1-11 始動の時
-西暦2079年1月9日17時15分-
格闘訓練を終えた郁朗達EOの面々は、アジト施設内のブリーフィングルームへと呼び出される。
普段ならば訓練後は整備班によって細部のチェックを受け、定期的なメンテナンスを受けている時間帯だ。
地下でありながら広く取られているはずの通路も、二メートル近い身長のEOが三人も並んで歩けばさすがに手狭でしょうがない。
すれ違うスタッフ達の少し迷惑そうな顔に、郁朗などは恐縮しっぱなしであった。
彼とは違い、お構い無しに通路を進む片山と環。
三者の性格がよく現れている状況と言えるだろう。
彼等は呼び出された場所の意味を理解しているのか、誰も言葉を発しなかった。
片山は現場の指揮官の一人として、事前にブリーフィングの概要を聞かされていた。
故に特にその言動に変わりは無い。
だが残りの二人は同じ方向に向かう人員の険しい顔を、千豊からの直接の呼び出しと言う事で、その内容に対して全くいい予感がしていなかったからだ。
「おう、来たぜ。珍しいな、これだけの人間が一同に揃うなんてよ。結婚式でも始まんのか?」
自動で開いたドアをくぐり、三人でブリーフィングルームへ入る。
殺風景で広いだけの空間に、椅子だけがやたらと並べられていた。
そんな室内にズカズカと入るなりに、片山が周囲の深刻さを無視してそう言ったのだ。
確かにその場に居たのは、一箇所に揃うには珍しい顔ぶれだった。
「いいから黙って嬢ちゃんが来んのを待ってろ。みんなピリピリしてるのは見れば判るだろうが」
整備班長に窘められ、片山は郁朗と環を引き連れへいへいと言いながら最後尾の壁際へと移動する。
彼が周囲を見渡すと、整備班とオペレート班は勿論、このアジトにいつもは常駐していない戦闘班もこの場に居た。
彼等を含め、今後の戦闘行動に関わる人員が全員揃っていたのである。
EOが腰掛けられるサイズの椅子はこの部屋には用意されていないので、彼等は壁によりかかりながら、ジッとブリーフィングが始まるのを待った。
数分後、定刻通りに千豊が現れ、皆の正面にあるモニターボードそばの座席に着席する。
必要な顔ぶれが揃っている事を確認したのか、ブリーフィングの開始を宣言した。
「ブリーフィングを開始します。まずは皆さん、お疲れ様です。特に整備班の皆さんには彼等の面倒も含めてお礼を言います」
『そんな面倒なんてかけてねぇ』と、片山と環はブーブー文句を言っている。
「はいはい、ちょっと黙って頂戴。大事な話があるのよ? まず……関係各所への根回しが今日、全て終了したわ」
その場にいる人間達が少しざわつく。
その言葉の意味を理解している人間が多いのだろう。
「という事は嬢ちゃん……いよいよ始まるって事でいいんだな?」
何かの感慨を含む様に……整備班長が率先して口を開いた。
「はい……いよいよです。ハイ、みんな! 騒がない! よく聞いて!」
千豊がざわつく人員達を宥め、現状の解説を始める。
「約2ヶ月後ですが、Wブロック西部の陸軍兵装集積所に、カドクラ重工から新規兵装が納入されます。カドクラの上層部がそうスケジューリングしてくれました。この意味は判るわね?」
室内に先程よりも大きなどよめきが起こる。
「カドクラ側は我々への協力はする決定をしたものの、様子見の段階だという事ですね? さらに我々と協調姿勢にある事を軍部や機構に悟られたくないので、直接動く事はしないと?」
戦闘班をまとめている男性が、叫ばずともよく響く声でそう応えた。
「ご名答、そういう事です。門倉雄一郎氏は援助の約束はしてくれたわ。ただし、私達の今後の行動が確実に成功するかどうかの保証は無い。故に直接の協力という形は避けさせて貰いたい、という訳ね」
「ほんとに信用できんのかー?」
片山が野次でも飛ばす様にわざとらしく質問する。
彼から出される歯に衣着せぬリスクの提示は、問題点を明確にする為に必要な事だ。
千豊の立場からすればありがたいものなのだろう。
「残念ながら信用するしかない、というのが実情ね。襲撃を成功させて上手く物資を奪って欲しいそうよ。該当施設の設備の情報と、配備されている戦力のデータも預かってきたわ。団長さん、このデータを踏まえて戦闘班とまずは作戦立案を」
戦闘班の班長は快く、片山は渋々と各々が了解の意思を示す。
「今回の作戦はEOを投入した初めての実戦になるわ。単純な戦力比を考えても……この程度の規模の襲撃作戦で損失を出すつもりは一切無いと思っていて頂戴。特に……そこの三人は解ってるわね?」
チラリと郁朗達を見た千豊に対し、彼等三人は手を上げて銘銘が"らしい"答えを返した。
「千豊さん、ボーナスは期待していいんだよな?」
「敵なんだから何体壊しても怒られないんだよね?」
「ドラマみたいに派手にドカンとやっても構わんのだろう?」
今後の趨勢を決める、今回の最初の作戦行動。
その軸になるであろう三人の言動が、いつもと全く変わらない平常運転だった事が室内の笑いを誘う。
緊張感の欠片も無いそれは、彼等なりの自身の表れなのかも知れない。
その場に焦燥感や悲壮感が漂わずに済んだのは彼等のお陰なのだろう。
妙に和やかな雰囲気のままにブリーフィングは終了する事となった。
パラパラと参加人員が部屋から自身の持ち場へと出ていく中、EOの三人と戦闘班だけがその場に残る。
「よう、新見のダンナ。久しぶりって事になるな。あれから人員の確保はどうだ? 俺の出した情報が幾らかでも役に立ったんならいいんだがよ」
「ご無沙汰してますね、片山さん。おかげ様で戦闘班の増員は進んでいますよ。今日もこちらにこの通り」
新見と呼ばれた三十代半ば程の穏やかな表情の男性がそう応えた。
先程の千豊の問い掛けに、自身の明察を以って返答をした男だ。
普段はアジトで見かける事も無いのだが、戦闘班を束ねる者として地下都市内を飛び回っているせいだろう。
挨拶を交わした新見が、親指を後ろに向けて数名の男性を指し示す。
「一尉……お久しぶりです。行方不明になったとの噂は聞いて居ましたが……まさかこんな事になってるとは……想像も出来ませんでしたよ。それに自分までもう一度一尉の下で働く事になるなんて……もうあの地獄のサーキットだけは勘弁ですからね?」
郁朗と同年代程の青年が、片山へ敬礼しつつもニヤリと笑いながらそう言った。
同様の挨拶を返した者が数名いた。
「ハハッ、一尉はもうやめろってんだ……お前ら……久しぶりだな。元気そうで良かったぜ。しかし……お前ら揃いも揃ってこんな穴蔵によく来たもんだ……まぁ、それはいいか。騒乱と混迷の底へようこそってヤツだ、とにかく歓迎するぜ」
片山は久しぶりに会った部下達と旧交を温め始める。
新見が戦闘班の人員を増強をしなければならない事を千豊に具申、更にスカウト出来そうな人材のピックアップを彼女に頼んだのだ。
戦闘に秀でた人員の確保という事で、千豊が元軍人の片山にそれらしいあてが無いか尋ねたのがこの件の始まりだった。
片山は元の所属部隊を様々な事情で除隊した者、片山の後追いをして軍を辞めた者等を取り込めないか提案したのである。
その中でも独身者に限って、という条件で新見の手を回して声をかけてみた所、ほぼ全員を釣り上げる事に成功したのだ。
片山が側を離れたせいかその場に取り残され、手持ち無沙汰になっていたのは郁朗と環である。
ほやんと彼等の様子を眺めていた二人に気づいた新見が、彼等に近づき声をかけた。
「藤代君、雪村君、ご無沙汰してます。どうです? 少しは慣れましたか?」
「相変わらず他人行儀ですね、新見さん。年上で戦闘班長なんですから、もうちょっとフランクに接して貰っていいんですけどね……僕にスタンガン当てた時みたいに」
「そうだぜ、新見のオッサン。イクローさんはともかくよ、俺みたいなガキを君付けで呼ぶ事なんてねぇよ」
「ハハハ。藤代君、その件についてはさすがにもう勘弁してくれとしか言えません。話し方についてはまぁ……性分な物で。その内慣れてくれると助かります」
新見武臣と名乗るこの男とは、皮肉な事に郁朗も環もEOへの転化手術前から面識があった。
二人が拐かされる際の実働部隊を彼が率いていたからだ。
郁朗に至っては直接スタンガンを当てられ、自由を奪われた相手としてその顔を覚えていたのである。
任務中の新見の凄惨な表情を知っているだけに、最初は一瞬別人かと思ったそうだ。
初めての顔合わせの時、まず二人に対して新見がした事は謝罪だった。
恐ろしいまでの緊張が窺える顔だった事を郁朗は憶えている。
郁朗はその謝罪に首を傾げ、すっかり忘れてたと笑い飛ばした。
さらに呆れる事に環は新見に頭を下げお礼を言ったらしい。
「オッサン、あんたが俺をここに連れて来てくれたのか? だったらあんがとな。あんたのおかげで祖母ちゃんが楽に暮らせる様になったんだ。礼の一つも言わせろっての」
さすがにこのセリフには新見も肩の力が抜けてしまい、その場で大笑いしたそうだ。
以降、新見は時折こちらのアジトに郁朗と環の座学の教官として姿を見せる事となる。
その解りやすい講義は、二人の中の片山の立ち位置をさらに低下させる事に貢献したのであった。
「さて、片山さん。そろそろいいですか? データの検証から始めましょう」
片山が新見に向き直り佇まいを直すと、部屋の片隅に置かれていた資料表示用のモニターがついている大型テーブルを展開させた。
千豊から預かった媒体を挿すと、画面には階層に別れたデータ群が表示された。
「ああ、くそ。作戦立案なんて軍大の時以来だぞ……面倒臭え。えーっと、まずは潜入ルートだが……図面と地図出してくれ」
片山がそう言うとテーブルの画面に兵装集積所の建造物図面と、敷地内の地図が表示される。
「ああ、潜入時刻は夜間で決定している。これは他所との摺り合わせの結果だから動かしようが無いと思ってくれ」
「団長、僕達の稼働条件的に問題無いかな? 夜間は対策無しじゃ全力戦闘は厳しいよ?」
「そこはまぁやり様ってやつだ。手は無い訳じゃないから心配すんな。で、侵入経路だがダンナ、戦闘班はどうする? 出来るなら外での乱痴気騒ぎが治まるまででいい。どこかで待機していて貰うってのが賢明だと思うんだが」
「そうですね、それ自体は問題無いんですが……果たして時間的余裕があるでしょうか? 警備戦力排除後だと……増援が来るまでに搬出作業を完了させるのは少しばかり厳しくありませんかね?」
「ふむ」
片山が思案する。
無精髭を触る様に顎へ手をやっているのは、無意識ではあるが元の肉体の時の癖なのだろう。
万が一を避けるためにも、生身の戦闘班をオートンの群れとも言える警備戦力の前に晒すわけにはいかない。
「……いっそひと思いにコンテナと一緒に搬入されましょうか。生体反応の検知を弾く細工をすれば、警備用のオートン程度の目は誤魔化せると思います」
「悪くねぇな。コンテナの規格が……っと、このサイズだと一つのコンテナで十五人はいけるか……カドクラからの出荷の時点で積んでもらうとしよう。搬出用の車両も集積所で確保出来る……よな?」
「それは問題無いでしょう。データによると、非常時の為の運搬用の大型輸送車両が数台配備されています。それを頂けば問題無く」
「……よし、採用。各コンテナに車両のドライバーとリフト操作の出来る者を三人ずつ。建造物制圧の戦闘要員を含めて一コンテナ十五人。それを三コンテナで計四十五人だ。姐さんに報告してあちらさんへの根回しに追加して貰おう。よし次」
新見の意見を参考に戦闘班の侵入経路をざっくりと決めると、続いて自分達の配置について考慮する。
「さて、肝心の俺達だが……同じ様にコンテナって訳にはいかねぇな。俺達は百二十機のオートン相手にして、派手に外で暴れるのが仕事だからな。待機組をとばっちりに遭わせるんじゃ意味が無い。おい、周辺施設の地図」
集積所の地図に重ねられる様に、施設の周辺地図の画像が置かれる。
物資集積区という立地の為か、周辺には資材等を置くための施設しか無い。
すると目ざとく何かを見つけた新見が、施設と施設の間にぽつんと存在する一角を指さした。
「ここはどうですかね? 距離的には片山さん達の最大戦速なら、施設中央部まで三十秒といった所でしょうか」
彼の指した場所は近隣一帯の排水を引き受ける排水設備だった。
人が少ないとはいえ、勤務している職員達が小さいながらも人としての営みを行っているのだ。
人工降雨により貯まった雨水の排水もある。
その様な排水設備が用意されるのは当然なのだろう。
大型の排水口の中にメンテナンス用の小型の車両が入る事もあるので、図面によれば入り口や搬入スペース等もかなり大きく取られているらしい。
隠れ潜むにはもってこいの場所と言える。
「ん……ここの排水設備の配管の終端はどこになる?」
「Wブロック西部Cクラス農業区の浄水施設ですね」
「割と長いもんなんだな……よしCクラス農業区の人気の無い排水施設からお邪魔して配管を辿っていくか。イクロー、タマキ、喜んでいいぞ? なんせ洞窟探検だ。都市型ダンジョンだぞ、燃えてくるじゃねぇか」
片山が少しばかり興奮した様子で二人にそう話を振る。
当然ながら返される態度は冷え込んだものであった。
「……一人で行ってよ、って言いたいところだけどね。人目につかない方が良い事を考えたら珍しく正しい選択なのかな。タマキ、マップの管理は頼むね。団長に任せると間違い無く迷子になるよ?」
「だな。はぐれたら置いていくからちゃんと付いて来なよ、団長さん」
『なにおう!』と怒声を上げて環に掴みかかる片山を見て、戦闘班の古参の面々が笑い出す。
感じられる余裕という面で見れば、彼等も新見に鍛えられている人間だという事なのだろう。
「あーあ、また始まった……ま、いいか。それより新見さん、この施設ってこのまま攻め込むにはちょっと懸念材料ありますよ?」
郁朗は仲裁を放棄して、新見に気付いた問題点を提示した。
「どうしました?」
「警備用オートンが百二十機ってのは全く問題無いんですけどね、この大量にある監視カメラどうします? 今の段階で僕らの姿を相手側に晒すってのは……ちょっと面白くないなと思うんですけど」
「……確かに。ではオペレート班に頼むとしましょう。排水施設の回線ケーブルを経由する形で、監視網に干渉して貰いましょう。ここの監視カメラは撮った映像データを詰所のモニターと、近隣駐屯地の記録サーバーに送っています。カメラの映像をこちらの用意した欺瞞映像に置き換えて送信して貰えば問題無いでしょう」
「へぇ……うちのオペ班ってそんな犯罪者みたいな事出来たんですねぇ。ただの脳天気なお姉さん達だと思ってましたよ」
「彼女達も伊達に千豊さんの薫陶や指導を受けている訳では無い、という事ですよ」
「なるほどなぁ……ねぇ団長、そろそろまとめに入ってよ。遊んでたらいつまでも終わらないじゃないか」
郁朗に促され、片山は環に逆エビ固めを極めていた腕を満足そうに離す。
手をパンパンと叩いて汚れを払うと、立ち上がって全員を見渡し決定した内容をまとめ始める。
「俺達が排水施設から突入後、警備用オートンを速攻で無力化。無力化確認後に倉庫内のコンテナの戦闘要員が詰所を確保、ドライバーとリフト要員は護衛と共に作業を開始。積み終わったら即座に撤収先へレッツゴーだ。こんな流れになるが問題は無いか?」
意義を唱える者はいなかった。
「特に無ければタイムスケジュールをオペ班にシミュレートして貰う。近隣駐屯地からの来援の時間次第って所だが、相当タイトなスケジュールになるぞ。覚悟しといてくれ」
「そういえば団長さんよ、肝心の撤収先はどうすんだ? でっかい車両が十台近く逃げまわるってよ、真夜中でも相当目立つぜ?」
先程から寝転がったままの環が片山にそう訪ねてきた。
確かに肝心要の部分ではある。
「ああ、スマンスマン。言うのを忘れてたな。それが決まってるからこその、この作戦開始時間って話だ。ダンナ、そうだろ?」
片山の確認に新見は頷きながら、逃走ルートの概要の説明に入った。
「実はですね……」
撤収方法を聞いた一同が驚きの声を上げたが、これで作戦の内容はほぼ決定された。
一番面倒臭いと思われるタイムスケジュールの検証という要素を、何もかもオペレート班に丸投げする事で完成したこの作戦は、後に実行に移される事になる。
それは極東の擬似寒気が徐々に薄れ、その風に暖かいものが混ざり始めた春先の事であった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.04.29 改稿版に差し替え