幕間 山中勇美《やまなか いさみ》
-西暦2079年7月24日05時15分-
イクローちゃんやタマキ達はそろそろ目的地に降りた頃なんかな。
ハンチョーもなかなか無茶な事させるよね。
巡航ミサイルで敵地に送り込むなんてさ。
イクローちゃん達もイクローちゃん達で、文句の一つも言わないで行っちゃうんだもんなぁ。
途中で落ちてなきゃいいけど……まぁそれは無いか。
俺達整備班に出来る事なんて、精々みんなの安全の為に整備を徹底する位。
だから空神の整備は特に力を入れてやったもんね。
落ちるとしたら操作をヘマしそうな双子くらいじゃないかなぁ。
それにしたって千豊さんや新見さんも機構の本部に行くってんだから。
誰かが向かわなきゃいけないのは解かるんだけどさ、何もあなた達がって思っちゃう所もあるんだよ。
千豊さんに万が一の事があったらうちらの組織はオシマイだもんね。
「三号車完了ッ! 山中さんッ! 次の車両そっちに回しますッ!」
「あいよッ!」
考え事している内に一台分の整備点検を終わらせるなんて、俺を含めてやっぱりうちの連中の整備テクは凄いんよ。
五分程前に水名神が潜航に入ったけど、被弾部分の修理にうちの連中が総出で向かったんよね。
被弾した装甲を剥ぐのに一分、並行して一番近い資材置場から交換用の装甲材を運搬して接合完了まで二分、機密チェックに三十秒。
外じゃドンパチやってる最中だってのに、誰も物怖じしないんだもんね。
あんなヒョロヒョロ弾、ハンチョーのゲンコツに比べれば怖くもなんともないもんよ。
教育されきってるなぁとも思うけど、そうでなきゃこんな危険な組織で整備なんてやってられんもの。
「山さーんッ! ちょっとーッ!」
何だよ何だよ。
本当に忙しい現場だなぁ。
「どしたん?」
「これ……どうします?」
「あー……」
団長さんの装備なぁ。
言わずもがな、メンテナンスポッドで眠ったまま。
あの人が目を覚まして作戦に参加するかどうかはまだ未定。
起きたにしたって戦場に行くなんてとんでもない、っていうのがウチら整備班の見解。
技術班の連中は即実戦投入可能なんてフイてたけど、神経回路なんて厄介なもんを全刷新してるんだ。
ボディそのものが違うから、体幹のバランスだって脳の持ってる感覚とは相当に違うはずだもの。
まともに歩けるかどうかも判らんのに、よくそんな事が言えるなぁって思うよ。
団長さんの身体の準備に関しては後手に回ったけど、基本ウチらはハンチョーの方針で備えに備えよがモットーだかんね。
ちゃんと整備されて十全に動くものでないと相手に渡せないってもんだ。
万が一団長さんが起きて動けるなら、って事で用意されてる専用の兵装達。
ライアットレプリカもギミック自体に変化は無いけど、新型の身体に合わせて構造材の強度の見直しなんかもしちゃってさ。
ローダーにしてもそう。
形状変更した装甲に合わせてカスタマイズし直したけど、ほとんど新造って言ってもいいくらいだもの。
イクローちゃんのローダーと同じ様に、ブラッドドラフト用の燃料給入まで出来る形にわざわざ仕様を変えたんだもんね。
本当だったら今開発中の新しい駆動方式を試したかったんだけど……予算食い過ぎだってハンチョーに大目玉食っちったからなぁ。
実際問題、団長さんはいつ起きてもおかしくない。
それが作戦終了までに間に合うかは判らんけど……戦後処理で動く事なんかもあるんし、もう一度点検だけはしとくかな。
「んー、俺がチェックしとくよ。みんなは車両と"紫電"、"轟雷"の方を任せるわ」
今回の作戦に投入される新型の歩兵外骨格・轟雷と紫電。
これの開発もなかなか骨だったけど、面白い仕事だったんよね。
「轟雷はともかく紫電はハンチョーか山さんでないと無理ですよ。あんなもん積んでんですから」
言われてみればそうなんよね。
班員が言った様に、千豊さんの為に用意された紫電には新開発の防御機構が積んである。
アレの調整は厄介なのは解かる。
開発に携わった俺かハンチョーでないと、確かに厳しいかもしんない。
「しょうがないじゃん、ハンチョーからの厳命なんだもんよ。生存性を最大限に高めろってさ。本音を言えば、アレ積んだって足りないぐらいだかんね。前線になんて行かないってのが正解だもの」
「そりゃあそうですけどね。あー……それと新見さんの轟雷のセッティング、あんなにピーキーにしちゃって良かったんです? 筋力補正とモーター反応のバランス、どう見たって無茶苦茶じゃないですか」
「あれはあれでいいんよ。新見さんだからね。あれを振り回されずに動かせるのは、戦闘班でもあの人くらいしかいないんだからさ」
「そんなに人を化け物みたいに言わないで貰いたいですね、山中君」
え?
いつのまに後ろにいるんだよ、新見さん。
ほんと、おっかないなぁ……この人は。
「に、新見さん、こんなとこにいていいんスか? 次に浮上したら上陸っしょ?」
「その前に装備の再点検ですよ。ああ、私の轟雷ですけどね、脚周りのモーターの張力をあと五パーセントだけ上げて下さい。移動の時の反応がもう少し早くないと困りますから」
「「…………」」
同僚の口がポカンと開いたままになっとるがな。
でも気持ちは解かるかな、俺の口も開きっぱなしだもの。
それはもうね、呆れるしかないよ。
元々轟雷は量産型のEOとの単独格闘戦闘を想定してるから、晴嵐とは比較にならない程の馬力と反応速度があるんだもん。
それを出力と速度を重視して極限まで突き詰めたセッティングしてんだよ?
だのにまだ足りないって……普通の軍人だったら歩く事も出来んもんね……やっぱりこの人は化け物だわ。
「どうしました?」
「いやいや、ウチらも整備班なんで出来る限り装着者の要望通りやるッスよ。ただそれがちっとウチらの常識の想定を越えてたってだけッス」
どうよ、この解説力。
隣にいる同僚も大きく頷くってもんだよ。
「山中君……君も君で大概常識の枠からは外れてるんですけどね。自覚が無いっていう事は恐ろしい事ですよ」
いやいや、ちょっと待った。
何を真顔でそんな事を言ってるのさ、新見さん。
そして何でさっきよりも大きく頷いてるのさ、我が同僚。
俺が常識外れ?
ただの木っ端技術者を捕まえて何を言うのさ、この人は。
ハンチョーなら兎も角、俺なんてただの一般人じゃないのよ。
「それにね、常識なんて戦場では何の役にも立ちません。直接戦場に出る事は無いと思いますが、憶えておくといいですよ」
「そうッスね……」
いつものアルカイックスマイルを浮かべながら新見さんはそう言うけどね……やっぱり埒外の存在を目の前で見るってのは精神衛生上良くないよ。
とりあえず考えるのは止めて仕事するかな。
-西暦2079年7月24日05時50分-
イクローちゃんと双子達が例の機体を二機倒したって通信が入った。
双子は辛勝だったみたいだけど、イクローちゃんは圧勝だったってんだもんな。
勝太の持ってきたサンプルを見た時に、あのアンチショックジェルってのは厄介な素材だと思ったもの。
よくもまぁ、あんな分子配列を考えつくもんだよ。
今までの装備じゃ、本当に歯が立たなかっただろうね。
ほんと、新しい装備を作っといて良かったよ。
ドリルは男の浪漫って事さ。
-西暦2079年7月24日06時20分-
水名神が目的地に到着したみたいなんだけどね……浮上前なのに、前甲板には機構本部への突入用の車両と人員が早くも集結。
いやいや……壮観ってのはこういうのを言うのかもね。
数十人が轟雷を装着してひしめき合ってんだもん。
晴嵐と違って轟雷のカラーリングは都市迷彩じゃない。
あえて存在を誇示する事で敵の目を引くって目的もあるかんね。
まぁ、それに耐えるだけの性能も持たせたつもりだけど。
オーカーっていうんかな?
濃度の高い黄色なんだけど、ありゃあ派手だね。
ビル群の中ではえらく目立っちゃうんじゃないかな。
そんな中に一つ。
ポツリと臙脂色の外骨格……千豊さんの紫電。
これのデザインにはほんとに苦労したんよ。
装甲の曲面を利用した跳弾性能の底上げと、女性的なフォルムの同居。
フラッグ機ってやつだもんね。
豪華な装飾がある訳じゃないけど、綺麗な機体に仕上がったなぁって我ながら思うよ。
「山中君」
千豊さんが何か呼んでるけど、お呼びですかい?
「はいはい、何か不具合でもあったッスか?」
「違うの……性能は申し分無いんだけど……これ……ちょっと身体のラインが出過ぎじゃないかしら?」
は?
ちょっと待って待って。
なんで?
どう見たって綺麗な曲線美じゃない?
背中に積んでるもんが無骨ってんなら解かるんだけどさ。
機体自体は芸術的な出来だと自負してんのに!
「いやぁ、そんなに気にする事でも無いんじゃないッスか? 所謂旗機なんスから。味方を鼓舞するって意味もあるんで、わざわざ女性的なラインを前面に押し出したんスよ?」
「それにしたって……ねぇ? 恥ずかしくないかしら?」
「今更言ったってしゃあないッスよ。千豊さんみたいな美人でスタイルもいい人に着て貰えて、紫電もきっと喜んでるッスよ」
「そう……そうかしら?」
おお……赤面気味の良い反応。
普段の表情が刺すみたいな怖い顔か、柔らかくても微笑む程度だものなぁ。
こんな千豊さんはレアだわ、レア。
「それにしたってこんなんが恥ずかしいなんて……そんな十代の小娘みたいな事を、千豊さんみたいな歳の人が言う事もあるんスねぇ」
ピシリ
空気が鳴った気がしたんだけど、どっかで漏電でもあったんかな?
「山中君……揚陸開始まで時間が無いから……そうね、戻ってから少しお話しましょうか。倉橋さんも交えて……ね?」
「は、はぁ」
こええええええええええ。
何?
今の人も切れちゃいそうな目線は?
ビビって思わず返事しちゃったよ……周りをチラ見しても、拝む奴とか気の毒そうに首を振ってる奴とかしかいないじゃん!
なんか踏んじまったの?
ハンチョーも居合わせての話なんて、説教決定じゃないの?
なんなんよ、一体!
-西暦2079年7月24日07時20分-
コーちゃんからの通信が何度も入ってきた。
頑張ってるよな、コーちゃん。
内容はもう波乱含みでさ。
本営ビルの方では大型のホバー戦車が出たとか、大葉さんが好戦的だとか、タマキが移動しまくって狙撃してるとか。
別班のアキラの方だって、ダンジョンみたいな地下施設を見つけたって言うじゃない。
到着の遅れてた千豊さん達もようやく機構本部に着いたって連絡もあった。
うううううう。
まだちょっと怖いんよ。
あの目を思い出しちゃうとさ。
うちらより南で戦ってる第二師団の方も色々大変みたい。
師団本部がやられたらしくって、田辺さん達の状況が全く判んないとか。
無事でいて欲しいもんなんだけどね……。
そんな風に吉報と凶報が交互に来ちゃってる中、整備班に用意されていたブロックの一角が妙に騒がしくなったんよね。
ゴガンッ!
ゴガンッ!
バギンッ!
何?
この物騒な音は?
何回か続いたその音がトドメでも刺すみたいな一際大きな音で止んだ後に、何が原因かようやく解かったんよ。
「なんじゃあ、こりゃあ!!」
あのね、団長さん。
起きるならそんなでっかい声を出さないで、もうちょっと静かに起きて欲しいんよね。
あーあー。
メンテナンスポッドがグッチャグチャじゃないのよ。
「コウは!? タマキは!? アジトはどうなった!?」
「ちょっとー」
近くにいる同僚に声をかける。
「何スか?」
「悪いけんどさ、ハンチョーか唐沢さん呼んできてよ。団長さんが起きたって」
そうお願いだけしておいて、俺はとりあえず団長さんに近づいてみる。
これでも整備の副班長だもんね。
出来るだけそういう人間が説明しないと、寝起きの団長さんも納得しないっしょ。
「団長さん、お疲れッス。ようやく起きましたね」
「……山中か……どうなってどうなった?」
「まだ錯乱してるよ……落ち着いて聞いて欲しいッス。アジト内で相当数の犠牲は出ましたけど、EOのみんなは健在。コーちゃんもタマキも無事ッスよ。今は最終作戦の真っ最中ッス」
「…………ほんとかよ……どんだけ寝てたんだ俺は……」
その後も色々聞かれたけど、たった数日でもウラシマンを相手にするのは大変だって事だね。
「そんで最後に、なんスけど……団長さんの今の身体って前とは別物ですよ? モデルデータ見ます?」
「新型なぁ……確かに前より妙に身体が動くな、とは思ったけどよ。それにしたって……えらく尖った形になっちまってるな」
「装甲材の性質上、しょうがない仕様らしいですよ……っていうか何をそんな当たり前みたいに動いてるんスか!?」
ストレッチ始めちゃったよ……この人……。
「何をって……そりゃあお前、動くから動いてんだろうよ」
「いやそういう事じゃなくってね……何で起きて直ぐ動けるんだって言ってんですよ? これだから脳筋は困るッス」
「あ゛?」
「いやいやいやいや! その手はとりあえず引っ込めてッ! あのですね……神経回路を新型に総取っ替えしたんですよ? 駆動訓練も無しに動けるってどういう事なんスか?」
「そんなもん俺の知ったこっちゃねぇよ」
「……やっぱり脳の構造が変なんかな? それとも頭だけになった後遺症なんかな?」
団長さんの開き直りに呆れてつい口から出ちゃったよ。
「前の身体より調子がいいのは確かだな。こうやってよ」
待ったッ!
何であんな小声が聞こえてんのさッ!
ちょっちょっちょっ!
だからなんで俺を吊り上げるの!
間違った事は言ってないでしょうがッ!
「たす……たす……タス…………」
助けて……。
あー……白い……あれ……婆ちゃん?
「そこまでにしとけや、片山」
「ハンチョーか。あんがとよ、使える身体をくれてよ。ホレ」
はあっ!
死ぬかと思った……婆ちゃんが迎えに来るとかただ事じゃないよ……。
俺がむせ終わって地面でぐったりしてる頭上で、二人は何事も無かったみたいに普通に会話してるし……鬼ですか……そうでしたね……。
「礼はいい。身体の用意に関しちゃ不手際があったからな。直ぐに動けるとは思わなんだが、問題無く動ける様なら……どうする? 出るか?」
「装備は?」
「全部揃えてある。例の連中への対抗装備も込みでだ。後……お前のやりあったあの女型の機体な。あれへの対応策もお前の身体の中に用意しておいた。ただし短時間しか使えん。使う段になるまで動作は厳禁だ」
ちょい待ち、ハンチョー。
そんな話、俺は聞いてないよ?
「ふーん……そりゃあありがてぇな。で、俺はどこに――」
『陸軍本営の十二番機から入電。犬塚二佐からの入電で、本営ビル内捜索中隊が特殊指定機体と遭遇したとの事です。その直後に通信が途絶えました』
通信途絶って……やられたか……いやいや、ジャミングでも食らったんかな?
「こりゃあマズいな……」
「特殊指定機体ってのは例の連中か? それに犬塚のオッサンって……」
「……行くか? 片山?」
「……空神は?」
「予定通り導入してる。お前の乗る分も起きると思って用意しておいた」
「流石じゃねぇか。オペ班からコウへ伝える様に言ってくれ。俺が直接空神でビルに突入するからってよ。細かい場所はそっちで聞いといてくれや。ハンチョー、装備くれ」
「おう」
勝手に話をすすめるんだもんなぁ、このおっさん達……。
「山中ッ! 起きんかッ! とっとと片山を積み込むぞッ! いつまでそこで寝こけとるんだッ!」
痛い痛い痛い痛いッ!
蹴る事無いでしょうがッ、この初老ッ!
もう腰痛が出ても腰揉んでやんないもんねッ!
「はいはい、行きますよッ! 行けばいいんでしょッ!」
ああ……早く研究だけの生活に戻りたいもんだねぇ……。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.08.03 改稿版に差し替え
第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。