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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第一幕 逃れられない檻の中から
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1-13 始まりの狼煙 Ⅱ

 -西暦2079年3月7日02時10分-


 蹴破ったハッチをそのままに、二手に別れた小隊は各々の行動に移る。

 郁朗はゲートへの道をひたすら走り続ける。

 照明がほぼ無いエリアなのだが、暗視モードとなっている彼の視覚には何の問題も無かった。


 先程までの待機時間の間に思い出していたこの半年程の出来事。

 変われば変わるものだと、自身の置かれている立場を彼は苦く笑う。


 強靭な生体アクチュエーターとその駆動を支える関節駆動モーターが、常時とは違う唸るような音を立てている。


 郁朗がゲートを確保しない事には作戦成功はまずあり得ない。

 最終ブリーフィングで何度もそう言われた事を思い出し、もう一度手順を反芻する。


(そうだ……)


 土の地面からコンクリートで舗装された地面に変わった。

 集積所の敷地内に入った事を認識し、全速でメインゲートへと駆ける。

 ながら、腰のマウントラッチに接続している強制駆動燃料にそっと手を当てた。

 マウントのジョイント部分はしっかりと機能しており、その固定の間違いの無さを再度確認出来た事で、ふぅと声が漏れてしまう。


 圧搾空気やグルコース、ATP(アデノシン三リン酸)・NADPH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)などをベースとした植物師管液化合物で構成されている強制駆動燃料。

 これはEOである限り、夜間戦闘での必須装備となる。

 片山があの遊びの様な作戦立案時に言った"やり様"というのは、この燃料の事であった。

 光による明反応が出来ない状態でも、この燃料パックがあれば暗反応と生体モーターを利用しての発電が出来るのである。

 真っ当な光合成が出来る状態から比べると、凡そ二割程パワーダウンをする。

 だが日中に蓄電した電力のみでの夜間の作戦行動は、その電力供給の不安定さから推奨されなかった。

 故に三人のEOは命綱として腰部にこれを接続、更には潜伏している戦闘班のコンテナの中にも、念の為の予備として複数用意されているのである。


(これが無いと話にならな――ん?)


 今度は整備班から受けたその説明を反芻しつつ、敵集団への接敵を続けていると、不意に大きな警報が鳴った。

 どうやら片山達の方が先に会敵したらしい。

 彼等のチームだけに負担をかける訳にもいかない。

 そう思い少し焦った郁朗は、とにかくゲート付近へ配備されている敵への高速接敵機動を継続する。


(いた!)


 どうやら先程の警報で敷地内全体が緊急時の警戒態勢に入ったのだろう。

 およそ三十機のオートンが非常時のプログラムによって、メインゲートを塞ぐ様に集結を開始していた。

 集まってくれたのならば逆に好都合だと、会敵を果たした郁朗はその中心へと突撃して行く。


 オートン達のセンサーにも郁朗が認識された様だ。

 ワラワラと群がり始めたオートンへと彼は手を伸ばす。

 一番手近な機体のボディ部分へ一撃。

 手首から先を回転させながらの抜き手を膂力に任せ差し込んだ。


「やっぱり脆いなぁ……」


 狙われた哀れな機体は……動作に必要な重要機関であるAI部分を手刀に打ち抜かれ、沈黙する。

 いくら同型のオートンを相手に訓練を重ねていたとはいえ、その動作は恐ろしく自然であり、躊躇のない一撃だった。

 郁朗を取り囲んで見つめているのが人間だったならば、言葉を失い立ち竦み……戦意を失った事だろう。


 しかし相手は機械であり、彼の動作の流麗さなどお構い無しに襲って来るのである。

 郁朗が腕を抜くまでの間も無く、その周囲をすっかり囲まれてしまった。


 数の優位に任せてオートン達は彼への攻撃に転ずる。

 ある機体はマニピュレーターで郁朗を続け様に殴打していた。

 何機かの機体達は搭載されているスタンガンで郁朗に放電を開始。

 電撃による機能マヒを狙う、少し賢い(・・)個体も存在する様だ。

 

 侵入したのがただの人間であれば……間違い無く死んでいたであろうレベルの飽和攻撃であった。

 だが郁朗に傷を負わせ、彼の意識を奪えたオートンはただの一機も存在しなかった。

 郁朗の身体は、人間の様に脆弱なモノでは無かったのだから。


 靭性と耐電力の高い素材で作られ、流線型に整えられたその外部装甲。

 その守りは打撃を受け流し、重要機関への電流の流入を完全に妨げていた。

 つまりここに配備されているオートン達では、郁朗を害する事は出来無い事を証明したに過ぎなかったのだ。


「残念賞……だったねっ!」


 されるがままでいた郁朗はそう叫ぶと、差し込んだ腕を抜かずにそのまま沈黙した機体の内部フレームを握る。

 腰に力を込めてそれを軽々と持ち上げると、無造作に周囲へと暴力として振り回した。


 彼を取り囲んでいた機体はそのハンマーに軒並み巻き込まれ、大きく吹き飛んでいく。

 弾き飛ばされた機体は外周を取り囲んでいた仲間へと次々に直撃していった。

 それだけでその場に集結していた半数以上のオートンが止まる。

 そのほとんどが駆動部分に損害を抱え、正常な動作が出来なくなっていたのだ。

 動けなくなった機体を油断する事無く穿ち、もぎ取り、踏み抜き……あらゆる手段で丁寧にトドメを刺していく。

 二十機程がそうやって潰された頃、さらなる警備オートンの群れがメインゲートへと到着した。


「あーもう……めんどくさいなぁ。よーし、全員集合してみようか」


 郁朗は本当に面倒臭そうにそう呟くと、足の踏み場も無いオートンの残骸の転がる位置から跳躍した。

 残骸の無い開けた位置でなければ、これから郁朗がやらかそうとしている事の邪魔になるからである。


「よっ! とっ!」


 郁朗はオートンの群れを飛び越え、その背後に無事着地する。

 密集して彼へと向かっていたオートン達は、急激な位置の変更による方向転換に手間取り右往左往していた。

 郁朗は両腕を振り向き様に、自身の正面やや上へと向ける。

 

 前腕部のマウントに一基づつ装備されている改良型テーザーワイヤーポッド。

 その発射基部のカバーが音も無く開いた。

 テーザーガンと呼ばれる暴徒鎮圧用の小型の銃型スタンガンの発射機構を大型化。

 前腕部を使って保持する、取り外し・交換可能なポッド型へと改良したものである。


 本来ならワイヤーのみを発射する機器であった。

 だが先の命懸けの訓練にて郁朗が見せた、あの電磁石ネットの有用性を片山が整備班に進言。

 バリエーションの一つとして改良させたのだ。

 ワイヤーの装弾数を十五本から五本に減らし、空いたスペースに三発分のワイヤーネットを搭載する仕様へ変更したのだ。


 バスバスバスバスッ!


 片腕から二発づつ、計四発のワイヤーネットが立て続けに圧搾空気で射出された。

 撃ち出されたそれらは空中で広がり、致命の一撃としてオートンの群れへと襲いかかった。

 オートン達は自身の突起部分にネットが絡まり、方々でもがき始める。

 だがどれだけ暴れようともそこからの脱出は叶わず、郁朗に容赦無く放電された事によって内部の回路が焼損、沈黙する事となった。

 ワイヤーネットの下のオートン群は煙を吹き上げ、全機がその役目を終える。


「手加減しなくて良いのはホントに助かるなぁ……さて、次ッ!」


 もつれたワイヤーネットを基部からパージすると、郁朗は次のターゲットを求めて視線を泳がせる。


 新たに現れた機体群の正面に向き直り、先頭の二機に向けて左右のポッドから一発づつワイヤーネットを射出した。

 その先端に幾つかある四角柱型の放電用の電極部が、楔型に変形。

 オートンを一機づつ包み込み、変形した事で返しがついた電極部がネットに絡む。

 それらがネットの隙間が綺麗に塞ぐ事で、一つの堅牢な牢獄が完成した。


 外へともがくオートンを放電で黙らせ鉄塊とすると、ネットに包んだままポッド基部にあるモーターで巻き取り自分の元へ引き寄せた。

 攻勢に転ずるのに手頃な距離になったタイミングで二つのネットをパージ、その手にしっかりと握り、指関節をロックする。

 郁朗がその場で回転を開始。

 陸上競技のハンマー投げの投擲法の様に、握ってるワイヤーネットに少しづつ遠心力をかけると、鉄塊は地から浮いて周囲へ暴風を生み出し始めたのだ。

 郁朗を囲もうとするオートン群も、その猛威のせいで容易に彼に近づけないでいる。


「そらっ!」


 指関節のロックをリリース、解放されたオートン二機分の鉄弾は虚空へ舞う。

 そして慣性そのままの勢いでオートンの群れの中へと飛び込んだのだった。

 十機程がその暴威に巻き込まれ、一瞬でスクラップと化す。


 現時点でメインゲート前に集結したオートンの、およそ八割が行動不能となっている。

 極短時間における大幅な戦力の低下、更にはそれを実現した圧倒的な戦闘力の差。

 郁朗の対峙している相手がそれらを考慮できる人間であったのならば、即時撤退を選択していたであろう。


 だが彼等はオートンである。

 いくら高い自律性はあったとしても、あくまでも与えられた命令と攻勢に関する範囲内の事なのだ。

 その枠の中でしか判断と行動が出来ない残されたオートン群は、この状況でも愚直に郁朗へと向かってくるのであった。

 彼らのAIへの命令変更が無い限り、彼等は郁朗に対峙する事を止めない。

 撤退や職務放棄、自己保身という言葉は、オートンのプログラムの中には存在しないのである。


 郁朗は再び集団の中心に飛び込むと、中心にいた一機目掛けて右腕のポッドに残ったワイヤーを全て放出した。

 その一機を起点とし、残りの機体を巻き込みながら高速でオートン群の外周へ螺旋状に動く。

 トライクルタイプのオートンはその車輪の構成故、極端な横運動に弱い。

 彼等は郁朗の動きを追従できず、その場にいたほとんどがワイヤーに絡め取られる事となった。

 開始された放電されたにより、満遍なくワイヤーと接触していたそれらは回路を焼かれてその役目を終える。

 ワイヤーの長さが足りずに巻き込めなかった残存オートンは三機。

 郁朗は仕上げとばかりに左腕のワイヤーを撃ち込み、最後の放電が青白い残光として彼のカメラアイに焼きついた。

 この瞬間をもってして、ゲート付近へ集結していたオートンの殲滅が完了したのである。


 郁朗はその場で動いている機体が無い事を確認すると、更に周辺を暗視、近距離レーダーマップにて新しくこちらに向かってくる戦力が無いかどうか索敵を開始した。

 通信規制は既に解かれているので、オペレーターとも連絡を取って作戦の進捗を問う。


「前半戦終了ってとこかな。本部、こちら三番機。残存戦力はどうかな?」


『三番機、こちら本部。レーダーマップと同期して撃破数のカウントはしてあります。三番機、五十八機。七番機、二十五機。零番機、三十七機。配備されている百二十機のオートン全ての破壊を確認。三番機は引き続きゲート周辺の哨戒と確保をお願いします』


「了解、零番機達はどう?」


『あのハゲ、損傷0で切り抜けてやがってます。七番機も無事です。現在詰所の確保が終了、戦闘班の損害も0です。倉庫からのコンテナの積み出しも順調な模様。間もなくそちらへ車両が向かい始めます』


「そちらも了解、ゲート前で警戒しながら車両の到着を待ってるよ」


 通信を切ると郁朗はその場で周囲を窺いながら、片山達の到着を待つ。

 先程の戦闘の喧騒が嘘の様に静かであった。

 警報は既に止まっているが、近隣に住人が居れば大騒ぎになっていただろう。


 周辺には警備人員の詰めている倉庫が存在しなかったのも幸運であった。

 外部の人間が様子を見に来る事も無く、ただただ静かに時間は経過していく。


 郁朗達の手の甲に標準装備されている情報端末の時計を見ると、02時30分だった。


(まだ時間には余裕があるな)


 郁朗がそう思った時に、倉庫群の方から車両の物と思われるモーター音が小さく聞こえてきた。

 

 どうやら幌馬車隊がご到着の様だ。

 ゲート近辺が安全である事を先頭車両に知らせる為に、郁朗が大きく腕を振った。

 すると先頭の車両のルーフパネルに乗っていた片山も、それに応じて手を振り返す。

 ゲート手前で車両群を一度停車させると、片山が車両から飛び降りてそのまま郁朗の元へやって来た。


「団長、お疲れ様。首尾はどうなの?」


「ああ、問題無い。オールクリアってやつだな。後はここからトンズラするだけだ。イクローは予定通り、タマキと最後尾の車両で後方警戒。場合によっちゃコンテナの兵装を使っても構わん。さっき姐さんには許可を貰っといた」


「たぶん戦闘はタマキに任せる事になると思うけど了解したよ。前方の警戒はそっちに任せるって事でいいんだよね? あっ、新見さん。団長をよろしくお願いしますね」


「よろしくたぁ、何だ。よろしくたぁ」


 片山のブーイングを他所にそう通信で伝えると、新見は先頭車両の助手席から了解した旨を手を上げて郁朗へと返答を送った。


 ブツブツと文句を言いながら片山が再びルーフパネルの住人になったのを確認し、先頭車両は出発した。

 車列は滞る事無く、順調にゲートを通過して行く。

 最後尾の車両をドライバーが停車させようとしたのを郁朗は手で制し、走行させたまま器用にルーフパネルの上に飛び乗った。

 パネルの最後尾を見るとタマキが膝立ちの姿勢のまま後方を警戒していた。


「タマキ、お疲れ様。頑張ったんだってね、二十五機だって?」


「まったく冗談じゃねぇよ。団長さんがもうちっとこっちに回してくれりゃ、俺様ももっと稼げたんだ。イクローさんこそ一人で半分近くやったって聞いてるぜ? そんな事なら俺もゲートの方に行きゃあよかった」


「腐るな腐るな。今回みたいな作戦は僕と相性が良かっただけだよ。これから嫌でも大掛かりな作戦に参加しなきゃいけないんだし、もっと稼げる機会もきっとあるさ」


「……だといいんだけどよ」


 第一の撤収目的地まではコンテナを満載した車両の全速で三十分はかかる。

 追手が間違い無くかかるであろう不安の中、車両群は闇の中をひたすら目的地に向けて進んでいった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.04.29 改稿版に差し替え

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