6-23 カウンター・アタック
-西暦2079年7月24日08時10分-
アキラと二号の戦い方は、それを職業として研鑽してきた先任を以って言を取っても、
"緻密かつ豪胆である"
そう表現せざる得ないレベルのものであったそうだ。
確かに赤黒い装甲のEOの動きは、従来のものとは比較にならない挙動を見せていた。
無機質な動きを見せた黒い機体とは違い、対象を害しようとする戦意がその攻撃一つ一つに感じられたのだ。
戦闘に関する印象や性能は黒蟻と軍隊蟻程の剥離を見せている。
境界線の検問に降ってきたEOしか現物を見た事の無い先任にとっては、恐ろしく厄介な相手だと感じた事だろう。
だがアキラと二号にとっては……多少歯応えのある模擬戦の相手程度の認識でしか無い。
いくら有機的な挙動をし殺意を飛ばしてきた所で、対EO戦における経験の蓄積、そして何よりも即応力が余りにも違いすぎるのだ。
彼等の携行レーザーはアキラの糸とクリントスタイルの炸裂弾により、瞬時に無効化。
体術となれば圧倒的な膂力と物理攻撃を吸収する二号を相手にして、まともな戦闘状態を維持出来る訳が無かったのである。
恐らくこれまでとは違う工程で作られた、藤山にしてみれば理想として考える攻勢の為の、それこそ大事な切り札の一枚だったに違い無い。
それが藤山自身の認識不足により、捨て駒としてしか機能しなかったのだ。
恐るべきはアキラや二号、意思を持つEO達の機体のスペックそのもの、そして人の意識と機体の同調・整合性であり、その追従性なのだろう。
たった数体の投入で、机上とはいえ軍事を専門に志してきた人間の用意した策、その何もかもを台無しにしてしまったのだから。
撃つ、切る、止める、穿つ、殴る、砕く、千切る。
あらゆる手段で赤甲のEOが蹂躙される最中、先任は自身の71式の銃声の嵐の中で確かに聞いたのだ。
敵を目の前にして二人のEOが小さく笑った声を。
「ジャミング装置の停止を確認しましたッ! 先任ッ!」
「おうッ! よくやってくれたッ! 犬塚さんッ! 生きてますかッ!」
工兵達の鬼気迫る作業によって、早々にジャミング発生装置の停止に成功した。
発信源となる装置自体が藤山の鎮座していた台座の真下にあった事が、迅速に停止作業を進められた大きな要因と言えるだろう。
通信が回復したと同時に、先任が最初に連絡をつけたのは当然ながら犬塚であった。
『勝手に殺すな。隔壁で閉じ込められちゃあいるが、あれから誰も死なずに済んでる……先任、よくやってくれた。あんがとよ。これから外と繋ぎを取る。電子戦の専門にこの状況の打開を頼むつもりだ。もうちっとばかし頑張ってくれや』
「それどころじゃ無いですよ。陸将にはまたトンズラこかれたんですがね、どうも相当量の爆薬が方方に仕掛けられてるみたいなんです」
『あのジイさんの事だ、死なばなんちゃらってつもりは無いんだろうな……判った。それも合わせて専門の人間に頼むとするさ』
「それから……十七番機からとんでもない話を聞きましてね……師団本部が直撃を貰ったそうです」
『…………大将や田辺さんは?』
犬塚が静かに息を呑んだ事は通信越しにでも先任に理解出来た。
彼の報告は第二師団という巨大な生き物の頭部を潰された、それと同義であったからだ。
ただ無闇に叫んだり狼狽したりしない辺りはさすがと言った所だろう。
「現状不明だそうです。情報が錯綜しまくってるってのが痛いですな。戦線も完全崩壊する程って事では無いらしいですがね、横の繋がりでどうにか維持してるって話です。こちらに手を回す余裕があるかどうか……」
『……判った。坊主を通して水名神に要請してみよう。確かあちらさんには機構本部組をフォローすんのに、凄腕で質の悪い技術者がてんこ盛りで積み込まれてるはずだ』
「アテにしていいんですかね?」
『雪村達もここにいるんだ。機構本部の方がよっぽど面倒な事態になっていない限りは、こっちにだって手を貸してくれるだろうさ。最低限でも隔壁開放まで頼むつもりだ。なんとかそれまでは――』
「死にゃあしませんよ。十七番機もこのまま随伴してくれるそうですからね。そんでも、出来るだけ早く頼んます」
『おう、俺もそろそろ都市照明が恋しくなってきたからな。切るぞ』
通信が回復した事は幸運だったが、まだ広域爆破の危険性や隔壁の開放という問題も残っている。
彼の目の前の戦闘も含め、本営各所で繰り広げられている戦闘は……まだしばしの継続を強いられる様だ。
『という状況で……空挺の人達と十七番機が危ないです。どうにか出来るとしたら皆さんしかいないと思います。時間があんまり残って無いですけど……お願い出来ますか?』
晃一達は犬塚との通信が途切れて以降、晃一と大葉は第三中隊と協議を繰り返して打開策を模索していた。
通信が回復したタイミングは、吹き飛ばされた八号と九号の身柄を捜索している環を呼び戻し、いよいよ本営ビルへと投入しようとの決断が為された直後の事であった。
犬塚から陸軍本営敷地内の実情を知らされた晃一は、それならば自分がと鹿嶋率いる水名神のオペレート班へ連絡、本営に内包されている問題打開への協力を要請したのである。
「大丈夫よ、隔壁どころか起爆プログラムまでこっちできっちり掌握してあげる。お姉さん達に任せておきなさい」
そう堂々と返事をしたのは、晃一との接触を要注意レベルで監視されている柳原女史である。
『柳原! なんであんたが返事するのよ! まったく……十二番機、了解。その案件はこちらで処理、そちらは引き続き状況の監視と報告をお願いします』
『りょ、了解です!』
作戦中という事で事務的な声ではあるが、鹿嶋は晃一に了解の旨を告げる。
『聞いての通り、コーちゃん達どころか空挺のオジサマ達の生命まで預かる事になったわ。オペ班の全力を以ってこれを拾い上げます。みんなッ! やるよッ!』
乗船時から鼻息の荒かった鹿嶋であったが、ここにきてそれがピークを迎えた様だ。
身体を奪われたフラストレーションを発散し、機構勢力に対して逆襲の一矢を放てるこの現状が彼女の神経を昂ぶらせている。
人工声帯から溢れる如く聞こえる鹿嶋の声は、機械的な要素を幾らか含むものの、恐ろしくハリのあるものだった。
「はいはい、そんなに興奮すると循環液も溢れますよ」
『長瀬……あのねぇ……あんたはそうやって水を差してないで、もうちょっとやる気を出しなさいよ……折角の私達の見せ場じゃないのよ……』
「あら、班長は別にゆっくりしてても構いませんよ? コーちゃんからのお願いだもの、私が全力で対応しますから。それに間崎さんとイチャコラこいてて、すっかり仕事の仕方すら忘れてるみたいだし。ね? 長瀬?」
「本当ですよ。鹿嶋さんの脳波をモニタリングしてた時は最高の拷問でしたから。砂糖吐かせてんじゃねぇって感じです。あのちっこいオッサンは、わたし達に吐かせた分の糖分をデザートで還元しないとギルティ決定なのですよ」
柳原と長瀬の辛辣な言葉と他の班員達の頷きが、漲った彼女のやる気をあっさりとぶった切った。
鹿嶋は本来、これ程ねちっこくをプライベートの事で諫言される班長では無かったはずである。
面倒見も良く、仕事に行き詰まった班員がいればそっと食堂のデザートチケットを渡せてしまう。
そんな気配りの出来る女なのだから。
班員達にしても、鹿嶋が間崎といい雰囲気を醸し出す事に異論は無い。
むしろこれまで男っ気の無かった彼女に、よくぞ食らいついてくれたものだと感謝しているのである。
だが、それと目の前でクソ甘ったるい空間を構築される事は別問題だという事だろう。
『あんたら……言いたい放題言ってくれるわね……あっちのシステムにはもう繋がってるの?』
「今更感全開ですね……防壁解体プロトコル実行開始、班長はこっちを。こちらは並行して管理者権限のリライトにトライ。藤山とかいう爺様の手元から、あちらの命令系統の何もかんも剥ぎ取りますよ。長瀬、本営の経路図出して」
「はいはい。マスターはここ……って陸軍ってこっち関係、ショボイ技術者しかいないんですかね? 見て下さい柳原さん、アホですよこれ」
「うわぁ……内部ネットワークだけで済ませられるものまで外に繋いじゃってるじゃない。これで仕事してるなんてよく言えるわね」
『お役所仕事ってやつね、予算を使いきって満足してるのよ。さて、久しぶりに全力出すわ。長瀬、サポートよろしく』
「しょうがないですね、食堂の特Aデザートチケット二枚で手を打ちます」
『バカ言わないの! 仕事でしょ、仕事! ああ……こんな身体になって部下にまで虐められて……助けて……弦三さん……』
「……聞きまして? 長瀬の奥さん?」
「……とうとう名前呼びしやがりましたね、この色呆け班長が。ちっこい弦三ちゃんの側頭部が、トゥルットゥルに禿げ上がる呪いをかけてやるざます」
「……判った、判・り・ま・し・た! わたしが言っとくから弦三さんに奢って貰いなさい!」
「よし、やりました。報酬も確定した事ですし、その分は仕事をするとします。こんな事もあろうかと、以前に作っておいた軍務省のバックドアの出番です。本営のメインフレーム及びスレイブにアクセス。サブシステムを掌握まで三分三十秒」
システムの防壁を解体するどころか、ターゲットの隣の家の裏口から入って無警戒の庭からお宝だけを盗みにかかる様なやり方なのだ。
当然犯罪行為ではあるのだが、現状を考えれば手っ取り早くシステムへ手を出せるメリットとしては非常に大きい。
「長瀬……あんたいつの間に……」
柳原を含め、その場に居たオペレート班全員がじっとりとした湿度を長瀬に向けた。
「やですよ、そんな人を犯罪者みたいな目で見て。この位は皆さんだって趣味で嗜んでる範疇じゃないですか」
ないないと首を横に振るオペ班のメンバー達であった。
『この豆狸……わたしのやる気を返して頂戴……』
見せ場とやる気の全てを奪われた鹿嶋のボルテージは、だだ下がる一方であった。
晃一とのやり取りの後に見せた、デキる女としての勢いのある姿は既に見る影もない。
「班長、諦めて仕事して下さい。長瀬もさぁ……仕事が早く終わるのは別にいいんだけどね……さすがにここまでの犯罪行為は見過ごせないわね。千豊さんに報告しとくわ……」
柳原の最後の一言は幸いにも長瀬の耳には届かなかった。
彼女の脳裏にはデザートチケットで何を食べるのか。
本営ビルのサブシステムを片手間に掌握しながら、その事だけを考える幸せに浸れたのである。
『こちらのオペ班が作業に入るそうです。あのっ、あの……こちらに知らせてくれてありがとうございましたっ!」
「いや、礼を言うのはこっちの方だ。師団本部が機能不全なままだそうだからな。こちらを手当する余裕もないはずだ。坂之上さんの下で動いてるオペレーターなんだろ? 陸軍のどこの部隊に任せるよりも、仕事は確かな気がするよ」
『それは安心して貰っていいと思います。お姉さん達、凄いですから。助かったら甘い物でもみんなに奢ってあげて下さい』
「いいぜ。甘味に関しちゃあ娘が煩いもんでな。ちっとばかし詳しいんだ。嬢ちゃん方をエスコート出来る歳でも無いんだがな」
『アハハ。それだけ言ったなら……ちゃんと帰って来てくれなきゃ嫌ですからね?』
「嬢ちゃん達を信じるまでだ。それと……な。片山は……どうだ?」
『あっ! いけないいけない。真っ先に伝えなきゃいけなかったんだ。団長さんなんですけど――』
晃一の通信に割り込む様に聞こえてきたそのノイズはジャミングによるものではなかった。
通信越しでも判る空気の震えた音が、犬塚の鼓膜に激しく刺さる。
途切れ途切れに晃一の声が聞こえるものの、大きくなる一方の音声ノイズによってその内容を聞き取れずにいた。
そしてノイズが止んだのも瞬刻、続いて大きな振動が彼の身に降り掛かった。
あまりに大きな衝撃だった為、藤山の用意した件の爆薬が起爆したのかと思った程である。
部隊員達が突然の事態への緊張の余り、言葉を出す事も忘れている。
彼等の立て籠もっている通路には静けさが訪れていた。
その沈黙を破ったのは犬塚である。
ビルが崩落を起こす気配を見せない事から、その可能性を脳内から消去し再起動したのだろう。
「坊主ッ! 状況ッ! 何が起こったッ!」
『あちゃー……ほんとにやっちゃうんだもんなぁ……あの……なんかスミマセン。聞こえてなかったと思うんですけど……味方です……これ』
振動の正体の心当たりがあるのか、平謝りを続ける晃一であった。
『えーと……その……そっちの現状を話したら……そのー……丁度いいから直接乗り込むって聞かなくて……あのー……』
自身の報告の遅れも混乱の原因の一つである事を理解しているのだろう。
口から出る言葉は煮え切らず途切れ途切れとなっている。
「坊主、別に怒っちゃいないんだ。兎に角……何がどうなってるのかだけを正確に話してくれないか?」
しどろもどろとなっている彼の言葉を最後まで聞こうと、犬塚にしては辛抱強く言葉を掛けた。
晴嵐の筋力補正では隔壁を破れない以上、外の情報をどうにかして知る必要はあったというのが大きい。
たった一枚、だが外界への大きい隔たりとして存在する隔壁の向こうには、脳の柱の林立するフロアがある。
どうやら先程の衝撃の発生源はそちら側にあった様なのだ。
一体味方のどんなものによって起こされた現象なのか。
それが自分を含めた部隊員達の命綱になり得るのか。
結果を言い淀む晃一の言葉を待っていると、先程より小さいものではあるが断続的な振動が、再び犬塚達に届けられた。
音と振動の方向から考えて、フロア側から隔壁へ向けて何らかの攻撃が加えられている可能性が高い。
犬塚達が小さな混乱に見舞われたままでいると、問題の隔壁に変化が表れ始めた。
何者かによって与えられている打撃に耐えられずに形状の変化を起こす……つまり破壊されつつあるという事だ。
「何だぁ……? いかんッ! お前らッ! 隔壁から離れろッ!」
隔壁の変形が激しくなるのを見た犬塚が、隔壁をどうにかしようと側で調査していた部隊員達に退避の呼びかけを行った。
突然の出来事に呆然としていた部隊員達であったが、犬塚の号令は絶対であると刷り込まれているのだろう。
声に反応して隔壁から飛び跳ねる様に後退した。
すると数秒後……。
ゴンッ! ゴンッ! ゴボッ! ギシギシギシギシギシギシッ!
黒い物体が隔壁を突き破ったかと思うと、今度は隔壁を力任せに抉じ開けにかかっている。
素材の剛性を越えるその力は人外のものとしか言い様が無い。
色合いからして特殊指定機体ではないかと一同には緊張が走る。
ゴクリと誰かの生唾を飲む音が、破壊活動の音の合間に小さく響いた。
メキッ…………メキメキメキメキッ!
「坊主ッ! 一体こりゃあ何なんだッ!」
犬塚の叫びを聞いた晃一は、出もしない溜息を一つだけつくとゆっくりと告げた。
『ふぅ……ゴメンナサイ……それ……団長さんです……』
ゴバァンッ!
最後の一撃は、飛び込んで来たそれの身体自身だった。
「よォ、オッサン。生きてっか?」
居酒屋の暖簾をくぐるかの如く隔壁を越え、その場に姿を見せたのは……犬塚の知るどのEOとも全く違う……鋭角的なクリアブラックの装甲に身を包んだEO。
片山淳也その人であった。
本営の混迷は様々な者達の介入によって解消されようとしていた。
この戦場を終端まで導くキャスティングは、今この時を以って完了したと言っていいだろう。
復讐と逆襲がぶつかり合うまであと数刻、いや数分。
それ程に、僅かな時間しか残されていなかった。
第六幕 完
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.08.03 改稿版に差し替え
第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。