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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第六幕 退路無き選択肢
123/164

6-15 交わらない拳撃

 -西暦2079年7月24日07時35分-


 六号という男は何者なのか。

 彼の人生を語る上で、"闘争"の二文字は恐らく外せないだろう。


 生まれは極々普通の一般家庭であった。

 父は役所の経理で禄を得、母は美容用品の販売員だった。

 夫婦仲は良くもなく、悪くもなく。

 当たり前の家庭を享受する、兄一人と弟一人に挟まれた次男坊。

 彼の小学生の頃の同級生から六号の印象を聞くと、『これと言った特徴は無かったけど良い奴だったよ』と判を押した様な応えであったそうだ。


 切っ掛けは彼が中学二年生の時。

 弟が深刻な虐めに遭い、それをどうにかしようと奔走した事から始まった。

 虐めの主犯格の少年の親は、所謂極東の暗部の人間だった。

 弟に絡む彼を咎めた所、その親がでっち上げの診断書を持ち出し六号の両親に集り始めた。

 これ以上息子達に累が及ばない様、両親は一度目の集りに応じてしまったのだ。

 後の祭りとは正にこの事で、集りは当然のごとく継続される。

 母親の職場や役所にまで暗部の人間が現れ始めた頃には、六号の両親の精神状態は正常さを欠き始めていた。


『お前が余計な事をしなければ』


 六号は昼夜問わず、両親のその言葉によって心を刻まれたのである。

 彼は弟を救いたかっただけだったにも関わらずだ。


 理解者だった温厚な兄と虐めにも負けずに踏ん張っている弟が居なければ、彼の心はその時点で壊れ切っていただろう。

 彼は何があってもそんな二人を守ろうと、どうにかその拳を鍛える事を考えた。

 我流で身体作りから始めてみたものの、なかなか成果として身に付く事も無く悶々とした日々を送る。。


 見かねた兄が同級生の親族が営む道場を紹介してくれた時、彼は直ぐ様それに飛びつく。

 道場師範と時折現れるその弟に才を認められたが故に、彼に課せられたその稽古は苛烈なものだった。

 だが彼はそれに耐え、ごく短期間でその拳は凶器となる。


 時が経過し、手段が拠り所となり生き甲斐となり始めた頃、再び事態は動き出した。

 弟がリンチを受け、意識不明の重体となり入院したのだ。

 これまで暴力的な行為は目立た無い様に行われてきた様だが、主犯格の少年の虫の居所がたまたま悪かったのだろう。

 徹底的に身体を壊され、脳にまでダメージは及んだ。


 学校は調査を名目に沈黙。

 家族以外は……警察を含めて誰一人として真相に辿り着こうとする者は居なかった。

 六号はこれまでの姿を潜めていた自身の鬱屈した感情を、主犯の少年と父親に向ける。

 少年は弟とほぼ同じ状態で居るのを河原で発見され、父親の行方は知れなくなった。


 そこからは至極簡単な人生と言える。

 自分を否定し続ける両親を拒絶、兄と未だ目覚めない弟とは申し訳無さから顔を合わせられずに距離を置いた。

 道場に姿を見せる事も無くなり、更なる時間が経過した頃には……彼は破壊衝動と闘争への欲に身を任せ、暗部の頂きへと歩み始めていた。


 彼の暴力はもはや喜色と共に法と言葉を圧倒する。

 だがそれも束の間の喜びであり、その拳で数人を動かない肉塊に変えた所で官憲の縛に就く。

 そこに至るまでの罪が上乗せされ、収監された施設で自らの死を待つだけとなった。


 その後経歴を加味された上でEOへと転化され、再び拳を振るう喜びを得たのである。




『礼儀だなんだ言ってねぇでよォ! 殴り合やぁいいんだってのッ!』


 ゴウッ!


 質量そのものが武器とも言える六号の前腕部がアキラを強襲する。

 回避する余裕はあるものの、その風圧だけでも相当な力を感じたのだろう。

 アキラはイメージよりも大きく回避しながら、自分を追従しているであろう捜索小隊へと通信を送った。


『十七番機より捜索小隊……転化工場を発見。大型の装着重装型と……戦闘を開始。このエリアへの進入には注意を……』


 作戦に使用する公的な回線の為に機体番号で名乗る。


『十……? ああ、そうか。了解した。特殊指定機体の相手は一人でするな。俺達が行くまで何とか耐えてくれ』


 機体番号に一瞬だけ面を食らった小隊長ではあったが、声の主がアキラである事を理解すると、即座に単独戦闘の禁止を通達した。

 だがアキラの返答は勿論、否である。


『それより……工場を止めて欲しいッス。こいつの相手は……俺だけでなんとか』


『なんとかって……どうにかなる相手なのか?』


『任せて欲しいッス……まだ転化が継続されてて……何人も……部品みたいに……コンベアに乗ってるんスよ? 早く止めないと……』


『ッ! …………判った。間も無く俺達もそっちに着く。ラインを止めたら援護するから、それまでどうにか粘ってろ!』


『別に倒しても……いいンスよね?』


『バカタレッ! そんな事を言う奴から死んじまうんだぞッ! クソッ! 待ってろッ!』


 そんな怒る程に変な事を言ったのだろうかとアキラは首を傾げたが、目の前に迫る巨塊がその事を即座に忘れさせた。


『なんだなんだッ! 避けてばっかりじゃねぇかッ! つまんねぇ事してねぇで打ってこいやッ! 空気読めよッ!』


「空気は……読むもんじゃない。読むのは……あんたの単純な思考だ」


『単純上等ッ! それで止められるもんなら止めてみやがれッ!』


 そう言いながら打ち下ろしの拳が地面を穿つ。

 刺さったその腕を軸に、続け様に低い姿勢からの蹴りをアキラに放った。

 低い姿勢とはいえ、元の体格が違いすぎる。

 その足の航跡はアキラの上半身を薙ぐルートへと迷い無く乗っている。


 チッ!


 瞬き以下の時間であろうか。

 六号の脚部はアキラに確かに触れた。

 だが当のアキラはしゃがんではいるものの、吹き飛ばされる事も無く健在である。


 六号からしてみれば、手応えを感じる間も無く足を浮かされた、という感覚だったろう。

 アキラの真横から襲いかかった来た蹴撃は、綺麗にその斜め上へと逸らされていた。

 ぐるりと空振りの勢いを使い一回転すると、六号は軸となっていた腕を床からヌボリと抜いた。


『何しやがった……とは言えねぇな。合気道か?』


「手慰み程度だがな……あんたに負けない位には……磨いてるつもりだ」


『面白ェッ! オラッ! 取って(・・・)みせろよッ!』


 アンチショックジェルから僅かに見える、六号の本体部分の太さはアキラと比べるべくも無い。

 EO三体分はあろうかという生体アクチュエーターから繰り出される拳撃の雨は、その巨体を物ともしないスピードで繰り出された。


(打撃系……空手か……拳法か……)


 搦め手は使いそうに無い、その直情的とも言える攻撃をアキラは分析する。

 型も何も無く無軌道に繰り出されるそれは一見、無手勝流とも取れるものである。

 だがそこに自己流にありがちな隙は無く、元々自分の根幹あった格闘技をアレンジしているものだという事が判っただけであった。

 つまり六号の技術を崩すだけの材料には成り得なかったという事だ。


 相手の基本的な攻撃手段の情報を得たものの、人体ならば吸気と疲労物質の為に、その手を休めなければならない程の連打が相手である。

 EOの身体をフル活用した、乱雑ではあるが重厚な攻撃。


 拳の弾幕。


 そう表現していいであろう、身体能力に任せた目の前の殺意のカーテンを、アキラはどうにかその手で捌いていた。

 出し惜しみという単語が脳から欠落している様なその攻勢は、激しく、そして躊躇が無かった。


『オラッ! この程度も取れねぇなら俺の相手は辛ェぞッ! ドラッ!』


 拳の打突から回転しての肘、その勢いから再び蹴り。

 様々な打撃のコンビネーションがアキラを試す様に繰り出され続ける。

 ただでさえ質量とアンチショックジェルの硬度によって重たくなっている拳撃なのだ。

 それを受け流す事ですら、少々道場で学んだ程度のレベルでは技術的には厳しい。

 これを取る(・・)となればもう一段、その難易度は上昇するだろう。


(ヤバイ……楽しくなってきてるのか……?)


 アキラの神経回路にゾクリとしたものが走る。

 それは嫌な予感や緊張などでは無く、紙一重で回避を続ける現状への愉悦であった。


 本来、アキラの機体性能は近接戦闘には向いていても、近接格闘にはそれ程の適性は無い。

 片山の様な馬力も無ければ、郁朗の様に出力に物を言わせた突出したスピードも無い。

 身体能力、機体特性。

 そのどちらを見ても適性の無い、そんなアキラがなぜこうも近接格闘で戦えるのかといえば……幼い頃から研鑽し続けてきた、父親から貰った技術があるからだろう。


 アキラは自身が悦楽の為に戦っているのでは無いのだと意識すると、その思考を六号への攻撃の切っ掛けのみに向け、積み上げる様に鋭さを一段と増していく。

 構え自体も変わり、これまでの正対しながら受け流す事が主体のものでは無くなった。

 悦楽への意が研がれるのに合わせる様に、取る(・・)為の半身の構えとなっている。


 凄まじい風圧を伴う六号の拳撃に、一つ前の攻撃よりも更に薄皮一枚の接近を許す。


 合気道という武術の特性上、どうあっても害意と接触しなければならない。

 アキラはその最適なポイントを数合いの内に把握してみせた。


「それだけやれるのに……あんたは……何でこんな事をしてるんだ?」


『アァ!? 使わねぇ暴力に何の意味があるってんだ!? 弱けりゃ奪われて死ぬ、それだけの事じゃねぇか。テメェはさっきから口が前に出過ぎで気に入らねぇ!』


 アキラから発せられた六号の技術の使われかたを惜しむ言葉の返事として、拳の回転は一層速くなる。

 だがそこには苛立ちや嘲りの感情は乗っていない。

 ただ純粋に……本当にアキラの態度が気に入らないという、そんな憤怒の感情が乗っているだけだった。


 改修前の六号ならば挑発と受け取った苛立ちのあまり、小さく無い隙を晒していたに違い無い。

 だが巨体という目に見える力を得た事で、かつて一号に蹂躙された時に味わった無力感と、そこに起因する焦燥感をも払拭したのだろう。


(挑発したつもりは無い……でも感情に振り回されるバカでも……無い)


 貴重な情報を得たとアキラは思う。

 アジト襲撃時に残ったカメラの映像を見ていた彼にとって、六号に該当する機体は遭遇したとしても与し易い相手だと認識していた。

 だが身体が変わり、その心理にも余裕が生まれている。

 六号への認識を改めると共に、その危険度を一段階上へと修正した。


 とは言えアキラのやる事に変わりは無い。

 膂力や質量で劣る以上、無手で対抗できる限界は存在するだろう。

 だが切れる手札はそれだけでは無い。

 六号に心理的余裕がある様にアキラにもまた、手段としての余力はあるのだから。


 そう思えた事で吹っ切れたのだろう。

 アキラが攻勢に移る。


「…………ッ! シッ!」


 アキラの人工声帯から小さな声が漏れた。

 呼気を吐く訳でも無いのにその様な声を出すのは、そうする事で攻撃のリズムと平常心を維持しているのだろう。

 普段通りの動きが出来た事で、左斜め上からきた拳を半歩身体をずらして回避、右肩を通過した六号の前腕をアキラはとうとう捕縛する。

 勢いが乗ったその体はその慣性に逆らえず、アキラの横を自身の力で流されながら真っ直ぐ通過。

 腕を絡み取られたまま、脇固めに近い形で地べたに這う。



 はずだった。



『取れるじゃねぇか。出し惜しみすんなよな』


 その声はアキラの耳元間近から聞こえていた。

 普通に考えれば、体長四メートル程の六号の発声部分が二メートルのアキラの耳元に届く訳が無いのだ。


「くッ!?」


 どうしてその様な事象が起こったのか。

 それを今直ぐアキラに理解しろとはとてもでは無いが言えない。

 物理法則に則るのなら、間違い無く六号は地を舐めていたはずなのだから。


 驚嘆した事で、刹那ではあったがアキラの意識は彼から離れた。

 その意識の隙間を見落とす程、六号は抜目の有る格闘家では無い。


 装着したままのローダーや弾倉も含めて全備重量二百kg強。

 その身体が浮遊感に襲われる。

 六号の腕を離す事を忘れていたアキラはそのまま振り回され……彼の腕だけの力で空を飛んだ。


 ゴシャッ!


 アキラの身体は工場のラインを構成している機材の山へ向かい、盛大な破砕音と共に直撃した。

 林立していたボックス状の機材はそこかしこで倒れ、EOの本体パーツ供給ラインの一部は緊急停止した様だ。


『……隠れてんじゃねぇぞ。EOの身体がそんなもんで終わる訳ねぇだろうが』


 六号は残心では無い事を強調する様にそう言い、構えを解く事も油断も無いままに、ドミノの如く倒れた機材の山を見詰めている。


 ぐらりとその山の一つが崩れ、アキラが跳ね起き身構える。

 装甲表面に無数の細かい傷がついているものの、装甲材自体や関節部に大きい損傷は見られない。

 倒れていた辺りをよく見ると、糸で編まれた網の様なものが見える。

 衝撃を緩和する為にアキラが自身の糸でクッションとして構築したのだろう。


 昔からの投げられた後の癖なのだろうか。

 身体のあらゆる関節を動かして、その状態を確認している。


「……勿体無い……あんたは……本当に……」


 上手く今の心理を言葉に出来ない自分自身に、アキラはもどかしさを覚える。

 表舞台で戦えるだけの技術を持っていながらそう使わない彼に対し、何とも言えない感情を抱いてしまったのだ。


『合気道相手の蓄積がある位想像しろってんだ。ン……そういや糸が使えるのが居るって三号の色ボケ野郎が言ってたが、テメェか。おいッ! 全部だッ! 全部使ってかかってこいッ!』


 六号はアキラをその力と技術を試せる相手と見込み、全力での闘争を要求した。

 自らの愉悦の欲求を満たす為に。


 一方でアキラも糸を含めた全て(・・)を使うつもりであった。

 ローダーにマウントしてあるクリントスタイルの所在を確かめる。

 そこには何時もと変わらない、硬質なグリップの感触があった。


「お互い様だ……あんたの腕は惜しい……でも真っ当に生きられないなら……俺が……」



 『殺してやる』



 父親がEOとして転化されたと聞いた時、彼はその脳を殺す事で弔いとするつもりだった。

 その時と同質の殺意がアキラから闘志として吹き出し始める。


『いいモン持ってんじゃねぇか、()ろうぜッ!』


 その言葉を合図に、二人は戦闘の為の挙動のギアを一段階上げた。

 片や喜色の満ちた享楽の覇気で、片や暴威を止める為の純粋な殺意で……互いの生命を刈り取る為の、引けない闘争を再開したのである。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.08.03 改稿版に差し替え

第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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