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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第七幕 真実の中に浮かぶ活路
144/164

7-11 慾想潰える時

 -西暦2079年7月24日09時10分-


 ギチギチギチギチ……


 それが関節部を動かす度に、生体アクチュエーターが伸びて擦れ合う音がモーター音に合わせて響く。

 恐らくは一本の内骨格に対して、過剰なまでのアクチュエーターを接続しているからこそ起こる現象なのだろう。


 張力が飽和しそうなアクチュエーターの束はタガが外れれば、それだけで通常のEOには及びつかない瞬発力を生み出す。

 アキラの張った糸の罠が見えているのか、融合体は樹上へと登ろうとはせずに彼の周囲をバッタの様に跳ね回った。


 メシッ!


 時折彼等の蹴り足で樹木が圧し折られる音が、アキラの聴覚回路へと木々達の悲鳴として届けられる。

 樹上のトラップは支柱となる樹木が失われる事で、少しづつ無力化されていった。


『おいッ! アキラッ! 返事しろッ! あいつらはッ!?』


「悪いな、タマキ……取り込み中だ……」


『クソッ! 射線を作るッ! それまでどうにか耐えてろッ!』


「アテにしてる……」


 環との通信で思考が平静に返った事を感じたのだろう。

 アキラは六号以上の異形との遭遇で、思った以上に浮き足立っていた自身に苦笑いをしてしまう。


 僅かな通信のその間にも、融合体による樹木の破壊とトラップの排除は継続されていた。

 アキラにとってそれはデメリットだけでは無かった故、自身に直撃するルートを取らない限りは彼等のその挙動は放置していた。

 樹木が薙がれてくれる事で、環の使えるであろう射線が幾らかでも開くのだ。


 上手く立ち位置を変えて立ち回れば、こちらからも環の支援を得られる環境を構築出来る。

 彼等に速度で負けている以上、背を見せて単身で縦坑……ミサイルサイロの中へ突入するのは愚策と考えたのだろう。


 本来ならばミサイルサイロというものは、発射時に無防備になるミサイル本体の脆弱性を補う為に用意されるもののはずだ。

 だがあの施設にはミサイルを地表に運び出す為のレールが存在した。

 恐らくサイロ自体はミサイルそのものを隠す為だけの急造の物なのだろう。

 となればミサイルは地表へと移動されなければ発射が不可能だと考えられる。


 地表への露出から仰角調整、そして発射に至るまでにどの程度の時間がかかるかは判らない。

 最悪でも環に68式改の新型二号弾頭を撃つべき所へ撃ち込ませ、大葉による起爆をして貰えば破壊は可能なはずだ。

 ただその場合……自身は破壊の余波で無事では済まないだろうという予測も立てていた。


(本当に最後の最後……イタチのなんちゃら……ってやつだな。タマキには……辛い役をやらせる事になる……)


 ミサイルの全長は正確には判らないが、水名神で運用されている巡航ミサイルの直径のおよそ八倍。

 直径だけでそれなのだ。

 縦穴の深さからもそのサイズの巨大さは理解出来る。

 航続距離や内包されている炸薬量も桁違いなのだろう。


 狙いは現在戦場となっているNブロックとE・Wブロックの境界線上の戦線。

 もしくはさらに後方……民間人の存在する戦線以南のエリアだ。


 戦線を維持している第二師団は指揮系統を再構築する事で、ようやくレーザー攻撃による混乱から立ち直りつつあるらしい。

 だがこの大型ミサイルが一発でもそこへ着弾すればどうなるかは……火を見るよりも明らかであった。


 さらに言えばミサイルの足がSブロックにまでも届こうものなら、その被害はどれだけのものになるのだろうか。

 アキラは自身の想像力の逞しさを恨めしいと感じながらも、あり得る現実としてそれを受け入れるしかなかった。


 それだけの火力を持つ物が頭上で起爆すれば、ただでは済まないのは間違い無い。

 爆風、熱量、破片の量。

 その見かけ通り、あらゆる面で業炎や雷振を上回る物なのだ。


 だがそれが母親や祖母の元へ行く事を考えれば、自身の頭上で炸裂するその方が幾らかは(・・・・)マシなのだろうとアキラは考える。

 この身体であれば運が良ければ生き残れるだろうと。


 悲壮と言うにはほど遠いが、彼のそんな決断を笑い飛ばすかの様に融合体が迫る。

 四掌の足はそれを貫手にする事で地面への食いつきが良くなり、一本の足を軸とした回転による転回や制動を行うなど、獣をも越える動きを見せ始めていた。


 歪な回転に乗せて軸腕以外を手刀にした薙ぎ払いがアキラを襲う。

 予備動作も無しに生まれた独楽の如き動きは予想の範疇にも無かった為、彼は虚を突かれる事となった。


 ギギギィン!


 遠心力と質量を併せ持った三本の手刀は、咄嗟の防衛行動として顔を覆ったアキラの両前腕裏面の装甲を派手な摩擦音と供に削り取る。


「……クッ」


 その攻撃はアクチュエーターまでは届かなかったものの、生体装甲を抜かれてセラミクスウエハースの層まで届いていた。

 もう数cm深ければ両腕の肘から下は使い物にならなくなっていただろう。


 前腕表面へのダメージは無い事から、マルチプルストリングスの発射機構に影響は無かった様だ。

 防御の手札の一枚を剥がされたアキラは、今一度融合体の動作に気を配った。

 うかつな防御を行い糸を失えば、生き残りへの確率が大きく減る事になるのだ。


 単純な独楽の様な動きだけなら対処も出来る。

 軸足を狙えばいい。

 だが融合体の視覚と思考はアキラの想定の上をいく。


 二つの視界と思考。

 ギガントアジャスト状態の双子にも引けを取らないその思考の連携は、軸足を狙うアキラの攻撃を視認し即応する事を可能としている。

 ならばと木村の時の様な認知外からの攻撃を行おうにも、彼等の広い視界により早々に察知され、彼一人で処理できる相手では無い事を思い知らされるだけであった。


(ワイヤーで仕掛けるには……俺の速さが足りない……か……)


 動かない状況のせいでもないだろうが、苦し紛れに軸足に対してクリントスタイルでの銃撃を試みる。

 だが融合体はその過剰とも言える筋力で回転しながらの跳躍をして、その射撃を回避してみせた。

 ならばと跳躍先へとワイヤーソーを射出して追い打ちをかけるが、運動エネルギーと風圧により身体に届く事無く弾かれてしまう。


 跳躍した融合体は重力に捕まり落下を開始したタイミングで、側にあった樹木をその軸足で叩く。

 樹木を叩き折ったその反動は、融合体の身体をアキラの居る場所へと向けた。


 回転しながら三本の貫手を一点に集める動作が見えた。

 ドリルさながらの破砕力を以って、アキラへと襲いかかろうというのだ。


 攻撃範囲の広さを予見したアキラはローダーをフル稼働させて全力後退を試みる。

 勿論相手の進行軸上にいるので軸足の回転を落として旋回する事も忘れない。


 ボウッ!


 アキラの聴覚回路に、自身の横合いを空気が貫く音がはっきりと聞こえた。

 緩やかな信地旋回による緊急回避は、融合体を視界から消さない為の方策でもあったのだろう。

 先程までアキラの居た場所を通過した八号と九号は、その後方にあった樹木へそのまま突進。

 直撃を受けた樹木群は生木であるにも関わらず、乾燥した木材の様に破砕された。


 強靭な()力による最初の蹴り足、機体強度を一切考慮しない明らかなオーバースペックとも言える筋力。

 そこから生み出された回転とアンチショックジェルの硬度。

 直撃を受ければどうなるか判ったものではない。

 最低でも衝撃を受け止めた事による各関節可動部への損傷。

 最悪であれば風穴を空けられた挙句に、衝撃で身体をバラバラに撒き散らかす事になるだろう。


 単身で真っ向から勝つのであれば、彼等以上の速度で翻弄するか……圧倒的な防御力と火力でねじ伏せる他無い。


(決め手に……欠けるか……一旦引くしか――)


 アキラが後退を決意しかけた時、サイロの方向で盛大に機械音が奏でられ始めた事とある音(・・・)に気付く。

 どうやら大型ミサイルがサイロ内のレールにより、発射位置への移動を始めた様だ。

 苦虫を噛み潰すアキラの背後に、ザスザスと地面を穿つ音を立てながら融合体が接近する。

 その双頭を時折回転させながら、死刑宣告でもするかの如く言葉を吐いた。


「キシシッ! ようやク燃料の注入ガ終わっタか!」


「コれで皆殺し……目障りナ連中は全員消エる! 極東は俺達のモのダ!」


 その口調からは会敵直後とは違う澱みが窺えた。

 何か向精神系の成分を含んだ戦闘薬物でも使っている可能性が高い。

 環からの報告でこの二人が戦闘に関しては素人だろうと聞かされていたアキラは、融合体の様子からそれが真実なのだと確信を持つ。

 反応速度を上げる様な薬物を自身に投与しなければ、上昇した身体能力に脳が追従出来無かったのだろう。


「皆殺し……? たった十発のミサイルで……極東の人間……全員は殺せんだろう?」


「クキキキッ。何も全員殺ス必要は無いカらナ。雪村のババアに機構ノ本部と陸軍のカス共、後はお前ラの上の連中……」


「そレだけ潰せバ極東は俺達が掌握出来ル。そノ後で極東の人間ハ全員EOにしテやロう。お前達の身体モ俺達が貰ッてやル」


「機構と第二師団……俺達の上……というのは判るが……志津乃さんまで……個人的な恨みを……大局に持ち込むんだな……?」


「負け惜シみにしカ聞こエんが、貴様はソんなニ悠長にしテいてイいノか?」


「ギギッ! やメておけ。コいつニ出来る事はもウ無い。俺達を殺セようガ殺せマいが、ミサイルを止メるにハ時間が足りなイだろう。そモソも殺されルのはドっちかとイう話だ」


 滑舌がはっきりしないせいだろうか。

 そう言って笑った彼等の笑い声は下卑たものにしか聞こえなかった。


「本当に……そうかな?」


「ナに……?」


『しゃがめッ! そっから動くなよォ! アキラァ!』


 言葉通りにアキラは地に伏せ、環の叫びが彼の耳に届いた時……突然の轟音にその場が襲われた。

 木片に粉塵、土砂と爆風。

 アキラと融合体にそれらが一纏めに覆い被さるものの、強靭な彼等の身体を害するには至らない。


 環の手によるアキラへの支援は失敗したのだろうか?

 いや……彼から届けられる支援はここからが本番であった。



 待ちに待った環からの支援射撃の予告が上がったのは、アキラが一時後退を決断しかけた時だった。


『奴が近くにいるんだよな? 少しでいいからよ、時間稼いでくれ』


 環からの一方的な通信は送られてきた直後、即座に切断される。

 自身の位置が正確に把握出来ているという事は、恐らく大葉と連絡を取り合ったのだろうとアキラは推察した。

 この通信を信じたアキラは融合体との対話を選択したのだ。

 もしこの通信が無ければ糸を撒けるだけ撒いて遁走していたであろう。



 一方で環は融合体を見失った直後、大葉への通信を急いだ。

 自身の視界に彼等の姿が入らない以上、それを発見出来る人間に頼るしか無い。


 転化以前の環であれば、恐らく一人でどうにかしようとしただろう。

 それも祖母の為に融合体を仕留めるという大目的を最優先とし、アキラの存在の有無などお構い無しにミサイルごとその場の爆破を選択したかも知れない。

 大葉を頼る。

 そんな選択が出来る様になった事もまた、彼の成長の一端と言えるのだろう。


 大葉のレーダーによりアキラと融合体の位置を確認、幸いな事にそれ程遠く無い位置で交戦している様であった。

 だが支援できる射線が存在しない。

 普通の狙撃手ならば移動をするか、俯瞰で見下ろせる高台へと移動したはずだ。

 そこで別の選択をチョイスしてしまう辺りは……彼も郁朗や片山という、ペテン・インチキ・ブラフ・ゴリ押し上等という、所謂何でもありという人種の教えを受けた成果なのだと言える。


 新型一号弾のマガジンを外し、新しく組んだ射線確保に必要なマガジンをセット。

 アキラまでの距離はおよそ千二百メートル。

 自身を起点としたその直線に、マガジン交換を数回挟んで均等に数十発の弾頭を撃ち込んだ。

 その射撃は見事なもので、木々の隙間を縫って一箇所に二発ずつ並べてみせるという神技とも言える射撃であった。


 尚、余談ではあるが、射線が無い……と言うのも、あくまで移動しながらの相手に対する射線の事である。

 林野部の静止している目標に対して当てるだけならば、これまでの訓練で何度も経験している事なので、彼自身は特別な事とは思ってはいない。


 使用した弾頭は新型二号弾頭。

 射線が無いなら作ればいい。

 まるでマリー・アントワネットの様な発想ではあるが、この選択は正解だった様だ。


『大葉さんッ!』


 環の要請を通信で受けた大葉は、指向性のあるミリ波を要請のあった位置へと送る。

 起爆用の受信弾頭とセットで並べられた炸薬入りの弾頭はその瞬間に起爆した。


 大葉への要請が終わった直後にはドリル弾頭へのマガジン換装を終え、68式改を腰溜めに構えた環は粉塵の治まるのをそのまま待った。

 ミサイルサイロへ流入していく大きな空気の動きがあったお陰だろうか。

 短時間で晴れた視界の先にはポッカリと開いた弾頭の通り道と……樹木の破片と土砂を被っているアキラと融合体の姿であった。

 彼等……融合体は事態を上手く飲み込めていない様で、突然の出来事に対応出来無いでいる。

 射撃の砲声がミサイルの地表への搬出音で打ち消されていた為、アキラや融合体の耳に届かなかった幸運も大きかったのだろう。


 射線から窺える融合体の姿は左後ろ斜め三十度と言った所だろうか。

 環のカメラアイがそんな様子を捉えた直後。


 ドンドンドンドンドンッ!!


 彼の静かな闘志と供に放たれた躊躇の無い五連射。

 放たれたドリル弾頭は甲高いモーター音を快音として鳴らしながら、融合体へと迫る。

 祖母と友を守る想いの込められた穿孔の弾丸は、チリリという擦過音を残して……融合体へと全弾が着弾した。


「ギ……?」


 後肢の二箇所に着弾した弾頭は股関節にあたる部分を抉ると、一発は貫通。

 もう一発はそのまま後肢の接続されていたボディに侵入し、その内部の掘削に成功する。

 前肢左肩から入った二発の弾頭はそれぞれ違う角度で入った為、一発は左肩から鎖骨の辺りまでを食い荒らし、もう一発はそのまま二の腕を貫通して右前肢の肘を砕いた。


 そして最後の一発は……環自身にはどちらかという認識は出来無かっただろうが、八号と呼ばれた蔓内の頭部へと直撃。

 薄く張られていたアンチショックジェルと彼の頭部装甲を突き破ると……その脳を完全に蹂躙した。

 勿論、即死である。

 蔓内は何が起きているかも理解出来無い内に、その生命活動を終了する事となったのだ。


 環は千二百メートルの距離からの狙撃で、この結果をほぼ狙って出している。

 彼の手元でコンマ一mmずれるだけで、着弾地点では数十cmの誤差となって現れる距離での狙撃、という事を考えると恐るべき結果だろう。


 移動に使える四肢を失い、更には肉体の共有者でもあった八号を失った九号こと禾原は逃走を試みる。

 だが損傷の激しいその身体では、その身を地に伏せ引き摺りながら動くのがせいぜいであった。


「……お前の言い残す事を……聞いてやれる程……俺は人間が出来て無い……残念だったな……」


「ヒッ! ヒィィィィッ!」


 九号の前に立ちはだかったのは、当然ながらアキラである。

 彼から逃れる為にズズッと地べたを後ずさる音も虚しく、九号の逃走はそこで終わった。


「ヒュッ!」


 呼気など無いはずのその口元からそんな声を出しながら、彼の頭部は地に落ちる事となる。

 アキラのワイヤーソーによってあっさりと切断されたその頭部は、コロコロと地面を転がると、一本の樹木に当たってその動きを止めた。


 脳髄パッケージの著しく損傷したEOの助かる確率は極低いものだ。

 外気に触れてしまう事も致命的だが、酸素供給が完全に途絶えるという脳の活動に必要な要素が失われる事が原因である。

 九号の脳が完全な死を迎えるまであと数秒も無いだろう。


「タマキ……助かった……だが……まだ終わってないぞ……」


『ミサイルはどうなってる?』


「もう発射台の……地表への運搬は……終わってる……」


『マジかよッ! 間に合わなかったのかッ!』


「まだだ……タマキ……新型の二号を使え……」


 アキラに静かな声で告げられた環は数瞬でその意味を悟ると……激昂するしか無かった。




 しぶとく……欲望のままに足掻いた融合体との決着はついた。

 蔓内と禾原の描いたあらゆる情念もここで潰える事となる。


 だが二体の置き土産は未だ極東の地に、多大な爪痕を残そうと息吹いていた。

 そしてアキラの口から出たその選択を、環は選択として受け入れる事が出来無いでいる。

 そんな二人を尻目に……大型ミサイルという欲業の残滓は、もう間も無く人々の頭上に放たれようとしていた。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.09.06 改稿版に差し替え

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