7-12 力の発現
-西暦2079年7月24日09時20分-
「馬鹿言ってんなよ……? それ以上言うなら今直ぐ俺がぶっ殺してやるからよォ……」
『……そうしなければ……もっと死ぬ……それだけだぞ?』
「判んねぇ野郎だな! こんなやりとりしてる暇があったら逃げろっつってんだ! 二号弾は言われなくたって撃ち込むつもりだっての!」
『いや……間に合わん』
「何がだよ!」
『…………ローダーが死んだ……中身がやられてるらしい……』
彼のローダーは二号弾の大量爆破による狙撃射線生成の際、飛来した様々な破片の直撃を受けて車軸や内部回路に深刻なダメージを受けていた。
ローダーの外見そのものには何の損傷も見られないのは皮肉としか言い様が無い。
「だから何で――クソッ! 俺のせいかよッ! 謝ったってどうしようもねぇ……走ってでも逃げて来い! いいなッ!? 絶対に諦めんなッ!」
『…………判った……お前も急げ……何時撃ち出されるかも判らん……』
「判ってらァッ!!」
アキラの方から通信が切られた事に……少しだけ環は安心する。
何であれその場に留まるのでは無く、生存の為に動き出す選択をしたという事なのだから。
マガジンを二号弾へと換装した環は大葉へと通信を送った。
「大葉さん、さっきはあんがとな。連中は片付いたぜ。次はミサイルって事になんだけどよ……脳負担の問題は出てねぇか?」
『大丈夫だよ。もう私の仕事はほとんど終わった様なものだからね。結局施設の爆破もせずに済んだから助かってるよ……こちらに連絡してきたって事は、大型ミサイルを二号弾でやるんだね?』
「その事なんだがよ、大葉さん。ミサイルを地面で起爆させんのと、飛んでるのを空中で起爆させんのとで大葉さんの負担ってのは変わんのか?」
『負担よりも私のミリ波が届くかどうかが問題になるよ。届きさえすれば移動してようが何だろうが関係無いだろうね』
「…………大葉さん……無茶言っていいか?」
『理由があるんだろう? 話をしている余裕も時間も無いだろうから、私は君を信じるだけさ。起爆タイミングはタマキ君に任せる。飛んでるミサイルを落とすなんて初めてだけど、なんとかしてみせるよ』
「……悪ィ……借り一個な?」
『それはいいから、さぁ早く。間に合うものも間に合わなくなるから』
「おうッ! とっとと片付けるぜッ!」
廃棄地区という魔窟にて、大人という生き物を簡単に信頼する生き方をしてこなかった環ではあるからこそ、大葉のこの快諾は彼にとって心地良いものだった。
無条件で自身を信じてくれるのは祖母だけであったのだ。
他人から送られる他意の無い信用を受け止めるには、彼の心がそれに慣れていない事もやはり大きいのだろう。
(俺はラッキーだったんだろうな……こんな身体になっちまったけど、俺の周りの大人達はちゃんと俺に向き合ってくれる人達ばっかなんだもんよ。ほんとに……自分がガキだって事を嫌になるくらい自覚させられちまうってもんだ)
ククッと小さく笑いながら、68式改の銃口を落とすべきミサイルへと向ける。
環の現在位置からミサイルを目視する事は可能であった。
目測で全長二十メートルに少し足りない程だろうか。
ミサイルは既に発射台の方向転換と仰角の調整を終えており、そのほとんどが南を向き四十五度程に寝かされ発射台にその身を横たえている。
出来れば推進部へと二号弾を仕込みたい所ではあったが、さすがにそれは不可能であった。
サイロ群の南東に居る環の射角にそれらが一切入らなかった事と、推進時の熱量で二号弾が誘爆してしまっては環の目論見から外れてしまう為、狙えたとしてもそれは避けねばならなかったのだ。
仕方無しにではあるが、環はミサイル本体の中頃から先端にかけて数発の二号弾と起爆弾を、ミサイルの内部に届く様に丁寧に撃ち込んでいった。
ミサイルの炸薬が熱や衝撃に強いタイプの物だったのだろう。
着弾の火花はどうしようも無いにしても、弾頭の摩擦熱等で炸薬に火が入らなかった事は幸運だった。
順調に破壊の種を埋め込み続けていた環であったが、八発目のミサイルへの仕込みが終わると同時にそれは始まった。
一km強離れている環の腹の底にまで小さく響いていた振動が、更に大きくなり空気までをも激しく揺らし始めたのだ。
(もうかッ! まだ足んねぇぞッ!)
空になったマガジンを排出すると次のマガジンを手早く挿し込む。
初弾装填の為にボルトハンドルを引く時間すら、環の体感では酷く長いものに感じられた。
ジャコンと音を鳴らし薬室へと弾薬を運んだ68式改のその音は、まるで待たせて済まないと環に対しての謝罪をしている風にも聞こえた。
砲声を盛大に奏でながら九発目のミサイルに手際良く穴を開けていく。
次のマガジンへの換装と装弾を終えるのに合わせたかの様に……未だ二号弾の仕込みの終えていない最後の一発がリフトオフを開始した。
(こっちからかよ、こんちくしょうがッ!)
環は立ち上がりミサイルを睨みつけると、自身のカメラアイの中に浮かぶレティクルをその中心に据えた。
踵と爪先のアンカーがゴシリと音を鳴らし、少しでも振動から生まれるブレを無くそうと環の身体を支え始める。
彼の右腕のモーターが、その視線の動きに砲身を追従させる為に小さく音を立てた。
スコープを覗かなければ狙撃出来ない一般的な狙撃手と違い、彼は自身の肉眼とV-A-L-SYSの補正を合わせた目視狙撃が可能なのだ。
ドンッ!
初弾を浮き始めたミサイルへと叩き込むと、次々とトリガーを引いた。
V-A-L-SYSのプロセッサは浮上していくミサイルの動き、環の視線内のレティクルへの砲身の追従、砲身の加熱と発生した大気の乱れによる弾道のズレを超高速で演算している。
68式改のV-A-L-SYS演算ユニットの収められているユニットの熱量が、排熱が間に合わない為に恐ろしいスピードで増していくのが環にも判った。
(起爆弾頭……間に合えッ!)
ドンッ!
最後に撃ち込んだ二号弾の起爆弾頭が空を駆ける。
ミサイルの上昇する速度を見越した偏差位置に撃ち込まれたそれは、逸れる事無く外装を突き破るとミサイル内に根を張った。
「大葉さんッ!」
『解かってるッ!』
急かす環の声を聞き、大葉は彼の意図する事をしっかりと理解、実行に移す。
高度五百メートル程の位置まで昇りつつあったミサイルを視界に収めた。
このミサイル爆破という突発的な案件において、一番理想的な処理方法だったのは発射台のロックを外して縦坑に戻し、ミサイルサイロ内で起爆する事だった。
だがそれは時間的にも人員的にも叶わない事であり、実現不可能なプランに時間を割くのは無意味だと環の脳内からは即時却下されている。
次の候補は陸軍本営演習地を含めたNブロック無人地域、それも大葉のミリ波の届きうるギリギリの距離での空中爆破だった。
現在位置で爆破させるよりも幾らかは安全だろうという安易な発想ではあったが、あながち間違ってもいなかったのだ。
ミサイルは全弾がほぼ南へとその機首を向けている。
大葉のいる位置は陸軍本営の南……それも彼より以南には第二師団の防衛ラインが存在する位置まで味方は存在しない。
つまり物騒な爆発物を叩き落とすにはお誂え向きの場所だという事だ。
本営ビル上空を通過する一瞬にしかチャンスは無いが、ミリ波を含む電波の伝搬速度は光速と同じである。
空気や水分による減衰があったところでそれは誤差とも言える極僅かなもの。
たかだかマッハいくつか、それもリフトオフ直後のこれらを捕捉する事など造作も無い事であった。
大葉の意識がミサイルにさえ向けばそれで起爆は完了するのである。
『落ちろッ』
大葉の小さな呟きを乗せて、ミサイルの起爆は問題無く行われた。
サイロ群の南南西から南東にかけて。
白煙の航跡を残して大型ミサイルは間を置いて次々と地を離れ始めた。
環が68式改に大きな負担をかけてどうにか二号弾頭を仕込んだ一発が、陸軍本営の敷地外に飛び出した瞬間に大葉によって起爆される。
小さく火を吹いたそのミサイルは、炸薬への誘爆を起こしながら無人のビル街へと落下していった。
一発、また一発と大葉によって地に沈み、爆音と破砕音を撒き散らしていくミサイル達。
空中での起爆による他の部隊からの被害の声も、今の所は全く上がってきていない。
だが大葉が八発目のミサイルを落とそうと意識した瞬間、彼の想定外の場所から黒煙が上がるのをそのカメラアイが捉えた。
ミリ波によって火を吹いたものはミサイルだけでは無かったのだ。
本営ビルの一階、そしてビルから少し離れた演習地から小さな火勢と粉塵が巻き上がっている。
大葉は何が起きたのかを瞬時には理解出来なかったが、まだ二発のミサイルがこの戦場には残されていた。
彼にとっての現在の最優先事項は、それらを撃墜する事なのだ。
次のミサイルへの視線を送りながら、自身の焦りの原因となっている場へと通信を送る程度の事しか今は出来無い。
『団長さんッ! コーちゃんッ!』
そう。
関係者の不在が確認されている演習地は兎も角、本営ビルの入り口すぐ側には動けない片山や救助に向かった晃一がいるのだ。
彼等の無事を祈りながら、大葉は残りのミサイルの起爆作業を急ぐのだった。
「何だってんだッ!? 今の爆発はッ!? コウッ! コウッ!? 無事かッ!?」
未だ身動きの取れない片山は、本営ビルのエントランスから吹き出る小さな火の粉と粉塵に中で声を上げるしかなかった。
目の前で一号の回収作業をしていた第三中隊所属の工兵達の安否も当然気になるが、まずは晃一の状態の確認が第一と彼に声をかけたのだ。
晃一からの返答の無いまま、遠方からの大きな爆発音が二回聞こえた後に周辺は静かになった。
「団長さんは大丈夫なのッ!? こっちは大丈夫だよッ!」
晴れていく粉塵の中でようやくカメラアイに映ったのは、工兵達を庇って本営ビル側に背を向けている晃一の姿であった。
「工兵の連中に怪我はねぇか? それに一号もだ……無事なのか?」
「こちらに問題はありません、片山さん。酸素の供給に滞りも無いですから、このまま彼女の生命維持に努めます」
工兵の一人からの頼もしい返事が、最悪の状況を回避出来た証明として片山に安堵を呼びこむ。
「こんな火事場に連れてきちまって済まねぇ……けど、助かる。ここからの離脱準備を急いでくれ」
「判りました。急ぎます」
工兵達はそう言うと撤収準備を開始する。
「しかし……何なんだこの爆発は……環と大葉さんがミサイルの破壊中ってはコウのお陰で把握出来てるが……こんな所に落ちてきた訳でもなかろうに……」
「そういうのじゃ無いみたい……さっき少しだけ話をしたけど、大葉のおじさんも驚いてたみたいだから。それに爆発したのってこのビルの中だもの。それより団長さん……早く移動しよう?」
そう言った晃一は片山の側へと近づくと、彼を背負おうと腕を取った。
「俺は後でいい。まずは工兵の連中と一号の頭だ。また爆発がある事も十分に考えられる。そうなるとヤバいのは俺よりもそっちだろう? 優先順位を間違えるな、コウ」
「……違うんだ、団長さん……前と同じ……何か嫌な予感がするんだよ……」
「コウ……?」
片山は一号達がアジトを急襲して来た時を思い出していた。
晃一があの時と同じ感覚がすると言い出したのだ。
彼の中に得体の知れない力が目覚めつつある事を、片山は自身の意識が途切れた後の出来事として聞いている。
晃一の言う"予感"というものが、それに根ざしたものであるのならば……これからこの場で、自分達にとって良くない事が間違い無く起きるのだろう、そう片山は理解したのだ。
「……判った。コウ、悪いが俺を担いで連れてってくれ。ちっとみっともねぇが背に腹は変えられねぇからな」
「みっともないだなんて言わないでよ……あの時だって団長さんが上で戦ってくれなかったら、僕も死んでたかも知れないもの……今度は僕が――」
晃一が何かを口にしかけたまま固まる。
片山のその腕を掴んだまま、視線は本営ビルへと向けられていた。
また何かを感じたのだろうかと片山は声をかけようとしたが、それは叶う事が無かった。
彼等の居るエントランス外部からも目に入る、本営ビルの内部にあれがまた発生したのだ。
二号を飲み込んだ黒い球体。
それも先程とは比較にならない大きさのものである。
二号を含めたその場にある全ての物を飲み込み、忽然と姿を消したあの球体。
目の前のものが同じものなのだとしたら。
片山がその思考に至った時点ではもう遅かったのだろう。
本営ビルの基礎の大部分を飲み込んで、今回も黒い球体は消失した。
基礎と下層数階分の構造物を失った本営ビルは……当然の事ながら倒壊を開始する。
「逃げ――」
片山の声は最後まで発せられる事は無く、残存していた基部と下層が、乗せられていた構造物の自重に耐え切れずに圧潰。
バランスの崩壊した本営ビルは白い外壁に破損の傷跡を刻みながら、片山達の真上に崩れて倒れ込もうとしていた。
消失したエリア側へと倒れなかったのは、物理と呼べる法則だからこそ為せる悪戯なのだろう。
(間に合わないッ……)
誰もがそう思った時、動く事が出来たのは晃一だけであった。
恐らくは無意識だったのだろう。
掴んでいた片山の腕を離し両腕を天に掲げ、ビルそのものを受け止めようとでもしているかの様であった。
「……あああああああああああああああああああああああッ!!」
まだ声変わりをしていない……青さすら感じられない絶叫。
サンプリングされたものではあるが、魂の底から搾り出されたその声は……幼いながらも生き残ろうとする獣の咆哮のそれであった。
願いとも言えるその叫びを打ち消そうとする、終わらないとも思えた崩落の地鳴りと破砕音が過ぎ去ったその後……。
(これが……)
これが晃一の力なのか。
片山は自身のカメラアイの捉えている光景が信じられないでいた。
一号の頭部を庇う様に伏せた工兵達も、目の前の現実に目を白黒とさせている。
彼等の居る周囲ギリギリではあるが、歪な形状をした不可視の領域の存在を知覚したのだ。
その領域は自分達を押し潰すはずであった、巨大な本営ビルの構造物を完全に遮断。
その重量に押し負ける事無く、強固なシェルターとして機能していたのである。
「吹き飛べッ!」
それは晃一が自身のその力を何とはなしにでは無く、己の使える十全の力として……それも強固な意思を以って行使した瞬間であった。
明確なベクトルを持ったその力は、物理法則を無視した斥力として彼等の頭上の瓦礫を弾き飛ばす。
その重量は数十トンではきかないだろうが、彼の力はお構い無しにそれをやってのけた。
ビルの構造物と供に粉塵すら吹き飛ばされていた事から、視界はクリアである。
片山達の周囲には壁の様に瓦礫が積み重なっていた。
「うう……」
皆の安全が確保された事を認識した晃一は、その場にペタリと座り込んだ。
「…………ッ! コウッ! 大丈夫なのかッ!?」
我に返った片山は慌てて晃一へと声をかける。
尋常でない力を行使した事は見ただけで解かる。
だがそれだけの現象を顕現させた晃一へ、どれ程の負担がかかっているのかがはっきりしないのだ。
出来る事が声を出す事だけならば、まずは彼の意識の有無を確認をしなければという思いであった。
「……団長さん……無事だった……?」
「無事だったかどうかじゃねぇッ! 俺の心配なんざいいんだッ! お前の身体はどうなんだッ! 痛くねぇか!? 苦しくねぇか!?」
「ん……大丈夫だよ……ちょっと……疲れただけ……みんな無事なんだよね?」
「こちらも問題ありません……しかし今のは……」
工兵達は未だに状況を飲み込めきれていないのか、地面に転がったままキョロキョロと周りを見渡していた。
「とりあえずは……みんな助かったって事だけでいいんじゃねぇか……? 今はな……」
晃一が致命的な状態では無い事から、片山は精神的余裕を取り戻せたのだろう。
未だ混乱から抜け切らない工兵達へそう言葉をかけた。
「……そうですね……ええ……助かったんですね……」
生命を拾った事を工兵達が実感し、生存の喜びを噛み締め始めたのを見て安心したのだろう。
晃一はころりと地面に寝転がった。
身体に何か大きな異常がある訳では無いが、守るべき人間を守れた達成感もあったのかも知れない。
そして何より……この戦場に存在した大きな害意の様なものが、霧散し薄れていくのを感じ取れた事が大きかった。
様々な人々の想いが交錯した陸軍本営における戦闘は、これにて幕を閉じる。
まだ掃討戦として小競り合いは幾らか起こるだろう。
だがその中には誰かの悪意が介在する規模のものは存在しなかった。
いくつかの謎を内包したままの終焉ではあるものの、一先ずの事態の終息に作戦に参加した人員は安らぎの息をつく。
残る戦場……機構本部へと向かった郁朗達の状況を、片山達はまだ知らない。
郁朗の邂逅するものが極東のみならず、人類そのものの行末に大きく関わる事も合わせて……彼等が知る事になるのは、今作戦の全てが終わった後であった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.09.06 改稿版に差し替え