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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第七幕 真実の中に浮かぶ活路
134/164

7-1 赤壁居並ぶ雷塔

 -西暦2079年7月24日08時05分-


「参ったなぁ……まさかこんな長時間の足止めを食らうなんて考えてもみなかった……」


「何を呑気な事言うてるのん、イクローさん! それどころやあらへんで!」


「ほんまや! 何なん! このアホみたいな数は!」


 郁朗達が三号と七号を無力化して二時間が経過していた。

 タイミングとしては片山が陸軍本営ビルに突入する少し前の時間となる。


 彼等は未だに機構本部ビル内に立ち入れないでいた。

 正確に言うならば、橋頭堡として入り口であるエントランスを確保したまでは良かったのだ。


 だが合流まで僅かな時間という事で千豊や新見の到着を待っていると、ビルの内外から敵が文字通り湧いてきたのである。

 それも相手は陸軍本営でアキラが遭遇した、例の赤黒い装甲の新型量産機であった。

 この施設が敵勢力の本丸である以上、郁朗も生半可な戦力配置では済まないとは思ってはいた。

 だがその想定を遥かに越える規模の新型量産機がこの戦場に投入されていたのだ。


 千豊達の到着が遅れている原因も大規模な敵戦力との邂逅だと予測し、郁朗達は一度本部ビルエントランスから離脱する事を選択する。

 既に持参していた71式の弾倉は空になってパージされており、手持ちの兵装は腕に装備された格闘用の物と数発の粘着硬化弾だけであった。

 フルドライブとギガントアジャストの使用には問題は無いものの、それだけではこの集団を相手にするには些か厳しいと判断したのだろう。


 機構ビルの内外から受ける包囲を避けようと思えば、周囲のビル街の狭所へと逃亡するしか選択肢は無かった。

 せっかく得た橋頭堡を放棄するのは勿体無いとも考えたが、千豊達と合流しない限り弾薬すら手元に無い状況なのだ。

 まずは大規模戦力による飽和攻撃から逃れるという事が先決であった。

 そして何よりも……倒しても倒しても延々と継続する増援に対して、彼等の神経が戦闘に影響が出る程に摩耗し始めていたという理由が大きい。


 さらに悪条件は重なっており、郁朗達から水名神への通信は規制されている。

 作戦上の制約や、彼等が望んでそうしているのでは無い。

 陸軍本営外部と違い、機構本部ビル周辺の通信事情は厳しいものであった。

 つまりこのエリア一帯の電波無線自体が、高レベルのジャミングによって遮断されているのである。


 事前に想定されている事態故の通信規制である事は彼等にも理解出来ていた。

 だが通信するには機構本部ビルから距離を置かねばならず、かといって千豊達といつ合流するか判断出来無い状況。

 合流の有無の判断が出来なければ、迂闊に本部ビルの周辺から大きく離れる訳にはいかない……そんな悪循環とも取れる事情が彼等にはあったのだ。


 とは言えこのまま思考や行動を硬化させる訳にもいかないのが彼らの現状であった。

 幸いであったのはこれ等の事態に備え、非常時の判断の裁量を郁朗が持たされていたという事である。


「仕方無い……移動するよ。もう少しだけ本部ビルから離れよう。こうも合流のタイミングがずれてしまったのは痛手だね……」


 その判断は妥当であると納得した双子は黙って頷いた。


「とにかく他所の現状を知りたいし、こちらの事も知らせなくちゃ不味そうだ。七号のいる方向に逃げて彼女を巻き込むのも何だから……真北へ抜けるしか無いかな」


 郁朗達の現在位置から数km南下すれば、七号が動作不能の状態で置き去られている場所に出る。

 これだけの戦力をまかり間違ってそこに誘引してしまえば、彼女がいくら機構側のEOで強靭な身体を持つとはいえ、現在の状態では只では済まないだろう。


「そない言うてもイクローさん……どないやってこんだけの相手を出し抜くん?」


「まさか正面突破とか言わんやろうね? ボクは絶対イヤやで?」


「んー、正面は正面なんだけどね。僕にとってはお馴染みのルートなんだけど……」


「「なんかイヤな予感しかせぇへんわ……」」


 双子の胸中に走った悪寒は見事に的中する事となる。




「「ほらなッ! そやからイヤや言うてんッ!」」


「まぁまぁ、そう言わないでさ。次、北東のあの茶色いビルね。目測で三十メートルってとこかな。届かなくっても壁に張り付けば登れるからさ」


「そんな変態機動出来んのはイクローさんだけやッ!」


「ボクらにそんなもん期待せんとって欲しいわッ! 鬼ッ!」


 数分後、郁朗達の姿は既に敵集団の只中にあった。

 たった三人のEOに対して投入するとは思えない数の赤い装甲が、無人のビル街に蠢いている。

 目測で数百体、正確にカウントすれば桁が一つ上がるかも知れない。

 それだけの数がひしめき合う中で何故彼等が無事なのか?


 答えは簡単である。

 彼等の姿はビルの屋上にあったからだ。

 高層ビルの谷間をローダーのスピードと慣性に任せて飛び越え、敵集団を置き去りにしたのである。

 かつて郁朗が情報処理センター襲撃の際、敵大隊の懐に飛び込む時に使った手法であった。


 赤い装甲のEOはこれまでの黒い装甲のものに比べ、判断速度も動作も速い。

 動作の緩慢さは驚く程小さくなって自然な動きに。

 事態への対応や判断に関しても、有機思考が為されているとしか考えられない程の速さを見せている。

 戦闘データの集積と有機メモリと化した脳の学習によるものなのか、それとも放送施設防衛の際に見つけた連結脳の指示なのか。

 あるいはその両方のハイブリッドなのだろう。

 明らかにこれまでのEOとは違うものだと感じられた。


 装着重装型の様な人間性はそこには無いが、対象の後を追ったり先回りしようとする位の戦術性は持ち合わせているのだ。

 現に郁朗達の後を追って屋上へと登ってくる機体や、行動予測をして着地点として選択しそうなビルの屋上へと先読みの移動をする機体も存在した。


 だがそれが逆に郁朗達には幸いしたのだろう。

 屋上へと登つ判断を行う戦力はどうしても小規模なものになる為、少々集った所で郁朗達のスペックの前では刃が立たない。

 結局は短時間で各個撃破されて、機構側の戦力を目減りさせただけであった。



 

「ほら、簡単だったろう? 三十メートルなんて大した距離じゃないよ。次は北側の大通りに出るよ。ついてこれなくてもいいけどさ、その時はそのまま置いていくからね?」


 郁朗の双子に対する姿勢はこの様な状況でも何一つ変わらない。

 つまりはスパルタであるという事だ。


「「犬塚のおっちゃんがカワイイくらいの鬼が降臨しとる……」」


 例の降下訓練は彼等にとって間違いの無いトラウマとなっている。

 元々高所を得意としなかった二人であったが、それに対する犬塚の降下教導は容赦が無かった。

 彼等は高所に対する恐怖感を拭えないままどころか、その恐怖症はより深く色濃く表に出てきてしまっていたのである。


 とは言え……このままこの場に置いて行かれれば、眼下に広がる赤黒い海に飲まれてしまうのは必至。

 がむしゃらにならない訳が無い。


「おちっ! おちっ! 落ちるッ!」


「勝ッ! 壁やッ! 貼り付けッ!」


 飛び出す位置が悪かったのか、飛距離が足りずに落下を始めた二人。

 ビルの側壁にその腕を強引に差し込む事で二人は自重を支え、どうにか落下を阻止する事に成功する。

 そんな彼等の様子に対して、先に屋上へと到達しているはずの郁朗からの軽口が無い。

 二人はそれに違和感を感じ、壁面に盛大に穴を開けながらシャカシャカと屋上へと登っていった。


「「ほんまに置いてく気ぃやったやろッ! イクローさんのいけずッ!」」


「…………」


 荒々しく抗議の声を上げて絡んではみたものの、郁朗からのレスポンスは全く無い。

 彼は一方向を睨んで見つめたまま、その場から動こうともしていなかった。


「あれは……」


「誰ぞが戦闘しとるん……?」


 双子も彼に釣られて送った視線のその先には、機構本部ビルから真東に当たる位置にあるビル群。

 中でも頭ひとつ抜きでた建造物の屋上に設置されている……巨大な砲身の様な物であった。


 郁朗達のメインカメラの解像度では、距離があるせいかぼんやりとしか見えない。

 だがその建物を中心近くでは黒煙が上がり、それなりの頻度で爆発すら起こっている。


「……二人共。機構本部は後回しになりそうだよ。まずはあの戦場へ向かわないと……それどころじゃなくなるかも知れない」


「……千豊さん達と合流せんでええのん?」


「……いや、景。イクローさんの言うてる事が正解や。あれ……轟雷やで」


 ビル街の隙間に小さく、チラリチラリと黄色い機体色の人型が動くのが見えたのだ。

 カーキに染められた機体色は戦場には似つかわしくないものではあったが、郁朗達のいる遠方からの視認という意味では大いにその役目を果たしていた。


「ほな千豊さんら、あそこにおるって事やな?」


「そういう事だね。機構本部への進軍の足を止めてでも潰さなきゃマズい物だって事なんだろう……急ぐよ」


 郁朗は身を翻すとルートを検索しバイザーに表示させた。

 たった今飛び越えた大通りが目的地と現在位置を東西で繋いでいた為、そのままなぞる(・・・)つもりなのだろう。

 隣のビルの屋上へと素早く飛び移ると、後ろにいる双子を振り返る事無く……ローダーのモーター音が彼の意思に応えて高くなっていく。

 慌てて追従する双子の悲鳴が騒がしい程に頭に響くのだが、それすら耳に入らない程の焦りを郁朗は見せていた。


 一刻も早くあの戦場へ。


 狂気にも似たそんな想いだけが、今の彼にとっては行動の原動力となっているのだろう。

 

 ここで彼等がこの戦場を認識出来た事は、後に境界線上の戦線が収束するのに必須の行動であったとして語られる事となる。




『第二射までの時間がそんなに残ってないぞ。恐らく二十分……あっても三十分がいい所だ。陸軍本営にあった発電システムと同じ(・・)物を使ってるのは間違い無い。あれの火力と発電量から考えれば残り時間はそんなもんだな』


 非常時であるはずの現場に、倉橋の静かな考察がレーザー通信を通してその場に届いていた。

 電波無線のジャミングへの対抗策として、千豊達の隊にはある装備が持たされている。

 水名神に搭載してある物と同じレーザー通信用の機材を、一台の79式歩兵戦闘車の積載スペースを犠牲にして搭載していたのであった。


「第一射の被害算出も終わっていないのに……この状況で第二射は不味いなんてものじゃないわ。新見さん、戦況は?」


「正直……思わしく無いですね。車両からの直接砲撃で潰すには周辺ビル群が射線の邪魔、と。かと言って距離を離し過ぎれば仰角が足りません」


 車両による直接破壊は不可能であると暗に告げる新見。


「砲撃が無理なら乗り込むしか無いという事かしらね?」


「それしか無いかと。幸いですが轟雷自体のスペックは恐ろしく高いので、今の所は被弾による負傷者はゼロ。問題は、どうした所で数の壁は分厚いという事です。目視でも四桁は堅い数がこの戦場に投入されていますから」


「……これの突破は可能かしら?」


 新見は逡巡したものの、はっきりと結論を言ってのける。


「戦力の半数を失う覚悟があれば」


「…………」


 半分を死なせなければ事態を動かす事は叶わない。

 だがそれだけの敵影がこの戦場だけ(・・)でも存在するという事なのだ。

 周囲に存在する敵勢力全てが本気で防衛にかかれば……先にすり潰されるのが千豊達の方なのは間違い無い。

 その場に居た誰もが黙る中、 沈黙を破ったのは倉橋であった。


『朗報があるぞ』


 打開の策そのものになるかは兎も角、戦局を変える事が出来るのならばと一同は彼の言葉の続きを待つ。


『たった今第二師団から連絡があった。第三連隊と第七連隊が部隊を再編成。半分を中央戦線の維持に、残り半分が……防衛ラインを押し上げてそちらに向かってるそうだ』


「指揮は?」


『第三連隊の北島陸将補だと聞いている。軽砲塔の車両で構成されてる分、足は速い。間も無く周辺に展開するらしい』


 彼から送られてきたマップデータを見て、千豊と新見は唸る声を一声だけ上げた。


「どうしますか? 千豊さん?」


「………もう一手欲しい所だけど……そんな贅沢は言ってられないわね。北島さんの部隊の展開終了後、問題のレーザー発振器のあるビルへと突入します。初撃はあちらに任せて道を作って貰いましょう」


「妥当な所ですね。それだけでも随分と損耗を減らせるでしょう。早速準備にかかります」


 新見はそう言うと間崎達小隊リーダー達に集合をかけ、今後の動きを伝達する。


『水名神はどうする? 業炎の準備はできてるが?』


「そのまま待機を。現状で発射しても目標ビル付近に密集している対空兵装に落とされるのがオチですわ。使うにしても私達でそれを片付けてから、という事になります」


『判った。くれぐれも――』


「大丈夫です。まだまだ先は長いですから」


『判っているならいい。吉報を待ってるぞ』


「ええ。勝ちを拾ってみせますわ」


 倉橋との通信を切ると千豊は考えを巡らせる。


(厄介な物を用意してくれたものね……こんな形での足止めは想定していなかったわ)


 千豊達が機構本部を強襲する作戦を継続する前提として、第二師団による境界線戦線の維持というものがある。

 それをただの一撃で半身不随とまでは言わないが、部分的に麻痺を起こさせるだけの猛威を振るう兵器が目の前に存在するのだ。

 機構本部の制圧が最優先事項とはいえ、このまま放置していては前提条件が破綻してしまう。

 近くにこれを攻略出来るだけの友軍が存在しない以上、千豊達自身で手当しなければならないのも仕方が無い状況と言える。


(イクロー君達を待たせちゃうわね……)


 ふと過る、明け方に聞いたあの青年の声が……もう懐かしい。

 待たせると出番は無くなるぞ。

 そう言った彼の柔らかい声を思い出すと、自然と小さな笑みが浮かんでくる。

 自身の些細な変化を自覚しないまま、彼女は新見達の元へと足を向けた。




『有線通信の感度、良。部隊展開完了まであと一分』


『七三一(第七・第三連隊混成第一大隊)、七三二大隊展開完了。砲撃準備にかかります』


『七三四大隊、目標外殻部の敵性EOに対して先制砲撃を開始。一射後、NW16ブロックへ移動、そのまま誘引します』


 第三連隊と第七連隊の混成部隊は北島の想像以上に機能していた。

 ジャミングによる無線封鎖を確認した第三連隊の工兵達は、即座に有線の通信ラインの確保を開始する。

 第七の兵達だけでは到底実現不可能な通信網の生成を、包囲陣構築というデリケートな状況の中でやってのけたのだ。

 直接戦闘に関する事ではどこの隊にも負ける気のしなかった第七の将兵達であったが、この第三のフレキシブルな対応力には感心する他無かった程である。


 互いの"脳筋"、"ヒョロ助"という印象は消え去り、互助しあう関係が生まれるまでにそう大した時間はかからなかった。


『七三三大隊、展開。砲撃準備完了しました』


「よし、移動中の七三四以外は聞いてくれ。これより長く伸びつつある敵直援に砲撃を仕掛ける。射角から考えてあのレーザーがこちらに向けられる事は無いと思うが、周囲にどれだけの兵装が隠されているかは皆目判らん。機動力を活かして砲撃、即移動を厳守」


『例の組織と繋ぎはついたんですかい?』


「先程連携の要請を送った。こちらの砲撃で開いた道を使って例のビルへと突入を図るそうだ。まぁ、まさか本当に先に戦端を開いているとは思わなかったがな」


『了解、予定通りって事ですな。では派手にいきますか』


「七三二は七三四のフォローも忘れないでくれよ? ちゃんと尻から切り離してやってくれ」


『そちらも了解。連中のケツに火がつく前にちゃんと消してやりますよ』


「頼む」


 北島は通信を終えると砲塔部のハッチを開き、歩兵戦闘車から顔を出す。

 手持ちの望遠カメラを最大望遠にし、巨大なレーザー発振器を一瞥。

 直ぐにその視線を地表を埋めている赤いEOの行軍へと向けた。


(高野なら力技で抉じ開けただろうがな……違うやり方もあるという事を第七の将兵達に教えてやるとしようか)


「では作戦開始といこう。あの赤い壁を剥ぎ取りにかかるぞ!」


 普段からは考えられない北島の怒号が有線通信内を駆け巡った少し後。

 六十両にも及ぶ車両の火砲が、一斉に赤いEO達に向けて火を噴く事となった。




 こうして境界線戦線の趨勢を分ける戦闘が開始される。

 迫るタイムリミット、そして立ちはだかる赤色の津波。


 何人の生命を以ってすればこの波を乗り切れるのか?

 そして……郁朗の情念の(かいな)は果たしてこの場に届くのか?


 その答えは戦火の向こう側にしか存在しなかった……。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.09.06 改稿版に差し替え


それではまた次回お会いしましょう。

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