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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第六幕 退路無き選択肢
126/164

6-18 敵懐に抱かれて

 -西暦2079年7月24日07時15分-


「状況知らせ」


「状況も何もある訳無いですよ。外見りゃ判るでしょうに」


「……お前ね、判ってても聞かなきゃならん事もあるんだよ。部隊を引っ張るってのそういうもんなんだ、覚えとけ」


「言いたい放題ですね、犬塚さん……陸軍本営敷地内で大型の火砲を積んだホバークラフトが戦闘を開始。外にいる味方側のEOと戦闘状態に入っていると思われます……これでいいですかね?」


「ほれ見ろ、やれば出来るじゃないか。しかしまた……随分とでっかい玩具をこしらえやがったもんだなぁ、オイ。ありゃあ、どうやって動いてんだろうな?」


 白亜の本営ビルの地上十九階。

 そこまでの捜索を終えた犬塚と部下達の姿があった。

 眼下を蠢くホバー戦車を眺めながら雑談に興じるその様は、上官と部下とは思えないフランクなものであった。


「それこそ知ったこっちゃねぇですよ。こっちへの流れ弾は心配ですけどね」


「よっぽどの事が起きないとそれは無い。連中にとっちゃあ、ここは重要施設だろう。わざわざ流れ弾をぶつける様なヘマをするとは思えないな」


「そのよっぽどが無ければいいんですけどね」


 中隊付きの先任上級曹長はホバー戦車の巨砲を見てそう言うと、諦めの様な溜息をついた。

 先任の不安は一歩間違えれば当たっていたのだが、彼等がそれを知るのは戦後の事である。


「先任がそんなんでどうすんだ、バカタレ。小隊長やってるガキ共の方がよっぽど腹据わってんぞ?」


「あれは戦場で指揮系統が生きてる間は余計な事を何も考えん様に、犬塚さんが徹底して躾をしたんでしょうが! それと肝が据わってるのは結構なんですがね、連中のあれは調子に乗っとるんですよッ!」


 確かにこの作戦における部下達の動きは、平常時の訓練時から比べると目を見張るものがあったのは確かではある。

 その挙動の中に新兵装を与えられて浮かれた心根が無かったか、と言えばあるとしか言えないはしゃぎ様ではあったのだ。


「そりゃあなぁ……この晴嵐ってもんの使い心地が悪く無いってのは、普段俺に扱かれてるガキ共なら尚の事そう思うんだろうさ。今まで使ってた装備は何時の時代の物だって言いたくもなるわな」


 これまで制式採用されていた陸軍のボディスーツは、あくまでも軽度の耐弾性能を持つに留まっており、71式であれば有効射程外からの斉射であろうと蜂の巣にされる程度の強度しか無かった。

 それが耐弾性能のみならず耐爆・耐火も併せ持ち、その上これまでの常識からは考えられない筋力補正機能までついてくるのだ。

 集団戦が前提とはいえ生身の人間がEOと真っ向から戦えるこの兵装は、これからの戦争の形式と概念を変えるには十分過ぎる程の装備なのである。


「だからって警戒せずに扉に突入するバカまで出る始末ですよ? どうすんですか?」


「こんだけでっかいビルを五十人ぽっちで探そうってのが、まずは大きな間違いだったんだろうなぁ、ハッハッハ」


「笑ってる場合じゃねぇでしょう! トラップにでもかかったら――」


「落ち着けって。晴嵐で耐え切れない程の爆発物があるってんならな、同時にこのビルもただじゃあ済まない。あの戦史バカの藤山の爺さんが、そんな馬鹿げたミスをする訳が無いんだ。やるならもっと効果的な仕掛けを用意してるに決まってる」


「……そんなもんですかね?」


「それにな……野口からの状況報告を聞く限りだが、どうにもこの戦場の指揮系統はバラけてる。住み分けって訳じゃないがな、この敷地内で幾つかの頭が勝手に動きまわってる感じがするんだよな」


「ちょっと待って下さい。じゃあもしもですよ? 後先考えないバカがこのビルを仕切ってるとしたら……」


「おお、ちゃんと気付いたか、偉い偉い。まぁビルごとドカンッ……何て事もあるかも知れないなぁ」


 その言葉に緊迫した表情を浮かべる生真面目な先任を、犬塚はニヤニヤしながら見詰めている。

 どうも彼の下には片山といい野口といい、彼に振り回される苦労性の人間が備え付けられる……そんなシステムが出来上がっているらしい。


「俺は片山さんや野口さん程人間が出来てませんからね、あんまり適当な事ぬかしてると由紀ちゃんにチクりますよ?」


「上官脅すのかよ、テメェ……まぁそれは兎も角としてだ。曲がりなりにもここは陸軍の中枢、司令塔だ。その為だけにアホみたいな高い税金使って新築されたって事はだぜ? それ相応に打たれ強い建物には違いねぇさ。そんなに心配すんな」


「犬塚さん……さっきから俺をビビらせたいのか安心させたいのか、どっちなのか判りませんよ……」


 確かに先程から犬塚の口から出てくる言葉には矛盾がある。

 ただの作戦行動中の嫌がらせにしては、内容の(たち)の悪さが冗談では済まないレベルだ。


「可能性の話をしてんだよ。お前は中隊のガキ共を纏めるのが仕事、俺は先を見据えてお前らを動かすのが仕事って事だ。適材適所、な?」


 かつて片山が環に言った事を似た言葉を吐く辺り、やはり彼と犬塚は師弟と言っていいのだろう。


「……物は言い様って事ですね。俺の精神衛生上よろしくないので、ガキ共のお守りに戻りますわ」


「それだけ言い返せれば上等だ。三候(三尉候補者課程)受けてみるか?」


「バカ言わんで下さい。そんな面倒な事、心の底からお断りです。アホな事言ってないで犬塚さんもちゃんとケツからついて来て下さいよ? 呆けてたら置いていきますからね?」


「言われんでも判ってる。ホレ、とっとと行け」


 シッシッと懐かない犬でも追い払う様に先任を追いやると、窓から眼下を再度窺った。


「ホバー戦車ねぇ……あんなでっかい図体のもんがモーター駆動の動力だけで浮く訳ないよな。全く……とんでもないもん持ち出しやがったもんだぜ」


 構造上、防音も隙無く為されているこのビル内にも、ホバー戦車の大口径砲から弾頭が撃ち出される度にそれなりの音が響く。

 

「引っ掻き回してんのは雪村……いや、それだけじゃ無いか。あの坊主も頑張ってるってとこだな。どうしてどうして、なかなかやるもんだ」


 戦車の動きを見て戦況を即座に把握する。

 犬塚の洞察力にかかればその程度の事は容易いのだろう。


 目標を必死に探すその砲身の動きは、彼からすれば滑稽なものであった。


「しかし、あんだけのデカブツをこのタイミングで表に出す意味が無いよな……ほんとにここの指揮系統はどうなってやがるんだ?」


 犬塚がボソリと発したその疑問に応える者はその場には存在しなかった。


「まぁ……この先を登って行きゃあ判るだろうさ」


 ようやく全階層の半分の捜索を終えた所なのだ。

 残りの階層にどの様な妨害と邂逅が待っているのか。

 犬塚はフンと鼻息を荒くすると、先行する部隊員達の後に続いた。


 

 それから十五分程探索を継続した頃だろうか。

 二十層を越えて以降も有力な敵との会敵すら無く、警備用の人型オートンと幾度かの戦闘をこなしただけだった。

 弛緩している訳では無いが緊張感が少し薄れていたビル捜索中隊を、これまでは違う振動が襲う。


 恐らくは地上で暴れているホバー戦車が何か仕出かしたのだろう。


『あのっ、あのっ! 大丈夫ですかッ!』


 突然犬塚の耳を襲ったのは崩落音でも破砕音でも無く、晃一の不安を含んだ声であった。


「落ち着け、坊主ッ! しっかりせんかッ!」


 状況を細かく判断せず、無思慮に公的な通信を使った晃一を犬塚は叱責する。

 ビルが直ぐ様にも崩落するという状況ならば話は別だ。

 だがたかだか至近弾で揺れた程度の事でこの有り様である以上、犬塚のこの叱責も誤りでは無いだろう。


『うッ……』


「大方あのデカブツの流れ弾がここの近くに落ちたんだろ? 被害はせいぜい低い階層のガラスが割れた程度じゃないのか? 違うか?」


『うう……そうです……ごめんなさい……』


「極東が地震大国ってのは今も変わらんのだからな。免震、耐震、制振。とかく揺れに対して滅法強いってのが極東の建物って事は知ってるだろう? 勉強不足だな。そんなんで爺さんの跡をしっかり継げんのか?」


『あう……』


「まぁ……心配してくれた事は感謝する。こちらには問題無いが、そっちは? 七番機が好き勝手にやってるみたいだが、ちゃんと十六番機に手綱を握らせとけよ? 手に負えないなら今の内に俺に言っとけ」


『こちらも問題無いです。あの大きい戦車を爆破する手筈は整いました。間も無く起爆します。その時に流れ弾が……その……』


「だから変な気は使うなって言ってるだろうが。そんなもんは運だ。坊主が気にすることじゃない。やるなら迷うな迅速に、だ」


『はいッ! 了解しましたッ!』


 通信の向こうで敬礼をしているのか背筋を伸ばしているのか、そんな晃一の姿が犬塚の目には浮かんだ。

 ククッと楽しそうに小さく笑みを浮かべたと同時に、再び本営ビルは振動に襲われた。

 先程より小さな揺れだったので特に問題は無いと犬塚は断定。

 近くの通路に出てガラス越しに眼下の景色を眺める。

 丁度その窓の方向には、ホバー部分と大きく損壊した砲台部分に分かたれ、酷い有様で擱坐しているホバー戦車が見えた。


「よくもまぁ、戦闘車両も使わずにあんな化け物を料理したもんだ。末恐ろしいな」


 犬塚の正直な感想であった。

 自分達ならばと策を練ってみるものの、周到な用意の上で二桁以上の戦闘車両を使い、機動戦で引っ掻き回す程度しか打開策は浮かばなかったのだから。


 ただ疑問は残る。

 あれ程の巨大戦力を何故このタイミングで表に出してきたのか。

 本営ビルに犬塚達が潜り込んでいる事は敵指揮官にも間違い無く知られている。

 まともな指揮官であるならば……何かを抱えているであろうこの施設の防備には、最も厚く手堅い物を用意するはずだ。

 万が一ここに何も無いのだとしたら、先程のホバー戦車で捜索中隊の居る階層ごと撃ち抜けば良いだけなのだから。


 事は単純に、八号と九号の二人が好き勝手に行動して暴走した。

 たったそれだけの事である。

 だがその事実を知らない犬塚にとってホバー戦車の行動は、陸軍本営の戦場に対して抱いた疑問に拍車をかける存在でしかなかった。


「まさかとは思うがな……」


 犬塚はふと頭に浮かんだ想像を振り払う。

 何もかもこの先に進めば答えが出る事なのだろうと。


『犬塚さんッ! 逃げてくださ――ガはッ!」


 またしても唐突に彼の耳に入った通信。

 次は犬塚への退避を促すものだった。

 送信してきた相手が最先行して捜索に当っている小隊の隊長である事は、悲鳴に近いものであったが声を聞いて直ぐに判った。


「どうした? おいッ! どうしたッ!?」


 犬塚が呼びかけるが、ノイズが返ってくるだけで返答は無い。

 彼はそれが当然の事と受け止めていた。

 最後に聞こえた息を吐く声は、何か大きな衝撃を受けた結果出たものなのだろうと簡単に推測出来たからだ。


「いよいよこっちにもおっかないのがご登場って事か……総員、注意。最先行している小隊に問題(・・)が発生した。脅威度の高い敵の存在が予想される。恐らくは特殊指定機体が相手だ。二十五階層の上り階段に一旦集結、生存者を救出して外に出るぞ。始末は()の連中に任せる」


『『『了解』』』


 戦闘状態に入った小隊の位置は二十七階層。

 二十六階層はクリアになっていると報告を受けている事から、五分での走破と設定。

 犬塚は自分達の兵装が特殊指定機体には通じない事を熟知していたので、それなりのやり方を持ち出すつもりだ。


「坊主、聞こえるか。特殊指定機体と思われる戦闘単位と二十七階層で接触、先行していた小隊が潰された」


『そんなッ……』


「想定内ではあるがちっとばかりマズい。生存者を拾ったら外に引っ張り出す。七番機にはそのつもりで準備をさせておいてくれ」


『ダメですよッ! 僕達も中に――』


「簡単に状況に流されるな。戦闘能力のほとんど無いお前ら二人に狙撃手だ。三人が中に入った所で出来る事は知れている。それならば、最大限に力を使える場所に誘い出すのが最善だろうが」


『うう……』


「十六番機は周辺の索敵、増援の有無にだけは気をつけさせろ。這々の体で外に出た所で、囲まれて潰されちゃあ敵わんからな。七番機は本営ビル入り口を狙える場所で待機。坊主は――」


 通信で伝えられたのはそこまでだった。

 強烈なノイズが犬塚の耳を襲い、確立されていた通信経路が遮断されてしまったからだ。


「このタイミングでジャミングかよ……いい根性してやがる」


 予備として用意されていたチャンネルを使ってみるが、無線の電波自体が妨害されているのだろう。

 外部との有線通信は捜索中隊に対しては確立されていない。

 部隊員達に集結命令を出せたのは幸運だった。

 だがこちらの状況を外に伝える事が出来無いのは致命的だと犬塚は考える。


 晃一との通信中にも部下達は集結を続けてり、通信を終えた頃には部隊員達が全員揃っていた。

 この先にあるのは疑い様の無い、絶望的な戦闘である事は全員が認識している。

 その上で……犬塚は部隊員達に死地へ向かえと告げた。


「通信が妨害されてる事はもう判ってるな? 外部との連絡は一切取れない。このビルの有線通信もどうやらご丁寧に殺されてる。いずれは袋小路に飛び込む事も想定していたがな、ここまで露骨にされちまうとかえってやり易くていい」


 部隊員達を見ると、緊張しているのを感じたが怯えの色は見えない。


「作戦目標は三つ。生存者の確認といるのならば救助。そんでもってここからの脱出だ。な? 簡単だろ?」


 深夜の通販番組の司会者の様な犬塚の物言いに、部隊員達からは笑い声が上がる。


「おうおう、随分余裕があるじゃないか。そんだけ笑えるんなら問題無いな。よし、突入」


 あっさりとした突入命令の元、本営捜索中隊の面々は速やかに階段を駆け上がった。

 人数の関係もあるがエレベーターは使用しない。

 戦力の分散を恐れたという事もあるが、途中で止められる可能性がある事を考えれば、とてもではないが使えないのだ。


「さて、何が出てくるか……」


 特殊指定機体が存在する階層。

 そこには何か重要な存在がある、そんな確信を犬塚に持たせるのには十分な材料であった。

 どの様な性質の存在であろうと、本営敷地内の戦闘の趨勢を決める物である事は間違い無い。


 二十七階層の照明の殆ど無い薄暗い通路を、少ない遮蔽物に隠れながらも迅速に進む。

 大きな分岐路は無い。

 形成されていくデジタルマップを見ると、この階層の半分は奥へ続く格子状の一続きの通路で構成されている様だ。

 途中に何かの作業や業務に使う為の部屋は存在しない。


 全てが通路ならばと、犬塚は壁の薄くなっている壁面を爆破で抜こうかとも考えた。

 だが結局は一箇所に小さい穴を試掘させ、破壊可能である位置に蓄光マーカーで印をつけるだけに留めておいた。


 脱出用の経路として使うのならば、あらかじめ爆破しておけば良いのではと考えるのは常道だろう。

 だがいくら頑丈に作られていようと、フロアに対するダメージになるのは違い無いのだ。

 脱出前に崩落されても困る。

 そう判断して逃げ出す際の手札の一枚として、そのまま残しておく事にしたのである。


 このつづら折りの通路の目的は、目標物への外部勢力の到着の遅延にある事は確かだろう。

 トラップの有無には開き直ったのか頓着せず、爆破すべき壁に印を付けながら中隊はただただ進む。

 何か仕掛けがあったのならば、最先行していた小隊の工兵が排除しているはずだ。

 それに自分達を特殊指定機体の元へ引き込むのが目的であるのならば、小さなトラップでチクチクと痛めつけるよりも、彼等の力に任せる方が確実だろう。


 そうしてズカズカと通路を進んだ甲斐はあり、とうとう経路を突き当った扉に到着した。

 両開きの鋼製のスライドドアはかなりの重量のある物だと見て取れる。




 鬼が出るか、蛇が出るか。

 犬塚のハンドサインにより、部隊員達の突入は開始される。

 壁際にあった端末で開閉処理を行うとロックが外れ、扉は重い音を立てて開いた。

 そこから漏れる光と共に犬塚の目に映った光景は……彼の倫理感を殴りつけるには十分な程の、唾棄すべきおぞましいものであった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.08.03 改稿版に差し替え

第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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