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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第六幕 退路無き選択肢
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6-10 戦う者の資質《ライトスタッフ》

 -西暦2079年7月24日06時50分-


 陸軍本営ビル。

 四十階建て、耐爆仕様の外壁に防弾仕様のガラス。

 白く塗られた外壁は輝度の高い都市照明を受け、その輝きを更に際立たせている。


「あんまりいい趣味じゃねぇよな、テッカリと光りやがってよ」


 既に内部へと突入を終えた犬塚の中隊を見送った環は、本部ビル周囲に群がり始めた量産型のEO達を相手に奮戦していた。


 とは言え、たった一人の狙撃手で阻める程の物量である。

 その程度しか押し込んで来ない事から、彼はこの状況が作られたものである事をその勘で理解していた。

 恐らくは狙撃ポイントの特定が相手の狙いなのだろうが、環にとってそれを知られた所で特に支障は無い。


 弾薬の集積所である大葉と晃一のいる狙撃拠点に関してだけは、このまま隠蔽を徹底しなければならないだろう。

 だが環自身については、少々場所を特定されようが関係無いのである。


 どの様な環境。

 どの様な状況。

 どの様な目標。


 現在使っている狙撃地点が使えなくなり少しズレた箇所から狙撃したとしても、最良から僅かに変わる程度の誤差でしかない。

 それらの条件を気にする程、環と68式改のコンビが生み出す狙撃術は柔では無かった。


「コウ、あっちの様子は?」


 環は作戦用の無線では無く、短距離通信で晃一とコンタクトを取る。


『わざと地下施設の罠にかかるみたい。呼び込まれた先が目標なんじゃないかって』


「アキラもツイてねぇな……貧乏クジ引かされてんじゃねぇか」


『団長さんが居ないんだから……イクロー先生も景ちゃんも勝ちゃんもあっちだもの。アキラ兄ちゃんしか出来無い事なんだし、しょうがないよ』


「大葉さんの様子はどうだ?」


『アキラ兄ちゃんと野口さんの要請っていうか……大葉のおじさんの方から犬塚さんにお願いして、レーダーの全力駆動中だよ。罠の入り口を探してるんだって』


「大丈夫なんか? 大葉さんがぶっ倒れたら、下手すりゃ作戦そのものがオジャンじゃねぇか」


『短時間だから大丈夫だっ――タマキ兄ちゃん、ちょっと待ってて!』


 何か事態が動いたのだろうか。

 晃一は環との通信を一方的に遮断すると、しばしの間沈黙した。

 環は現在の状況から考え、アキラ達の一団に何か大きな動きがあったのだろうと推察する。


 アキラには特殊指定機体に遭遇して多勢に無勢となるならば、躊躇せずに自分達の所へ引きずり込む様には伝えてある。


 蔓内と禾原という研究者達。

 アジトで対峙した装着重装型の二体は、祖母から聞かされたその男達に違い無い。

 祖母に手を出すと公言した以上、環としても彼等を狩らない訳にいかないのだ。


(どうにかこっちに出てきてくんねぇもんか……俺の手でカタつけねぇと安心できねぇもんな)


 時折本営ビル周囲に姿を見せる量産型を丁寧に狙撃。

 その合間に八号と九号がいつ現れても構わない様、迎撃の準備だけは進めておく。


 環が持参した装備の中でも目玉と呼べる、新型弾薬一番。

 アジト倒壊後に対装着重装型戦闘の火急の打開策として開発された、倉橋の渾身の一品である。


 弾丸の性質上、71式では口径が足りず、運用には向かなかったのだろう。

 68式改用の25mm弾、ライアットレプリカ用の4番ゲージ弾の二種だけが用意される事となった。

 弾薬のサイズは違うもののギミック自体はほぼ同じであり、装着重装型のアンチショックジェルに対して大きな攻撃効果を持つ。


 

 そのマガジンが十カートン詰められた弾薬ボックスを、環は狙撃ポイントの移動の際には必ず手元に置く事を心掛けていた。

 重量はあるが、装着重装型に対する為にはどうしても必要な物だからだ。

 外部サーバーに残っていたアジト襲撃時の監視カメラの映像を分析した結果、新型EOは短時間ではあるが光学迷彩まで使えるそうなのだ。

 どこから現れるかも判らない相手に対し、備えに備えるのは常道と言える。


『タマキ兄ちゃん、現状を伝えるね。アキラ兄ちゃんと野口さんが林野部にあった地下施設に突入したよ。大葉のおじさんは通常状態に復帰。近隣の索敵に集中するって』


「判った。犬塚のオッサンはあれから音沙汰無しか?」


『うん。野口さんに指示を出したきりだね。元々目標発見まで通信はほとんどしない予定だから。逆に連絡のある方が心配かな』


 こちら側からは兎も角として、犬塚側から通信が入るという事は非常事態に違い無い。

 目標物を発見し工作を完了した、もしくは対処し切れない敵勢力に遭遇したかのどちらかであるからだ。

 

「だな。本部からは特に何もねぇか?」


『うん。あっちからも何も。イクロー先生達なら大丈夫だと思うんだけど……千豊先生や新見さんもそろそろ上陸してる頃だよ』


「まったくよォ……うちの上の連中は何考えてんだろうな。新見のオッサンは仕方ねぇにしてもよ、千豊さんまで何だってんだ。大人しく本部で指揮でも取ってろってなるぜ」


『……ちょっとだけ千豊先生の気持ちは解かるかな。僕だって自分の手で決着をって思っちゃうもの……きっと僕達の考えつかない様な物を、先生は抱えてるんだと思う』


 その考えは環にも理解出来る。

 祖母を狙う二体の装着重装型をこの手で葬りたいと考えているのだから。


 だからこそ、思う。

 千豊と新見の作戦前の目だ。

 ようやく本懐を遂げられる、という人間のする目では無かったという事だろう。


 まだまだ道の渦中。

 この極東を賭けた天王山が、彼女達にとっての本筋の為の……ついでの寄り道の様に感じられたからだ。


(イクローさんの言ってた事が……当たってたって事なんかな……)


 ブリーフィング後の僅かな時間、こちら側の主力となる環とアキラに、こっそりと郁朗が語った事が真実なのだろうと環は考える。


 この作戦が終わっても……彼女達の戦いは終わらないだろう、と。


(水臭ェっつーか……思い切りがねぇって言うか)


 こんな身体にしてまで巻き込んだのだ。

 どうせなら最後まで連れて行け、そう環の行動理念が訴える。


 彼にとってあの組織の面々は既に身内だ。

 身内が行き詰まるのが予見出来ているのに、それに対して自分の手が届かない事は……今の環にとっては辛い事であった。


 大葉や晃一はこの作戦が終わった時点で、この戦いからは降りるべきだと考える。

 大葉には連れ合いや両親。

 晃一は子供だという大前提もあるが、あれだけ愛してくれる祖父がいる。

 人の身体に戻れる機会がある内に戻っておくべきなのだ。


 勿論環にも待ってくれているであろう祖母が居る。

 だが彼は何もかも(・・・・)が終わるまで降りるつもりは無い。 

 郁朗が千豊に宣言した様に、彼女の旅の終わりまで同行するのが筋というものだろう。

 自分にはその権利があり、千豊にはその義務があると今ならば声を大にして言える。


 継続されるであろう戦いの場が何処になるのかは判らない。

 残していく祖母の今後の事を考えれば、一先ずはあの二体とはここでしっかりと決着を付けておきたかった。


 そうする為にはまずは遭遇しなければならないのだが、環のその願いは後にあっさりと叶えられる事となる。


『タマキ君ッ!』


 環の思考の渦は短距離通信から大葉の悲鳴が聞こえた事によって霧散した。


「何だってんだッ! 落ち着いて――」


 ヒュゴッ!


 環の現在居るポジションは拠点としている大型高層ビルの西端だ。

 本営ビルの西側から来る敵を狙撃出来る絶好の位置なのだが、その頭上を何らかの大質量の物体が通過した。

 突然の飛来という事もあったが、仮に飛来物に意識が向けられていたとしても、目視の出来る速度では無かったのだろう。


 一秒も経たない内に拠点ビルの後方から破砕音が響き、政府施設の一つであろう小さなビルが無くなった(・・・・・)のだ。


 そう見えただけで実際は倒壊しただけなのだが、そう見えてしまった事から受ける心理的影響は大きい。


「……何だぁ!? 大葉さんッ! 何が来た(・・)ッ!?」


『少し待ってッ! 今データを――何なんだ……これ……』


 大葉のバイザーに3Dモデルとして映し出されたそれは、極東の戦闘車両の概念を覆すスタイルの……まさに新機軸の戦闘車両であった。


 極東における車両という物は、電力モーターによる駆動する事が大前提である。

 世帯向けの乗用車は勿論、民間の運搬車両から軍の戦闘車両に至るまで、その規格を外れる事はまず無い。


 地下という立地での運用上、内燃機関を使用すると排気という大きな問題に直面する。

 窮屈な閉鎖空間での生活を強いられる極東市民の呼吸器を守る為にも、地下移住の際に移動手段としての内燃機関という存在は全て破棄されたそうだ。


 故に今、大葉のバイザーに映し出されている物を厳密には車両と呼ぶ事は出来無いのだろう。

 何故ならばその機体には車輪が存在しない。


 縦長の楕円形のゴムボートの様な物の上に回転砲台が乗っている。

 そう表現する他が無い、極東で開発された陸戦兵器としては明らかな異形と言える形をしていた。


 キュンッ!


 空気を裂く音が聞こえたかと思うと、拠点ビルの斜め上の空間を弾頭らしき物が通過していった。

 弾頭が再び後方に着弾し、建造物を瓦礫に変える。

 と同時に、本営ビルの陰に隠れて目視出来無かったその陸戦兵器が、スーッっと滑らかに地表をスライドして姿を見せたのだ。


 全長で二十メートル程だろうか。

 ゴムボートの部分は既視感のある素材だった事から、環はその正体に気付く。

 その黒く……鈍く光る軟質素材はアンチショックジェルであった。


 積載された砲台部分は土台とのバランスを考えれば、それほど大きくは感じはしなかった。

 ただ問題なのは比較する対象が大き過ぎるだけで、その砲身が小口径だという事では無いのだ。

 そして何より……車輪の存在しないそれがどう機動しているのかと言えば……浮いているとしか言い様が無い。


『あれは……二十世紀を考察するドキュメントで見た事があるけど、ホバークラフトってやつなのかな? コーちゃん、どうだい?』


『うん……小さいのだったら動画で見た事あるよ。お祖父ちゃんの所でも作ってるし。でも形は似てるんだけど……何かが違うと思う』


 自分のバイザーに転送されてきた3Dモデルを見て、晃一は自信無さ気にそう答えた。

 だがそれは空気圧のみで浮上、機動している風には見えない。

 何故なら空気圧を発生させる為のファンが存在しないのだから。


 内蔵式という事も考えられるが、あれだけの巨体と重量を支えるだけの空気圧をそんなファンで集められるとは思えない。

 恐らくは別の動力、もしくは浮遊機関とのハイブリッドなのだろう。


 

「どう動いてるかってのは考えたって解んねェよ。それよりやべェぞ、大葉さん。あのどデケェ砲身はよ。うちらの車両の88mmなんざ目じゃねぇな」


『感心してる場合じゃないと思うけど……狙われてるのは私達だよね?』


「私達ってか俺だな。さっきからこっちにしか弾が飛んで来てねぇ」


『だったら落ち着いてないで早く移動しないとッ!』


 大葉とのやりとりを聞いていた晃一の視界にも、うっすらと巨体が見えたのだろう。

 やけに落ち着いている環の心境が理解出来ず、狙撃地点の変更を急かす。


「そりゃあダメだな」


『なんでッ!』


「俺が好き放題動いただけ、被害がでっかくなんだろが。まかり間違ってお前らの居る所に飛んで行ってみろ? あんだけでっかいのから撃たれる弾なんざ、近くを掠めるだけでもどうなるか判んねぇ。そしたら、作戦はそこで終わっちまうぞ?」


『だからって――』


「何も素直に撃たれてやろうってんじゃねぇからよ。コウ、俺のローダーに新型の一番詰めとけや。直ぐに取りに行くからよ」


『どうする気だい?』


 環の要請に、大葉の静かな声が応えた。


「…………」


『タマキ君、君の()だから狙撃なんてお構い無しに前に出て、囮になったそのままで

戦闘する気なんだろうけどね……それじゃあダメだ。私が言うのもなんだけど、自分の特性は考えた方がいいんじゃないかな?』


「このままここから戦えってか? それこそ自殺行為じゃねぇの?」


『こちらに気を使ってくれるのは有り難いけどね、それで君に死なれたら私やコーちゃんはどうすればいい? 私はともかく、君はコーちゃんの()になるつもりかい?』


 互いの主張を突き付けあった為、疑問符の応酬となった。


 大葉の指摘はもっともだと環も思う。

 だが彼なりに考えて動こうとしているのを、真っ向から否定されて気持ちが良い訳が無い。

 苛立ちはそのまま声になって彼の身体から飛び出した。


「だったらどうしろってんだ! このまま的になんかなりたかぁねぇぞ!」


『何も戦うなって言ってるんじゃない。君らしくって事さ』


「……らしくって何だよ、らしくって」


『会った事も無い政府の人間に何を遠慮しているんだい? 建物が壊れたって構やしないじゃないか。姿を隠し自分の有利な状況で一方的に相手を葬る。それが君の戦い方の本質だと思うんだけどなぁ。』


「…………」


『訓練で君と一番長くコンビを組んでる私の言う事なんだからさ。信じてくれてもいいんじゃないかな?』


 環の心証として、大葉謙作という人物は流されやすい、ただの優しい中年なんだと認識していた。

 巻き込まれて戦場に立ったのは同じだが、片山の様な獰猛さも、郁朗の様な狡猾さも持ち合わせていない。

 自分やアキラと比べても、戦う者としての資質は低いのだ。


 環にとって大葉や晃一は守る者としてカテゴライズされている。

 だがその認識を改めなければと思う。

 彼もまた、チームの人間の状態をしっかりと見つめるという意味で、戦う資質を持った人間なのだろうと。


「…………」


『私は君の事を、もっと図々しくて大胆な人間だと思っていたんだけど……違うかい?』


「……違わねェ」


『だったら君の戦場に、あのでっかいのを引きずり込むといいよ。私とコーちゃんはそれを支援する。コーちゃん、いいね?』


『――! うんッ! 僕に出来るのは狙撃ポイントの算出と指定くらいだけど……頑張るよ!』


(コウまでやる気出してんじゃねぇよ、まったく)


 表情は無いものの、環は小さく……本当に小さくだが笑った。


 彼の心は先程まで独りで戦う事への覚悟を決める事で精一杯だった。

 傍若無人、唯我独尊を気取っていても、まだ二十歳にもならない若造なのだ。

 単身で戦力格差のある戦場へ飛び込む覚悟を、そうあっさりと決められる訳が無い。


 だが大葉の言葉は環の心を解し、独りで戦っているのでは無い事を自覚させてくれたのだ。


『いいかい、タマキ君。もう一度言うよ? 私達のチームは即席なんかじゃない。これまで団長さんにしごかれてきたのは、きっとこういう時の為なんじゃないかなって、今は思えるんだ。コーちゃんもやるって言ってるんだからさ、もう無敵だと思わないかい?』


「カカッ……違いねぇ。コウ、ローダーに詰める弾薬は二番(・・)だ。一番じゃねぇからな……頼んだぞ」


『うん! すぐ用意する――ちょっと待ってね。第三中隊から連絡が入ったけど……どうしようか?』


『下手に手を出されると余計に被害が増えそうな案件だものね……事が済むまで手を出さずに待機していて貰おうかな』


『了解、そう伝えるね。タマキ兄ちゃん、ローダーの準備は直ぐにやっちゃうから!』


「おう。さて大葉さんよ、いっちょやるか。あんなもんにうろつかれたら、犬塚のオッサン達だって困るだろうしな」


『そうだねぇ。折角だから予行演習(・・・・)もさせて貰おうかな? コウちゃん、弾頭のチャンネルは私に合わせておいてくれるかな?』


『うん! 判ったよ!』


「…………あんたホントに大葉さんか? イクローさんみたいな事言ってんじゃねぇよ」


 珍しく攻勢に対して乗り気な大葉を、環は訝しむ。

 覚醒直後と比較して、別人の様な表情が見え隠れしているからだろう。


『ハハハ。私らしく無いと言えば……そうなのかな。こんな敵地の真ん中だし、今日はどうにもそうなのかも知れないね。まぁいいじゃないか。そんな日もあるって事でさ』


「答えになってねぇけど……まぁ……いいさ。じゃあ、勝つとすっか」


『了解、やろう』




 一撃必倒と縦横無尽。

 力と素早さ。

 単体の大火力とチーム力。


 相対する戦力が白華の本営ビルの見守る中で、大きく火花を散らそうとしていた。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.08.03 改稿版に差し替え

第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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