6-14 渇望する戦意
-西暦2079年7月24日07時15分-
下層への移動を継続した現在、アキラ達の所在は地下六階層相当の深度にあった。
スロープは直線から螺旋に変わり、その構造からは本営からより遠く、より深い位置に何かを置こうとしている意思が感じられる。
侵入した入り口からは一本道であり、ここに至るまでに脇道や退避エリアの存在は無かった。
ここまで構造の情報を集めていた小隊付きの工兵が、安全性度外視の突貫工事で建造されたのではないか、という推測を立てる。
「間に合わせの設備かも知れんって事なのか?」
「流石に間に合わせでこれだけ大規模な物を作れるって、そこまで本営の連中も酔狂じゃ無いでしょうや。必要な物を持ってきてから、慌てて引き篭もったって感じですかね」
「確かに極東の建築用オートンがありゃあ、その程度の間に合わせは出来無くは無いなとは思うがよ。人が絡んでるにしちゃあ、あんまりにも設備の置き方が杜撰でないか?」
小隊長二人と工兵によるディスカッションは移動中も続けられていた。
周辺警戒の為にその話を聞くともなしに聞いていたアキラではあった。
だが"人が絡んだ"という、そのキーワードについ反応してしまう。
「……人が居ない……ンじゃないスかね?」
「「「…………ッ!」」」
小隊長達の口はそこで停止してしまう。
確かに盲点と言えば盲点であった。
甲斐礼二による選民宣言の本質というものを考えれば、人を人のまま軍事基地内で運用する訳が無いのだ。
「全体、停止。小休止だ。そりゃあ……本当にそうだったとしたら……なぁ?」
二十二小隊の小隊長が全体に進軍停止命令を出した。
据えて会話をしなければ纏まらない、今のアキラの一言にその必要性を感じた様だ。
「ああ……そうなんだとしたら、確かにこの対応のお粗末さも何となく理解出来る」
「確かに機械だけで建造から構築、更には運用までもを考えたのなら、この構造もアリっちゃアリですな……よく気付いたもんだな、坊主」
年配の工兵が感心し、アキラの肩をバシバシ叩きながら賞賛の声を上げる。
「ウチの……技術屋の受け売りッスよ。出来上がる物には……必ず……それに付随するプロセスがあるって。こんな奥に来るまで……思い出せなかったンスよ? 俺も……まだまだッス」
面と向かって褒められた事に照れたのだろうか。
アキラの声音は何時もより僅かに高かった。
「そんじゃあよ、ここに人が居ないと仮定するだろ? 存在し得る施設ってのは、発電施設と例の転化工場ってので間違い無いって事になるか?」
「そうでしょうな。完全なオートメーション化が図れる工場と、それを動かす発電施設を置くにはうってつけの場所かと。EOのコントロール設備としては、位置的に深すぎて不向きってとこでしょう」
「…………」
推論が固められていく中、小隊長の一人が何かを考えこんでいる様だ。
「どした? 腹でも痛ェのか?」
「五月蝿い、お前じゃあるまいし。いやな……工場が存在するとしてだ。作られた戦力は何処に行ったんだって話だよ。俺達を囲んでた連中の数から考えると……とてもじゃないが少な過ぎやしないか?」
「俺がここの頭だったら……まず防備を固めるのに使うわな。連中に兵站の概念ってのは、弾薬以外はほとんどねぇんだろうし、運用目的も捨て駒だ。持てるだけ装備を持たせてから、ガッチリと固めるのが使い方ってもんだろ」
「だよな。ならこの数はどう説明する? 中条のお仲間の所でも会敵してるって話はあったが、結局は小規模戦力がちょいちょいと威力偵察しに来てた様なものだ。どの位のペースで量産機が転化されてるのかは想像も出来無いが、行方の判っていない人数を考えれば、数が合ってないのには間違い無い」
「温存……なんてしてる場合じゃねぇよな。南からは第二師団が北進を始めてるんだ。案外そっちに数を回してるんじゃないのか?」
「だとしたら……ヤバイんじゃないスか? 別の経路が……あるって事ッスから」
「「――ッ!」」
製造が継続されているであろう転化工場の存在。
本来ならばこの手の指針を決定するのは、この内戦の戦闘を主導している第二師団の参謀本部の役目である。
だがそちらはN-Eブロック境界線上における逆浸透からの包囲作戦につきっきりであり、判断の裁量は各小隊単位までに落として一任されていたのだ。
その事だけが原因では無いだろうが、戦闘においては常に先手を取り続けていられても、全体の状況把握については情報の伝達の遅れが発生し、後手に回る一方だった。
小規模戦力しか一度に投入出来ない背景があるとはいえ、このディスカッションが無ければ目的の階層にまで下りるのに、もっと多くの時間が掛けられていた事だろう。
「搬入口と搬出口が同じでなければいけない理由は無い……こんな基本的な事にすら気付け無いんだからな。近視眼的になっているにも程がある」
「全くだぜ。けどよ、俺達の本職は戦闘であって探偵じゃねぇんだ。気付けってのが無理ってもんだろ?」
「だからお前は小隊長止まりってオヤジに言われるんだよ。まぁ……気付かなかったって点に関しちゃ俺も同罪だけどな。何にせよお手柄だ、中条」
ウンウンと周囲の年上の人間達に頷かれるが、それどころでは無いのを解かっているのか皆を急かす。
「俺の事はいいっス……それより早く下へ。第二師団の本隊にしても、犬塚さんの所にしても……ここからこれ以上の戦力を……外に吐き出せたらマズイっスから」
「ごもっともだな。移動速度を上げよう。無鉄砲かも知れんが、最下層まで一気に行くのが正解なんだろう」
「だな。全員、ちゃんと聞いてただろうなぁ? ここまで敵勢力の抵抗には慎重に対応してきたがよ、ちっとばかし荒っぽくなるぞ! 各員、今の内に装備の再点検! 二分後に全力移動を開始する。晴嵐に振り回されるなよ!」
「通信兵! 上に連絡! 間も無く最下層に突貫する。最悪の場合、俺達は置いて行ってくれても構わないと伝えろ!」
短い慣熟期間しか貰えなかった彼等は、晴嵐による全速走行など数える程しかやっていないはずだ。
それでも鍛えられた彼等は、それを平然とやってのけるのだろう。
彼等の鍛え方は生半可なものでは無く、積み上げられてきた彼等の兵員としての運動性能は、生体アクチュエーターの補正を十二分に活かせるだけのものを持っているからだ。
「中隊長より返信。こちらも修羅場だ、勝手に判断して適当にやってくれ。但し、全員を連れて帰って来い。これは厳命だ。だそうです」
「……上も厄介な事になってそうだな。ここからの戦力が別口から上に流れてなけりゃあいいんだけどよ」
全員が装備の再点検を終了すると、小隊は迅速に移動を開始した。
「先行するッス……俺のローダーの方が早いッスから」
「……頼む。何度も言うが――」
「一人で戦うな……ッスよね?」
「判ってればいい、行ってくれ」
移動速度や戦闘能力が明らかに違う以上、アキラに先行偵察を依頼するのは賢明と言える。
アキラ自身もそれを理解しているので、この役目に対して思う所は無い。
強いて言うならば、単独での戦闘を禁じられているという事だろうか。
敵がこの施設を罠として使い捨てる気が無いのなら、強力な戦闘単位……ガーディアンと呼べる存在がいる事は間違い無い。
出来る事ならば、随伴小隊を巻き込まずに戦いたい。
晴嵐があるとはいえあくまで人間である随伴小隊を、戦闘中の不測の事態で失う事を恐れたという事が一番の理由だろう。
だがそれ以外にも、アキラの心理内に蠢くモノが存在した。
自分達の目的を邪魔する者を破壊したいと思う衝動。
クラッシュ・ホリックとでも呼べば良いのだろうか。
EOの身体にパッケージされたアキラの意思は、生身だった頃と比較してその傾向が幾分強くなっている。
郁朗がかつて機構の男から聞かされた通り、闘争本能に影響を与える何かが千豊達によって改良されたEOにもあるのだろう。
抑えきれ無い重度なものでは無いものの、郁朗や片山との近接戦闘訓練に喜びを見出している事を彼自身も自覚しているのだから。
『身体に引かれているのではないかしら?』
そんな千豊の持論を聞かされた時に、なるほどと納得出来てしまった程である。
故に……これから相対するであろう戦闘単位との単独戦闘を禁じられる事で、アキラはお気に入りの何かを取り上げられる様な感覚に襲われていた。
(連中なんかは……この感覚の塊みたいなもん……なんだろうな)
アジトを襲った意識を持つEO。
そのフラストレーションを吐き出す様な戦い方は、このままの身体でいる限り……いずれ辿り着く自分の姿なのかも知れない。
彼等と自分達との違いは何なのだろうか。
機体性能とは違う……何かがあるのだろうか。
(こちら側の機体だから……この程度で済んでいるのかも知れない……)
そんな考えを頭に過ぎらせながら、アキラの先行偵察は続く。
全速で下って一分。
傾斜が無くなり、経路は平坦な道に戻った。
恐らく一番深い層にまで辿り着いたのだろう。
(まだ何も無い……この先に本当に何かがあるのか?)
そんな疑念も浮かんだが、スロープは同じ広さを保ったまま先に伸びている。
一番下の層まで到着した以上、直ぐにでも何かが眼前に広がる事だろう。
そう思う間も無く、これまでの経路とは違う景色に最高速のまま飛び込む事となった。
軋む様なモーターの逆回転の音と共に、ローダーユニットは急制動を行う。
その反動を殺しながら、アキラは絶句した。
自らの視界の先に広がった景色に言葉を失うしか無かったのだ。
(ふざけてる……)
彼は自身の心が嫌悪感に塗れていくのを敏感に感じていた。
人としての感情がまともに機能しているのならば、アキラの反応は真っ当なものなのだろう。
工場と呼ぶべきその広大なエリアの、ほぼ全域を長大なコンベアが占拠している。
その三分の二程で量産型のEOのボディの組み立てが、恐らくはオートンの亜種である工業機械によって行われていた。
モーターやアクチュエーター等の各部品から部位を。
その部位を流れ作業で組み上げ、EOの本体部分を分単位で供給しているのだ。
(ここは……車両を組み上げる工場と……何も変わらない)
そんな印象をアキラは抱く。
人の器のはずのEOをオートメーション化して機械的に製造する。
これを運用している人間達の思想が透けて見える様であった。
そこまではいい。
EOが機械である事も事実であると踏まえ、機構の人材思想も合わせて考えれば……大量生産というお題目を叶える為に、この様なシステムが組み上げられる事は自明の理なのだろう。
アキラがこの場において抑えがたい感情の昂ぶりを覚えた光景は、残り三分の一のエリアにあった。
コンベアがスペースを支配しているのには変わりが無い。
そこに流されているモノは……昏睡状態であろう人間だったのだから。
コンベアの先を見ると枝分かれしており、同じ構成の機械群の中へと彼等は運ばれて行く。
更に先に目線を送ると……そこにはEOの規格にパッケージングされた人の脳髄と思しき物と……恐らくは生身の身体が収められている、硬質のケースの様な物が転化機材から吐き出されていた。
(こんな物を……動かし続けていい訳が無い……早く……止めないと……)
アキラは周囲を見渡し、これらの機械群をコントロールしている物を探す。
だがそれを発見する事は叶わなかった。
アキラ自身に工業機械の専門知識が無い事も理由としてはある。
だがそれ以外の要素が彼の作業の邪魔をしたからだ。
『なんだァ? たったの一匹かよ? こんだけでっかい餌を用意して、釣れたのが同類一匹ってのは泣けるねェ』
「ッ!」
ズシリ
ズシリ
ズシリ
その態度は苛立ちを大きく含んだものであり、自分がこの場所に居る事を納得していないかの様に感じられる。
機体自体に相当の重量があるのだろう。
大型の工業機械の重量に耐えうる床材が、それが一歩一歩と動く度にミシリと悲鳴を上げている。
「お前は……何号だ? この間は……聞かなかった声だな……」
アジトを強襲した新型EO達の情報は、当然ながら反機構勢力の内部で共有されている。
その戦闘の際に収集した声帯サンプリングの声紋もそれに含まれていた。
故に声を一切発しなかった四号と五号。
郁朗との邂逅の際に言葉では無く暴力を選択した二号、片山以外との接触前に意識を失っていた六号。
この四体に関しては同じ外見である事から、細かい識別が出来無いでいたのだ。
それ以外にも識別出来無い要素が存在した。
目の前にいるEOと思しきモノ。
その体長は目算で四メートル強。
二メートル前後が標準のサイズとされるEOではあるが、その巨体はその中でも明らかな異形だった。
当然ながら、データには無い機体である。
彼は膨大な量のアンチショックジェルに包まれたその身体を少し揺らしながら、アキラの問いかけに更なる苛立ちを以って応えた。
『俺が誰だろうと関係ねぇな。テメェみたいなちびっこい糞虫一匹で何が出来る? 俺を楽しませてくれるだけのもんがテメェにあんのか?』
「楽しむ……? 何を……だ?」
『ンなもん決まってるだろうがッ! 戦うんだよ、俺とッ! こないだ中途半端な所で退場したせいで溜まってんだッ!』
その言葉で彼が何者かをアキラは察した。
「お前……あれだな。団長につっかかって……味方に……首を回された……バカだろ?」
アキラのその一言に、その機体は激昂した。
『うるせぇッ! 機体の性能差だけで頭になった女に……顎で使われるのはもうたくさんだッ! 俺は俺の戦いたい様に戦うッ!』
「そうか……戦ってやるから……俺の質問に答えろ。この餌は……誰が撒いた?」
『あンッ!? 藤山とか言うクソジジイって言やあ判るか? ここにいりゃあ好きに戦えるっつーからな。けどこの有り様だ。テメェみてぇな雑魚しかかかりゃあしねぇ』
一連の流れが藤山の仕掛けた策である事はこれではっきりとした。
だが腑に落ちない点は幾つか残っている。
それを解消している時間は残念ながら無さそうだった。
「趣味が……悪いな。で……ここの止め方は?」
『俺が知るかよ。俺はここに戦いに来たんだ。ここにいるガラクタ共がどうなろうと知ったこっちゃねぇ』
「なら……止めても問題……無いんだな?」
『好きにしろよ。その前に俺と戦ってからだ。順番を間違えてんじゃねぇよッ!』
大振りではあるものの、コントロールされた巨大な腕が質量としてアキラを襲う。
(思ったよりも……速い)
その動きの鋭さに驚きはしたものの、アキラはローダーを急速前進させる事でそれを掻い潜り、相手の懐へと飛び込んだ。
「礼儀がなってない……な。中条アキラだ……死合おう」
『……ふんッ! 六号でいい。人の名前は……捨てたッ!』
ホリッカー同士の戦闘の幕が開く。
機体に引かれた意思か、それとも元々持ちうる攻撃性なのか。
戦いを渇望する者の行く先は、冥土の河原……あるいはその心を満たす修羅の道なのかも知れない。
心の求めるがままに、二人のEOの力と技術は真っ向からぶつかろうとしていた。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.08.03 改稿版に差し替え
第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。