1-12 人々の宴
-西暦2079年3月4日18時00分-
思いつきの様に片山によって決められた襲撃作戦の概要。
あのブリーフィングから早くも二ヶ月が過ぎようとしていた。
あの直後、かの思いつきによって一番割を食ったのはオペレート班の女性達だろう。
立案されたと言うにはあまりにもいい加減な作戦の概要に、彼女達は酷く頭を痛める事となる。
近隣駐屯地からの来援時間を正確に考慮しないざっくりとしたその作戦内容は、それだけで彼女達を苛立たせるのに十分な効能を持っていた。
駐屯地に配備されている人員や装備の規模なども、作戦に必要な情報として媒体の中にデータ化して渡してあったはずなのだ。
それを完全に無視。
好き勝手にこれでいいじゃないかというノリと勢いだけで決められた作戦概要を、ニコニコしながらハイと渡されるのである。
苛立つなというのが無理な話であった。
そんな重荷を背負わされたオペレート班の女性達は、ついには開き直って一つの結論を出す事に至る。
『どうせ実行するのは私達じゃないんだから、ご希望通りに無茶なスケジューリングをして差し上げよう』
そうして駐屯地からの来援の時間だけに着目した時間設定で行動枠が埋められ、最終的な作戦スケジュールが決定されたのであった。
その結果として因果が返ったのはEOの三人。
まず彼等の待機予定地点である排水施設への移動の問題から始まる。
目標地点から三十km程離れた農業区の別の排水施設より侵入、目的地までの距離を一時間で走破する様にとのプランが立てられた。
そした現着待機後、三人の暴威を以ってして会敵から十分以内で百二十機のオートンを壊滅させろという、一見して無理だと判る時間設定が彼等に押し付けられたのである。
当然ながら片山は猛反発したが、その反論は千豊の鶴の一声で封殺された。
『ご希望通りにしてあげたわよ? 出来ると思ったからあの概要を立案したのでしょう? あらあらー、実は出来ないのにあんな作戦を立案したのかしら? 団長さんに限ってそれはないでしょうね?』
所在なさげに片山は、共に作戦を立案をした新見と目を合わせる。
だが彼は『最初からこうなる様に誘導していましたよ?』、とでも言わんばかりにうっすらと笑みを浮かべるだけであった。
元々千豊の提案でこの茶番劇は仕組まれたのだ。
参謀適正のほとんど無い片山に戦闘指揮に注力して欲しかった、というのが大きな理由である。
片山は軍大学出身の士官という事もあり、素人だらけのこの集団に作戦の立案など出来る訳が無いと思っていた。
それ故に彼なりの変な義務感が発生する事となり、渋々とではあるが作戦の立案を引き受けたのだ。
そしてそんな状況を危惧したのが千豊と新見であった。
要は元軍人であるという片山の責任感が先行して、慣れない作戦立案まで引き受けなければならない。
そんな今の状況を彼女達なりになんとかしたかった、というたったそれだけの事なのだ。
元々片山という男は、現場での臨機応変な指揮対応に関しては高い適正を持っている。
彼が一尉の階級を得たのが三十代手前という事からもそれははっきりとしている。
前世紀の自衛隊では当たり前にあった事なのだろうが、極東陸軍においてその若さでこの階級を得る事はそうそうある事では無かった。
彼が座学にもう少し強ければ、指揮幕僚課程への推薦もあり得たと言われている程なのだ。
座学に問題があったという点から鑑みても判る通り、彼には作戦の骨子を組み立てるだけの細かい管理能力が欠落していたのである。
そんな彼女達の意を知ってか知らずか、片山はぐぬぬと唸り声を漏らす。
歯があったのならば、間違い無く軋んだ音を立てたであろう。
その唸り声を聞いた郁朗と環は彼のそのさまに呆れると共に、この件に関して抵抗する事を完全に放棄した。
元々郁朗からしてみれば、ああやっぱりなと思っただけである。
軍事行動と呼ばれるものの作戦計画が、あんなサークルの旅行先を決める様なノリで決まる訳が無い。
そう鼻っから思っていたので、それほど大きい精神的なダメージも無い。
ただ片山のいい加減さのとばっちりを食った事だけはどうにも腑に落ちなかった。
郁朗がどうにかして彼に何かの罰を与えようと思案している横で、環は千豊に必死に食い下がっている。
オートン撃破一機につき幾らのボーナスが発生するのか。
彼にとっての重要案件であるそれを決定する為、ただひたすらに彼女へと食らいつくのであった。
こうして些か無茶な内容ではあるが、作戦遂行時間が決定した。
その事により、各々がその実現に向けた訓練に入っていくのである。
戦闘班は初戦という事もあり念には念を入れ、実際の詰所のコントーロル室と同じ構造の部屋を作って綿密な襲撃訓練を。
ドライバーとリフト要員は、用意された時間内でコンテナを車両に積み込めるかの訓練を。
そして郁朗達はと言うと……配備されているオートンの同型機を相手にそれらを破壊する訓練をひたすら続けていた。
担当区域を決める為にも、とにもかくにもただただ壊し続けた。
作戦立案の騒動を見ていた整備班は、自分達に実害は無いだろうと安心していた。
だがそれが甘い認識だったという事を後で知る羽目となる。
毎日の様に積まれていく修理待ちのオートンの群れが……彼等の心と身体を確実に削っていったのだ。
一度その修羅場から逃げ出そうとした副班長の山中が、班員達によって捕獲。
一晩整備用のクレーンに吊られて過ごすという出来事があり、班長権限で一日に破壊して良い数は三十機までと制限がかかる始末であった。
そして……もうこれはお決まりといえばお決まりなのだが、一定時間での撃破数をポイントとした賭け事が当たり前のように行われ、環のモチベーションが異常なまでに上がってしまうという一幕もあった。
訓練の結果として記録されている内容によると、スコアもタイムもトップレートを獲得したのは郁朗だったそうだ。
電装品で構成されているオートンにとって、驚異的な放電力を持った彼は天敵である。
プログラム通りに郁朗に襲いかかるオートン群であったが、どうやっても相性的に敵わず、一方的に蹂躙されるという結末を迎えるのだった。
『破壊神』、『雷で説教する男』、『山中殺し』等、いくつかの不名誉な称号が与えられると共に、警備の大量集結が予想される正面ゲートの奪取と確保を担当する事が命じられたのである。
そうして訓練漬けの日々が流れていき、いよいよ決行を三日後に控えた本日。
英気を養うための壮行会という名目の、ただの飲み会がアジトの食堂にて開催されたのである。
普段、このアジトでは非番の時でも飲酒が許される事は無い。
ゲリラやレジスタンスと呼んでもいいこの組織である。
いつどの様な形でアジトを襲撃されるか判らないのだ。
それでもこうやって酒の席を設けるという事は、今度の作戦で誰かが欠けてしまうかもしれない……そんな万が一の可能性を考慮したという事でもあるのだろう。
ビュッフェスタイルの会場で、スタッフが各々酒と料理を楽しみ会話を弾ませる。
郁朗達三人もその場にいるが、彼等が食事や酒を口に出来る訳も無く、壁際に陣取ってくっちゃべっているだけだった。
時折現れる仲の良いスタッフ以外はその場には近寄らない。
皆が気を使っているのがよく判る。
食事を取る必要が無いという事は、ひっくり返せばそれが出来ないという事でもある。
本人が望んだ訳でも無く、人としての欠落を背負ってしまったそんな者達の前で……いけしゃあしゃあと食事をして酒を飲む行為を見せつける恥知らずな人間は、生憎とここのスタッフには存在しなかった。
だがその事が余計にその場の空気を誰も近寄らせない物に変えていったのである。
不意にその空気を真っ向から叩き割りながら、その場へと赤ら顔で現れた人物が一人。
泥酔した彼女は三人の前に現れるなり、片山の頭をペチペチと叩いて説教を始めたのである。
本日の給仕担当は平等にくじ引きにより選ばれた。
敗北者の引きの悪さをあざ笑うかの様に、いつもの『悪ノリ』を好む連中が更なる暗躍をしてみせたのだろう。
とある人物がせっかくのイベントなので給仕担当だけでも仮装をしてはどうかと千豊に提案した。
忙しかった千豊は大して考慮もせず、まぁいいでしょうと軽く流して返事をしたのだ。
それが文字通りに貧乏クジを引いた彼等の地獄の始まりだった。
ある戦闘班の男性は……ブーメランパンツに蝶の仮面と革靴という、趣向のよく判らない組み合わせの衣装を用意され、その貴重な筋肉を見世物にされる。
ある整備班の女性は、巨乳の女性にしか似合わない……とあるレストランの制服とローラースケートをセットにされて心に酷く大きな傷を負った。
そしてあるオペレート班の女性は……ミニスカ猫耳メイドにされていた。
運が悪いと言えばそれまでである。
だが、なぜ人が楽しんでいる時に、なぜこの様な格好で、なぜ働かないといけないのか?
ホワイの嵐というやつだろう。
給仕担当者達がその不満の塊からの逃避の為に酒を飲み、泥酔状態が完成するまでに然程の時間を必要としなかったのである。
そうしてオペレート班最年少の長瀬という猫耳メイドは、泥酔すると本能のままに片山の頭部へと襲いかかった。
「なんでもっとしっかりしないんですかぁ、ハゲだからですか? ツルツルじゃないですかぁ可哀想に……そんなんだからあんなアホの子みたいな作戦立てちゃうんですよ? 算数からやり直しますかぁ?」
「ハゲてんじゃねぇよ! 最初からねぇんだよ! 畜生! 元の俺はフサフサだよ!」
「叩き心地がいいですねぇ。中身入ってるんでしょうか……無いんですね、こんなにいい音するんだもの。アハハハハハハハハハ!」
「おい! 誰かこの小娘なんとかしろ! コラァ! 山中ァ! テメェカメラなんか回してんじゃねェ!」
腰掛けていた彼の膝の上に座り、気に入ったとばかりに頭をペチペチ叩く長瀬。
彼女に吐かれたい放題暴言を吐かれ、片山はすっかりゲンナリしていた。
助けを求めても郁朗達は矛先の転換を嫌い、完全にシカトを決め込む。
それどころかいい機会だからと長瀬に更なる説教を勧めていた。
淡々とした説教が続けられ、いよいよ片山が黙りこんで置き物になりかけた時……周りの人間がヒヤっとする一言を長瀬がポツリと口にしてしまう。
「こんだけ頑丈な身体してるんですから、殺したって死なないですよねぇ、人間離れしてますねぇ。人じゃないみたいですねぇ、あ、そっか違うんだったぁ」
「長瀬ッ!」
笑いながら片山が説教される様を眺めていたオペレート班の一人が、その一言で血相を変え長瀬を彼から引き離そうとした。
片山は手で制して長瀬に語りかけた。
「そうだな。拳銃程度じゃ俺達の身体を撃ち抜けやしないだろうな。車だってそうだ。轢き殺そうったって片腕で止めちまう。高いビルから落とされたってたぶんケロッとしてるさ」
突然変わった空気を感じないままに、長瀬は黙って片山の頭をペチペチ叩いている。
「メシも食えなきゃ酒も飲めねぇ。触れてみたら温もりなんて感じない、夏場なら冷房いらずの体温だ……まぁ身体は人間じゃねぇよな、ホントに。でもな……理不尽な巻き込まれ方こそしたが、お前らの代わりにこの身体で戦う事を、俺ァ何の後悔もしてねぇ。ココにあるモンはきっと同じだろうからな」
黙って聞き入っていた皆に向かって片山は左胸をゴツゴツと叩き、そう言った。
「まぁ血の色は緑だけどね。珍しく団長が落とさずにいい話にしちゃったよ。アレ? 長瀬さん? どうしたの?」
さすがにこのままの空気はマズいと感じたのだろう。
郁朗がその場への介入を始めた。
だが急に黙って俯いてしまった長瀬を見て、彼が何事かと尋ねた瞬間……暖かい物が片山の身体からしたたり落ちたのである。
「ちょっと待ってくれ……これはひょっとして……」
「団長……お気の毒様……こっちに来ないでね。いやいや……今程鼻が利かなくって良かったって思う事は無いよ。僕、結構こういうの貰っちゃう方でさ……」
「イクローさん、こりゃあ封鎖しねぇとダメだ! とりあえず落ち着くまであの辺に近寄んじゃねぇぞ! 貰いたい奴だけ行って来い!」
「お前ら待てってッ! 置いていくなってッ! 何だよ……ビチャビチャビチャっておい! 長瀬ッ! 堪えろッ! 堪えてくれッ!」
貰った数名が駆け足でトイレにへ突入、そこから長瀬が落ち着くまでに更なる時間がかかった。
片山の膝の上で口を汚しながら、やり遂げた顔をして眠っている長瀬。
彼女はオペレート班の面々により速やかにシャワー室に運ばれ、デッキブラシによる皮膚に優しく無い洗浄をされる事となる。
一方……彼女の吐瀉物にまみれたままで、その場に残され茫然自失となっていた片山はどうなったのかと言えば……彼そのものが汚物かのにも見える酷な扱いを受け、整備班によって摘まれる様に台車に乗せられ整備場に運ばれて行った。
その先で高圧ジェットホースにより、手早く車の様に洗浄された事をここに記しておく。
翌日、一晩眠る事で昨日の出来事を綺麗さっぱり忘れていた長瀬であった。
同僚に話を聞かされ、彼女は慌てて片山の居る整備場へ走っていった。
長瀬が息も切れ切れに辿り着いた整備場で目にしたものは……片山によって絞め落とされて気持ち良さ気に地面に倒れている、今回の騒動の首謀者とも言える山中の姿であった。
その様を見た事で素直に危機感を抱いた彼女が、誠意を持って片山に謝罪をした事により、この騒動は一応の解決を見たのである。
だが当分の間、長瀬は片山にいじられ続ける事となり、我慢出来ずに言い返す流れが恒常化する事となる。
緊張感迸るはずの作戦開始……僅か二日前の出来事であった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.04.29 改稿版に差し替え