」


「私達は全員で四人。三箇所に人手を取られると考えれば……進めるのは一人。アナログだけど……なんともいやらしいトラップだと思うわ」


「何か重量物を置いて、という訳には……?」


「無理ね。生体が乗らなければ通電しない仕組みになってる様よ……悪いのだけれども、アナタ達はここに残って貰えるかしら?」


「それはダメです! 千豊さんを一人で行かせるなんて……後続を待ちませんか?」


「それは無駄だと思うわ。恐らくだけど、人数に合わせて解除装置が生えて(・・・)くるギミックだもの。装置が出てきた位置を見ればそうとしか考えられない。どうあってもここから先は一人しか通さないつもりらしいわ」


 確かに彼女の言う通り、解除装置は部屋の構造から見てもバラバラの位置に発生している。


「…………」


「今は私が甲斐の所に行く事が先決だと思うの。彼が何故、私の存在を拒むのか……そこに何かの理由と目的があるのなら、それを知る必要があるから」


「ですが……」


「時間が無いの。恐らく……イクロー君が向かった最下層に、ここのセキュリティの解除装置も存在するはずだわ。それを解除すればアナタ達も先に進めるはず……お願いします」


 千豊は随伴工兵に頭を下げる。

 彼等は顔を一度見合わせると、本当に渋々と彼女の提案に従う事を決めた。


「……出来るだけ早いセキュリティの解除を……我々も直ぐに駆けつけますので……」


「ええ……お願いするわ」


 工兵達が装置の上に乗るごとにガチリと音が鳴り、三人目が乗った瞬間に……透明な隔壁がその場から消失(・・)した。

 唖然とする随伴員達を尻目に、千豊は先を急ぐ。


「お気をつけて!」


 そんな声を背中に受けながら……。




 五号の存在、地下研究施設にある出処不明のギミック。

 極東にはまだいくつもの謎が残っている。

 それらが噛み合う事で判る何かもあるのだろう。


 地下へ向かう新見と双子。

 郁朗の元へ急ぐ千豊。

 既に開始されているであろう郁朗と甲斐の戦いに、彼らの介入は間に合うのか?


 時間は彼等の焦燥すら飲み込み、その針を進めていくのだった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.09.06 改稿版に差し替え

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