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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第六幕 退路無き選択肢
130/164

6-22 退路無き選択肢

 -西暦2079年7月24日08時00分-


 アキラの足元でローダーのモーターが悲鳴を上げていた。

 元々耐久性に優れたユニットではあるものの、近接戦闘時の急制動や最高速度を維持した移動の連続であったのだ。

 普段よりも嵩んでいる重量がその摩耗の後押しをした事も大きい。


 コイルが焼け始め、薄く煙も出始めている。

 彼に嗅覚があったのならば、コイルの焼ける匂いを感じた事だろう。

 だがアキラはその動作を止めようとはしなかった。

 彼もまた二号達と同じく、閉鎖していく隔壁に追われていたからだ。



 地下施設にて六号と対峙、これを排除したアキラ。

 彼は工場内の捜索と稼働の停止、そして内部調査の全てを二十二・二十三小隊へと任せ、一人で侵入してきた時の逆側に存在した搬出口へと歩を進めていたのだ。

 だが六号の生命活動停止時に起こったアラートの正体が、まさかの施設閉鎖の合図とは思いもしなかったのだろう。


 アキラが通路を進み始め一分程経過した頃だろうか。

 彼の通路侵入を狙いすました様に工場側から隔壁が降り始め、それに気付いた時には戻るにも戻れない状況となっていた。

 閉じ込められて孤立しない為には、経路をひたすら前へと進むしか道が残されていなかったのである。

 ただ、経路自体が車両での運用を前提とした大型のものであった事は幸いだったのだろう。

 隔壁は経路を塞ぐだけの大型のものであり、一枚づつ時間をかけてゆっくりと降りていた為、一秒を争う様な切迫した状況にはなってはいなかった。


 それでもローダーをフル稼働しなければならない事には変わらず、今も尚閉鎖作業の続く通路を、隔壁との追走劇を演じながらどうにか抜けてきたのである。

 この先で遭遇出来るモノが何なのかは想像もつかなかったが、工場だけでなく進行方向への侵入を拒むかの如く隔壁は降りている。

 何か重要な施設、あるいは存在がある事は疑いようが無かった。


(工場は見つけた……後は発電システムか……コントロール施設……)


 この時点のアキラには想像も出来無い事であったが、アキラ達の捜索していた地下施設を含め、陸軍本営一帯の電力を賄っていたのはたった一基の発電システムである。

 先任達が本営ビルの地下で発見したシステムこそがそれである。


 従来の発電システムの規模からは考えられない発電量であり、明らかにオーバーテクノロジーと言えるのだろう。

 

 それから数分も経たない内に通路は丁字路となった。

 バイザーのマップと照らし合わせる限り、南西方向へ続く経路は本営ビルに繋がっているのが判る。

 幸い、どちらの方角もまだ隔壁は降りていない。


(これは北西が正解か……ここまで来たら……何が出ても驚く必要も無い)


 そのアキラの認識は十数秒後にあっさりと覆され、彼は驚かされる事となる。


 硬質な歩行音が聞こえ、本営ビルの方角から何かが彼のいる側へと向かって来た。

 足音や動体センサーの反応から判断して、数は複数。

 暗い非常用の赤色照明が薄っすらと照らしたのは、その巨体を揺らしながら動く二号だった。


「ッ! 敵か……?」


 歩行停止と同時に構えを取り、自身を値踏みしてくる二号の視線を感じたアキラは、地面を蹴って彼と距離を取り腰を据える。

 アキラがゆっくりと戦闘態勢を整えると、それを制止する声がかかった。


「待ってくれ! 何番機だ!?」


 この様な問い掛けをしてくる以上は味方なのだろう。

 何故敵の重装型と同行しているのかの理解出来無かったが、状況をはっきりさせる為にも名乗らない訳にもいかない。


「十七番機……中条ッス」


「中条さんとこの倅か! 待っただッ! 戦闘中止だッ!」


「確か……第一中隊の……」


 アキラは本営捜索部隊のブリーフィングで顔を合わせた先任の顔を覚えていた様だ。

 見知った顔が相手ではあったのだが、彼は構えを解く事はしなかった。


「そうだッ! この状況を呑み込むのは厳しいかもしれんが堪えてくれッ!」


「……何の連絡も……受けて無いッスよ?」


「ジャミングで通信が使用不能なんだ、そっちは?」


「ちょっと待っ――確かに……駄目ッスね……」


 念の為と確認するアキラであったが、重度のノイズが彼の耳を襲うだけであった。


「な? 本営ビル近辺の通信網は軒並みやられていると考えた方がいいだろう。兎に角移動だ。それに互いの情報の共有と整理をしなきゃならん。確かお前は野口さんと同行してたんだよな? あっちで何が起こってる?」


 既に丁字路の隔壁が降り始めている以上、このままここに居ては閉じ込められるだけであった。

 アキラはようやく構えを解き、先任の提案に乗る形で北西方向の経路へと移動を開始した。

 移動しながらではあるが先任の要請に応じ、ここで合流に至るまでの流れを簡潔にではあるが説明する。


「それは――」


 平野部での人間爆弾の存在。

 地下工場への入り口発見後に敵によって包囲をされたものの、相手のそれが緩慢であった為に戦力を分散した事。

 そして工場への突入と六号の撃破。

 六号の話が話題に上った時、一瞬ではあるが二号から発せられる気配が剣呑なものとなった。

 だがそれは仲間を案じてのものというよりは……強者と遭遇した高揚感にも似た気配だとアキラは感じている。


 外にいる野口達の状況にも話は及んだ。

 彼等は後詰めの第三中隊から戦力の増派を受け、包囲網に大穴を開ける事に成功。

 だが師団本部被弾の後、境界線ラインの第二師団に敵勢力からの大攻勢がかかった影響で、こちらのエリアにも敵兵力が流れ込んだのだろう。

 野口達の開けた穴は塞がれかけており、予定されている増援の到着を待っている状況だと告げた。


「師団本部が? 上層部の安否までは……判らんか……」


「……ウッス。不可視の攻撃で……痛打を貰ったとしか……聞いてないッス」


「不可視……まさかとは思うがそっちでもレーザーって事か? 建物や一部隊丸ごとを吹き飛ばすなんてなぁ……そんな事が可能なのか?」


 先任のキャパシティが溢れたのだろうか、工兵達に話を振る。


「建造物への影響を与える様な大規模なレーザー攻撃ですか? うーん……理論的には可能ですよ? ここの防衛システムみたいに小型化するよりは多分、楽だと思います。でもコストを考えれば現実的とは言い難いですね」


「そっちでも? 防衛システム? 小型化?」


 彼等の会話の内容が飲み込めなかったアキラは、矢継ぎ早に疑問符を飛ばす。


「おう、中条はここに来るまで貰わなかったか? 本営ビルには対人レーザーが山盛りで用意されてたぞ?」


 先任はレーザーに焼かれた装甲をアキラへと向けた。


「そんなもんがあったんスか……こっちには防衛システムなんて……欠片も無かったッスよ?」


「大方……藤山の爺さんが自分を守る為だけに設置したん――ほれ見ろッ!」


 先任が71式の銃口を壁から生えてきた防衛システムへと向ける。


「これが……」


「赤い線は照準用のレーザーだそうだッ! それに触れても構わんが動きを止めるなッ! ロックされると見えない本命のレーザーが飛んでくるッ!」


 親切に対処方法を叫んでくれた甲斐はあったのだろう。

 即応したアキラはワイヤーソーを複数本飛ばすと、あっという間に防衛システムを駆逐した。


 二号が回避運動をしている間に処理が完了してしまったので、彼の技量や動向をアキラが測る事は叶わない。

 ただその回避の身のこなしから最低でも六号と同等、もしくはそれ以上の技量があると目星をつける。

 逆に自身の手の内を晒してしまった事になるが、それを気にしていられる程の余裕も無かったので仕方が無いと考えている。


 先任達の通路を進む速度はアキラの合流により飛躍的に上がった。

 防衛システムの密度は本営ビル内より濃かったのだが、それをものともせずに進んで行く。


 そして距離にして一kmも進まない内に大型の隔壁と対面した。


「また……これは判りやすい……」


 アキラの感想ももっともだろう。

 あからさまに扉の強度を見せつけているのだ。

 そこに重要なものがありますと明言しているとしか思えなかった。


 とはいえ、真っ向から打ち破れるような強度では無さそうである。

 潰しても次々と生え変わる防衛システムに応戦し身を守りながら、アキラ達は決断を迫られる事となった。


「扉自体の破壊は現状の火力では不可能ですッ! あの人の力でも無理でしょう……でも壁ならッ!」


 先任に倣い跳ねる71式ショートバレルを懸命に制御しながら、工兵の一人がそう叫ぶ。


「……フン」


「……背中を預かってやる……早くやってくれ」


 アキラは二号の横をすり抜け際にそう言うと、背後から無尽蔵に生えてくる防衛システムへと襲いかかった。

 先任達への負担を減らす為に最前面に立ち、出来るだけ後ろに流れ弾が飛ばない様に細かい回避運動を行う。

 時には装甲の厚い部分にあえて被弾する事で、レーザーの弾道を遮る余裕も見せていた。

 ワイヤーソーとクリントスタイルによる精密な攻撃は、アキラの一挙動ごとに防衛システムはその数を減じていく。


 ゴンゴンと破砕音が継続して鳴っている事から二号の作業は順調と認識し、アキラは防衛システムの破壊に専念した。

 彼のラッシュによって、防衛システムの生え変わりが追いつかなくなった頃。

 既に破砕音も止み工兵から声がかかった時には、重厚な扉の横にぽっかりと二メートル四方程の穴が穿たれていた。


(あれだけ馬力と技量が……あの身体のサイズで……厄介な……)


 六号より機体は小型であるものの、物理破砕能力に関しては引けを取っていない印象を受けたのだろう。

 今は協調姿勢を見せているが、何を切っ掛けに敵に回りその牙を向けてくるか判らない存在なのである。

 二号と戦う事を想定したアキラは、六号戦の時とはまた違う緊張感に身体が包まれるのを自覚する事となった。


『寄生虫共がッ! こんな所にまで入り込んできたのかッ!』


 二号の生み出した大穴を抜けると、そこには広く開いたホールの様な空洞があり、何かの儀式を行う様にも見える段差のある台座があった。

 段差の頂点には脳髄となった藤山がシリンダーに収められたままで鎮座している。

 その景観は彼の持つ支配欲がそのまま形になった……趣味の悪い玉座にしか見えなかった。


「一号の命令だ。貴様の生命かジャミング装置。好きな方を選べ」


 二号がズカズカと藤山の脳髄へと向かう。


『来るなッ! 待てッ! これを見ろッ!』


 余裕の無い耳障りな藤山の声が鳴ると同時に、壁面モニターには複数の戦場が映し出されていた。

 一つは犬塚達。

 彼等は負傷者を守る為に二十七階層の通路で籠城していた所、隔壁によって足止めされている。

 防衛システムによって徐々に負傷者が増えている事が先任には見て取れた。


 隣には一号が壁面をひたすら殴り、隔壁を迂回している映像を映したモニターが並んでいる。

 犬塚達と同じ二十七階層で足止めされている様なのだが、どうやら彼女は外壁を破って外に出るつもりらしい。


 その他のモニターには工場を精査している二十二小隊達、本営内の策源地で増派された車両の受領をしている第三中隊の姿も映し出されている。


「……で? 俺はどっちだと聞いている。早くしろ」


 二号はモニターを一瞥しただけで、目にした映像を意にも介していない。

 歩みを止めない彼を見て、藤山は慌てて言葉を繋げた。


『こいつらの生命は私が握っているッ! こんなに美しくないタイミングでは使いたくは無かったが……この辺り一帯、全てを吹き飛ばせるだけの用意はしてあるからなッ!』


 二号の動きがピタリと止まる。

 戯言と一蹴する事も出来ただろうが、モニターに映る一号が脱出に手間取っている以上、迂闊な行動は避けねばならなかったのだろう。


『ククク、あの使えないガラクタ女に随分とご執心な様だな。そこのもう一体のEOもそこから動くんじゃないぞ? 動くとこいつらが全員吹き飛ぶ。私を殺してどうにかしようとしても無駄だ。私の生命反応も起爆キーの一つだからな』


「ご丁寧に……色々と教えてくれるとは……随分とおめでたい……」


『話した所で貴様らには何も出来んのだ。教えたとして何の問題がある? それにだ』


 藤山が言葉を切ったと同時に、ホールの壁面に複数の移動経路が誕生した。


『貴様らはここで死ぬ事になるからな。せいぜい足掻くといい』


 藤山の脳髄はその場から再び姿を消す。

 更なる安全地帯へと移動出来るギミックを用意していたのだろう。

 用意周到にも程があると先任は舌を打った。


 追走に入ろうとした二号だったが、壁から現れた者達によってその動きは阻まれる。

 開いた移動経路からは、複数のEOが沸いて出たのだ。

 それも装甲色が通常の黒い物では無く赤黒くなっており、突入してくる動作を見たアキラは即座に違和感を覚えた。

 何故ならこれまで見てきた量産型のEOとは思えない、人間に近い柔軟で滑らかな動作を見せていたからだ。

 腕に抱かれている携行火器は71式等の従来の物では無く、その銃口は防衛システムのそれに酷似していた。


「先任……あれ……」


「なんだッ!」


 既にEOへ向けて71式の発砲を始めていた先任は、工兵の煮え切らない言葉に苛立ちを感じていた。


「レーザーですよッ! あんな携行サイズにして……電力供給はどうして――」


「そんな事を考えんのは後にしろッ! それよりジャミングの解除だッ! 陸将がいなくなったのならそれが最優先に決まってんだろうがッ! ついでに起爆プログラムもいじっちまえッ!」


「簡単に言わんで下さいよッ!」


「何の為にお前ら二人を選んで連れてきたと思ってんだッ! そっちが専門分野だってのは知ってんだからなッ! 逃げ道なんてねぇんだ、なんとかしてみせろッ!」


「……ネットワークを切られてたら知りませんからねッ!」


 工兵達はそう言うと台座に駆け上がり、周囲を調べ始めた。

 藤山の接続されていた場所である以上、何らかの形で本営を管理する為のネットワークと繋がっていると考えたのだろう。


「ぶつくさ言わんととっととやれッ! 中条ッ! 判ってるなッ!」


「敵と火線を通さなきゃ……いいんスよね?」


「それでいいッ!」


 ガシャリと音が鳴らし、クリントスタイルの弾倉を弱装の炸裂弾に変更する。

 着弾と同時に破砕する弾薬を使い、携行レーザーを確実に潰す腹積もりらしい。


「ジャミングの発生装置はどれだ?」


 二号の中ではやはり一号の命令順守が優先なのだろう。

 この状況、しかもアンチショックジェルを少しずつ焼かれながらも工兵達にそう尋ねた。


「駄目ですッ! 下手に壊すとどうなるか判りませんよッ! 起爆プログラムが何に反応するかも判ってないんですからッ! 変に手を出さないで下さいッ!」


 工兵達も必死なのがよく判る。

 畏怖の対象である二号を平然と怒鳴りつける辺り、そんな事を気にする余裕も無いという事だ。

 黙る二号に工兵は言葉を続ける。


「追い詰められてるのは俺達も同じなんです……まずはどうにかジャミングを止めます。そうすればあなたも目的は果たせるでしょう? それまでは……」


 工兵の言葉に納得が出来たのかは判らない。

 だが二号はぐるりと背を向け、ズシリと重い足音を鳴らして量産型EOの元へとその害意を向ける。


「急げ」


 それだけ伝えると彼は地を蹴り、アンチショックジェルの巨塊である右腕を振り上げた。




 生命をチップにした……そんな後には引けない戦いを強いられているのはアキラ達だけでは無い。

 いつ起爆するとも判らない火薬の綱の上での戦闘を強いられているのは、この戦場にいる人間全てだろう。


 互いに順守すべき存在も重さも違う。

 それでも手を取り合えたこの事実は、後の戦場にいかなる影響を与えるのだろうか。


 逃走した藤山と起爆コードの行方。

 ジャミングの解除と隔離された犬塚達。

 様々な不確定要素を内包しながら、戦場は収束へとさらなる動きを見せ始めていた。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.08.03 改稿版に差し替え

第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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