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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第六幕 退路無き選択肢
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6-21 赤光を泳ぐ同舟

 -西暦2079年7月24日07時55分-


 赤。

 今、この場に溢れる赤は誰の者か。

 熱を吐き出す機械の残滓であり、それを受け取った肉の身体の持ち主から、僅かではあるが迸るものでもある。


 致命には至らないもののただ一人を除き、場に居合わせる皆が区別無くその身に赤の洗礼を受けていた。


「…………」


 ヴィィィィィィィィィッ!


 沈黙して微動だにしない一号を尻目に、犬塚は雨後の筍の様に至る所から生える対人防衛システムを撃ち砕いていた。

 被弾した右肩の痛みも幾らかは落ち着きを見せ、赤い光から逃げまわりながら発砲を続けている。


 防衛システムの攻撃の正体は光学兵器だった。

 照準用のガイドレーザーに乗せる様に撃ち出されるそれは不可視の熱線であり、照準が合ったと操作している脳が認識したと同時に着弾する。

 本体のサイズがサイズだけに威力は小さく、晴嵐の装甲を貫く事は出来無い。

 だが装甲の継ぎ目等の隙間に着弾すると、場所によってはアンダースーツをも貫通し生身の身体を焼かれる事となる。

 犬塚が右肩関節部の継ぎ目に食らった攻撃もこれであった。


 藤山は支配下にある連結脳達の演算能力の半分を使って、数百台にも及ぶ防衛システムを稼動させていた。

 一号を捜索中隊諸共に始末する気だったのだろう。

 だがその目論見は残念ながら半ば外れる事となる。


 確かに捜索中隊の面々には大きくは無いもののダメージを与えている。

 このまま長時間攻撃を浴びせ続けられれば、物資の面も含めて先にダウンするのは犬塚達の方だろう。


 だが一号に対して熱線は一切の効果を発揮しておらず、彼女の周囲を包む様に不定形のフィールドが発生している事を浮き彫りにさせただけである。

 照準用のレーザーすら彼女の身体には届いていなかった。


 戦闘中ではあるが、犬塚はその様子を見てホッとしている自分に戸惑っている。


(こんな短時間で情が湧く何て事があんのかね……?)


 そんな想いに揺れつつ、脳の柱に隠れながら自身を狙える範囲にある防衛システムを全て破壊した。

 犬塚は右肩の装甲を外し負傷部へと止血クリームをねじ込み、鎮痛剤が塗布されているシートを貼り付けると、どうにか一息入れる事に成功する。


 傷口はレーザーで焼かれた事が幸いしていた。

 焼けて骨の一歩手前まで損傷しぽっかりと穴が開いているが、熱で焼かれた事で出血はしていない。

 激しく動く事で出血する可能性はあるが、止血処理は済んでいるので問題無いと判断したのだろう。


「嬢ちゃんッ! どうするッ! 俺達はこのままだとくたばっちまうぞッ! 手を貸してくれなんて言わないからよ! とりあえずこいつらを片付けさせてくんないか!?」


 一号にそう叫んだ犬塚は退路を形成する為、再び物陰から出入口の方向の防衛システムを削る様に射撃で潰し始めた。

 彼女は変わらず動きを見せない。

 何を思考しているのかは判らないが、犬塚の行動を阻害する様子は今の所無い。


「返事が無いって事は問題無いって事だなッ! 悪いがこのフロアから出させて貰うッ! 通路にいる連中がしんぱ――」


 犬塚の目がバイザー越しに捉えた物は、彼の意識をあっさりと一号の外へと向けさせた。

 破壊された防衛システムの基部を剥落したかと思うと、新たな本体と基部を開いた穴から生えさせたのである。

 再び敵意のモーターの唱和が始まったのだ。

 破壊したはずのものがいとも簡単に蘇った事で、犬塚の戦意が少しばかりではあるが挫かれる。

 それでも訓練を繰り返してきた彼の身体は71式ショートバレルを構え、応戦の姿勢を見せた。

 だが戦闘動作を繰り出すにはタイミングは遅く、既に赤い光が彼の身体に集っていたのである。


「チッ!」


 舌打ちが聞こえたと同時に、犬塚の身体を覆っていた赤色が消失する。

 彼の目の前には一号の姿があり、彼女を壁とする形で照準用のレーザーは霧散していた。

 

 一号に好機を貰った犬塚の攻勢は抜け目が無く、再生直後の防衛システムを狙って次々に破壊していく。

 一通りの破壊を終えた彼は、素直に彼女へと礼を述べた。

 あのカバーが無ければ即死とはいかなくとも、身体中に穴を開けられいずれは黄泉への道を歩んでいたに違い無い。


「何で……なんて野暮な事は聞かない。ただ礼くらいは言わせてくれ。助かったよ、ありがとう」


「…………」


「しかしまぁ……まさか生え変わるとはなぁ。トカゲの尻尾じゃねぇんだぞ」


「……行け」


 一号は犬塚の対話を切り上げ、手短にそういうと踵を返して移動を開始した。


「……いいのか?」


「お前らが死んだら、どのみち片山との決着がつけられない。なら好きにさせた方がいいと思っただけだ……ただ約束は守れ。片山をここに呼ぶ、そう言ったはずだ」


「……判った。通信が回復次第、その旨を伝えよう。そうなりゃ奴は必ず来るさ。ガキみたいだがそういう男だ」


 犬塚のその言葉が区切りとなったのだろう。

 返事もせずに一号はその場を去った。

 恐らくは自分へと牙を向けた藤山を狩る為にその力を振るう為なのだろう。


「結局……どっちかが死ぬまで終わらん……そういう事か……」


 犬塚はかつての自分の部下と、僅かに残った人としての部分を見てしまった一号の結末を案じつつも……今は戦闘を続けているであろう部下達の元へと向かうのであった。

 



 一号と犬塚がレーザーの洗礼を受けていた様に、二号と先任達もまた、同様に防衛システムとの戦闘を強いられていた。


「……すげぇもんだな」


 先任が呆けながらも発した言葉の通り、二号の戦闘能力は圧巻であった。

 重量のハンデを物ともせずに、軽快な動きで次々と防衛システムを破壊していく。


 アンチショックジェルは切断に最も弱い特性を持つが、高熱に対しても脆弱性を持っている。

 硬軟自在の分子特性が一定温度を超える熱によって構造を崩され、ボロボロと砂岩の様に崩れ落ちるのだ。

 相当高い温度で無ければその現象は発生しないのだが、対人用のレーザーともなれば、それを可能にするだけの熱量は元々備えている。

 本来なら彼等の天敵の一つに上げていい兵装である。


 藤山がこの設備を本営ビルに組み込む事を構想したのは、ビルの設計と建築期間を考えれば随分と昔の話に違い無い。

 だがここで実体弾を伴う装置で無く、レーザーを選択出来た(・・・)事は彼にとって幸運だったのかも知れない。


 現状でそれ以上の事に気付いた者は居ない。

 居たとしてもそこかしこからレーザーに狙われているのだ。

 それを考える余裕は持ち合わせていないのだろう。


 極東内戦における兵器の進化。

 ここに至るまでに、その矛盾に言及した人材は数人存在する。

 この防衛システムの存在を知れば、彼等の違和感は増す一方だっただろう。


 極東におけるレーザーの運用は、二十世紀の日本とさして変わりが無い。

 つまり対人用の兵装として小型化は勿論、携行や移動可能な兵装に使われる事などは無いという事だ。

 あくまで工業用や研究用、医療用の出力が弱い物が幾つか存在する程度である。


 それが判る範囲でもおよそにして数百台、生え変わる予備も含めれば軽く桁が一つ上がる規模で配備されている。

 小型化のステップ、人体を確実に害するのに必要な熱量の確保。

 技術的なブレイクスルーを一切抜きにして配備しているのだ。

 藤山はこれをどこから入手して設置するに至ったか。

 謎は深まるばかりである。


 話を戻そう。


 アンチショックジェルの弱点という意味では、レーザー攻撃は適解の一つである。

 だがそれを纏う者によっては意味を為さない……つまりは弱点足り得ないという事だ。


 それを証拠に二号の武闘による回避と蹂躙は、レーザー基部の生え変わりのサイクルを完全に置き去りにしている。

 先任と工兵はそれにあやかって、どうにか彼への追従を継続出来ていた。




「恐らくですが、ジャミングの発生装置も藤山陸将も発電施設のある地下ではないでしょうか?」


「どういう事だ?」


 先任はジャミング設備の捜索において、技術者でもある工兵達の意見を尊重した。

 彼等は作戦開始に備え、事前に本営ビルの図面に目を通している。

 実態はどれほどの改変が加えられているかは判らないが、少なくとも何も無い状態と比べれば十分な指標となる材料であったからだ。


「ここの地下発電システムは設計時の仕様上、上階から機械的に発電触媒を交換するだけのメンテフリー、所謂半永久駆動式ってやつで完全に塞がってますしね。ジャミングも外部に対して発生させるのなら屋上が一番でしょうけど、内部も含めてとなると……」


「内部での自分への反抗を見越したのなら、内側深くに置くのも解かる気はするな。だが一階に地下への経路なんて無かったぞ?」


「捜索中に作ったマップを総ざらいしてみたんですけど……こことここ。よく見て下さい。配管に合わせて使途不明のパイプが引かれているのが解かります?」


「ああ、確かにあるな。これが?」


「元々あの人の為に作られたかどうかは別として、黒だと思うんですよね。陸将の逃走ルートの」


「てな訳なんだが、どうする?」




 そんなやり取りが出発直後に行われていた事もあり、二号を含めた一団は一階へと階段を走って降りて行った。

 そして配管類の集結している位置へと向かっているタイミングで、件の防衛システムが起動したのである。


 幸いな事に目星をつけていた場所はもう近い。

 二号に関しても、一号からの命令の遂行に問題が無ければ特に口出しもしてこない。

 むしろ情報の提供を求める程であった。


 現状はwin-winの関係が築けていると言えるのだろう。

 二号と先任達はレーザーの洗礼を受けながらも、本営ビルのライフラインの供給源に近い場所へと辿り着いた。

 地下への直接の入り口は無いと思われるが、二号の膂力があれば床を抜く事は造作も無い事だろう。


 工兵が周辺の柱と本営ビルの図面を見比べ、構造の弱い部分の予測を立てていた。

 当然ながら図面の信憑性に関しては当てにしていないが、基礎構造については捏造される事も無いだろうという前提での行動である。

 

「ここ……もしくはここですね。工事期に搬入されていた機材が規格通りの物なら、今指定した場所には空洞があるはずです」


「あんたの力でなきゃあ無理くさいな。頼んでもいいか?」


「それでこの仕事が片付くのならやってやる」


 二号は生え変わった防衛システムを片付ける片手間にそう言った。


「ここのスラブ(床版)の複合コンクリートは、仕様通りなら耐爆性能を稼ぐ為に薄い所でも厚さは八十cm。間に複合セラミックプレートを挟んだ二層構造になってます。四十cm、一段づつ片付けるのが賢明でしょう」


「フンッ!」


 工兵の説明を聞くのも程々に気合の声を上げると、二号は右腕のアンチショックジェルを硬化させて地面へと一撃を見舞った。


 ゴブンッ!


 破砕する音と陥没する音が同時に響いた。

 二号の一撃は一層目の四十cmの複合コンクリートどころか、補強材であるセラミックプレートを越えて二層目のコンクリートに突き刺さり、打ち貫いていた。


「なんちゅう力だ……」


 先任は二号の行為を見て驚きの声を漏らしている。

 工兵達に至ってはその出鱈目な破壊力に感心すると同時に、それがいつ自分に向くのかと恐怖した。


 二号が腕を地面から抜くと、開いた穴からは鉄製の階段が見える。

 恐らく作業用に作られた物で、地下の工事が終了したと同時に埋められたのだろう。


「本当にありやがった……この先に……」


 目の前の光景に呆然とする先任を尻目に、二号は開いた穴に手を掛けて構造材を毟り取ると、自身が通れるサイズまでその穴を拡張。


「先に進む」


 そうとだけ言って、先任達を置き去りにして中に入って行ってしまった。


「……ッ! いかんな、意識が飛んじまってた。どうも最近非常識なもんばっかり見せられて困る。行くぞッ」


 先任は自身の頬を二度程叩いて芯を入れなおすと、工兵を率いて二号の後に続いた。


 地下経路はそれ程広く無く、二号はアンチショックジェルを進行方向に集める事でその巨体を通路に収めている。

 壁面とアンチショックジェルの摺り合う耳障りな音が通路内を埋め尽くす。


 ここまでの侵入を藤山は考慮していなかったのだろう。

 防衛システムは存在していない様だ。

 先に進むと開けた空間へとぶつかる。


「これは……」


 工兵が息を呑んだのは当然であった。

 そこには発電システムが置かれているはずだった(・・・・・)のだ。

 だが目の前にある物は工兵らの知り得る物では無かった。


「先任……これ……従来の水素発電システムじゃありませんよ……こんな規格見た事ありません……」


「おいおい……こんな所にまで未知の技術か? 極東は何時から技術博覧会の会場になっちまったんだよ」


「俺達に言われても……なぁ?」


「……さっきの対人用のレーザーといい……このビルは何かおかしいですよ。いや、ビルだけじゃない……外で暴れてたあのでっかいホバーだって……」


 技術者特有の思考の渦に入りかけている工兵達。

 先任の腕がその一人の襟を掴まえて揺り動かす事で、どうにか正気に戻そうとしている。


「と、とにかくだ。これが発電用のシステムって事は間違い無いんだな?」


「あっ、はい。それは間違い無いです。配線の構造上、ここがビルの動力の始端ですからね。ここから上に伸びていない動力経路のある方向に……」


「目的のもんがあるって事だな? だそうだ!」


「……どっちだ?」


 二号の問い掛けに応じて先を見ると、発電システムの部屋から伸びる通路は三本。

 頷いた工兵は発電システムを一瞥し、動力伝達の経路が伸びているその内の一本へと指を向けた。


 二号はそれを確認すると無警戒に突入を開始。

 先任と未知の技術に後ろ髪を引かれる工兵達も、慌ててその後を追う。


 ジャミングの発生装置が壊されるのは構わない、というよりは壊して貰わなければ状況の動かし様が無い。

 だが脳髄とはいえ……藤山を殺されてしまう事態だけは避けなければならない。

 彼の背後にあるものとの繋がりをはっきりさせなければ、戦後処理の段階で問題が発生するからだ。


「どうにか陸将の身柄よりも先に装置を見つけねぇとな……どうだ?」


「微量ですけど上より増えてますね……当たりみたいですよ」


 通信ノイズの量が僅かではあるが上階より増えている事を確認した工兵は、発生装置が地下にある事を確信を以って告げた。

 しばらく道なりに進んでいたが、手持ちのデジタルマップと進んだ方角と距離を照らし合わせた結果、この地下スペースがビルの敷地外に伸びている事が発覚する。


「これって……ひょっとしたら野口さん達の見つけた地下施設に繋がってるんじゃないですかね? 方角もホラ……合ってますし」


 工兵が検証した内容をマップに記載して先任へと向けた。


「無い話じゃねぇな。ここの脳味噌共が色々とコントロールしてたってんなら……施設自体が繋がっててもおかしくは無いって事か」


 事が大きくなり始めた事を先任が再自覚したタイミングで、通路内の照明が非常灯に変わってアラート音が鳴り響いた。


『施設内で異常発生。全隔壁を展開。全隔壁を展開』


 無機質なマシンボイスが隔壁が降りる事を繰り返し告げる。


「なんだ!?」


「判りませんよッ! 何か大きなトラブルが起こって、管理システムが自動で動いてるとしか――先任ッ!」


 工兵が声を上げた時には遅かった。

 彼等の退路を塞ぐ様に隔壁が降りきってしまったのである。


「こりゃあ……どうすんだ……」


 あまりに急変する事態に先任の声も心許ないものになっている。


「……進むぞ」


 そんな声など無関係に、二号は目的達成を最優先として動くつもりの様だ。

 彼にしてみれば先任達がついて来ようが来まいが関係無いのだろう。

 あくまで彼等との同行を一号に命じられたからこそ、声を掛けたに過ぎないのだから。


「ッ……そうだな、こうなったらもう進むしかねぇ」


 今は目的達成の為に動くしか無い。

 先任は二号の動きにこのまま相乗りする事を決断し、その後に続く。




 陸軍本営において人々の起こした事象は、このタイミングで一つに繋がろうとしていた。

 それぞれがそれぞれの戦いを継続した後に、残るものは果たして何なのか。

 相見えるべき者達が遭遇するまで残り僅かの時。

 本営での混戦は……決着へ進む道へと風向きを変えていた。


お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.08.03 改稿版に差し替え

第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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