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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第七幕 真実の中に浮かぶ活路
143/164

7-10 業矢潜む森

 -西暦2079年7月24日09時05分-


「クソッ! またダメかよッ!」


 ドンッ! ドンドンッ!


『あいつらの手足……例のジェルの塊だ……据え置きのワイヤーが一本程度……かかった所で……強引に抜け出される。それより……もっと距離をとれ……お前の距離は……そこじゃない』


 糸を繰り出しながらの通信のせいか、いつも以上にアキラの言葉は途切れている。


「アキラ一人で止められんならとっくにそうしてらァ! ちっとずつ下がっちゃいるけどよォ、偏差で当てるには幾らか足んねぇ、時間も足んねぇッ! どうすりゃいいんだってのッ!」


 環はスコープとの連動を切り、カメラアイを件の縦穴施設へと向けた。

 そこからはもうもうと得体の知れない煙が上がり始めており、その量は増えるばかりである。

 吹き出ているものの正体は不明。

 大葉のミリ波すら、その縦穴には僅かしか通らなかったそうなのだ。

 その姿を外界に晒しているとはいえ、強度の電波妨害、もしくは隠蔽がかけられているのだろう。


 融合体はどうしているのかと言えば、環とアキラを嘲笑うかの様に回避と移動を繰り返し、時にはワイヤーにもわざとかかってみせるだけの余裕を持っている。

 幸いな事にステルスを使う様子を見せない。

 光学迷彩ユニットに不調があるのか、それとも動力に余裕が無いのか。

 どちらにしても彼等の行動から見える狙いは間違い無く時間稼ぎであった。


 二体分全てとは言わないが、破損していない大部分のアクチュエーターを凝縮し取り込んだ細身の機体。

 そのリーチの長い四足歩行から生み出されるスピードは相当なものである。

 植林の行われている半林野地域とも言えるこの戦場でもその速度は失われていない。

 いや、むしろこの様な場こそが、彼等の獣に近い能力を発揮できる領域なのかも知れない。

 何しろ不整地走破と目的としているローダーシステムを以ってしても、立体機動も安々と熟すその柔軟な移動スタイルに、全く手が届く事が無かったからだ。


 アキラは数度の追跡の教訓から、追走での接敵を諦めてワイヤーを駆使しての足止めに専念する。

 速度で追いつけない以上、そうしなければ彼等への対処は不可能であったのだ。


 二秒だ。

 二秒止めてくれれば。


 環はそう思いアキラ頼みのこの状況に小さく苛立ちながらも、片山に叩き込まれた狙撃手の鉄則として冷静さを手放す事は無かった。

 自身の待ち望んでいるタイミングは必ず訪れる。

 アキラのその手腕を無条件に信じているからだ。


 その期待に応えるかの様に、アキラはある法則に気付く。

 融合体の移動先をバイザー内のマップでトレースしてみると、ある事実が浮かび上がった。


 例の縦穴からこちらを遠ざけようとする動きをしていたのだ。

 その姿を見せ、自身を囮とする事で施設から環達を引き剥がそうとでもしてる様であった。

 積極的な攻勢に打って出て来ない辺り、その予測は当たっているのだろう。


『タマキ……提案だ。今から俺の……指定したポイントを……連中が通過した時に……近接信管の榴弾を……撃ってみてくれ』


「どうにか出来そうなんか?」


『お前が……一発も外さなければな? やれるか?』


「喧嘩売ってんのか? 要はあれだな……追い込み漁ってやつだろ? 直撃させる訳じゃねぇんだ、そんなもん外してたまるかよ」


『理解が早くて……助かる。頼むぞ』


「おう、頼まれてやるよ」


 環は装填されている徹甲弾を融合体の周辺へと無造作にばら撒き、燻り出す様にアキラの要求する最初のポイントへ向かわせた。

 空になったマガジンをリリースすると、ローダーに積んできたマガジンを一つ。

 アキラの指示通りの近接信管付きの榴弾のものを取り出し、無造作に68式改に差し込んだ。


 薬室への送弾を終えると、融合体のポイントへの接近を待つ。

 バイザー内のマップには、既にアキラによって彼等の移動ルートが想定されており、射撃すべきポイントも三手分は表示されている。


(あいつもまぁ……よくこんな風に頭が回るもんだ。親父さんが軍人だったから、って事なんか?)


 局地戦という小さな箱庭の中に向けられる目、という意味だけに限れば、アキラの見通す力というものは父親以上のものがあるだろう。

 そう談じたのは、アキラの作戦中の戦闘ログを見た田辺である。


 戦略という大局的なものに関しては、あれこれと洞察する以前にその為の下地が全くもって足りていない。

 彼自身がその立案に対し、全く関わりが無い立場だからだろう。

 だが小さい局所……それも一体の敵と対峙した時のアキラの状況(・・)を組み立てる力というものは、彼の父親にも無かったセンスであった。


 少年時代……慎重で臆病な性格だったアキラ。

 そんな彼を見かねたのか、父親は合気道を叩き込む。

 相手と"気を合わせる"という概念を知ったアキラは、物事を自身の出来得る限り深く読み、洞察しようとする癖の様なものがついてしまった。


 その癖が継続してきた武道は勿論、将来の禄として選択した絵画の世界でも大きく生きた事は彼自身も驚いた事であったそうだ。

 そんなアキラ故に、EOという強靭な肉体を得た上で自ら進み出た戦場において、生き残る為に発芽したのがこのセンスなのかも知れない。



 局所を守るが為に、一定の範囲からは離れたく無い融合体。

 それを食い破る為の道筋を探すアキラ。

 どちらの行動により多い縛りが有るのかと言えば、間違い無く融合体の方であろう。


 68式改からの砲声が一回鳴る度に、融合体が次に選択できる進路が狭められていく。

 予想ルートから外れれば、即座に修正のマーカーがマップには打たれる。

 大葉の様にレーダーで敵を認識していないのも関わらず、よくもここまでやれるものだと環は感心しきりだった。


 たった二人……彼等の糸と砲弾による包囲網は、確実に融合体の居場所を奪う。

 この状態はもう長くは続かない、あと少しで補足出来る。

 環達がそう思った矢先に、縦穴施設に明らかな異常と言える動きが起こった。


 立ち上っていた白煙の勢いが増しているのだ。

 これが何を意味するのかは判らない。

 だが融合体が自身を囮にしてでも、敵対勢力の侵入を拒む施設である。

 環達は勿論、彼等と敵対する勢力にとってプラスになる物で無い事は明白であった。


「アキラッ!」


『……大丈夫か?』


 たった二言。

 それだけで解かり合えてしまった事に、二人は思わず笑ってしまった。


「カカッ! さすがに考える事は同じってか? 背中は守ってやるからよ、好きにやってこいッ!」


『ククッ……まさかの合致だ……俺の背中……預けるぞ?』


「おう、行け行け。行っちまえッ!」


 ドンドンドンッ!!


 環の榴弾は檻となり、融合体の進路を塞ぐ。

 縦穴への最短距離を進むアキラには、後ろを振り返る様な迷いは無かった。


 環はアキラへ縦穴へ進めと言い投げ、アキラは環にそれで構わないのかと問うた。

 ただの二言に篭められた言葉はそれだけでは無いのだろう。


 アキラが覚醒し、郁朗達に合流して二ヶ月。

 戦闘単位やその行動という意味合いでは、コミュニケーションを成立させるには些か短い時間だろう。

 だが人と人が繋がりを構築するのであればそう短い時間でも無い。


 環は人との繋がりの中で、自身の世界の広がりを感じて始めている頃にアキラと出会った。

 自身の周りには郁朗や片山といった年上の人間しか居なかった中で、最初に接触した同年代、それも同じ身体を持った人間なのだ。


 アキラの口数の少なさは気にならなかった。

 ぶっきらぼうでは無いそれは、ただ彼が丁寧に話そうとしているだけだという事がよく理解出来たからだ。

 自身には無いその慎重さを、環は羨ましくも好ましく思ったのだろう。

 彼の狙撃のスタイルの中に、用心深さがほんの少し加わったのもこの頃である。


 アキラにしても似た様なものだ。

 環の口数の少ない自分を理解しようとしてくれる姿勢や、物怖じしない遠慮の無さは距離を埋めてくれるいい材料だった。


 片や人と接する事無く生きてきた青年。

 片やその言葉の少なさ故に、人との距離に困惑した青年。


 その相互理解が進むのにそう大した時間は必要で無かった。


 環やアキラにとって、郁朗や片山は師と呼んでいい存在だろう。

 転化されてからの日々の中で……何時でも前に立ち、進むべき道を示してくれたのだから。


 では彼等の互いの関係性はどの様な立ち位置なのだろうか。

 それは彼等は気恥ずかしがって絶対に口にしない関係なのだろう。


 ただの友人などという生易しい関係では無い。

 強靭な身体を持つとはいえ、一つ間違えば死に至る場にその両足で立っているのだ。

 互いの生命を預けるに値する……戦友。

 そんな言葉だけがしっくりくるのではなかろうか。


 仲間ではあるものの大葉や双子、晃一とは持ち得無かった関係。

 二人は戦闘単位としての強靭な能力だけでは無く、人であるというコミュニティを大きな武器として、目の前の一つの障害を打ち破ろうとしていた。


 高速で戦場からの離脱を狙うアキラの意図に気付いた融合体が彼の背に迫る。

 だがそれは環にとって、ここまで待ちに待った絶好の機会だった。


 マガジン変更が間に合わなかった為、そのまま榴弾を撃ち込む。


 ドンドンッ!


 間に合わせとばかりに撃ち出された二発の榴弾は、環のこれまでの鬱憤を乗せて着弾に向けた軌跡を描く。

 遠ざかる融合体の鼻先に弾着する様に計算されたそれは、彼の思惑通りに起爆した。


 榴弾の破片が融合体へと襲いかかる。

 ほとんどの破片は目標に突き刺さる事無く、アンチショックジェルと装甲材によって妨げられるだろう。

 だがアキラが離脱する為のほんの小さな時間を稼ぐにはそれで十分だった。


 融合体に存在する僅かなウィークポイント。

 散りに散った破片達は環の意思が乗ったのだろうか、アンチショックジェルの不足で被覆しきれなかった部分へと届いたのだ。


 勿論大きな破損に至る様な被弾は一つ足りとて無い。

 移動の力の乗った四つの掌の一つ、それも指の関節に浅く刺さった破片は融合体のバランスを極小さく崩れさせた。

 ほぼ同じタイミングで頑丈な肩装甲に当たった大き目の破片は、その崩れたバランスに拍車をかける。

 そして最後に……地面へと散った破片達の起こした粉塵が、彼等の視界を数瞬だが奪ったのだ。


 幸運にも救われた結果として、融合体は転倒……走行の勢いそのままに、植林された樹木へと激突したのである。

 数本の樹木を薙ぎ倒した所で彼等は停止する。

 最早隙と呼べるレベルの話では無いだろう。

 このタイミングを狙いすましていたアキラは、この戦場からまんまと離脱に成功したのであった。


 そして環もマガジンを新型一号……ドリル弾頭へと換装し、追い打ち出来るタイミングに備える。


「何があるか判んねぇが、その目で見て来てくれや。こっちは出来るだけ引き受けるからよ」


『判った……頼む……』


 ドンッ! ドンッ!


 再び動き出そうとした融合体への牽制の射撃の音を背に、アキラは目的地へただただ向かう。

 環の生み出してくれた僅かな時間を無駄にしないために。






 ズシャア


 漏れ出る白煙で視界が冴えない中を疾駆し、トップスピードまでに上がっていたローダーの急制動の勢いを地面が受け止める。

 削られたそれなりの土砂が縦穴へと落下していくが、アキラは全く気にしていなかった。

 直径二十五メートル程の円柱状の縦穴は、溢れ出る水蒸気によってその深さは正確に測る事は出来無い。

 だが内壁にレールの様な物が存在するのは確認出来た。

 恐らくはここにある何かをリフトアップする為のものなのだろう。


「これは……何だ……」


 もうもうと立ち上がる白煙の正体は、彼のセンサーで分析する限りH2O……つまり水蒸気である。

 白煙の隙間から覗くのは白い風防の様なものであった。


「ロケット……いや……ミサイル……かッ!?」


 まだアキラが生身の身体だった頃に二十世紀の遺物の映像として見た、衛星打ち上げロケットの打ち上げ風景の俯瞰図。

 それを切り取ったものに酷似した景色が、彼の目の前にあった。


「タマキッ! お前の嫌な予感が正解だったッ! 大型ミサイルが撃ち出される寸前だぞッ!」


 アキラの声音が事態の大きさから、普段のものとは比較出来無い程に荒れる。


『……マジかよ……大型ミサイルって……水名神のアレと比べてどうなんだ?』


「比較出来る様なサイズじゃないッ! 確か縦穴の数は……」


 急速に冷え込む二人の感情。

 それは当然である。

 目の前にある縦穴の総数は……十。

 彼等二人で発射を阻止出来る様な規模の施設では無いのだから。


『……発射のタイミングはどうなんだろうな? やっぱり……連中か?』


「あいつらがトリガーなのは……間違い無いだろう。だがあの二人を殺して……止まるとも思えない……下手をすれば……あいつら自身の生命反応と連動……って事もあり得るぞ……」


『どうすんだ……ッ!! こんちくしょうッ! アキラッ 行ったぞッ!』


 先程の返礼とでも言う様に、環は融合体に間隙を突かれる。

 大型ミサイルという物騒な存在は、彼の視野に一瞬だがノイズを運んだらしい。

 既に環の視認出来る範囲に彼等はおらず、アキラの元へ向かったのは明白であった。


 メキメキと自身より数段高い位置から聞こえてくる音から、融合体が樹上を進路として選んだ事をアキラは認識した。

 捕らえられるとは思ってはいないが、念の為に周辺の樹上へと糸を張る。

 頭上からの急襲を防げると考えれば、全くやらないよりはマシなのだろう。


 ドススッ!


 舗装されたエリアと比べれば柔らかい土の地面に、その尖った指先がアンカーの様に刺さる。

 糸に絡め取られるのを嫌ったのか、アキラの直上に降りる真似はしなかった様だ。


「チッ、見つかったか。鼻の効くガキ共め」


「だがもう遅い。貴様らには止められん」


 身体中のモーターの音を響かせながら、アキラの目の前に姿を留めた融合体。

 その様は言葉を解する、ただの獣の様にしか見えなかった。





 融合体をこのまま仕留めても構わないのか?

 迂闊な間違いは犠牲を生む。

 しかしこのまま放置しておいて良い存在でも無い。

 アキラは複数の大型ミサイルという、業深き矢束を無力化する為に動き出す事になる。


 だが異形の四手はアキラを襲う。

 対峙する獣と狩猟者。

 複数の選択を迫られるアキラ……そこに環の手は果たして届くのか、否か。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.09.06 改稿版に差し替え

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