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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第七幕 真実の中に浮かぶ活路
137/164

7-4 相容れぬ者共

 -西暦2079年7月24日08時30分-


『で? 何から話せばいいのかね?』


「…………」


 甲斐は悠然とモニターの前で郁朗達の返答を待っている。

 だがその場に居る誰もが言葉を発する事を躊躇していた。

 敵勢力首魁との直接会談など誰が想定していただろうか。

 あの新見ですら、何を話すべきかと逡巡しているのだ。


「…………まずは藤山の手札に関する事を聞かせて貰えませんか?」


 絞り出された声は郁朗のものである。

 自身の知的好奇心よりも、まずは外の戦力をどうにかするのが先決であると判断したのだろう。

 新見を差し置いての行為ではあったのでチラリと彼を窺うが、首を縦に振って郁朗に対応を任せる腹積もりらしい。


『賢明だな。よろしい。この辺り一体の電波無線が封鎖されているのは、既に身に沁みて理解している事だろう』


「ええ」


『その上であれらは有線で動いているのでは無いな?』


「……そうですね」


『もう一つだけサービスしてやろう。レーザーは兵器だけでは無い。君達も現に使っているだろう?』


「なるほど、助かりました」


『何、大した事では無いよ』


 甲斐へと礼を述べた新見は班員の一人に耳打ちする。

 千豊へ今の話を知らせるつもりなのだろう。

 考えるには至らなかったが、改めて言われてみれば確かにそうなのだ。

 電波無線が無効化されているこの一帯で、あの赤いEOはどの様にして命令を受け取っているのかは疑問の一つであった。

 幾ら動作が人のそれに近いと言っても、スタンドアロンで動いているとは思えない以上、何らかの方法で動作命令を伝達していた事は確実である。


 甲斐の言葉から使われている手段はレーザー通信なのだろう。

 そして当然ながら……周辺で一番の高さを持っているこのビルにも、その送信設備は存在するはずなのだと新見は伝達する事を忘れない。


 周辺に存在するそれらを破壊、もしくは無効化すれば……動作停止まで追い込めるかはともかく、敵集団に大きな混乱をもたらす事が可能となるだろう。

 激戦を演じている北島率いる混成連隊や中央戦線における第二師団の戦いも、これで幾分楽になるはずだ。


『藤山の争いにおける姿勢そのものは気に入っていたんだがね。どうにもやる事が狡っ辛い。あれでは私の理想には程遠いのだよ。頂点に立ちたい、という意欲は買うが……手当たり次第、盲滅法に破壊というのは美学が無い』


「それはあなたも同じでは無いですか? 極東に混乱と破壊、そして鮮血を呼び込んでしまったのは、明らかにあなたの責だと思うのですが?」


 新見の静かな糾弾が甲斐へと向けられる。

 だが明確な敵意の乗った声を向けられても、甲斐は動じる事も無かった。


『ならば問おうか。私が呼んだという鮮血とやらが、どうあっても避け様の無いものだったとすればどうするかね?』


「この騒乱が予定調和だと言いたいのですか?」


『そうだ。私はそれを少しだけ前倒ししたに過ぎない。どの道、極東は血と争いの中に投げ込まれる運命だった』


「断言できるだけの材料が僕達には提示されていません。予想や予測でやらかしたにしては少し事が大き過ぎやしませんか?」


 新見と甲斐のやり取りに割り込む形で郁朗は言葉を投げかけた。

 郁朗は自身の推察が半ばまで当っている事に驚きながらも、それを確信へと繋げる為の材料を甲斐からどうにか奪おうとしているのだろう。


『何を言うのかと思えば……随分とつまらない反応だな。予想や予測などでは無いよ。起こる事が確定している未来だ。君は極東の現状に対して違和感を持っている……違うかね? 私に材料の開示を求めるのも、その考えを確かなものとしたいからだろう?』


「では……何故僕達や第二師団に助力する様な真似をするんですか? 強者の余裕や、藤山との不和という話だけで無いのは想像出来ます。でも、起こるべき混乱をあえて起こしたにしては……収束への方法論がお粗末過ぎますよ」


『ふむ、安心したよ』


「安心?」


『どうやらつまらないだけの推論を積み重ねてきた、という訳では無さそうで良かったという事だ。先程の言葉は撤回しよう』


「それは何よりです。ならば、僕の質問への返答は?」


『それについて言える事は一つだけだ。私は私である……それだけで十分だろう? 君の様に極東の現状への成り立ちを、多方向から論理的に考察出来る人間はとても少ない。それを考えようともしない大衆共は……何もかも終わった後で知るのがお似合いという事だ』


「その大衆を安易に磨り潰そうとしているあなたに言えた事では無いでしょう? それともその思考に至らない人間は、極東に居ても居なくても同じだと?」


『そうだな……そう思ってくれて構わない。彼等を救おうとする事は……元々屠殺されようとしている家畜を、愛玩動物として手元に掻き抱く事と同義だ。私はそれらの中から……牙を持っている獣を抽出しているに過ぎないのだよ』


 郁朗は甲斐のその言葉によって、ある確信を持つ。

 恐らく彼がこの戦いを起こした原因は、郁朗の想像した通りのものなのだろう。

 そうだとするならば……甲斐や機構との決着をつけた所で、極東の平穏は恐らく得られ無い。

 郁朗はその考えに至ってしまった人間として、甲斐に提案しなければならなかった。


『君は面白い思考の出来る人間の様だな……やはり名前が知りたいが、駄目かね?』


 唐突な甲斐の申し出に、顔を向ける事で新見に伺いを立てる。

 彼が首を横に振るのをその目にしたが、甲斐とはまだ対話を継続しなければならない気がしてならなかったのだ。

 自分がやる必要の無い事なのかも知れないが、そういう巡り合わせなのだろうと意を決した。


「藤代……郁朗です」


「ッ!」


 新見の表情があからさまに変わる。

 感情の振れ幅の小さい彼にしては珍しい事だ。


「藤代君、いけません。対話は重要です。ですが……既にその段階は終えています。どの様な事情や背景があろうともです。一度動いてしまった物事は道理に則った収束を迎えるべきではないでしょうか?」


「新見さん、僕は――」


 新見は表に出してしまった感情に振り回されているのか、郁朗の言葉を聞こうともしない。


「彼には彼なりの、機構とは違う目的があるのは理解出来ます。ですが我々がそれを聞き出してどうしようと言うのです? 甲斐にはこの極東に対して払わなければならない代償があるんですよ?」


「代償?」


「……しっかりして下さい。彼の手によって……当たり前の生涯を終えるはずだった万単位の人間が……その生命を物言わぬ機械の様に使われているんです。もう彼の主張や行動……いや、生命ですらその責任を贖えるものでは無いという事ですよ」


「…………」


「彼を含めた機構という組織をこの極東から消滅させない限り、残りの数千万の生命すら同じ運命を辿る事になります。違いますか? 甲斐さん?」


『まぁ、その通りだな。私は対話は求めていない。ただ答えに辿り着いた彼を賞賛し、迎えたいだけだ』


「迎えたい?」


『私を殺しに来る人間はそういう人間で無くてはならない、そういう事だ』


 その言葉は郁朗の感情に、熱量の高い何かを注ぎ込むのに十分なものであった。


「……自身を殺す為の選別? ふざけないでくれッ! 他人を巻き込んでッ! その生命を浪費してッ! あの人達の……中尾さん達の生命はそんな事に使われたのかッ!?」


 彼が激昂するのは当然だろう。

 郁朗にとって自死という選択は最も嫌悪すべき選択肢だからだ。


 自身が深刻が事故から生還し、更にはEOとして生きる事を強要された。

 その上で戦場で物言わぬEOの脳漿が飛散するのを目にし、中尾の死に行く声を聞いたのである。

 だからこそ……人間・藤代郁朗としての矜持と生存を許されなかった人々の生き様を知る者としての情動が、自身の生命すら不遜な扱いをする甲斐に怒りを覚えたのだ。


 郁朗はその怒気を床面にぶつける。

 甲斐は自身の耳に届いた破砕音を黙って聞いていた。


「あなたが何を為したいのかは大体判ったけど……自分が死ぬ事を前提の戦いなんて馬鹿げてる。そんな思想はとても許せそうに無いです……」


『許さなければどうすると? 君に出来る事などたかが知れているのではないのかね?』


「……悔しいけど……認めたくないけど……あなたの思惑に乗るだけです。そうする事でしか極東(・・)が救えないのなら……」


『…………』


「僕があなたを殺しに行くッ! どうせあなたは言葉で止まったりはしないんだろうッ! だから誰かの為の断罪なんて絶対に言わないッ! 僕は……僕だけの意思であなたの存在を殺すッ!」


『ふむ……実に楽しみだ。私を殺してその先(・・・)にあるものを見るといい。だが私も何もせずに殺されてやる訳にはいかんのでな。それ相応のつもりでこちらへ向かって来たまえ』


「…………」


 通信はプツリと切られた。

 短時間のやり取りではあったものの、敵首魁との会談の場という事でかなりの緊張を強いられたのだろう。

 その場にいた戦闘班員達の顔には大きな疲労の色が浮かび上がっていた。


 新見は郁朗を静かに見つめていた。

 甲斐に対して郁朗が自身の情報を曝け出した事について、咎めるつもりはもう無い様だ。

 むしろ、彼自身の"気付き"に対して一歩引いた所にいる様にも見える。

 モニターを睨みつけていたであろう郁朗が、新見に向き直る。

 発せられている気配が普段の穏やかな物を取り戻している事に、新見は小さく安堵した。


「新見さん……甲斐が何をしたいのかが判ってくると、今度はあなたと千豊さんの隠している事が……大きな矛盾になって僕の目の前に浮かんできましたよ……」


 郁朗はそう発せずにはいられなかった。

 甲斐の思惑に気付いてしまった時、二人……いや、恐らくは倉橋や唐沢を含めた、組織上層部が自分達に伝えていない事がある事にも思い至ってしまったのだから。


「藤代君……今は……」


「ええ、そのつもりです。それを聞く為にも……機構本部で甲斐とは決着をつけなくてはならないんでしょう? 新見さんや千豊さんが訳も意味も無く隠し事するなんて思えないから。その程度には二人の事を信用も信頼もしてます……安心して下さい」


「……済まない」


 新見の謝罪に郁朗は目を丸くする。

 その言葉遣いが普段と明らかに違ったのだ。

 彼なりの誠意として、素の新見武臣としての表情を見せてくれたのだろう。


「今はそれでいいですよ、新見さん。とにかくこの施設は押さえる事が出来たんです。下に降りて千豊さんとどう動くか話をしましょう。どれだけの戦力で機構本部に向かうのかも考えないと」


「……そうですね。赤いEOの制御設備への対策も練らなければいけません。レーザーの制御を奪われた事で、藤山も躍起になってここを取り戻そうとするでしょうから。その前に赤いEOを無力化しなければ面倒な事になります」


 いつもの口調に戻った新見がそう言った事で、一同は動き始める。

 相当数に上るはずのレーザー通信設備を識別し掌握するには、かなりの人手と労力を要求されるだろう。

 だが郁朗にはその事に関わっている余裕は無い。

 彼の到着を……真実を抱えた甲斐が待っているのだから。





「オッサン、あんたで最後だ。下に降りたらまずはコウと合流してくれ。野口とも連携しなきゃならんのだろう?」


「……お前はどうする……いや、どこへ行くつもりだ?」


「借りを返しとかないとな、寝覚めが悪ィんだよ」


「……一号とか呼ばれている彼女なら……このビルに居るぞ」


「そうか……やっぱりこっちに居たか……」


「なぁ……片山……どうしてもやらなきゃいかんか?」


 犬塚は片山へ一号との対峙を避けられないかを問うた。

 他の部隊員達は片山が空神で持参した数台のラベリングユニットにより、ワイヤーを使ってビルからの降下を完了している。

 残っているのは彼だけなのだが、一号との決着の舞台に立とうとしている片山を……どうにか止められないか、無理と判っていながらもその事を口にして制止したのだ。


 彼女が許されざる立場である事は理解している。

 だが既に湧いてしまった情を蔑ろに出来る程、犬塚の父性は脆いものでは無かった。


「……俺が"やんぺ"だって言ってもよ、あの嬢ちゃんが聞く訳ねぇんだ。それにな、俺にだって引けない理由がある。なぁ、オッサン。あの日……あの場所で何人殺されたか知ってるか? ……五十五人だ。復讐なんてつもりは無いがな、ケジメはつけなきゃいけねぇんだよ」


「お前はヤクザじゃないんだ。ケジメなんて言葉を便利に使うな」


「便利に使ってるつもりは無いぜ? あの嬢ちゃんがああなった事に……俺もちっとばかし噛んでんだ。あの子から取ろうってケジメじゃない。俺があの子にした事のケジメをつけたいだけなんだからよ」


「……殺されるつもりでも無いんだろうが」


「当たり前じゃねぇか。こんな事で死んでたまるか。いずれあるだろう由紀ちゃんの結婚式にも、俺はちゃんと出るって決めてんだからよ」


「なっ!」


「坂口とかいう坊主な、ありゃあいい男になるぜ。あんまり虐めてやんなよ?」


「やかましいッ! お前なんぞに由紀子の心配される義理なんぞ無いッ!」


「五月蝿ェなぁ。ホレ、とっとと降りちまえ。あんまり余計なもんまで抱え込むと禿げちまうぞ?」


「片山ァ……その喧嘩買ってやるからこの作戦が終わったら俺んとこに来いッ! 叩きのめしてやるッ!」


「ハイハイ、判った判った。なんだったら俺が介助して下まで送ってやろうか?」


「フンッ! 余計なお世話だッ! ……彼女を頼む」


「おう、任されてやるよ」


 片山に見送られて、犬塚はラベリングを開始して地上へと戻って行った。


「鬼の癖してよ、変に情が深いんだからな……全く。まぁ……あそこの家は全員がそうだもんな……」


 遠くない昔、まだ犬塚夫人が存命だった頃の事を片山は思い出す。

 縁の者の居なかった彼にとって、あの家の暖かさと懐の深さは特別なものだった。

 世話になった養護施設に無かった感覚……きっと家族というのはああいうものなのだろうと感じる事が出来たのである。


 思えば自身の拉致から始まった関係ではあるが、あの家と同様の空気がこの組織にはあったのだと再覚醒から感じていた。

 血生臭い事をやっているにも関わらず、今の居場所にあったのは殺伐とした空気では無く……余りにも気安い関係性であった。

 これから行われる無意味とも思える戦いは、その場所へと帰る為に必要なものなのだと言い聞かせる。


(向井祐実……救おうなんて考えちゃいけねぇわな……こうなっちまった以上……)


 一号……そんな数字だけでは無い彼女の元の名前を思考に刻むと、片山は事を始めるべく動き出した。


「さて、始めるか。コウ、聞こえるか?」


『団長さん、どうしたの?』


「犬塚のオッサンが降りた。そっちは頼む。そんで、オペ班の状況は?」


『了解。順次隔壁の開放を開始してるって。アキラ兄ちゃんの居る地下道の方はもう終わったみたい』


 そんな通信をしている内に、片山の耳にも通路の方向から隔壁の開く重い音が入って来る。


「みたいだな。こちらの隔壁の開放を確認した。オペ班の嬢ちゃん達に礼を言っといてくれや。それとな……アキラと一緒にいる二号だっけか? あれに伝えといてくれ。これから一号と一戦交える。テメェはどうするよ、ってな」


『……どうしても?』


「どうしてもだ。義理って訳じゃねぇが、知らせておかねぇと不味い気がしてな」


『うん……判った……ねぇ、団長さん……今度は……勝つよね?』


「お手軽に勝つって言える程の要素は無いけどな、簡単には負けてやらねぇよ。俺の心配してる暇があったら自分の心配だ。コウ……この戦場はまだ何が起きてもおかしく無い。油断だけはすんじゃねぇぞ?」


『……うん! 大葉さん達にも伝えておくね!』


「おう。切るぞ」


 通信を切った片山は一号を捜索すべく、未だ防衛機構の燻るビル内へとその歩を進めて行った。




 郁朗とはまた違う形で、一人の女性との闘争に決着をつけなければならない片山。

 何の為の再覚醒か……何の為の新しい身体か。

 その答えを求めるかの様に……復讐の鬼を狩る一匹の羅刹としての片山淳也が、鉄火の場にてその身を躍らせる事となる。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.09.06 改稿版に差し替え

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