表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第六幕 退路無き選択肢
128/164

6-20 親と子の情想

 -西暦2079年7月24日07時50分-


「なるほどな……ようやく合点がいったよ。ここまで楽に来れたのもあんたのお陰って事になんのか。しかし、まさかのまさかだぜ……そんな姿になってるなんてなぁ。植木の大将になんて報告すりゃあいいんだろうか」


 人としての姿を失って脳髄だけになってしまっている藤山へと、憐れみの視線を向ける犬塚であった。

 彼が周囲の連結脳を掌握するの為に時間をかけすぎたお陰で、別働の捜索中隊は物量や(たち)の悪いトラップに悩まされずに済んだのだ。

 藤山のやらせたい事と他の連結脳の意図の間に齟齬が生じた事によって、出されるプランを実行に移していたEO達もどちらつかずの動きを見せたのだろう。

 生体爆薬等ももっと効果的に使う事が出来ていれば、林野部の捜索に回った兵員達を効率良く消すも不可能では無かったはずだ。


 推考の海に飲まれかけている犬塚を喚起をするつもりは無かったのだろう。

 だが苛立ちを多分に含んだ一号の恫喝がその場にいる者全員の耳を穿った事で、全員の視線が藤山に集まる事となった。


「ジジイ……早くジャミングを解除しろ。でなければ……」


 一号が二号に目配せすると、彼は藤山の収められているシリンダーへとその太い腕を伸ばす。

 そのまま打撃なり握撃なりを見舞えば、即座に藤山の生命活動は終了するだろう。

 彼等の存在に対して小さくない怯えを見せていたのはこれが原因だったのかと、推移を見守っていた犬塚達は納得する。


 この二体のEOは早村によって本営ビルへと預けられた。

 正確に言えば六号や八号、九号も同様に早村の手によって派遣された戦力である。

 だが六号は自身の求める戦いの為に藤山の提案(・・)に乗り、大物の相手が釣れそうな地下工場へ移動。

 八号と九号も好きに研究サンプルを確保する為に、本営を離れホバー戦車で前線に向かおうとしていた。


 つまり預けられた戦力とはいえ、彼等に手綱などは一切つけられていなかったのだ。

 手元に残った二体にしても一号は藤山の意図通りに動く気すら無く、二号は彼女の命令しか受け付けなかった。

 戦力としては強大であっても、管理下に置けない以上は駒としてまともな使い道は無い。

 今の状況の様に内側からその身を噛み砕かれる恐れすらある。

 藤山の様な自称・頭脳型軍人にとっては扱い辛い手駒であり、その身を隠蔽しなければ命令などとでも出来無かったのだろう。


『やめろッ! 私に手を出せば早村が――』


「早村が何だ? わたしが奴に手を貸す前提として、わたしの邪魔を一切しないという条件があるんだ。奴を盾にするのなら、奴ごと細切れにしてやってもいいんだぞ?」


『クッ、使えんッ……こうなったら……』


 二号の掌から、するりとシリンダーが抜け落ち消えた。

 事態を見守っていた犬塚達の視点ではそう見えただろう。

 実際の所はシリンダーが床に沈んだだけである。

 恐らくは固定されていたロック機構を外し、二号のその手を逃れたのだろう。


 藤山の居た(・・)地面には穴が開いており、中を覗くと排水パイプの様に先が続いている。

 彼自身がどの様な経緯で身体を失い脳髄のみとなったのかは、現時点では知る事は出来無い。

 だが味方戦力の離反を予測して逃走経路を用意してあったという事は、こう(・・)なる事を事前に望み準備を進めていたのだろう。


 突然の出来事により、その場に居た者達の思考が僅かな間止まったが、状況を最初に動かしたは犬塚だった。


「逃げられちまったな……さて、嬢ちゃん。どうしたもんだろうな? この施設があの自称軍師さんの支配下にあるなら、ジャミングはそう簡単には解除出来んだろう。このまま通信不能な状態が続くのなら、ここに片山は呼べん」


「……どうすれば通信出来る?」


「設備を壊すか……外に出て距離を取るか……だな。前者は場所が判らねぇ。後者は嬢ちゃんがそれを許すかどうかにかかってくるな。どうだ? 俺達を外に――」


「調子に乗るな……片山の事が無ければ今すぐ縊り殺される事を自覚しろ」


 犬塚の生存の為の最初のベット(賭け金)は、一号により簡単に握り潰された。

 だがそれで簡単に引く男でも無い。


「そいつは失敬。だが判断をするなら早いに越した事は無いぜ? 戦況によっちゃあ、片山が他所に投入される可能性だってある。それに藤山の爺さんの妨害もだ。このままあの爺さんが黙って見てると思うか?」


「貴様……」


 失敬とは欠片も思っていない犬塚の態度が癇に障ったのか、二号が犬塚へ向けてズイとその重い身体を動かした。

 一号はその挙動を手で制し、そのまま一つの命令を下す。


「二号、通信の邪魔をしている物を排除しろ。装置かジジイ、どちらでも構わない」


「…………」


 一号に黙礼をして犬塚を一瞥した二号は、早速その命を果たそうと動き出す。


「ちょっと待った。あんた、機械に強い訳じゃないんだろ? 俺達を連れて行け。工兵、行くぞ!」


 そう二号に声をかけたのは中隊付きの先任であった。

 彼は工兵を呼ぶと、二号への同行を申し出たのだ。


「待て、勝手に決めるな。どうしても行くんなら俺だ。同行して無事でいられる保証は無いんだぞ?」


「犬塚さんはここで色々と対処(・・)せんといかんでしょうが。こういうのも俺の仕事だと思っとりますよ。工兵は何をしてでも逃がしますから……これが適材適所、ってやつじゃないんですかい?」


 慌てて止める犬塚であったが、先任は小声でそう話すと二号に向き直ってそのまま睨み合いを続けた。


「あんたの仕事を手っ取り早く終わらせてやろうってんだ。ジャミングが解除されるまでは手を取り合うのも悪くねぇんじゃねぇか? 上司の姉ちゃんも何とか言ってやってく――ガはッ!」


 先任の言葉はいきなり途切れ、苦しげな呼気を残して止まった。


 一号は誰の視界にも捉えられる事無く、先任の側まで音も無く近寄っていた。

 犬塚が彼女の存在を再認識した時には、その右腕によって先任は持ち上げられていたのだ。

 プレス機並の握力で彼の晴嵐の首周りの装甲を掴み、ギリギリと締めあげている。


「調子に乗るなと言ったのが聞こえなかったのか?」


「俺達の馴れ馴れしい発言は謝罪するッ! だがそいつの言った事も当たってるのは本当だろうッ! 片山を呼ぶ為に必要な事なんだからなッ!」


 犬塚の叫びが届くと彼女の右腕の力がスッと抜け、放された先任は地べたに落ち、激しく噎せて咳き込んでいる。

 犬塚としては片山の名前を安売りする様で心苦しかった。

 だが一号との交渉の結果に自分達の生命がかかっている今、彼の名前を出す事で彼女の心を鎮めなければ、それを進める事もままならないのだ。

 犬塚達からの提案の是非を判断しているのだろう。

 先任を見下ろすそのカメラアイから感情は感じられない。


「…………そいつらと行け。余計な事をしたら殺していい」


 二号は頷くと苦し気に息を吐いている先任を無理矢理立たせ、随伴する工兵二人と共に連結脳の乱立するフロアから通路へと出て行った。


 残された犬塚と本営捜索中隊は、次にすべき行動の許可を一号から取るべく動き出す。


「怪我人の治療がしたいんだが……構わないか? 今は無事でも、下手すりゃ生命に関わる怪我をしてる奴だっている。最終的に嬢ちゃんに殺されるにしても、せめてその時までは生き長らえさせてやりたい」


「…………好きにしろ」


「あんがとうよ……助かる。お前らは負傷者の治療にかかってくれ。出来るだけの事でいい。それと藤山が何をしてくるか判らん。周辺の警戒と構造物への注意だけは怠るな」


 一号があっさりと動く事を認めた事は意外であったが、犬塚は機を逃すつもりは無い。

 彼に命令された兵員達は通路に運んでいた負傷者達の元へと向かう。

 いっそそのまま外へと逃げ出してくれればとも思うが、一号がそれを見逃すはずもない事は容易く想像出来た。

 それでも生存へのチャンスを活かす為に、彼女からは出来るだけ距離を取らせてやりたかった。

 彼等をフロア外に出したのは、そんな部隊長としての親心だったのだろう。


 一号と二人になった犬塚は、無謀とも取れる彼女との対話を引き続き試みる。

 声を聞く限りではあるが、歳は娘である由紀子と然程違わなく聞こえた。

 その事が対話に至る大きな要因である事は確かである。


 部下を手にかけた可能性は零では無い。

 それでも無条件に戦闘へもつれ込ませる事は、犬塚にはもう出来無かった。

 開かない口から出る彼女の声がは、彼女自身のものをサンプリングした人工声帯である。

 その事を郁朗達との数度の接触によって知っている事も大きい。

 彼女冷えた声の中に存在する、少女と女性の間にある折れそうなものを……思春期の娘を持つ父親として感じてしまったのだろう。


「なぁ……少し、俺の愚痴を聞いて貰ってもいいか?」


「…………」


 彼女からの返事は無かった。

 否定されなかったという事で、犬塚はそのまま独白の様に語り続ける。


「俺には娘がいるんだがな……最近気になる男が出来たみたいでなぁ。飯の時でも俺の事そっちのけでそのガキの話をしやがるんだぜ? ニコニコ笑いながらよ、楽しそうに話すんだ」


 犬塚は知らない。

 彼女が人としての幸せをどれだけ奪われてこの場にいるのかを。

 何故に人としての尊厳をかなぐり捨ててこの場にいるのかを。


 一号がここに至った事情を知っているのならば、この様な内容の話などとてもではないが口にする事は出来無いだろう。

 間違い無く彼女の逆鱗に触れるからだ。

 事実、先の対戦時に片山は彼女の激情の嵐により、その生命を落とす手前にまでその身体を破壊されている。


 だが、一号の反応は意外なものだった。


「……幸せなんだろう、あんたの娘は」


 彼女の穏やかなその一言を聞いた犬塚の表情は、なんとも表現し辛いものであった。

 そんな表情を浮かべる理由も判らなくは無い。


 先程まで片山と遭遇出来ない苛立ちをぶつける為だけに、他者へと害意をバラ撒いていたのだ。

 先行小隊が襲われた事についても、藤山の意向が強かったの事には違い無いが、それを止めもしなかったという事からもそれは窺える。

 まさかこの様な静かな言葉が返ってくるとは、犬塚は思いもしなかった。

 かといって彼女の狂気の全てが消え、その場から霧散した訳では無い。

 それを理解した上で、彼は言葉を続ける。


「カミさんが生きてれば喜んだんだろうけどな……どうにも男親だと……こういう時にどう接していいのか判らなくなっちまうんだよ……まぁカミさんに似てくれたんだろう。色々と逞しく育ってくれたから良かったさ。俺がこんな形でおっ死んでも、どうにか生きていってくれるだ――」


「馬鹿か? 残された子の想いも理解しない親が……勝手な事を言うな」


 犬塚は先程から続く一号の人がましいレスポンスに、すっかり毒気を抜かれてしまっていた。


 彼女達は人である事を捨てた狂人ばかりでは無かったのか?

 それとも捨てたはずの人間性が残っているのか?


 そんな疑問が過ったのだろう。

 一度そう思ってしまえば、もう止まらなかった。

 彼女に対して親としての立場の言葉が、ついつい口から出てしまったのである。


「…………だったら……お前さんも子供を残して死ななきゃならんかった親の気持ちを考えろ。その生き方を真っ向から否定する気は無い。だがな、俺が嬢ちゃんの父親だとしたら……娘にそんな生き方をされたら悲しいぜ」


「何も知らないからそう言える……誰もわたしの話を信じても聞いてもくれなかったのに、どうすれば良かったっていうんだ? あのまま殺されるか……それに怯えて隠れてひっそりと生きていれば良かったのか?」


 その言葉は犬塚に静かな憤りを感じさせた。


 確かに彼女の味わった絶望は彼女の物だ。

 そしてその復讐もだ。


 犬塚にそれを十全に理解しろというのは未来永劫不可能な事なのだろう。

 どの様な経緯があって復讐の炎に薪をくべ……浮世を漂い続けここに辿り着いたか。

 その全容を知った所で、それを自分の物として追体験出来る訳でも無い。

 それでも彼女の様な若く先のある女性を、この様な修羅の歩む道に叩き落とした現実へと憤らずにはいられなかった。


「……そうだな……悪かった。嬢ちゃんには嬢ちゃんの事情があるんだもんな。俺が立ち入っていい話でも無いんだろうさ……でもな、さっきのは俺の率直な感想ってやつだ。娘が誰かの血で手を汚すと考えるだけで俺は……」


 真っ直ぐな謝罪と共に、犬塚は彼女へ父親としての想いを伝える

 部隊員達を助けたいという打算があるのは違い無い。

 しかし娘を抱える身として彼女の存在が気にかかったという事もまた、間違いの無い彼の本音であった。


「…………」


 一号はその言葉を静かに聞いていた。

 別に犬塚に心を開いたのでは無い。

 それは互いに理解している事だ。


 だが彼女は片山を求めて最果ての戦場まで辿り着いた今、修羅であり続ける事に疲れてもいた。

 だからこそ犬塚の言葉に耳を傾けたのかも知れない。


 "復讐を果たさなければ"


 その行動指針が変わる事は、決して無いだろう。

 だが父性丸出しの犬塚の言葉が心地良かったのも確かであった。

 一人で身を削って育ててくれた亡き母に不満は当然無い。

 それでもやはり夢想した父親像というものが彼女なりにあったのだ。


 父親がいればこんな風に叱ってくれたのではないか、こんな風に褒めてくれたのではないか。

 生きる事に行き詰まった時に……こんな風に慰めてくれるのではないか。


 理想まったくそのままでは無いのだが、犬塚の醸す父性が彼女の人であった頃の、そんな淡い想像を取り戻させたのかも知れない。

 そんな揺り戻しの様なものに見舞われていた彼女の思考も、突然湧いた騒音によって中断を余儀なくされた。


 天井、壁面、床下。

 あらゆる箇所に四角い穴が開き、小さなモーター音を鳴らす何かがそこから顔を出している。

 箱状の物が可動式のアームで保持され、複数の小さなカメラが付いている事は視認出来た。


「なんだ……? 監視装置か何かか……?」


 だらりと力無く他所を向いていたそれが、一斉に音を立てて一号と犬塚へとその視線を送る。

 フロアが赤い鈍光に覆われた次の刹那。


「イヂッ!」


 その声を聞いた一号は、声の主である犬塚へとその視線を動かす。

 先程まで開かれていた頭部装甲のバイザーが降り、フェイスマスクが閉じていた。

 着用している晴嵐の装甲が所々小さく焼け、痛みがあるのか右肩の付け根を押さえている。


「何だ……?」


「畜生ッ! 貰っちまったッ! 嬢ちゃんッ、無事かッ!? 防衛設備だッ、逃げろッ!」


 軍人としての反射なのだろう。

 そう叫びながら犬塚は痛みを堪えながらではあるが、腰のマウントに下げていた71式ショートバレルを構え、弾薬を害意に向けてバラ撒いていた。


 一号自身に被害が一切(・・)無かった為、攻撃自体を認識する事が出来無かったのだが、彼女は自分に対してもその害意が向けられている事に気付く。




 赤い線条は室内を踊り一号と犬塚へと向けられ始め、その小さなモーター音は対処の遅れた二人を嘲笑するかの如く、フロア内のそこかしこで木霊の様に響かせている。

 確かな熱量を以ってして、それは再び彼女達に敵意を剥き出しにして襲いかかるのであった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.08.03 改稿版に差し替え

第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ