表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第七幕 真実の中に浮かぶ活路
135/164

7-2 突入行、合期ス

 -西暦2079年7月24日08時15分-


 ゴウン……


      ゴウン……


 地響きと爆風がその一帯を襲う。

 軽砲塔からの攻撃とはいえ、人型サイズの存在が直撃されてまともでいられるものでは無い。

 赤い亡者達の列の頭上の僅か十メートル。

 センサー内臓の信管は、測ったような距離で炸薬に火を入れるのだ。

 ばら撒かれた礫は赤い進軍をなぎ倒し、その道行を遮る。



 北島率いる第七・第三連隊混成部隊からの砲撃は整然と行われた。

 元々武闘派として知られる第七連隊の面々の技量は高く、移動しながらの偏差射撃という難易度の高い射撃を難無くこなしている。

 その行動をカバーする様に、第三連隊のマルチプレイヤー達は奮闘した。

 車体に衝撃を与えない車両運用をやってのけるドライバー。

 火器管制システムとマップシステムを併用し、最適な攻撃目標を選択するスポッター。


 兵士としての戦闘力の高さについては、第七の将兵達と比較して劣っているの明らかである。

 だが彼等は戦闘以外の部分の能力を用い、存分にその力をこの戦場に対して振るったのだ。


 その結果として一地域に局所集中した三射が終了。

 一個大隊の車両に誘引された事で縦に伸びたEOの壁に、短時間では収拾不可能な大きさの穴が開く。


 その好機を見逃す新見では無い。

 空白地域を押し広げる様に、車両と轟雷を合わせた全戦力による展開・突入を行った。


 轟雷を着込んでいる新見の部下達の腕には71式が携行装備されている。

 もちろん短砲身や軽量化されたものでは無い、制式採用されている標準型そのままである。

 晴嵐よりも遥かに高い筋力補正がその運用を可能としていた。


 円状の陣形から放射状に繰り出される71式の弾幕は、空白を埋める為に殺到する赤いEO達を薙いだ。

 赤の浸食をギリギリで許さない攻防を続けながら、新見達は目標へと突き進む。


 数時間にも感じられた数分の後。

 あと少しで目標ビルへと続く通りへ抜けられる。

 そう思った矢先の事だった。


 二つの噴射炎が推進音を携え、前進を続ける円陣へと吸い込まれた。

 直後に爆発。

 円陣を構成していた車両の一両が黒煙を上げている。


『七号車被弾ッ! 対戦車ミサイルですッ!』


 電波無線が使えない中、車両の拡声器だけがこの戦場における隊内情報伝達の生命線であった。


『死傷数ッ!』


『負傷三ッ! 七号車は擱坐、乗員は脱出済みッ!』


『戦闘継続ッ! 負傷者は中央の一号車へッ!』


『前進急ぎます。目標ビルの懐へ』


 乗員の安否を問う悲鳴の様な声が拡声器に乗って響いたが、新見の静かな一喝によって浮足立った戦闘班員達は瞬時に自我を取り戻す。

 強固な信頼関係と訓練による刷り込みが無ければこうはいかないだろう。


『周辺警戒。恐らくミサイルを運用する為の車両が潜んでいます。発見しても進路を塞がれ無い限り、相手にせず前進を。最悪の事態は起きません』


 対戦車ミサイルを搭載した車両を相手にしているこの状況で、最悪はあり得ないと新見は断言する。

 士気を落とさない為にはそう言うしか無いのだろうが、彼の表情は確信に満ちていた。

 リアリストである彼がわざわざ言うからには、そう断言出来るだけの材料が存在するという事だろう。

 その言葉の意味を思い出した戦闘班員達には幾らかの余裕が戻る事となる。

 彼等にもその材料の中身は知らされていたのだから。


 数秒後、再びミサイルの風を切る音が千豊達へと降りかかった。


 目標とした歩兵戦闘車が、自ら放った火弾の接触と共に破砕される未来。

 発射を指示した存在の想定はそうだったに違い無い。


 だが真っ直ぐ車両に向かっていたはずの対戦車ミサイルは、その軌道を歪ませ大きく変えると……開いている進軍スペースを塞ごうとしているEOの壁へと着弾した。


 傍で見ていればミサイルのその挙動には違和感しか感じられないはずだ。

 推進力に任せて直進していたはずのそれが、まるで見えない壁をなぞる様に進路を変えたのである。


「仕様書通りの性能を発揮していますね。さすが倉橋さんに山中君です。千豊さん、異常はありませんか?」


 轟雷の拡声機能と聴覚フィルターのお陰で、火砲の轟音の中でもどうにか会話が成立している。


「問題無さそうね。持続時間のカウントがあと二分と半分。今の内に」


『このフィールドの持続している内に出来るだけ前進、ビル内に車両ごと突入を。施設の懐に飛び込めば対戦車火器の使用も躊躇するでしょう』


 円陣中央に配置されている一号車。

 その砲塔部分からその身を乗り出している臙脂色の機体色。

 千豊の紫電である。


 何故彼女が危険な車外へその身を晒しているのか?

 当然意味が無ければその様な事はしない。


 彼女を中心にした半径三十メートル圏は、現在不可視のフィールドに覆われている。


 彼女の背中に背負われているそれが(・・)発生源の様だ。

 紫電の女性的な曲線のラインと真っ向から張り合うだけの無骨さを持った、鋭角的なフォルムのバックパック。

 それは郁朗達のバイザーに装備されているリニアプロテクターの完成形とも言える装備であった。


 全周型リニアフィールドと倉橋によって名付けられたこの装置。

 山中の持つ超電導技術の結晶と言える兵装である。


 本来ならば車両に取り付けられる事を前提とした運用を想定し、山中によって開発が勧められていた。

 これが複数台、それも発電車両と供に運用されていれば……極東で制式採用されている火力のほとんどを無力化出来る、そんな一団が完成していたのであろう。


 だが千豊の言い放った、今回の作戦において前線へ向かうという言葉。

 そんな声を聞いた倉橋が、ようやく実働の目処の立った試作機を紫電で運用出来る様に改良。

 このリニアフィールド発生器を装備する事を条件に、前線行きを了承したのである。


 紫電の動力とバッテリーを限界まで使ったとしても、フィールドの発生時間は三分前後。

 使用後はカートリッジ式の室温超電導体の交換と、バッテリーへの蓄電の時間として一時間は再利用が不可能となる。

 更には紫電の筋肉補正に必要な電力すらも使ってしまう為、機体自体も必要な最低限の動作しか出来なくなるという足枷がつく。

 だが磁性体を含む弾頭という条件はつくものの、ミサイルすら逸らす事の出来るその防御性能は折り紙つきである。

 これまでの戦闘における装甲頼りの防御の概念を、根底から覆す兵装となるのは間違い無い。


「スゲェ……」


 戦闘班員の一人の上げたその声は、その場にいた全員の総意であっただろう。


「感心してる場合じゃねぇぞッ! 押せッ! 押せッ!」


 間崎の攻撃指示が戦闘班員達に下される。

 リニアフィールドの副次効果として、磁性弾体の加速化が挙げられる。

 フィールドの内側から磁性体が撃ち出されると、フィールドのリニア効果を斥力としたカタパルトと同様の現象を得られる。

 レールガンの様に帯電して熱量を持つ事は無いが、弾速が二割程上昇するのだ。



 味方には強固な壁を、敵には鋭利な刃を。

 そんな千豊の庇護を受けながら意気を上げた彼等は、銃撃と砲撃をハリネズミの様に展開し目標ビルへと突き進む。

 遠方から聞こえるの爆発音は千豊達を狙ったものではなく、混成連隊を狙ったものなのだろう。

 千豊達への攻撃の効果が見込めない分、纏わり付く彼等の戦力を削る意思が感じられた。


『あと二百。もっと速度を』


 尋常でない鉄量の飛び交う逼迫した状況にも関わらず、新見の声はどこまでも静かなものであった。

 戦闘班の火勢は更に強いものとなり、赤い敵性EOへと一方的に攻撃を浴びせ続けてはいる。

 だが千単位の数の前にしては、僅かに進軍速度を上げるのが精一杯なのだろう。

 その歩は遅々として進まず、リニアフィールドも間も無くタイムリミットを迎えようとしていた。


 このタイミングを見越していたのだろう。

 ビル街の路地の端々から箱型のミサイル戦闘車が露骨に顔を出し始める。

 箱にも見えるその車両の上部には、矢束の如く対戦車ミサイルが鎮座しているのが見て取れた。

 発射台が一両につき二台、一台ごとに四発のミサイルで計八発。

 それらが突破の為に密集している千豊達へと容赦無く向けられている。


 新見もさすがにこれは不味いと感じたのだろう。

 散開命令を出すべきか逡巡した最中、素っ頓狂な奇声と供にそれらは飛来(・・)した。


『ヒャッハー!!』


 重量物によって金属のひしゃげる音が千豊達の元にも届く。

 火勢を強めている弾幕の嵐の狂音の中でだ。


『アホかッ! その雄叫びは雑魚中の雑魚が出すやつやろッ!』


『もう高い所嫌やねんッ! 怖いねんッ! ええ気分でおりたいねんッ!』


『ええ気分でおりたいんやったらな、もうちょっとマトモな掛け声にせえやッ!』


『あーもう、うっさいッ! 次や、次ッ!』


 彼等が降ってきた(・・・・・)事で車両後部に重量が集中し、直立してしまったミサイル戦闘車の上で……事もあろうか漫談と思しきものを始めてしまう。

 わざわざ拡声機能で大声をまき散らし喚く彼等を見て、先程までの緊迫した空気は何だったのだろうと一同は思った。


 その闖入者は直立している車両の底部、おそらくは車輪を懸架しているサスペンションアームだろうか。

 それを無造作に掴むと、半回転。


『『せー……のッ!!』』


 自重を軸として生まれた遠心力で、掴んでいた車両を十五メートル程先へと投擲した。

 

 落下先では別のミサイル戦闘車が千豊達への照準を終え、この瞬間にもミサイルを撃ち出そうとしていた。


 絶妙なタイミングだったのだろう。

 ミサイルの射線の前に闖入者の投擲した車両が立ちはだかり、ミサイルが起爆。

 撃ち出した車両諸共爆炎に飲まれた。


『ギリギリやったわぁ……危なぁ……』


『景がアホな突入の仕方するからやん。あれ撃たれとったら千豊さんら終わってたで? さすがにこれはイクローさんに報告せんとあかんわ……』


『ちょっ! 待ってぇや! そんなんされたらボク死んでまうやん!』


 これ以上漫談を継続させる訳にはいかないと、新見は彼等に最も効くであろう恫喝で戦闘への集中を呼びかけた。


『景太君、勝太君。遊んでる暇があったら早くこちらの手伝いを。今すぐ千豊さんに説教でもされたいですか?』


『『イエッサー!!』』


 普段からの調教が見事に物を言ったのか。

 闖入者であるギガントアジャスト状態の辻兄弟は、新見の柔らかい脅しに屈して最敬礼を返した。

 彼等の目視出来る位置に存在したミサイル戦闘車を更に二両沈めると、円陣の中に弾薬を求めて盛大にジャンプして飛び込んで来る。


『『間崎のおっちゃん! 弾頂戴ッ!』』


『おっちゃんは余計だッ! こっちにさっさと来いッ!』


 円陣の中央付近に位置する弾薬運搬車両へと双子は駆け寄った。

 後部ハッチを手早く開いた間崎が、二千四百発の最大サイズの71式のマガジンをコンテナから引き摺り出す。

 双子はそれを片手で楽に持ち上げて、空いている肩のマウントへと装着。

 両肩に装備を終えた時に彼等に近寄る存在があった。

 一号車をわざわざ降りてきた千豊である。


「二人共、お疲れ様ね。機構本部ビルはどうなっているのかしら?」


「ボクらだけでは維持出来ひん数が湧き出てきたんで、しゃあなしに逃げてきたんです」


「ここ程やないけど、あっちもけったいな数がおったからなぁ……弾も無くなってどないしようも無かったんですわ」


「そう……イクロー君は?」


 双子に表情があったのならば、さぞいやらしい顔をしていたであろう。

 弾倉を71式改に接続しながら、半ばニヤついた様な声で彼の行方を告げる。


「「イクローさんならあっちですわ」」


 行動の主導権を握っている景太の指先が、目標ビルの入り口付近を指差している。

 双子のあまりにもな動きに気を取られていたせいか、誰もが見逃していたのだ。

 その先では進路を封じているはずの赤いEOが宙を舞っている。

 本体そのものが飛んでいる事もあれば、パーツだけが弾け飛んでいる事もある。


 ギィン!


 ギィン!


 火砲の雄叫びの合間に、硬質な物体のぶつかりあう音が千豊達の元にも届く。


「大変やったんですよ? こっちで戦闘してるの、逃げてた先のビルの屋上で見つけてから。なぁ、景?」


「人変わっとったもんなぁ……ボク、もうあんな高い所を飛び回るのイヤやで……」


「まぁそれもこれも」


 勝太がそういうと双子はちらりと千豊に向き直る。


「「千豊さんがおるからあんなに焦っとったんやろうね」」


 キシシと下卑た笑い声を上げて双子は声を揃えてそう言ってしまう。

 赤面する千豊でも見られるかと思っていた彼等であったが、そのカメラアイに映った千豊の視線は絶対零度のそれであった。


『これはアカン……またやってもうた……』


『何であんな事言うてもうたんやろ……』


 双子はギガントアジャスト内の接触回線で反省会を開催するも、時既に遅く……。


「軽口を叩く余裕があるのは結構だと思うわ。それだけ余裕があるなら、目標への突入まで殿をお願いね。まだまだミサイルなんかも飛んでくるとは思うけど、アナタ達なら万が一命中しても大丈夫だと思うの」


 淡々と早口でそう言った千豊にどうにか足掻こうとする二人ではあった。


「「いやいや、無理に決まってますやん!」」


「やりなさい」


「「……ヒッ! アイアイ、マムッ!!」」


 そんな抵抗も虚しく、双子はドスドスと地響きを立てて最後列の弾幕に慌てて参加する事となった。

 

「まったく……」


「頼もしいのやら何なのやら、といった所ですか。藤代君のお陰で施設への道が開きつつあります。間も無く突入ですから一号車へ」


「判りました。新見さん……その意味ありげな微笑みについては、アナタも後で追求させて貰いますからね?」


「おやおや、これは怖いですね。ならば、まずは突入の成功を」


「ええ」


『全車両、突入開始。後ろは気にせずビルのエントランスへそのまま飛び込んで下さい。突入後は速やかに陣地を構築、施設のコントロールを奪取するまで籠城します』


 新見の一声で車列は円陣を解除すると、レーザー通信機を積んだ車両と弾薬運搬車を先頭に、その速度を最大限まで上げてビルへと突進を開始した。




 それなりの被害を覚悟して望んだ突入行ではあった。

 それを僅かな緋弾と損耗で乗り切れた事は大きい。

 偏に闖入者である双子の場を弁えない口の軽さと暴威、そしてどうにか届いた郁朗の焦燥の賜物なのだろう。


 予定に無い戦場での合流。

 しかしこの場が叩いて鎮めなければならない施設である事は間違い無い。

 機構の切り札の一つであるレーザー発振施設を巡った戦いは……どちらに転ぶか判らない状況の中、ようやく本番と言える状況を迎えたのである。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.09.06 改稿版に差し替え

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ