7-15 双心、知る
-西暦2079年7月24日09時35分-
郁朗がエレベーターで地下へと姿を消した直後、残された人員は動き出す。
千豊は地下へと向かう為に戦闘班員を三名連れ、エレベーターとは違うルートの探索を開始した。
双子の気がはやっている事を不安要素とした新見は、千豊では無く彼等に随伴する判断を下した。
恐らく彼女の先に障害として現れるのは、具体的な暴力としての戦力では無いという彼なりの予感もあった。
事が電子戦であるのならば、極東において彼女の上に並ぶ者の存在を新見は確認した事が無い。
長瀬謹製のバックドアのお陰で有耶無耶にされてしまったが、陸軍本営のセキュリティを楽に突破してみせる鹿嶋や柳原ですら彼女に薫陶を受けた側なのだ。
並のセキュリティならば、彼女に回線のルートを辿られただけでその機能を失う事となるだろう。
鹿嶋達オペレート班を鍛え上げたその技術は伊達ではない。
そんな背景が無ければ、これまでと変わり無く千豊の背中を守っていただろう。
だが今は彼女よりも双子の先走る危うさが恐ろしかった。
強靭な身体を持つ彼等ではあるが、メンタルはまだまだ青年になりたてのそれなのだ。
「新見さん、ほんまにこっちに来はりますん?」
「何か問題でも?」
「いやいや、千豊さんのガード……」
「言いたい事は判ります。ですが、今の君達をそのまま早村に会わせる訳にはいかないのですよ」
「ボクらかてこんな時くらいちゃんとやりますって、なぁ? 勝?」
「そうですわ、新見さん。なんぼボクらでもこんな状況で――」
少し苛立ちを含めた声が返ってきた事で、新見は自身の読みが当たっていた事にぞっとした。
「その君達の言動がもう答えになっています。焦る気持ちは解からないでもないですがね、その焦りがきっと君達を殺しますよ?」
「そんな難しい事言われてもなぁ……」
「焦ってるか焦ってへんか言われたら……そんなん焦るな言うのが無理な話ですやん!」
景太は新見の自分達を見透かす様なその目に怯えたのか、つい大きな声を上げてしまった。
彼等にしてみれば、辻の元を離れてまで確かめたかった事なのである。
その答えがもう目の前にあるというのに、新見は焦るなと言う。
作戦に参加しているEO二十三番機としての理性はそれを理解出来る。
だが辻景太としての感情が、この状態で足止めされる事を拒んだのだ。
「景ッ!」
さすがに今の発言は勝太が許さなかった。
「今のはアカン……お前の気持ちはボクが一番判っとる。そやけどな、今のはただの八つ当たりや。新見さんはボクらの心配してくれとるだけなんはお前も解かってるやろ? それをあんな言い方したら……アカンわ、お前」
「…………」
「勝太君、そこまでで。ここで君達が仲違いしては余計に心配になります。景太君……早村はここに居るんです……居るんですよ?」
新見のその一言で景太は少しは落ち着いた様だ。
現在の状況を考えれば、新見のその言葉に間違いが無い事が解かる。
二人は早村という人物について、少しは調べるという事をしたのだろう。
その中身は公的な記録にあるもの、という縛りはつく情報ではある。
だがその記録における彼と甲斐の関係性からいけば、甲斐をこの場に置き去りにして立ち去る様な真似の出来る人間では無いと理解出来るのだ。
機構の役職が世襲である事はm一般市民にも知られている話である。
つまり彼等はなるべくしてその立場になったという事だ。
そしてこの極東の現状というものも、彼等が共に望んで起こした状況なのだろう。
「なんかスンマセン、新見さん……」
景太はそれ以上の言葉を出せなかった。
立場的には上役の新見に噛み付いた気恥ずかしさもあるのだろうが、自身の先程までのみっともなさがそうさせた。
「これも仕事なんですよ、と言いたい所ですがね……うちの組織には時々ですが、タガが外れたみたいに考え無しに火事場に飛び込む子供が多く困っています。君達は勿論、千豊さん……藤代君に片山さんもですね…………まぁ、それでもです。困るからと言って、そんな君達を放ってはおけないんですよ」
「「新見さん?」」
この半年ばかりという短い期間における、小さくない自身の変化に新見は気づいていた。
ただ……まさかこんな戦場の片隅で、それも双子を相手にだ。
自身の思っていた事を吐露する事になるとまでは考えてもいなかったのだろう。
「自分でも驚いています。どうやら私の中にも情というものが存在していたらしいですから……君達の合流前なので直接は知らないでしょうがね、戦死した部下達がいます」
「…………」
あの戦場で逝った中尾達の事なのだろう。
苛烈な戦闘の中、数名が戦死した事は双子も知っていた。
「私にとって部下との関係は……戦場という状況だけに限定すれば、ユニットとそれを動かす者です。冷たく感じるかも知れませんが、そうしなければ部隊は機能しないと思っています」
双子と新見のやり取りを見守っていた戦闘班の班員達も大きく頷いている。
「それでもね……彼等を失った時は堪えました。普通の上官という立場に居るのならば、当たり前の反応でしょう。でも、私は違うんです」
「「違う?」」
「ええ……いずれ細かく話す事になるとは思いますが……違うんです。そんな感情を持ち得なかった者なんですよ。それがこんな有り様です。部隊を率いる者としては失格なのかも知れません」
「そんな事……」
「なぁ……?」
「だからこそあえて言わせて下さい」
新見の顔つきが諭すものから願うものに変わった。
「お前達は安易に死へと向かう選択をするな。そんな事を続けていたらお前達が死ぬだけでは済まなくなる。帰るべき場所も守るべきものもあるんだろう? それを忘れるんじゃない」
新見の口調の変化に戸惑ったものの、双子はその声音が真摯なものである事が理解出来たのだろう。
彼の話を黙って聞いている。
「やるべき事と出来る事を常に天秤にかけろ。そして生き残れ…………いいですね?」
いつものアルカイックスマイルに戻った新見は以後口を噤む。
(藤代君の時といい……これじゃあ感情の大安売りじゃないですか……)
彼にしても戦闘班長である新見武臣では無く、一個人・新見武臣として言葉を吐く事に慣れず、気後れしてしまっているのだろう。
戦場ではあらゆる事態に動じない鋼の部隊長である彼のそんな一面は、双子に何かの影響を与える事が出来たのかも知れない。
だからこそ……彼等は新見の念押しの言葉に静かに頷くだけだった。
地下から戻って来たエレベーターに乗り込み、そのまま十二階へと彼等は向かう。
念の為に確認をしてみたものの、ご丁寧に地下階層へのボタンは反応を止められていた。
階段を使わなかったのは新見の判断である。
この期に及んでセキュリティ以外での妨害工作は無いだろうという、千豊を放任した時と同じ根拠を元にしている。
幸いな事にその予測は外れる事無く、彼等を乗せたエレベーターは無事に十二階へと到着した。
大型の作業用エレベーターであった為、分断される事無く目的の階層に辿り着けた事は幸運であった。
十二階は甲斐を筆頭とした幹部職員が執務や会議に使用していたエリアなのだろう。
施設内のマップを見る限りのものではあったが、実際に見てみるとその通りに会議室や幹部達の執務室が居並んでいた。
最奥にある少し広い部屋の隣。
甲斐の執務室に隣接している部屋が早村の執務室だそうだ。
工兵技能を持つ班員が扉を調べ、念の為に爆発物などの有無を確認している。
「中に入ってはどうですか? 何も仕掛けてはいませんよ?」
扉の向こう側から小さくくぐもった声ではあるが、そう聞こえてきたのだ。
「早村……なんやな……」
「景、行こう。慎重に、な?」
「うん、行こ」
二人はその言葉が罠であっても構わない様に、新見達の前に立ってドアノブに手をかける。
先程の様に気が急いて勢いのまま部屋へ入るのでは無く、自分達の耐久力を熟慮した上での行動であった。
故に新見も何も言葉を出さず、彼等に付き従った。
「ようこそ、と言うべきか……それともよく戻りました、と言うべきか……兎に角、辻はあなた達をしっかりと育ててくれた様ですね」
「爺ちゃんの言うてた通りって事でええんかな?」
「あんたが早村さんやんな? 爺ちゃんが会いに行け言うたから来たで?」
双子の目に入ったのは、五十中頃に見える痩身の男性であった。
その目に戦意は無く、彼はただ懐かしそうに目を細めて双子を見据えるだけ。
まるで彼等の中に懐かしい誰かを見つけたかの様にしか見えない。
「そうですね。辻からどこまで聞いています?」
「爺ちゃんがあんたらのやり口に辟易としてもうて」
「機構から逃げる時にあんたからボクらを預かった、ってとこまでやね」
「知っている事は全部話したという事ですね。ここまで辿り着いたご褒美を出すとしましょうか。君達は自身が何者なのかを知りたい……それで構いませんか?」
「構うも構わんもそれを聞きに来たんやし」
「出来たら嘘はつかんとって欲しいかな」
もう少し話す事を躊躇われるのかと思ったが、早村がすんなりと話を始めた事に双子は面を食らった。
「当然です。君達にはこの話を聞く権利がありますから……さて、どこから話しましょうか」
「そんなん最初からやな」
「うん。全部や、全部」
「いいでしょう……そうなるとまずは甲斐と早村の家の話から始めねばなりません。君達はどこまでその二つの家の事を知っていますか?」
「機構の要職に着くってくらいやなぁ……」
「世襲なんやったっけ?」
「そうです。代々機構の長と、それを補佐する者を輩出する家がこの二家なのですよ。今代は礼二様と私、という事になります」
「そんで?」
「当然この地位に着くまでに……色々と表には出せない動きがあった事は確かです。特に礼二様は三男でしたから……跡を獲る為の手段はそれは苛烈なものでした」
「……実の兄弟とやり合ったって事……なん?」
「先に手を出したのは礼二様ではありませんよ? 力をつけ始めた礼二様に脅威を感じた彼の家の長兄が……まだ学生であった我々を襲撃した事が原因です。礼二様が嬉々としてその闘いを受け入れた事は違いありませんがね」
「嬉々として……喜んで兄弟と戦ってって事なん? そんなアホな事……」
「君達の様に繋がりの深い兄弟であるのならば、それを理解出来無いのも仕方ありません……続けます。礼二様は兄弟達だけで無く、自身を咎めた祖父をも排除して今の地位につかれました」
「排除って……殺したん?」
「一人は自身の手にかけ、一人は別の家へ。祖父にあたる先々代の機構の統制長は、幽閉の末に亡くなられています」
「…………」
「そこまでして権力握って……そんなにまでして欲しいもんなんか……」
勝太が言葉を失う中、景太は権謀に巻き込まれる事の恐ろしさと嫌悪を、直接の言葉にして反芻していた。
「そうして実権を握った後は想像通りです。我々は地表に返り咲く為に尽力した、という事ですね」
「この内戦もその為と?」
初めて新見が口を開いた。
判っている事ではあるが、当人の口から再確認したかったのだろう。
「あなたは?」
「彼等の保護者で同じ組織の者ですよ。口を挟んで申し訳無いですが、念の為に、というやつです」
「そうですか……その通りです。この内戦ですら途中経過でしかありません。ですが……その話については、あなた方のお仲間が礼二様にされるべき事です。私にそれを開示する権利はありません」
「いや、それで十分です。失礼しました」
「いえいえ。さて、ここからが君達の求める話となるのでしょう……今代の機構幹部は系譜を持つ事を良しとしませんでした。我々は今代で地表に上がり、この機構という組織を潰すつもりでいたからです」
「子供を持たへん事と潰す事に……何の関係があるん?」
「ただの我々の覚悟の表れですよ。だがそうされては……甲斐の血脈を閉ざされては困る存在も居た、という事です」
「それは誰なん?」
「それについても私は口にする事が出来ません。ですが、そこに君達の出生の秘密があります」
「ちょっと待って……ほんならボクらは……」
「勝? お前何でそんだけで何か判ってんの? ズルいやん……」
景太は答えに至らなかったが、ここまでの話を全て繋げれば予測のつく答えではある。
「気づかれた通りです。君達は甲斐に残された最後の血脈……礼二様の血縁ですよ」
景太は信じられないものを目にした時と同様に、早村をカメラアイで捉えたまま固まっていた。
勝太は勝太なりに……自分達が早村の手により預けられたという時点でその予感もあったのだろう。
やっぱりかと何かを諦める様にその頭を振っていた。
景太程のショックを受けている印象は無いが、それでも意識を彼に向ける事はしなかった。
「大丈夫ですか?」
早村の穏やかな声が双子の止まった意識に囁きかける。
その声には組織のナンバー2からのものとは思えない、慈しみが含まれていた。
「ああ……うん、ボクは大丈夫や。景、しっかりせなあかんで。帰って来い」
「勝……? ボクらは……」
景太もようやく再起動したのだろう。
溢れてくる疑問を勝太に問いかけようとした。
「考えんのは後や。今は話を最後まで聞かなあかんやろ?」
「……そうやな。おっちゃん、続きがあるなら話したって」
「勿論です。君達を甲斐の血脈と言いましたが……礼二様の子、という訳ではありません」
「ほな誰の?」
「他家に追いやられた礼二様の次兄……その方の子という事になります」
「……その人は?」
「もう亡くなられています。殺されたのでは無く、病没です。元々……それ程身体の強い方ではありませんでしたから」
「……早村のおっちゃんは……何で爺ちゃんにボクらを預けたん? 甲斐はその事を知ってるん?」
「…………」
早村は当時の事を思い出しているのだろうか。
天井を仰ぎしばしの瞑目を終えると、双子へと再び向き直った。
「礼二様は知っていて放置していたと思いますよ。次に誰の要請か……という話は残念ながら出来ません。ですが、この件の根にあるのは早村の家の役目である、という話なら出来ます」
「役目?」
「ええ……私の生家……早村の家の役割は、甲斐の家の血統を次代よりその先へ残す事。気性故に血統が途絶えそうになる事が珍しく無い、そんな甲斐の家の血を守る為に存在しています」
「でもおっちゃんは――」
「ええ、そうです。私は礼二様の野心に従いました。ですがそれを許さない存在もまた、この地には居るという事なのですよ」
「それでボクらを……」
「ええ。辻が機構の闇に耐え切れないという事は予測出来ました。ただ、そのタイミングで……甲斐の家に隠れる様に君達が生誕した事は想定外でしたがね」
「…………」
「末期に近かった次兄の方は、あるルートを以って私に繋がりました……君達を頼む、と。そのとあるルートからの要請を……私は断る事が出来ませんでした」
父親の話が出たせいなのだろうか。
景太は何かを思い出したかの様に早村に一つの問いを発した。
「あんな、おっちゃん……ボクらの……母親ってどうしてはるん?」
「……残念ながら」
「うん、ごめん。答えてくれてありがとう」
言いにくい事を聞いた自覚があるのだろう。
景太は彼に謝罪した。
そしてしばしの沈黙が流れた後、早村はこれで終わりだと話を締める。
「これで私に話せる事は全てです。残りを聞けるかどうかは……君達のお仲間次第というところでしょう」
「そんだけ聞けたら十分やわ。なぁ、勝?」
「そやな……結局どんな生まれであれ……ボクらの帰る所は爺ちゃんの所って事なんやなぁ……それが判っただけで十分やな」
「それは何より…………辻は元気にしていますか?」
「そらもう。なぁ?」
「うん。子供相手に相変わらずアホな事しとるよ。まだまだくたばらんのとちゃうかな?」
「そうで――」
ガシャン!
笑みを浮かべながら早村が宙に浮かぶ。
早村の背後にあったガラスが割れ、彼の薄い胸板からは黒色の杭が顔を覗かせていた。
「「おっちゃんッ!!」」
べしゃり
双子の叫びを他所に、血に塗れた早村が床へと落ちる。
杭の勢いに乗せられて床を跳ね、二度バウンドして止まった早村だったものは……即死だったのだろう。
既にその生命の灯火を消していた。
「困るんだよなぁ……好き勝手に喋られちゃあさぁ」
割れたガラスの向こうにぶら下がる何者か。
双子はその形の者を数度、目にしている。
黒いゲル状の透過物質に包まれた存在……装着重装型のEOであった。
双子は自身のルーツを知る事が出来た。
何者の指示によるものかまでは判らなかったものの、彼等の大願は成就したと言える。
だがこの場に現れた新たな装着重装型は、何を理由として早村を殺害したのか?
そして早村は自身のこの行末すら知っていたのだろうか?
対峙する双子と闖入者。
その場にいる者を包む空気が剣呑なもの変わるのを……彼等は自覚していた。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.09.06 改稿版に差し替え