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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第六幕 退路無き選択肢
125/164

6-17 午前七時、鳴る戦鼓

 -西暦2079年7月24日06時55分-


『一号車から三号車、一km前進。右翼から支援射撃。他の車輌は河を左手に距離を稼ぎます。八号車と九号車、殿を。包囲を抜けたら右翼の部隊を支援。そのまま合流して水名神からの支援が来るまで足止めをお願いします。スケジュールがかなり遅れているので迅速に行動を』


 普段の穏やかな声音からは考えられ無い、酷薄とも言える冷えた声は部下への激として飛んだ。

 その声からは怒気も焦燥も苛立ちも感じられない。

 彼の感情のスイッチはオフとなり、状況を把握してそれに応じた命令を出す機械になりつつある。

 戦力的に余裕が無い以上、そうなるのも仕方が無いのだろう。


「これは……私達の動きが漏れている、そう考えていいのかしらね?」


 車両の搭乗口から顔を出し、遠方を物憂げに見つめる千豊がそう言った。


「いえ、この戦闘は偶発的なものでしょう。我々にぶつけるのならば、もっと小規模なもので十分ですよ。恐らくは……第二師団へと向かう戦力をたまたま誘引してしまった、そう考えていいかと。タイミングが悪かったんでしょうね」


 機構本部に向かう為に環状大河から上陸を果たしたものの、想定外の大きい敵戦力との遭遇戦によって、彼女達は長時間の足止めを食らっている状態だった。

 新見の分析通りの偶発的な戦闘だとしても、先行している郁朗達に長時間の負担をかけ続けるのは面白く無い状況である。


「そう……急がないとね。三人を孤立させる訳にはいかないもの」


「案外……大丈夫では無いのかと思ってしまいますよ。藤代君が居ますからね」


「あら、意外。彼を高く評価しているのは知ってたけど……そこまでなの?」


「兵士の戦闘力としてのスペックは言わずもがな、彼のメンタルは我々のそれに近いですよ。春からこの数ヶ月の出来事もあります。彼は戦う人間としては片山さんと同じ、一段上の舞台にいると判断していいでしょう。我々の罪悪感は別として、ですけどね」


「…………そうね。ねぇ、新見さん。彼ね……極東の()にも私達と進む選択をするみたい…………いいのかしらね?」


「…………それはまた……彼自身の選択に任せるのが最良なんでしょうが……藤代君も酔狂というか……物好きというか……」


「本当にね……こちらの気持ちなんてお構い無しの押し付けなのよ? 強引にも程があるわ」


「その割には嬉しそうというか……まぁ気持ちは解かりますよ」


 臙脂色に染められた外装甲の外骨格に身を包んだままの千豊が、新見のその一言に反応して慌てて車両内に戻って来た。


「顔に出てたかしら?」


「それはもう。あなたのそんな顔を見るのは……こちらに来てからは始めてかも知れません。いい傾向だと思いますよ」


「……疲れているのかもね。感情が表に出るなんて組織の主としては失格だもの」


 その一言が引っかかったのだろう。

 新見はふむ、と顎に手をやると、戦況を表示するマップを見つめたまま千豊の自虐に言葉を返した。


「千豊さん、あなたはもう少しそういう生の部分を出した方がいいんじゃないですか? 私達(・・)と違ってあなたは持っている感情を仕舞い込みがちですからね」


「……アナタが人間臭くなったのもそういう事(・・・・・)だからかしら?」


「なのでしょうね。環境と学習というものはかくも恐ろしい物なのだと再認識しましたから」


 二人は自分達の周辺環境の変化に小さく笑った。

 修羅の道を歩んできたと考えられる新見は兎も角、千豊の達観している人生観は、その若さと風貌からは想像出来ない経験から構築されたものなのだろう。


 ズンッ……


 近場に着弾があったのか、二人の穏やかな笑みはその音に打ち消され、再び険しいものに変わった。


「水名神からの支援攻撃来ますッ! あと一分ッ!」


 通信要員が水名神の本部から受けた連絡を通達する。

 敵性EOの壁を打通する為に十五分程前に出した支援要請の手がようやく届く様だ。


「集結予定地点を再設定。水名神の巡航ミサイルの開けた穴から移動を再開しましょう。各車両、タイミングを間違え無い様に頼みます」


 ここを切り抜ける好機と判断したのだろう。

 新見は待ちかねたとばかりに、全車両へと逃げの一手を打つ様に伝えた。


 足止めに当たっていた車両達はその声を聞き、速やかに移動を開始する。

 移動ルートは水名神のミサイルの着弾地点経由を選択する事で敵戦力を誘導。

 この機会に少しでも数を削る心づもりらしい。


 79式歩兵戦闘車は一両、また一両と本隊に合流し集団を形成していく。

 舗装された幹線道路を移動、そして独立懸架式装輪である車両の性能も合わせて移動時の振動は少ない。

 それでも戦闘の影響なのだろう。

 双方の攻撃により弾け飛んだ小型の瓦礫に乗り上げた衝撃が、時折ではあるが車両を襲っている。


「着弾ッ間も無くッ!」


 悲鳴の様な通信要員のその声が響いた直後、大きな地鳴りと共に敵密集地点に爆炎が上がった。

 車両の近距離レーダーに映っていた赤で記される敵影は、炎と爆風に巻かれたのか次々と消失していく。

 レーダーマップにはミサイルの着弾地点が空白地点として新たに映し出され、この部隊の行き道を示していた。

 新見はこれからの方針をオペレーターを通じ、全車両へと送信する。


「ルート再設定、各車両はデータの受け取りを。いいですか? この空白地帯を五分で抜けます。水名神には私達の撤収のタイミングに合わせて、敵追撃部隊への第二射の要請を。私達の殿を焼いてもらいます」


「藤代さん達への連絡は?」


「道中にまだまだ会敵の可能性はあります。我々は元々予定が狂うかも知れない事を前提とした後発組ですからね。下手に合流時間を知らせるのも、彼等の精神衛生上宜しくないでしょう。今は前に進む事だけを考えます」


「了解しました」


 水名神への連絡を開始した声を聞きながら、新見は通信で得た全体の作戦進行状況を脳裏でまとめ始めた。


 陸軍本営には先程貰った連絡によると、大きな動きがあった所だ。

 生体爆薬による足止めとあからさまな包囲網に小規模な戦闘。

 本営ビルや近辺に直接的な動きは無いものの、外周部に大掛かりな地下施設を発見・突入を開始したそうだ。

 明らかに罠だが、あえて引き込まれにかかるという犬塚の判断は間違っていないと新見も同調する。

 

 郁朗達については到着早々に装着重装型との戦闘があったもののこれを撃破、以降連絡が無いという事は大きな問題は起こっていないのだろう。


 友軍である第二師団の動向に関しても悪い報せは無く、今の所は順調な様だ。

 水名神が環状大河付近の敵集団を誘引、幾つか引き受けた事で彼等の負担が減った事が大きかったのかも知れない。

 敵部隊の縦深陣地への誘い込みも上手くいっているそうだ。


 今の所自分達の到着が遅れている以外、作戦スケジュールは順調と言っていい。

 そう思った矢先の事であった。


「水名神から入電。敵勢力の大規模攻勢を確認。中央戦線誘引先の砲撃部隊が不可視の攻撃を受けてほぼ壊滅。車両群への被害が大きいとの事」


「不可視……まさか?」


「新見さん……これは……」


「恐らくは……」


 千豊と新見の二人には、その攻撃手段に思い至る所があったのだろう。

 急ぎ第二師団本部へと連絡を試みるものの、その通信への反応は無かった。





 入電の五分前。

 水名神からの支援攻撃が千豊達を包囲している戦力に襲いかかろうとしていたタイミングである。


 第二師団の誘引先の終着点、縦深陣地の谷となる袋小路にある部隊は、周辺に点在する友軍部隊と協調して旺盛な十字砲火を形成していた。

 敵陣に近い山の部分に突出している晴嵐の部隊の敵兵力誘導は、それは見事なものであったそうだ。


 敵の進軍に対し徹底的な隠蔽を行い、相当数が一定ラインを越えた所で懐側へ追いやる様に砲火を浴びせるのだ。

 砲撃の追従を逃れて行き着いた先には、重砲を含めた更に強固な砲撃陣地が敷かれている。

 工場にも似た流れ作業とも取れるこのシステムは、有機思考に至らないEOを相手に有効に働いていた。

 その砲撃陣地の後方、同一直線上に置かれている第二師団師団本部。

 そこでは田辺と植木が作戦の進捗が順調であるとの報告を受け、僅かばかりではあるが安らかな息を吐いていた。


「敵戦力の誘引は滞り無く進められています。西部戦線の部隊は水名神のお陰で閑古鳥が鳴いていますね。高野さんが煩くて通信担当の胃に穴が開きそうですよ」


「現状は動かし様がねぇだろう。下手に閂を抜こうもんなら後ろを取られる。まだまだ先は長ェんだ。攻勢反転の時まで辛抱させるしかねぇな」


「他人事の様に言わんで下さいよ、植木閣下。今直ぐにでも飛び出して行きそうな人が何を言ってるんです」


 相も変わらずの二人のやり取りである。


「陸軍本営の捜索も順調だそうじゃねぇか。しかしまぁ……そんなにでっかい地下施設を何時の間にってなもんだよなぁ」


「第一師団の独断としか考えられません。陸幕も軍部官僚も預かり知らない所でやらかしたんでしょう。藤山陸将ならその位は平然とやってのけるのでは?」


「そうだな。あのバカタレなら事前にそういう入れ物を作る位は、笑って鼻歌歌いながらやるだろうさ……まだ確保は出来てねぇのか?」


「犬塚の部隊が捜索を継続しています。楽観的かも知れませんが、時間の問題と考えていいでしょう」


 田辺の考察に小さく唸るともどかし気な表情を一瞬だけ浮かべる。

 ここで田辺にとやかく言った所で現場に出られる訳でも無く、どうにもならない事については悟っているのだろう。

 植木は話題の転換を図った。


「機構本部の方はどうだ? 予定通りなら、そろそろあの嬢ちゃん達も到着した頃だろ?」


「それについてはどうも上手く無い様です。西部戦線向かうはずだった大規模戦力と遭遇戦の真っ最中ですよ。水名神の支援があるので逃げ切れるとは思うんですがね」


「救援は?」


「必要無いと新見さんからも念押しされています。こちらの台所事情をちゃんと含んでくれるのは有難い話ですが、必要とされないならされないで寂しいものですよ」


「あの嬢ちゃん達は自分達だけで甲斐とはケリをつける気なんだろうよ。だからこそ、本営の方は俺達に譲ってくれたんだろうさ」


「でしょうね。いくら藤代君達やあちらの外骨格が規格外の戦力とはいえ、そういう覚悟がなければ出来ない事でしょう。そんな中でも戦力を分散してまで、我々にお守りをつけてくれたんです。彼女達を信じるしかありません」


「そうだな。でなきゃあんな特別拵えの外骨格の運用なんて許しゃしねぇ……戦後にアレが俺ッチ達に対して矛先を向けねぇ事を祈るばかりだぜ」


「次の政府がまともなものになる事を切に願いますよ。基本的に我々はその政への介入はしないのが原則ですからね。今回の様な例外は二度と御免です」


「全くだ。しかしまぁ……この一年の極東の兵器の進化ってのは驚きを通り越して異常だな。田辺ちゃんもそう思わねぇか?」


 植木にしてみれば、単にEOや千豊達の運用する外骨格の話が出た事から振っただけという話である。

 だが田辺が受け止めるには、その言葉は違った意味の重さを持っていたのだろう。

 先程までの饒舌な彼は既にそこには居なかった。


「…………」


「どしたい? 田辺ちゃん?」


「植木さん……その話なんですがね……」


 田辺が植木の事をさん付けで呼ぶ場合は、決まってプライベートな案件だと植木自身も理解している。

 作戦行動中、それもこれだけ大規模な作戦の指揮を取っているのだ。

 この様なタイミングで口から出る言葉では、本来ならば有り得ない事であった。

 

 話が振られたという事もあったが、軍内部で現状の真相(・・・・・)を知る人間は自分一人であるという重荷に、田辺はいい加減耐える事が出来無かったのだろう。

 大勢はどう動くかの判断については、現状ではまだとてもではないが出来無い。

 だが植木に知らせるのならば、このタイミングしか無いのだろうと彼は考えた。


 しかし極東の真実は語られる事は無かった。

 通信オペレーターの悲鳴によって二人の密談はこの時点で打ち切られ、切迫した事態へと状況は動く事となる。


「第五連隊の砲撃陣地が被弾ッ! 滑腔砲一個中隊が……一撃で半壊ですッ!」


 極東陸軍の機械化車両部隊一個中隊の編成は、戦闘車両十二両に補給車が二両となっている。

 いくら密集して砲撃を加えているとはいえ、ただの一撃でそれだけの規模の部隊が半壊する事など現行兵器では考えられ無い事であった。


「落ち着け。まずは生存者の救助、続いて周辺部隊からの情報収集。車両の被弾の状態、着弾までのプロセス、何でもいい。兎に角今は状況の把握が先決だ」


 いきなりの出来事で混乱しているオペレーターを叱責し、事態の収集に田辺は動き始める。


「こりゃあ……また新兵器ってやつかね? 田辺ちゃんよ?」


「そうとしか考えられませんね。坂之上さん達に念の為に問い合わせましょう。何か知ってるかも知れません」


「そう都合良く正体が把握出来るとは思えねぇが……まぁ聞くのはタダだしな」


「現着した近隣部隊からの映像入りますッ!」


 その声に二人の視線は大型モニターに釘付けになった。

 そこに映されたものは、爆発によって吹き飛ばされたにしては不自然な破損……融解した車両の装甲であった。


「生存者によると着弾の衝撃は一切無かったそうです。気がつけば隣の車両が爆発していたと」


「認識出来ない攻撃……さらに戦闘車両の装甲が融かされるなんざ……今の極東の開発力でそんな兵器が作れるもんなんか?」


「…………」


 黙っている田辺は千豊の話してくれた、どこか浮世離れしたあの内容が真実であると確信を持った。


「何か知ってんだな? オメェが俺ッチに黙ってるって事は、それなりの内容って事なんだろうが……話すとマズいのか?」


「……マズいという訳ではありません。単純にタイミングの問題だった、という事だけです。実は――」


「敵陣後方に撒いたマルチプロープに反応ッ! これは……大規模攻勢ですッ!」


「正確な兵種と装備、それに数は?」


「規模が大きすぎて詳細な計測をするのに時間がかかりますッ! 見て下さい、レーダーが真っ赤ですッ!」


 先程まで順調な作戦展開を映していたレーダーマップの敵陣後方は、敵影を示す赤のマーカーで塗り潰されていた。


「空挺連隊より入電。本営捜索中隊より増派の要請有り。手持ちの車両をヘリで輸送、開いた穴を埋める為の戦力の派遣を求められています」


「予備兵力の一部を回してやりゃあいい。野々村ちゃんも少ない手数でやりくりしてるんだからよ」


「大休止中のうちの三十二中隊と四十一中隊をそのまま回す。連戦になって済まないと中隊長達には伝えてくれ」


「了解しました」


 事態の動く速度の上昇に辟易した二人は重い息を漏らす。


「畜生め……いよいよ本番開始って事かね。田辺ちゃんよ、さっきの話は後で聞かせて貰えるんだろうな?」


「勿論です。まずは生き残る事を最優先にしましょうか。坂之上さん達の進路にも影響が出るかも知れない。現状を伝えてやってくれ」


 直接的な影響は無いにしても、大量の敵勢力の動き次第では彼女達が機構本部に到着する事自体が難しくなるかも知れない。

 そう考える田辺の思考はそこで途切れた。

 パラパラと小さい破片が頭上から降ってきたかと思うと、天井の一部が崩れ始めたからだ。


「植木さんッ!」


 田辺は齢五十を越えたとは思えない動きで植木に覆い被さる。

 何の予兆も無く崩れていくビルを、周辺に居た将兵達は……佇んでただ見つめる事しか出来無かった。




 第二師団作戦本部、被弾ス――


 その報が連隊トップに伝えられるのに幾らかの時間を要し……カリスマと頭脳をまとめて切り取られた師団は統制に小さくない狂いが生じたまま、各連隊は横の繋がりのみを命綱として敵大規模戦力への応戦を開始。

 戦況は泥沼へと向かう。


 午前七時。

 機構側勢力の大攻勢が開始された事もあり、後の戦史研究家にこの作戦のターニングポイントとなった時刻と評論される事となる。

 奇しくも陸軍本営にて、捜索中隊や環が戦闘に突入したタイミングと同じ頃合いであった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.08.03 改稿版に差し替え

第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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