6-12 驕兵必敗
-西暦2079年7月24日07時30分-
ホバー戦車に何が起こり、八号と九号が何故破棄するに至ったのか?
それを知る為にも、少しばかり時間は巻き戻る。
ホバー戦車の240mm砲は旺盛な砲撃を、その性能限界を越えてまで行った。
だがその影響により即座に車体や砲塔が破損する事は無かった。
どの様な兵装であれ、カタログスペックというものはあくまでも安定した動作の基準であり、無理な挙動に対しての安全マージンが取られているのは当然だからだ。
二体のEOから出される無理な要求に対して、搭載されていた制御知能はひたすらに警告を発する。
そうする仕様となっていた事が大きな要因ではあるが、彼はあくまでも乗員に不都合が無い様に務める義務としてそれを続けていた。
AIはAIなりに役目を果たそうと必死なのだろう。
だがそんな人がましい行為は一蹴され、彼等の行為にストップをかける事は出来無かった。
排熱処理が追いつかず、徐々に加熱される砲身。
規定以上の負荷のかかった駐退機。
矢継ぎ早に変更される照準の為、砲旋回装置にまでその負荷は及ぶ。
彼は警告を発し続けながら、それでも与えられた命令を停止する事は無かった。
操者の驚異となる者を探し、それを取り除く為に邁進する。
しかしその状態を維持出来たのも束の間であった。
晃一が予見した通りに、まずは砲身の加熱から照準は大きくズレ始める。
彼は懸命にその補正を行おうとしたが、草臥れ始めた駐退機の不調から生まれる衝撃によって、本体の制御にまで影響が出始めている今、それすら覚束なかったのだ。
そして……。
ガガッ……ゴギン
金属の破損する鈍い音が車内のあちこちから聞こえたのである。
「何だッ!? どうしたッ!?」
「モニターを見ろッ! クソッ! このガラクタめッ!」
車体の状況を示すモニターが、矢継ぎ早に赤く染まり始めていた。
駆動限界を越えるスピードで砲身を動作させ続けた結果、砲身基部が小さくない損傷を負ってしまったのだ。
中でも砲撃の衝撃を押さえる駐退機と、砲旋回装置にあるロック機構のダメージは深刻なものであった。
これだけの大口径砲である以上、発生する衝撃も生半可なものでは無く、設計基以上の動作を行えば破損するのは当たり前なのだ。
発射の衝撃を緩和する事無く車体は不規則な軌道で動き、砲塔も回転がロック出来ずにあらぬ方向へ回り出したのである。
「ふざけんなッ! あのガキがやったのか!?」
「そんな事知るかよッ! ここは不味いッ! 兎に角外に出るぞッ!」
彼等は自分達が原因であるなどとは露程にも思わなかったのだろう。
戦車の動作の不安定さに耐え切れず、二人は車内からの逃走を選択する。
その口からは環へ向けた怒りと、ホバー戦車に対する蔑みの言葉が溢れる様に紡がれていた。
『…………』
非常用のハッチが開かれた事で、八号と九号の退去を制御知能は認識する。
同時に乗員の安全を預かる者としてその判断の正当性を理解した。
アラートが鳴り止まず、装弾機構に不具合が生まれ発射速度は激減、更なる時間の経過と共に破損箇所は増えつつある。
だがその段階に至っても彼は自己保存を選択せずに、砲撃命令をひたすらに遵守するだけであった。
晃一の危惧した想定外の事態がここで二度、起きた。
ホバー戦車から撃ち出される砲弾は最早コントロールが効かず、陸軍本営近隣の建造物を薙ぎ払い続けているのだから。
まず最初にヒヤリとしたのは本営ビルへの至近弾だ。
ホバー戦車に撃ち込まれた二号弾頭を大葉が起爆しようとした瞬間に、環のいる方角とは見当違いの位置にあった方向へ砲弾が飛んだのだ。
晃一が砲身の向いた方向に気づき、
『あっ』
と、間の抜けた声を口から漏らしたと同時に、本営ビルと営門の間の辺りに砲弾が飛来、着弾した。
直撃こそ免れたが、内部にはビル内を捜索している犬塚達が居るのだ。
被害は遠目に見る限りではあるが、爆風で低い階層のガラスが割れた程度で済んでいたのは幸いだったのだろう。
その様子に不安を覚えた晃一が、慌てて内部捜索中隊に通信を送る事となる。
彼の焦れた声を聞いた犬塚に、『しっかりせんか』と再び叱責されるという一幕があった。
「ふぅ……怒られちゃった……」
「気持ちは解かるけどね。それより起爆するよ。急がないと被害は大きくなる一方だからね。それと、アレにどんな砲弾が積まれているか判らない。何が起きてもいい様にだけはしておいて」
「うん」
大葉が起爆コードとなるミリ波を送信する。
本来なら環の手により起爆弾が撃ち込まれる事で、炸薬に火が入る仕様だ。
だが何らかの原因で環の手が塞がり、本来の起爆プロセスが立ち行かなくなった時の事を想定。
大葉の発する特定のミリ波受信による起爆設定も可能な処理が施されていた。
彼にとって今回の起爆は予行演習となる。
目標施設が発見されてからの本番の備えて、実戦での訓練としてこのシチュエーションを充てているのだろう。
繰り返した狙撃によって、ホバー戦車のあらゆる箇所に埋め込まれた二番弾頭。
それが一斉に起爆した様を遠目に見た晃一は、炸薬の散るその瞬間を美しいものだと思ってしまった。
赤ともオレンジともつかない花が、無骨な戦闘車両を包む様に咲いたのだ。
晃一でなくとも目を奪われるだろうそれは、幻想的な色合いを醸し出していた。
黒い爆煙が彼の車両への送り火となる中、想定外は再び起こる。
そこからたどり着いた結末は……人の世の因果は巡っているという事を、図らずも環達に教える事となったのである。
ホバー戦車の対応を大葉に任せた環は、逃げ出した二体の装着重装型をそのカメラアイで追っていた。
彼我の距離は一キロメートル弱、環の攻手が余裕を以って届く絶妙な距離である。
彼等は自らの身体を隠蔽する事無く、堂々と演習場の森へ向けて移動を継続している。
相対していた存在が狙撃手であるという事も忘れてだ。
その危機感の無さに環は呆れると共に、逃走中の彼等が軍事行動については全くの素人なのだと断定した。
(話に聞いてた三号と七号ってのとは違うな……戦いたがりって話だしよ。ツーマンセルで動いてるって事は、あの二人って可能性は高ェよな。まぁ仕掛けてみっか)
未だに隠蔽を行わない二体に対し、環と68式改の先制の一矢が届けられる。
新型の一号弾頭や郁朗のガントレット、双子の追い剥ぎ棒に至るまで、新兵装のコンセプトは一貫している。
剥ぎ取り穿つ。
この事だけに特化されているのだ。
アンチショックジェルの流動的な性質に対抗する為には、打撃や衝撃では効果が無い事は先の戦闘で実証されている。
なにせ至近からの25mm弾ですら貫く事が出来ず、装着重装型の本体へとダメージが届かないのだから。
それらを考慮して用意された新兵装が、対装着重装型戦において絶大な効果を発揮する事は、郁朗が七号と行った戦闘の結果からも明らかである。
一号弾頭は風帽に覆われた大型のライフル弾であり、二号弾頭と同じく弾長が伸びている為、薬室を変形・延伸して使用する事となる。
発射後に風帽が割れ、中から現れる太目に刻まれた螺旋の刃が目標に牙を向く。
チュンと音を立てて着弾した第一射は、二体の至近の地面を穿ち破片と粉塵の煙を上げた。
一発外したのは警告であり、お前達は狙われているのだぞとあえて教えたのだ。
(おーおー。オタついてやがるな。隠れて当然、そこからこっちの狙撃位置まで掴んだら合格だ)
事前に得ていた情報から消去法で、二体が蔓内と禾原だと確信する。
アジト戦にてツーマンセルで動いていたのは、試作強襲型を除けば三組だ。
その時の情報から判断する限りだが、至近弾を認識した時のお粗末な反応は彼等以外には考えられない。
(人間以上の身体を手に入れて調子こいてたみたいだけどな……そういうのはよ、使いこなしてなんぼなんだぜ?)
給料を賭けるというモチベーションがあったからこそ、逃げずに継続出来た訓練だとは環も思っている。
だが千豊達があの様なスタイルを取ってまで、自分達に訓練を課している意味を……環は最初期からこの内戦に関わっている人間として理解していた。
いくら人間と比較して破格の性能を持っていようと、使い方を知らなければ簡単に殺されてしまう。
郁朗や片山との模擬戦の経験から、彼はそれを身体で覚えさせられていた。
圧倒的な防御力を手にした装着重装型の面々が陥りがちな、身体が持っている性能だけで戦うという事は愚である事を知っているのだ。
(考えるのと動くの止めたら負けってな、耳タコだっての。落第だ、落第)
及第点どころか、戦うか逃げるかすらはっきりしない二体のEO。
状況によっては現在位置からの移動も考えたが、その必要も無い様だ。
ドンッ!
ならばとそのままカメラアイの目視を通して発砲準備に入り、環の二の矢が一射目とは明らかに違う、敵意を持った攻撃の手段としてその指先から放たれた。
弾頭本体にも高速型の小型モーターが仕込まれており、ライフリングによる運動と合わせて超高速回転のドリルとしてアンチショックジェルを剥ぎ取り、本体外骨格を穿つ。
弾頭自体にギミックが存在する為に弾道のブレが激しく、並の狙撃手では目標に到達させる事すら出来無いという……厄介な代物ではある。
だがV-A-L-SYSの補正を含めた上ではあるが、環はそれを使いこなしてみせる狙撃手なのだ。
並の事では疲労しない神経経路や筋肉を持つフィジカル。
どんな状況でも悪態をついてみせるだけの図々しいまでに太いメンタル。
そして……脳疲労限界まで訓練され、毎日積み重ねられてきた技術。
心技体、狙撃手としての環はそれを体現しているのだから。
放たれた一号弾頭は真っ直ぐ八号、蔓内の左膝へと向かい……着弾した。
関節部は比較的アンチショックジェルの薄い部分であるには違い無いが、通常の25mm弾では関節部に届く前に絡み取られてしまう。
しかしさしものアンチショックジェルもその性質を理解された上で、それを打ち破る為だけに製造されたこの弾丸を押さえ切る事は出来無かった。
ジィィィィィィガッ!
刻まれた螺旋は最低限の量の防壁を抉り、その回転を緩めないまま膝関節を綺麗に撃ち抜いた。
ご丁寧にモーターと生体アクチュエーターの接合部を狙うという芸の細かさだ。
片足の膝関節を破壊された以上、八号が動作する為の力が幾らか削がれたのは間違い無い。
(効いてるみてぇだな。流石だぜハンチョー達の仕事はよ)
何が起きたのかを理解出来ていない八号は、痛覚すら切れなかったのだろう。
EOになってから味わった事の無い痛みが彼の身体を走り、左膝を抱えてのたうち回っている。
(テメェも留年、残念賞だ。戦争すんなら一からやり直して来やがれ)
ドンッ! ドンッ!
相棒が撃たれたこの期に及んでも、逃げる隠れるを選択しない九号・禾原。
自分達の訓練でそんな事をやらかそうものなら、あっという間にポイントを毟り取られてしまう。
俗な危機感ではあるが、戦場の勘というものを養うには即物的なものが必要と言える。
一番のチップが生命という最上級の即物である以上、そこで得られる感性は戦場で馬鹿にする事の出来無い武器となるのだから。
環の放った螺旋は彼の迷いの無い心を映すかの様に、九号の両肩を真っ直ぐに抉った。
ドンッ! ドンッ!
環の攻勢は終わらない。
痛みに膝をつく九号を尻目に、その指先は彼等に痛みを送り込む。
遠目には二体の装着重装型の容貌にさして変化は無かった。
郁朗や双子達の戦闘とは違い、最小限の剥ぎ取りでダメージを与えているからだ。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
ガチリと音を立て空になった事を確認して、環はマガジンを外した。
一人頭四発。
都合八発の攻撃で第一波を終える。
傍らに置いてあるローダーに、僅かではあるが用意しておいた特殊弾頭を装填する。
躊躇する事無く連射されたそれは、標的と環を結ぶ直線上に等間隔に撃ち込まれた。
緊急通信・索敵用のプロープ弾である。
km単位で味方と離れ孤立する可能性のある環の為に用意されたが、今回の作戦において通信網は過剰なまでに確立されているので必要とは考えられていなかった。
だが何が起きるか判らないという事で、念の為に積んできた物だ。
「よう、蔓内に禾原だっけか? 一方的に嬲られる気分てなぁ、どんなもんよ? あんたらがやってきた事に比べりゃカワイイもんだろうけどな、いい気分はしねぇだろ?」
環は動けない二体へ嘲笑の言葉を浴びせる。
『やっぱりテメェかッ! 雪村のクソガキがッ!』
『何をしたか判ってんだろうなッ! スクラップにするだけじゃ済ませねぇぞッ!』
「なんでぇ、元気じゃねぇか。痛ェからって地べたを転がってるヘタレ共が、偉そうな口利いてんじゃねぇよ。せめてうちの団長さんの下で三ヶ月は訓練して来いってんだ」
環は身動きも出来無いにも関わらず、これだけストレートに悪態をつける二体に感心するしかなかった。
彼等の四肢には穴が穿たれ、既に歩く事も叶わない。
自分がここまで追い込まれればこんな態度を取れる自信は無いからだ。
「まぁいいか。あんたら、ここで死んじまうんだからよ。それとも何だ? 自分達は死なねぇスゲェ存在だとかでも思ってんのか?」
『フンッ! 増援が来るまで耐えればいいだけだッ!』
『どうせまともにやっても通用しないから関節を狙ったんだろうッ! 脳さえ無事ならどうとでもなるッ!』
「だったら試すだけだ。祖母ちゃんを殺るって言われてよ、黙ってられ――なッ!」
ズシン
ズシン
km単位の距離を置いて尚、下腹に響く振動と音が二度届く。
葬送の言葉としては些か中途半端ではあったが、その光景を見た環はV-A-L-SYSを停止、カメラアイとスコープとの連動を切った。
(狙撃の必要なんてねぇもんな、ああなっちまうと……俺がやる必要も無かったって事なんかね……)
一度目の振動音はホバー戦車が吹き飛んだ音なのだろうと環は考える。
環のカメラアイの最大望遠にして見える距離に、その動作を停止し擱坐している戦車を捉えたからだ。
そして二度目のものは……蔓内と禾原の倒れていた場所へと着弾した240mm砲弾のものだった。
恐らくは破砕される最中に撃ち出した、ホバー戦車の最後の咆哮としての一発だったのだろう。
だが皮肉にもそれは……発射命令を下した本人達へ直撃したのである。
八号と九号の行動がそれを呼んだのか、それとも戦車からの恨みの一撃なのか。
偶然と呼ぶには余りにもあっけない幕切れではあったが、その事象が呼ばれるだけの何かを環達が辛抱強く構築した事は確かである。
その出来事のせいか、数瞬だけ環の気は抜けてしまった。
だが彼等がアジトの崩落からも生き残る事の出来た、油断のならない相手である事を忘れていなかったらしい。
彼は装備を整え直し、生まれたてのクレーターへ向けてローダーで疾走を開始した。
因果。
生死の規則性の無い戦場で当たりのクジを引いてしまうのは、案外この様なものが遠因なのかも知れないのだろう。
ああはなるまい……環の脳裏では起きた現象の不可思議さと共に、そんな言葉がずっとリフレインしていた。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.08.03 改稿版に差し替え
第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。